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界遊記  作者: かえで
超界元ユークリッド

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306/317

神皇の逆鱗、蒼い思い

 時は三日程前に戻る。

 超界元ユークリッド史上最大のエネルギーが収束、発射されることで、界元の破壊と消滅とを辛うじて免れた、未曽有の衝撃の直後。

 それは、それぞれの界元……それぞれの宇宙の創世者である神皇達ですら、ほぼ経験のない事案だった。

 神皇の統制者・界元神皇エリクシールや、超妖魔王オーラ=クロスですら、数える程の使用回数しかない。

 ≪真・八大竜神王≫。

 主の術者に八柱の補助術者が必要な陣形氣功術。

 主の術者が放つ≪八大竜神王≫に対しての、補助の術者が放つ八本の≪八大竜神王≫の進入角と進入エネルギーの強度により、増幅率が全く異なるという、空間生命体ですらその法則についてはまだ把握しきれていない陣形術の一つ。

 発動例がほぼ皆無であり、この術の神皇間での研究も進まない理由は、発動の難易度に加え、そもそも、術者自体が稀少であることが挙げられる。同じ時代の同じ場所に、≪八大竜神王≫を放つだけの技量を持つ氣功術者が集うことがほぼないからだ。

 加えて、同程度の力を備えた者が補助術者に入らない限り、『氣功術』唯一最大の攻撃術≪八大竜神王≫を増幅させたそのエネルギーは直進せず、出力の劣る方に歪曲してしまう為、エリアが対象となる広域術ではなく、対象のある攻撃術としては、術の命中率は著しく低くなる。

 だが、直撃をさせられずとも、その破壊力は他の術の追随を許さない。

 そんな高出力・高難易度の術を、各界元の天才戦士達が集まり、更に神術『経験の転送』により、出力の方角や出力のバランスなど、全てを整えた上で万全の状態で放たれたこの術の直撃を受けて、生き残った……、いや、体の一部でもまだ残すことのできた存在がいる事が、陣形氣功術の成功よりも特筆すべきことなのかもしれない。

 それでも、事態は収束した。

 天才達は驕らない。誇らない。

 皆、一時だけ自分のやるべき事を脇に寄せてファルガの為に集まり、事が済めば、皆そそくさと帰っていく。

 ドイム界元の神賢者レーテは、ファルガの危機を察知し、何事にも優先させて彼を助け、そしてその後は言葉もほぼ交わさず帰っていく仲間達に、感謝すら伝えられず、ただただファルガの身体を抱きしめて泣き続けていた。

 緑の髪に朱の鎧を身に纏った少年神勇者が、紫色のスパークを伴った黒い真珠のようなゲートにまず姿を消し、パイロットスーツに身を包んだ目つきの鋭い戦士が、また別の黒珠に入っていく。そして、アクアマリンの髪の槍使いも、何故か少女に組みつかれながら、新たに発生する≪洞≫のゲートに身を投じていった。

 最後は、最も強力な敵にして、最もファルガ救出に手を貸しそうにない存在。

 容姿こそ、神皇の頂点・界元神皇エリクシールと同様の赤子の姿。

 『実体』故、それが仮の姿であることは皆解っている。それでも、ある意味衝撃は隠せない。

 界元魔神皇マラディ。

 この存在が、なぜ暴走するファルガを救いに現れたのか。

 それを知るのは、恐らくエリクシールのみだ。だが、その中身を神皇達や神勇者達に伝えることはしないだろう。

 やはり、『魔』は『妖』にとって、受け入れがたい存在なのだ。そして、その逆も然り。

 今後も継続していくであろう『魔』との抗争。界元という両神皇の存在を維持するためのエネルギーを補充する戦闘。『妖』と『魔』の総力戦、『精霊神大戦争』。

 高次の存在と現次の存在、そしてそれらが生きていくための世界を構築するのに、『氣』と『マナ』を奪われ過ぎた最高次・神皇たちの身体は、それらを補填しなければならない。その為には、痛め付けても死に難い、或いは消え難い存在同士が戦わねばならない。

 そして不思議なことに、相手に一撃で大きなダメージを与える方が、得られるエネルギーは大きい。

 躊躇なく敵を攻撃するための感情には、やはり憎しみが必要だ。

 だが、ここに集った者達は職業軍人ではない。

 指令のために他者を屠ることが出来ないとなると、そこには自主的な感情が必要であり、その為には、やはり憎悪が必要となってくる。それが大きな力で攻撃するにあたり、最も前面に発露されるべき感情だからだ。

