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界遊記  作者: かえで
超界元ユークリッド

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再……

 ガチャッという音を立て、深紅のスクラップが、ベビーベッドの前に積み上げられた。

 一瞬息を呑むような空気が流れたが、超界元ユークリッドの神皇エリクシールは無言だった。

 エリクシールの目の前には、武器と防具を砕かれ、黒いアンダーシャツのみを身に着けたギューと、新しい超神剣の装備である竜王剣、蒼龍鎧、光龍兜を身に着けたドイム界元の神勇者・ファルガ=ノンが立つ。

 その姿は、対照的だった。片や抗う手段を奪われた者。片や圧倒的な暴力を形にできる力を持った者。

 その光景は、全ての界元を見通す存在でありながら『等しく救済しない者』、界元神皇エリクシールにはどう映っただろうか。

「勅命通り、反逆者であるギラオ界元の神勇者を討ち取ってきました。

 その甲冑と斧は、討ち取った証です」

 割れた甲冑と折れた斧。それは、提出した者にとっては『御印』の意味があった。当然、受け取る側もその意図はわかる。

 ……それでも。

 エリクシールに苛立ちが走る。だが、それに言及はしなかった。

 眼前の蒼い鎧の青年は、確かにギラオ界元の神勇者は討ち取ってきたのだ。ただ、命を取るまではしていないだけで、現に抗う力を奪い、丸裸に近い状態でここに連れてきている。討伐したかといえば、第三者的に見ても、その要件は十分に満たしているといえるだろう。

「……それで?」

 エリクシールが苛ついているのがわかる。

 エリクシールの勅命は、ギューの討伐。

 討伐という表現を用いているだけで、その言葉の真意は、ギューの死の献上を求めていた。

 だが。

 ギューはまだ生きている。

 確かにダメージは受けているが、死に至るほどではない。ましてや、討伐者ファルガ自身が、≪回癒≫を施し、傷の保護まで行なっている。

 これは、エリクシールからすれば、命には背いていないが、得られている成果が違う。

 だが、ファルガからすれば、これは十分に討伐したと言える。

 命はきっちり果たしたのだ。相手の戦力を剥ぎ、本人も確保している。

 ギューの存在自体が風前の灯と言えるからだ。

 実際、その気になれば、エリクシールはギューをいつでも殺せる……すなわち消滅させることができるのだ。

 この状況下であれば。

 ギューから抗う『力』は奪った。エリクシールのギューに対する生殺与奪の権利を敢えて声高に謳っている。

 そして、ファルガは敢えてその状況を作り出すことで、エリクシールの行動を封じている。

 それがわかっているからこそ、エリクシールは苛立ちを隠せない。

「これで、ギラオ界元の神勇者は存在できなくなりました」

 ファルガはここで一呼吸置く。

 エリクシールの反応を見るためだ。

 果たして、ファルガの読み通り、意図せぬ状況に苛つきはしているが、ファルガの報告に反論できずにいる。

「問題は、ドイム界元も神勇者を失ったという事です」

 エリクシールがハッとした表情を浮かべた……のが気配でわかる。

「そして、ドイム界元の超神剣の装備も失われた。

 破損はしていましたが、修復をする際に、俺の『氣』を用いて、俺の力を受け止めてなお、力を振るえるように強化しました。

 しかし、これらの装備は、俺の『氣』で修復されていて、俺以外の存在が武器や防具として使うことは、金輪際できなくなりました。

 これはもう、長きに渡り『精霊神大戦争』を潜り抜けてきた超神剣ではありません。そして、超神剣を装備しない俺は、もはや神勇者足り得ません。

 もちろん、神勇者に準ずる仕事はできますが、正式な神勇者とは言えない」

 ここで、敢えてファルガは言葉を切った。

 エリクシールの赤子の間に、沈黙が落ちる。

 エリクシールは、ファルガの眉の斜角がほんのわずかに上がった事に勘付いただろうか。

「そこで、提案です。

 ゾウガ様とエリクシール様で、再度、別の超神剣の装備を作ってはいただけないでしょうか。

 ギラオ界元は既に消滅しています。

 そこにある破損した朱神鎧も巨神斧も、今は無き界元の『氣』と『(マナ)』を編み込んで作られています。それ故、強度的に落ちてしまった。

 であれば、ギラオ界元の超神剣を元に、ドイム界元の超神剣の装備として作り直す必要があると思われます。

 かといって、超神剣の装備の材料となる『命光石』と『真源石』を新たに探している余裕もないでしょう。他の神勇者たちが血眼になって探していて、見つかっている量はどうですか?

