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界遊記  作者: かえで
超界元ユークリッド

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305/317

 それは、何の変哲もない、片手で小脇に抱えられるほどの小さな箱だった。

 六面の鉄板が溶接されて、直方体の図形を形作っていたが、一面にだけ、三つのダイヤルと、箱そのもののスイッチがあり、それ以外には何もない。装飾も塗装も施されておらず、床に置く際の緩衝材や、アダプタを差し込む穴すらない。残る五面は完全な剥き出しの鉄板だった。

「こんなので、『疑似仮想空間』が作れるんですか?」

 小学生の鉄板工作ではあるまいし、こんなちゃちな機械で、界元の根本を覆すような操作が出来るのか? 無線で情報を飛ばしたりするのか?

 いずれにせよ、見た瞬間にその性能よりも機能を疑ってしまう。

 ギューは思わず口走ってから、慌てて両手で口を塞ぐ。

「フフフ。君のその反応、嫌いじゃない」

 長官タタアギは、かわいい孫を見るような優しい目をギューに向けていた。どうやらこの老巨人は、小さくも才気煥発な少年を大層気に入ったようだ。

 チニゼは、タタアギの指示で抱えていた鉄板の小箱を、ギューの前に置く。

 鉄板を張り合わせた巨大な構造物で目の前を塞がれたギューは、何の変哲もない小さな箱が、何の変哲もない巨大な箱になっていることに驚く。

 だが、小脇に抱えられる程度の大きさに見えたのは、先程まで巨人が持っていたからであり、ギューくらいの縮尺の人間の前にそれを鎮座させれば、それはもう巨大な食器棚くらいの大きさはある。

 少年と巨人の対格差のために、遠近法を狂わされる事による錯視だった。

「うへぇ……」

 少年は、もはや物語でも使い古され、逆に使わなくなって久しい驚きの声を上げ、自称秘書達の笑いを誘ったのだった。

 指でつまんで操作するくらいに小さく見えたダイヤルは、ギューの頭より少し大きい。

 人差し指の腹で押して操作するものだと直感的にわかったスイッチも、ギューの扱う『巨神斧』の柄くらいの太さはある。指で軽く押し上げるのではなく、そのレバーを掴んで力を込めてぐいと引き上げるか押し上げるかしないと、とてもではないが動きそうにない。

 だが、機械の造りとして質素なのは変わらない。

 質素といえば、かなり忖度した物言いだが、やはり、こんな地味かつちゃちな機械で『疑似仮想空間』が作れるのか、という疑問は相変わらず残った。

 それはちょうど、どれ程に巨大なケーキであろうが、一口サイズのケーキであろうが、そのケーキがスポンジ部分しかなければ、物足りない感は否めない感じに似ているか。

 もっと細かく繊細で人間が触ることすらおこがましい造りの回路が、複雑に入り組んだ状態で無数に用いられ、それが予期せぬバグを起こした……。

 そんなイメージを持っていたギューは、改めてそのコントローラーに目をやり、ぎょっとしたようにタタアギの方に視線を戻すのだった。

「……触ってもいいですか?」

「構わんよ」

 技術庁長官から許可をもらったギューは、その食器棚大の箱に手を延ばす。

 その時、誰しも予期せぬことが起きた。

 バチッ!

 激しい閃光と共に箱に火花が走り、ギューの手を弾いたのだ。どうやら、箱が放電現象を起こしたらしかった。

「おいおい、ギューよ、壊すなよぉ?」

 恰幅の良い黒服の自称秘書・ドゥエイブが、薄ら笑いを浮かべながら、ギューを軽く揶揄する。まるでドアノブに触れようとした瞬間、静電気で一瞬スパークが起きたような印象だ。

 だが、その言葉にもはやギューは耳を貸さない。

 少年の目は既に、敵を補足した戦士のものになっていた。

「……嫌がられた……?」

 思わず手をひっこめたギューだが、次は、オーラ=メイルを纏い、右手に≪索≫の術を準備した状態で、もう一度箱に対してアクションを試みる。

 箱の次の反応は、明らかに常軌を逸していた。

 ギューが戦闘態勢に入ったことで、箱が完全に拒絶の姿勢を取ったのだ。

 ≪索≫で見た箱は、完全に帯電しているように見えた。電源は取っておらず、蓄電池も搭載していないはずのこの箱のスパークの頻度は多く、流石の三人の黒服もスーツを着た長官も、箱から距離を取らざるを得なかった。