 どんなに綺麗事を言おうと、その本質は変わらない。

 今後も戦いは続けていかねばならない以上、憎悪の感情はなくしてはならないのだ。

 『反心魂』の神たちの頂点に立つ存在だからこそ、マラディは他の『妖』の術者の誰にも見送られること無く、ゆっくりとその姿を消していく。『魔』の総大将の本来いるべき場所、マラディの城に戻ったのだ。

 ユークリッド界元は、エリクシールの身体でもあるが、マラディの身体でもある。マラディが超界元ユークリッドにおいて≪洞≫の術が使えるのも道理だった。

 残されたのは、気を失ったファルガと彼を保護するレーテ、強力な術者の一角を担ったエスタンシアとゴンフォン。そして、界元神皇エリクシールだけだった。

 真の術者・主術者である超妖魔王オーラ=クロスも、誰にも気付かれぬまま、いつのまにか姿を消していた。『確率体』に戻ったことは想像に難くない。

 エリクシールの荒療治。最強の陣形氣功術≪真・八大竜神王≫と、暴走したファルガの『氣』によって蘇った超神剣の装備。

 見事に生まれ変わり、もはや別物の輝きを手に入れたそれらは、自らの意思なのだろうか、ファルガの身体から身を離し、ファルガとレーテを見守るように、非装備状態の形態に自ら組みあがり、佇んでいた。


「何でこんなことになったの……?」

 レーテは、腕の中で安らかに寝息を立てるファルガを見て、問い詰めるでもなく、揶揄するわけでもなく、静かに問いかけた。

 レーテには、ファルガが今までの長い間、ずっと無理をしているようにしか思えなかった。

 聖剣に魅入られ、世界を旅するようになってからも、不思議と彼が到着する場所とタイミングでは、時代の変わり目、歴史の転換期を迎えることが多くあり、否応なしにその時の大変革の事象に巻き込まれていった。

 最初の頃は、ファルガもレーテも明らかな実力不足であり、絶体絶命の危機を必死に切り抜けたというよりは、辛うじて運命に生かして貰った感じだった。

 師の命を踏み台にし、友の身代わりを経て、何度も生き延びた。それらの経験は、彼らに自身の力不足を痛感させ、後悔させるのには十分だった。

 ファルガが鍛練に明け暮れるようになったのは、その頃からだっただろうか。元々、争いごとが特段好きというわけではなかった彼が、切磋琢磨して力を得、技を磨いていくには、やはりそれなりの理由が必要だった。率先してではなく、やむなく戦わざるを得ない少年だったはずなのに。

 レーテは、ファルガ以上に自分自身の力不足を感じ、ファルガの影で護られることに悔しさを覚えていた。

 彼女も聖剣の勇者・聖勇者から神賢者へのステップを上がるために、父の元、聖剣の使い方を学び、可憐な女神の元で『氣』と『マナ』の使い方を修行し、見事にそのレベルに到達した。