 ……ましてや、この先も『精霊神大戦争』があるとすれば、装備は絶対に必要です」

 ファルガは、暗に自分たちが見つけてきた『命光石』がその一つだ、ということを主張する。

 そこで、示し合わせたように、エリクシールの前に、ローブを身に着けた背の低い老人が出現した。

 ドイム界元の神皇ゾウガだ。

「界元神皇様。私も超神剣のない界元は不安です。

 今やファルガの体の一部となってしまった竜王剣、蒼龍鎧、光龍兜の代わりを大至急作る必要はあると思われます。ぜひご助力を」

 エリクシールの苛立ちが増していく。

 このファルガという青年は、自身の界元の神皇をも巻き込んで、神皇の頂点に君臨する、この界元神皇エリクシールに何をさせようというのか。

「……それと、一つ提案なのですが、ドイム界元は現在、準ずる者はいますが、神勇者を名乗るべき人間が不在になっています。

 元々ドイム界元出身の両親を持つ、力量を備えた若者を俺は知っています。とりあえず、彼をドイム界元の暫定神勇者として選任するのは、十分ありだと思うのです」

 ファルガは、夕食の買い物を一品忘れていた、とでも言うくらいに軽く、言葉を紡いだ。

「私も、魔神皇を倒され、いずれは消える身。しかし、それまでの界元を平和に保ちたい。それ故、神勇者を選任しなければなりません。

 少年神勇者候補を、私も知っています。ぜひそのものに代理をさせたいのです」

 ファルガのあまりにとぼけた様子に、ゾウガが吹き出しそうになるのがエリクシールにもわかる。このファルガという青年の、どこに神皇さえも魅了するものがあるのか。

 ファルガとゾウガに続けざまに言われ、いよいよエリクシールの苛立ちは頂点に達する。

 だが、エリクシールは言い返せない。

 今回の発端の一翼を担っているのは、エリクシールでもあるのだ。

 もし、ファルガの『超勇者』形態に興味を持たなければ、この事態は起きなかったといってよい。しかし、エリクシールの演算が、どうしても超勇者の観測を求めたのだ。

「……ドイム界元の神皇ゾウガよ。準備せよ。朱神鎧と巨神斧を元に、ドイム界元用の超神剣を作る」

 エリクシールの表情は窺えないが、恐らく、苦虫を噛み潰したような表情をしているはずだ。

 これは、ファルガとゾウガにしてやられた。

 最高次とはいえ……、全てを見通せる存在とはいえ……、詰め将棋を指している時には、駒の動きのルールを変えることは許されない。それは暗に界元神皇として、負けを認めることになってしまうからだ。

 ファルガとゾウガはハイタッチをし、ギューは、安堵の表情で胸を撫で下ろした。

「……貴様ら……、覚えておけよ……!」

 エリクシールの言葉は、恐ろしいものだったが、その響きには、ふっと気の抜けた苦笑の色が感じとれるのだった。

 この『神たらし』が……!

 後に、エリクシールがそんな言葉を吐いたかどうかは定かではない。

 そして。

 今回ファルガに与した、自分と同じ空間生命体であるゾウガ。

 ドイム界元の神皇であるその存在が、現次のファルガとそこまでフランクに接することができることに、エリクシールは違和感と共に微かな羨望を覚えるのだった。


 ドイム界元の神皇ゾウガと、ユークリッド超界元の神皇にして、全界元の神皇の長・界元神皇であるエリクシールは、赤子の姿のまま、破損した朱神鎧と巨神斧の欠片を持ち、姿を消した。

 と同時に、もう一人、また別の赤ん坊が姿を見せる。一瞬、マラディの再訪と錯覚し、構えるファルガとギュー。だが、それは間違いなくエリクシールの実体だった。

 同時刻の別座標に、同時に実体が現れる。

 『確率体』……身体の中であれば、同能力の自身の実体を無数に作ることの出来る、同じ空間生命体でも神皇に特化した能力なのだ。

 超妖魔との違いは、『実体』を『確率体』の中に無数に作り、別個性としてそれぞれが情報の発信収集が出来ることと、その身体に『妖』と『魔』の二種類の心魂を持ち得ること。