 そんな中、ギューだけは背から『巨神斧』を取り出し、箱に向けて構えたのだ。

「お……、おいおい、いくら機械と相性が悪いからって、怒って壊しちゃいかんぜ……」

 ドゥエイブが、ギューの殺意に半ば引きながらも、軽口で注意を促す。

 だが、傍にいる巨人たち四人のうち、箱とギューの間で凄まじいせめぎあいが始まっていることに気づいたのは、黒服のリーダー格チニゼだけだった。

 ギューの眉間に、大粒の汗が幾つも浮かぶ。

 放電がギューに向かって何度もなされるが、それをギューは斧を高速で振るう事でいなし、隙を作り出すことで、斬撃を打ち込もうとする。

「ギュー君、そいつは……」

 チニゼが口にしようとした言葉。それをギューは復唱するように肯定した。

「……この箱は、生きています。僕を嫌がるこの箱の正体は、超妖魔です」


 それは、チニゼにとってはにわかに理解しがたい話だった。

 長官タタアギから、『超妖魔』の概要については聞いている。それ自体も、理解はできるが、あくまで概念的な話であり、そんな存在を目の当たりにするとは思っても見なかったし、何より、その存在がアクションを実際に起こすなど、考えが及びもしなかった。

 それはちょうど、妖怪変化の類いの概念に似ているかもしれない。

 そのような考え方が存在するのはわかるし、人がそのような考え方を持つに至った経緯もわかる。それが人間社会にどのような影響を与え、その考え方を人間や獣に模すことで、如何にして子孫の教育に上手く組み込んで効率良く行うか、といったような用法も明確化している。

 だが、それが実際に目の前に現れたとなると、全く話が違ってくる。

 人々はそれに対し恐れおののき、逃げ惑うしかない。例え、見間違いや勘違いであっても、その存在として認識されたものは人々の心に深く忍び込み、未来にまで影響を及ぼす深い傷を与える事さえある。

 それと同じことが、ちょうどチニゼに起きていた。

「その箱が、超妖魔だと……?」

 チニゼはそう言ったきり、目を見開いたまま絶句した。

 科学技術庁が大統領の命を受け、開発を進めていた『可変容積型』の施設。それの操作用のコントローラーとして使っていた、鉄板で囲われた箱。

 それは、ほぼ彼が作ったものであるといって良かった。

 箱の中に配線だけを行い、それ以外は可変容積型の施設と接続することで、サイズコントロールを可能にする、文字通り単なるコントローラーだった。

 そのコントローラーが、超妖魔という特殊な生命体だといわれて、はいそうですが、と納得できるはずもない。

「そんなはずはない。その箱は俺が材料を切り出して作ったのだ。その箱が実は超妖魔が化けたものだったなどと……、にわかに信じられん」

 ようやく絞り出したチニゼの言葉は、今までの言動からは想像できぬほどの頼りないものとなっていた。

 否定の言葉を紡ぐチニゼだったが、眼前で起きている現象は否定しようもない。実際にスパークを少年戦士に飛ばし、攻撃しているのだ。

「まさか、ギューにバレた事が悔しくて、暴れているんじゃ……!?」

 この状況下において、火事場の見物人のようなドゥエイブの言葉に、苛立ちを隠さないチニゼ。

 だが、そうでない根拠もなく、彼は眉間のシワを深くすることしか出来なかった。

 そして、自分が作ったはずの箱が、ギュー達の言うところの『疑似仮想空間』を作り出す怪異についても、もしその正体が超妖魔だとするなら、それが腑に落ちてしまうこともまた事実なのだった。