 ドイム界元の『精霊神大戦争』の後、魔剣マインド=サクション内に住まう剣宮の主と、レーテの心魂を賭けた戦闘があった。

 そしてファルガは、レーテが直接関与しない『見守りの神勇者』の仕事に入っていく。

 そこまでの期間を思い返すだけでも、面白いほどに危機があった。もう嫌がらせとしか思えないほどに。

 今。

 幾度目だろうか、もう数えきれない程の危機に襲われた。今度はファルガ自身が暴走するという事案。もはや、彼を侵す者は他者ではなくなってしまった。

 強くなる程、危機を退ける度、力をつける程、彼を襲う危機はハードになっていく。恐らく、襲われたトラブルをすんなりと解決したことなどなかったはずだ。

 マラディの『魔』の『氣』に当てられ意識を失う。そして、次は自身の『氣』の暴走で意識を失う。

 客観的に見れば、ファルガの力は加速度的に伸びていっている。だが、今回も青年ファルガの力をギリギリまで削り取る。

 今までは、力の足りないファルガを鼓舞し、その困難を辛うじて乗り越えさせるために、何か力が働いているような気がした。

 そして、現在。

 今度は、力をつけたファルガですら簡単に越えられない困難が、調整されて彼の元を襲うようになっているような気がする。

 一体何者がファルガをここまで追い詰めるのか。そして、一体何者がファルガに困難を乗り越えることを求めているのか。

 だが、それをレーテは止めることは出来ない。

 それは、王でもなければ、神でもなく、神皇ですらない。もっと高次の何者かが、ファルガに何かをさせようとしているのではないか。

 レーテには、そう感じられて仕方がなかった。

 そんな考えは馬鹿馬鹿しいにも程がある。最高次を超える存在とは、一体どういう存在なのか。高次の神ですら通常の現次では、認識はできないのだ。

 だが、稀代の神賢者のレーテですら、それを笑い飛ばすことは出来なかった。

 あの衝撃の日から数えて三日目。

 レーテは自分自身に問いかけ続けていた。

「ファルガ……。貴方は一体どうすれば救われるの?」

 悲痛な呻きにも似たレーテの言葉が、染み込んでいったのだろうか。ファルガはその目をゆっくりと開いた。

「……すまん。また、面倒をかけた……」

 ファルガは、目の前にある泣き顔のレーテの顔が視界に入ってきた瞬間、慌てて目を閉じ、顔を背けると呟くように言った。

 レーテは最早何も答えず、ファルガの頭ごと抱きしめ、ひどく長い間嗚咽を続けていた。

 ファルガは、意識を取り戻してはいたが、また自分の非力さのためにレーテを泣かせてしまっている事が悔しくて、目を閉じたまま顔を背け続ける。

 何か言葉をかけようと思っても、実際に彼女に対して何と言葉をかけていいかわからない。しかも、彼女の涙は、自身のせいなのだ。何か気の利いた言葉など白々し過ぎて、言えるはずもない。

 遠巻きに二人の様子を見ていたエスタンシアとゴンフォンだったが、やはり二人の間に入ることは出来ない。

 三日前の強力な術により消し飛んでしまった、背の高い下草を編み上げて作った小屋を、ファルガ療養のために再構築していたが、更に加工しなおす。

 まるで、二人の様子など痛々しすぎて見ていられないとでもいうように、異常なほどに精巧な草製のコテージを高速で作り直した。

 一度作った物は、割とすんなり作れてしまうゴンフォン。

 頭の中に設計図が入っているのだろうか。同じ編み込みでも、より強度があり、かつ組みやすい方法を採用して組んでいったため、最初に建造した下草の小屋より、四倍も五倍も速く、更に豪奢に作り上げることができた。

 ややあって、レーテと共に立ち上がったファルガ。

 精神的には少し落ち込んでいるようだったが、その体は活力に満ち溢れていた。

「さっきの金色の変身で、ファルガはパワーアップしたの?」

 倒れたファルガ。

 看病したレーテ。

 その二人の関係が、相互の信頼で成り立っていることをまざまざと見せつけられたエスタンシア。もはや、彼女の入る余地はどこにもないことを、少女は痛感させられていた。

 エビスードは、今回だけはエスタンシアに静かに抱かれることにした。流石に、エビスードもエスタンシアの涙は見たくなかったようだ。

「エリクシールは、ファルガの『氣』の力で、超神剣の装備の微細なヒビを修復し、文字通りファルガの体の一部にすることに成功はしたようだ。

 古今、身体能力が向上しすぎた場合、血を使って装備や道具を強化する方法がある。

 身体の一部を装備に取り込むことで、所持者の急激な力の向上に対応できる機能を与えることができる術式だ。

 だが、それはあくまで『氣』をその装備が包含している場合の方法だ。

 所謂『神の作った武器防具』の類いのものであり、武器自体が意思を持っていたりする場合に限られる。ただ鉄を鍛えただけの普通の道具や装備では不可能だ。

 そして懸案はまた増えた。

 これでファルガは更なる『超妖魔殺し』となり、他の超妖魔に狙われることにはなるだろうな」

 エビスードは、エスタンシアの腕の中で、呻いた。その響きはどこかで諦観を感じさせるものだった。


「ファルガよ。超神剣の修復はうまく行ったようだな」

 立ち上がったファルガとレーテの元に、揺り籠の赤子が現れる。先程までは、かなり離れた場所に、もう一柱の実体と共にいたはずだが、件の赤ん坊マラディの消失後、移動してきたのだ。それはまさに、瞬間移動だった。