 その二点だ。

 別個性の情報収集については、ウェブブラウザで同じAIを別タブで二枚開いて、会話をしているようなイメージかもしれない。情報は根底では共有するが、発信とそのリアクションについては別というもの。

 その能力を使い、『実体』の一柱が超神剣の補修を行いながらも、また別の場所でファルガとギューに新たな勅命を下す。個としての『実体』は別であっても、起きていることは全て把握している。

 それこそが、神皇の能力であり、並列演算の領域が他の神皇に比べて爆発的に広大なのが、界元神皇エリクシールなのだ。

「今、新しいドイムの超神剣の加工を始めている。しばし待つがいい。

 その間に確認しておきたいことがある。

 ギューよ。そなたが見た人間達は、どこまでその超妖魔から『疑似仮想空間』を扱う技術を習得、あるいは搾取をしていた?」

 エリクシールの問いを聞き、ギューは少し考えこむ素振りを見せた。

 そもそものニュアンスが少し違う。

 技術庁長官タタアギと、科学技術省大臣アマデチカ、そして、アマデチカを操ろうとするフギョリでは、立ち位置が三者三様となる。

 もちろん、アマデチカとフギョリの存在をまだギューは知らない。だが、タタアギの言動から、しがらみがあるのはわかる。

 そう考えると、エリクシールが懸念する『疑似仮想空間』を利用しようという愚かな人間対それを阻止する神皇の図は、確かにそのとおりではあるのだが、単純に全てを処断すべきではないように感じる。

「俺は、まだギューからきちんと話を聞いてはいませんが、もうちょっと様子を見る必要があるように思えます。

 実際、俺が少し関わったスーツを着た巨人は、理知的に見えた。

 むしろ、俺は今回関わっている超妖魔が気になります。

 山脈超妖魔のような、静的な存在だと、具体的にアクションを起こすタイプではないから、正直放置でもいい。けれども、巨人たちに空間の伸縮を見せた超妖魔は、何か意図があってそうしているように思えます。

 意図的に巨人たちにその能力の一部を垣間見せた。

 全てではないと思います。実際、超妖魔が何をどこまでできるかは、俺たちはわかりません。

 ただ。

 何か、巨人たちの前に餌を並べて、その喰いつき具合を見て対応を変えようとしている。

 そんな不気味さを感じるんです。

 ……俺が以前戦ったあいつに似てる。

 結局あいつの目的はレーテの心魂狙いでしたが、それがレーテでなければ、俺は恐らく奴とは戦わなかった。その結果、奴が本来の目的を達し、誰かの心魂を得た結果、一体何がどうなるか、ということは未だに不明です。

 何か、そこに打開策があるような気はしますが……」

 エリクシールが、初めてベッドから半身を起こした。

 眼前の赤子は『実体』であり、真のエリクシールの姿ではない。

 だが、赤子の瞳は完全にファルガを捉えていた。

 赤子の愛嬌のある眼差しではない、何かを見極めようとする冷たい眼差し。

 それが、ファルガの背筋を一瞬凍らせた。

「ドイム界元に存在するマインド=サクションを、ゾウガは認識していなかった。それと同様、私も、ユークリッドに潜む全ての存在を把握しきれているわけではない。

 私はドイムでのあの戦闘も見ていた。

 無論、そなたの言わんとする、マインド=サクションの内部で行われた戦いの詳細まではわからん。そなたの言動と記憶から辿っているに過ぎないが、それらを加味した結論から言おう。

 ……そなたが戦ったマインド=サクションは、間違いなく超妖魔だ。

 しかも、動的な存在。

 いわゆる動的超妖魔、とギューが話していた存在だ。

 そなたと共にいるエビスードや、妖超魔王オーラ=クロスと同じ存在だな」

 ……エビスード。

 デイガ界元で出会った、巨大な甲殻類のような姿をした超妖魔。

 最初、その姿をエビに感じたファルガにそう命名されたが、その存在は確かに『疑似仮想空間』を使いこなしていた。

 当時は何も感じなかったが、ファルガによって発生した都市火災の一角を、エビスードが自身の操る『疑似仮想空間』に収納、内部を無酸素状態にして鎮火するという、現次では絶対にできない方法で状況を処理している。