 しばらく続く攻防。

 箱は赤みのかかったスパークでギューを攻撃し続ける。それに対しギューはそれを超神剣の装備『巨神斧』で、払い続ける。

 本来であれば、ギューの一撃が箱を直撃すれば、この攻防は終了するはずだった。

 だが、一向にその戦闘は終わらない。

 ギューはまるで、相手のスタミナ切れを狙っているように、敢えて戦闘を継続し続けているようにさえ思える。

 チニゼの中で、疑念が確信に変わった時、ギューは一気に箱との距離を詰め、振りかぶったところで、斧をピタリと止めた。

 戦闘とは違うところで、息を飲む気配があり、放電現象は止まる。

 それは間違いなく箱からの気配だった。ギューが、箱との戦闘に勝利した瞬間だった。

「終わったのか……?」

 ギューは額に浮かんだ汗を拭うと、にっこりと微笑んだ。

「はい。

 こいつ、まだ生まれたばかりで、どうして良いかわからなかったみたいです。ちょっと話させてもらっても良いですか?」

 緋の鎧の神勇者はそう言うと、『巨神斧』を鎧に収納し、ゆっくりと箱に手を当てた。

 今度は、箱は何事もなかったかのように、沈黙を貫く。だが、その沈黙は長官タタアギと三人の黒服の秘書達にはそのように見えただけで、ギューには様々な内容を、雄弁に語っているようだった。


 超妖魔の誕生。

 それは、突然に起こる。

 生まれて間もない超妖魔といえば、超界元ユークリッドにて、『超妖魔殺し』の異名を持つことになったファルガを、名を上げるために襲撃した翼の虎という個体が記憶に新しい。

 その存在は、突如出現した超妖魔王オーラ=クロスの休戦斡旋に応じず、戦闘を継続しようとしたため、その存在ごとオーラ=クロスに取り込まれ、消滅することになった。生命エネルギー『氣』の結晶・命光石と、存在エネルギー『マナ』の結晶・真源石を微かに残して。

 それでも、元々質量のないといわれるエネルギーが結晶化し、重さを持つこと自体、現象的には稀有であり、それらは圧縮されたとんでもないエネルギーを包含しているはずだ。

 超妖魔の誕生、ひいては神皇を含めた空間生命体の誕生には、数多の説がある。

 何もない空間に突然現れた説。何者かが作り出した説など。

 ただ、もっとも古い空間生命体の一群であり、その中で最も力を持っている存在の一柱である界元妖神皇エリクシールと界元魔神皇マラディが、それぞれ自身を認識したときには、既にそれがあったという状態であり、超妖魔王オーラ=クロスですらプレーンな『氣』を持って突然そこに現れたという記憶しか持たぬというから、実際そうだったのだろう。

 空間生命体には、生まれ、育ち、繁殖し、衰え、死ぬという生物の大原則がまず存在しない。所謂『生命体』の定義外の存在。ただ、それなのに意思を持ってしまっているのが余計本質を分かりにくくしている。

 生命体の感情は、本能がより複雑に発現したものであると考えられるが、そうであれば、生命体の意思というものは、本能の上に乗る感情の、更に上に乗る物と理解できるだろう。

 その後、幾つもの界元が生まれ、幾つもの超妖魔が生まれた時に、その直前に起きているのは、『氣』と『マナ』の一ヵ所への過剰収束だと、其々の始祖は見ている。

 後発の空間生命体の発生の仕方を観測して、自分達の発生を推測するしか、始祖達には出来ないからだ。

 そして、空間生命体達は互いの存在が干渉出来ない程の距離に発生するため、互いが互いを知ることはない。本来ならば。

 唯一、神皇達だけは、ちょうどユークリッド超界元の内部に浮かぶ泡のように発生する。そのため、界元神皇は其々の界元に干渉でき、かつ、各神皇や超妖魔という最高次、そして、神などの高次の存在を把握することが可能なのだ。

 界元越しの≪洞≫の術が、界元神皇だけが可能なのは、それが理由なのだ。

 そして現在。

 今も様々な界元は誕生し、同様に超妖魔も誕生している。

 この、コントローラー型の超妖魔も、たった今誕生しただけにすぎない。その正体は、高エネルギーの集合体である。その存在が意思を持つ過程は未だ仮説のままではあるが、このコントローラー型超妖魔を観察していけば、捉えることはできるかもしれない。

 ただ、それをしている時間があるかどうかといえば、ないはずだ。そして、科学技術大臣の命により、技術庁の長官タタアギは、至急の成果達成を迫られている。

 もちろん、その活動は行うのだろうが、本来であれば、『疑似仮想空間』について研究を行い、その結果を基に、当初の目的となる、避難のためのシェルターや前線基地、政府機能をコンパクトにし、必要に応じて展開できるシステム『施設』の完成を考えるべきだった。