 眼前に現れたエリクシールと、ファルガの間に割って入るレーテ。

「これ以上、ファルガに何をさせるつもりなの!? もう休ませてあげて!」

 そう言うと、そのままファルガを連れ去ろうとさえするレーテ。

 だが。

 ファルガの左腕をつかむレーテの両手を、ファルガは右手で包み込んだ。そして、優しい笑みを浮かべる。

 それは、レーテの思いを尊重しながらの、柔らかな拒絶だった。

「ありがとう……。でも、大丈夫」

「何で貴方も、そう無茶ばかりするのよ! 全部貴方が背負わなきゃいけないことはないはずよ!」

 思わず食って掛かるレーテ。

 だが、ファルガは優しそうな笑みを浮かべたまま、表情を崩さない。

「いや、たぶん俺じゃないとダメなんだよ。

 大丈夫。

 もう少しだと思う。

 それまで待っていてほしい。そうしたら……」

 ファルガは、両手を包む自身の右手を離し、レーテの頬に触れる。そのまま、彼女の頭を撫で、ゆっくりと自身に向かって引き寄せた。様々な感情を包含する言葉を飲み込んだまま。

 レーテは何も言えず、ただただ嗚咽していた。


「で、エリクシール様、俺は何をすれば良い?」

 ファルガは、ゆっくりとレーテを優しく押し離す。その先にはエスタンシアがいた。

 少女は、子供のように泣きじゃくる大人の女性を抱き止め、その肩を抱きながら、愛しい女性を優しく突き放すファルガを潤んだ目で睨み付けた。

 全て解っている。

 この男は、彼女のために、彼女の関わった全ての者のために、自分を犠牲にしようとしている。全てを見て見ぬふりをして、幸せを決め込もうとすることなど、彼にはできるはずがなかった。

 無論、確約された死は与えられないだろう。だが、死よりも恐ろしい消滅の恐れもある。本人は勿論、本人の全ての言動を伝えていく語り部達の存在すら、失われてしまう。

 現在、エリクシールが対抗する事案とはそういうものだ。そして、同じ界元の星に、それを行おうとする者がいる。

 知ってか知らずか、自ら消滅を選ぼうとしている者達だ。

 場合によっては、倒さねばなるまい。

 過去に仲間であった者達であろうとも。

 そうせねば、全て消えてしまう。好きも嫌いも得手も不得手も、道理も非道も。

 それでも、最強の農業神勇者は、伝える。

 自分の好意より、仲間の好意を。

「自分で迎えに来なさい! それまではこの子は預かっておく!」

 振り返らないファルガは、拳を突き上げて答えると、改めてエリクシールと向き合った。


 ギューがジルゴの代わりに巨人達に同行したお陰で、現次の人間が操る『疑似仮想空間』の原因は解った。だが、その後の判断がまずかった。

 今回の件に関しては、例え何が人質に取られていようとも、天秤に掛けてはいけないものだったのだ。現次が『疑似仮想空間』を扱ってはいけない。現次にはその機能がないのだ。物理的にも技術能力的にも、手を出してはいけない範疇だったのだ。

 もし、巨人達もあわせて救おうとするなら、人質の救出に尽力すべきであり、『疑似仮想空間』を取り扱う様指示を出した上層部を説得すべきであり、その超妖魔の奪取だった。

 ギューは、その判断を間違ったのだ。

「……行って、ギューをぶっとばしてきます。それで良いですね?」

 エリクシールは良い顔をしない。

 やはり最高次に逆らった存在は、消さねばならない。それが仮に神勇者として、あまたの新たな神勇者を育成したギューという功労者であったとしても。

 現次が空間を扱ってはならない。

 というより、扱う能力のない者が扱うことは、破滅に繋がる。

 そうさせないための、『見せしめ』をエリクシールは欲していた。二度とそんなことが起きないように。

 だが、ファルガはそれ以上言わせなかった。

「……良いですね?」

 そう言うと、ファルガはエリクシールに背を向け、新しく出来上がりつつあった黒い水晶に向かって、ゆっくりと歩みを進め始める。

 ファルガが近づくと、黒珠は紫の放電現象を引き起こし始めた。

 ≪洞≫のゲートが繋がる。

 ゲートに入る直前、蒼き鎧の戦士は背から一振りの大剣を引き抜いた。そして、露を払うように一振りすると、赤いマントをはためかせながら、ゲートの中へと歩みを進めていった。

 目的は承知したが、全てを思うとおりにはさせない。

 生贄などもってのほかだ。

 ギューは絶対殺させはしない。例え、ギューが神勇者でなくなるという選択を取らざるを得なかったとしても。

 新生竜王剣。その剣が飛ばした輝きは、ファルガの強い決意を物語っていた。

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