 そして、超妖魔王オーラ=クロスは、ファルガを襲った翼の虎と名乗った超妖魔の暴走を、その実体ごと自身の体内に作り出していた『疑似仮想空間』に収め、消滅させている。

 エビスードにせよ、オーラ=クロスにせよ、自分の意思で『疑似仮想空間』を使いこなし、事態を収めているということなのだ。

 それはいい。

 では、マインド=サクションが超妖魔だとするなら、レーテの心魂を吸収した理由は何なのだろうか。

 超妖魔は、空間生命体と呼ばれ、神皇たちと並ぶ最高次の存在。そして、当然自分の意思で行動する。

 その超妖魔が、心魂を吸収する意味が解らない。

 何しろ、空間生命体は、通常の生命体の概念からは逸脱している。

 捕食して活動エネルギーを得、子孫を残すために繁殖・分裂を目指し、最終的に死に至る生命体とは、存在そのものも存在意義もまるで違うのだ。

 その超妖魔が、一体何のために……。

 剣の形をしていたのは、たまたま実体化したのが剣のデザインであることで、ゾウガすら知らぬ魔剣の存在については説明がつくが……。

「……マインド=サクションが、レーテの心魂を欲したのは何故なんでしょうか? 超妖魔が、これ以上得たいものなどない気もしますが……」

 エリクシールは一瞬沈黙するが、やがて、探るように話し出す。

 その様は、エリクシールも掴んではいないが、度重なる現象を目撃して得た経験則を、理解しやすいように再構築しながら話そうとしているような印象だった。

「想像の域は出ない。

 だが、超妖魔と我々神皇との決定的な差は、『妖』と『魔』の性質を心魂が持つか否かだ。

 超妖魔は、心魂がプレーンであり、『妖』と『魔』の性質は持っていない。つまり、超妖魔はその名の通り、心魂の性質『妖』と『魔』を超える存在であるが、神皇達のようには界元を作ることができない。

 あくまで確率体としてどこかを漂うか、どこかの界元に寄生して、実体として潜むしかない。

 恐らく、マインド=サクションは、『妖』と『魔』の心魂を体内に入れることで、神皇に成ろうとしたのではないか。

 そなたたちが必死に戦ってきた『精霊神大戦争』は、マクロの視点で見た場合、界元の構成エネルギーを補充する行為だったわけだが、それが行なわれることにより、界元の存続は永久となる。

 界元を運用するエネルギーを界元の持つシステムが自ら補填することで、ある意味永久機関が存続することになるわけだ。

 だが、超妖魔は違う。限りなく寿命としては長いが、永久ではない。

 神皇は、妖神皇か魔神皇が消滅しない限りは存在し続けることができる。

 超妖魔が神皇になり、反心魂を作り出し、構成エネルギーを補充し、半永久の存在となることが目的だとするなら、マインド=サクションの行動原理には一応の整合性はある……」

 驚いたのはファルガだ。

 最高次が、そんな俗物的なことを考えているとは……。

 だが、エリクシールは否定する。

「ファルガよ、そう言うな。

 最高次は、能力的には現次や高次を大きく引き離した存在ではある。だが、持つ心魂のレベルは、現次と変わらない。

 超妖魔が、そなたたちから見れば気の長くなるような長い期間の寿命を持っていて尚、永久の存在に憧れる可能性もない話ではないのだ」

 では、エビスードやオーラ=クロスも、そのような永久存在を求めているのか?

 そんなファルガの問いに、エリクシールは言葉を濁す。

「それは私では解らない。奴らの考えは奴らにしか解らんよ。

 ただ、一つ言えるのは、超妖魔も様々な個性を持つようだ。

 名を上げたいと思い、そなたに挑む超妖魔もいれば、それを阻止しようとする超妖魔もいる。

 永遠の存続を求める超妖魔がいてもおかしくはないということだ。

 そして、そなたらが聞いた超妖魔が、なにか目論んでいる可能性は高い。それが何かは解らんが、あまり良いものではない気は、確かにする」

 ファルガ達は、巨人達の元に戻り、調査をすることにした。

「ギューよ。超神剣の装備は、出来上がり次第そちらに転送できるようにする。それまでは何とか凌ぐのだ」

 ギューは、強く頷いた。

 ファルガとギューはエリクシールに感謝し、≪洞≫のゲートを通って、長官の実務室に戻る。

 だが、そこで衝撃の事実を知る。

 顔面蒼白の長官タタアギから伝えられた事実。

 なんと、あの施設のサイズを操作するコントローラーが失われたというのだ。

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