 ところが、タタアギの上司である大臣アマデチカは、生成物の提出に拘った。

 きちんとした実験によるデータの確保などろくすっぽしていないだろう状態において、完全に無謀な人身実験を強要する。

 おそらく、その過程でどのような実験を行なおうが興味は示さず、成果物を納品して、数日で壊してしまうのがアマデチカの常套反応なのだった。

 今回、ギューがアクションを起こしたコントローラー型超妖魔は、空間生命体としては成体だ。だが、成体でありながら、存在時間が短いために未経験なことが多く、知識が不足している。

 本来であれば、現次の存在に空間生命体の実体を触れられるなど、敵に弱点を晒し、更にそれに自らナイフを押し当てさせようとしている暴挙に他ならないはずなのだ。

 それでも、現次の中でも屈指の純粋さを持つと言ってもいいギューの質問に、コントローラー型超妖魔は、懇切丁寧に答えながら意思の疎通方法を学んでいく。

 言語ではなく、イメージによる共有。

 それは、選択肢としてはあまたある、他者に対する情報発信の方法の一つではあったが、ギューという少年においては、とりわけそれが有効であることに気づいたコントローラー型の超妖魔は、視覚と聴覚を特に濃密繊細にして、ギューにアクセスを図っていた。

 その結果。

 ギューは、この超妖魔が、ダイヤルをひねった時にその人間が驚嘆する結果を演出することに、喜びを見出していることが分かった。

 特段、この超妖魔に対する益は、その人間が驚嘆することそのものにはない。

 ただ、発生して初めて触れた巨人たちの純粋な驚愕の反応が、彼柱にとって酷く心地よいものだったのだろう。

 それは即ち、コントローラーのダイヤルを回すことで、超妖魔が『疑似仮想空間』を発生させたり終了させたりしているということであり、このコントローラーが、巨人たちの作り出したシステムを運用するツールではなく、いわば超妖魔の『好意』によって現象が成り立っていることになる。

 そう考えた時、管理しきれない能力を持とうとする巨人たちが持つ危険性の消滅と、今度はそれらの技術が超妖魔の能力に完全に依存してしまうため、その能力を扱うにあたっての主導権が、巨人たちから完全に失われてしまうという新たな危険性が発生することが予見される。

 それは、超妖魔が巨人たちから離れれば、界元消滅の危機は無くなるということであり、逆に、超妖魔が何らかの事情で巨人たちに迎合せざるを得ない時、巨人全体ではなく、一部の巨人が圧倒的な力を持つことになるだろう。

 その力は平和にも闘争にも使えるものになるのだ。

 ギューは、長官にその旨を伝える。そして、彼がたどり着いた結論も併せて伝えようとした。

「……この子から聞いた話は以上です。

 つまり、今回発生した『疑似仮想空間』は、皆さんたちが界元を操る力を偶然手に入れたわけではないということです。

 ここ数日の実験の百パーセントの成功率は、それが理由でした。

 つまり、超妖魔ありきの研究結果だという事です。

 ……これ以上は辞めませんか? こんなの実験じゃないですよ。コントローラーを操作することで現象が起きているんじゃなくて、コントローラー型超妖魔の、いわば気まぐれで現象が起きているんです。

 そんなものをシステムに導入したら、大変なことになりますよ。

 それこそ、いつまでたっても制御できるものじゃない。根本の理論が不安定なものを使い続けた時、いつかしっぺ返しが来ます。

 大臣に話をして、実験の中止を決定すべきです」

 ギューは、他の三人の黒服の秘書たちには見向きもせず、金粉をまぶしたようなスーツを身に纏った技術庁長官タタアギに、懇願にも似た報告をする。

 だが。

 タタアギの表情は、どんどん沈んでいった。

「それでも……。彼らの家族を守るために、やらねばならんのだ。そして、失敗は許されない」

 ギューも二の句が継げなかった。

 ギューの進言は、つまり黒服の秘書のリーダー・チニゼと、長身の男・ノボの家族を見捨てることを意味するからだ。

「彼らが、生き残る確率の最も高い方法を選択していくしかない。例え、今のこの状況が後々変わったとしても」

 タタアギはそう言うと、顔を伏せ、意図的かどうかは不明だが、ギューから彼の視線を隠した。同時に長官の感情が閉ざされた気がした。

 タタアギを止めることは無理なのか……。

 ギューは、覚悟を決めた。

「わかりました。どこまでできるかわかりませんが、このコントローラー型の超妖魔と対話しながら、とりあえずは『疑似仮想空間』を安定させていくしかないでしょう。

 僕がどこまでできるかはわかりませんが……」

 ギューが、悲壮感を抱きながらその言葉を発した直後。

 研究室の敷地の一角に、酷く強力な『氣』が集まり始めているのを感じた。

 その力の発生に気づいているのは、ギューは自分だけだと思っていたが、長官も黒服の三人の秘書たちも周囲をきょろきょろとして、違和感の正体を探している。

 彼らにも何かが感じられるのか。

 ギューは、三人に外に出るように伝えると、研究室の並ぶ研究棟から屋外へと走り出た。

 刈り込まれた芝生の周りを背の高いブロック塀で取り囲まれた施設の中庭。

 周囲には、無機質な白い三階建ての研究棟が立ち並び、ほぼ全方位を塞いでいた。その向こう側の壁は、恐らくそれ以上の高さだろう。そして、巨人サイズの三階建てなので、ギューから見ればそれらはもはや、巨大な城壁以外の何物でもなかった。

 中庭の中心部に収束している『氣』は、既に実体化を始めていた。

 黒い点が地上から一メートル当たりに発生すると、ゆっくりとその点は直径を大きくしていく。ある程度の大きさになったところで、紫色の放電現象が起き始める。

 長官と三人の黒服からすると、膝下あたりに発生する漆黒の点。巨人たちにとってはあまりにも小さいサイズではあるが、そこから噴き出す力は、四人の男たちの足を完全に竦ませていた。

 そして、ギューだけにしかわからなかったが、コントローラー型の超妖魔は、酷く怯えていた。ともすれば、箱という姿をしていながら、その場から足か翼を生やして逃げ出すのではないかと思うくらいに、恐怖でガタガタ震えていたのだ。

「≪洞≫の術……。来るのか……」

 ギューは思わず呻く。

 この超界元ユークリッドは、エリクシールとマラディの空間だ。

 そして、その中に無数の星がある。その星のとある場所……ギューの眼前に、力が一点集中されはじめた。

「……どこにいても、聞いているんですね、エリクシール様」

 ギューは、先程の長官への回答を、エリクシールは聞いていたのだと悟った。

 そして、ギューが実験を止めるための役に立たないのであれば、刺客を送り込むとも言っていたことを思い出す。

「じゃあ、どうすればよかったのか、教えてくださいよ……!」

 結果的にエリクシールに反旗を翻す形になってしまったギュー。そして、それに対して界元妖神皇エリクシールは、早速刺客を送り込んできたのだ。

 ギューを排除し、『疑似仮想空間』のサイズを決めるコントローラーを破壊するための刺客を。或いは、『疑似仮想空間』を作り出す実験を、妨害するための工作員を。

 芝の上に、紫のスパークを伴った漆黒の宝玉が、完全に出現する。そして、≪洞≫のゲートの向こう側にいる刺客の強大な『氣』の存在を伝えてくる。

 漆黒の宝玉の奥から、輝きを伴って歩いてくる人影が見える。

 最初は微かに、徐々にはっきりと……。

 ギューは息を呑んだ。

 ゲートを通り抜けてきて現れた人影。

 ドルカスという大型の昆虫の大顎のような、美しいカーブを描く角を持つ兜を身に着け、大剣を背負ったその人影は、赤いマントを翻す。額と胸には青い宝玉が輝き、金と蛍光黄緑の装飾が施された蒼い鎧は、神々しい輝きを放っていた。新しく作られた生まれたての神のような清々しさを醸し出しながら……。

 追い続けていた大きな背中が、今度は大きな障害として立ちはだかる。

 その美しい鎧を纏った状態で、黒い宝玉型のゲートから歩み出してきたのは、ギューの兄貴分にして最強の神勇者の一人、ファルガ=ノンだった。

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