ギューの聞いた『能書き』と、非該当のエラー
『疑似仮想空間』。
神勇者対魔神皇、或いは神皇対魔神皇という『精霊神大戦争』の最終決戦の場として使われることが非常に多かった領域。
内部での様々なエネルギーが流出しないために、神勇者が全力で武器を振るい、魔神皇が強大な術を何度も速射しても、外界は全く無傷だった。その為、『妖』と『魔』は、界元の維持のための戦闘を遠慮無く行うことが出来た。
しかし、用途はそれだけではない。
神皇の界元内同時複数出現を可能にし、所謂瞬間移動の類となる≪洞≫のゲートを作っての界元内移動についても、この『疑似仮想空間』の技術が応用されている。
この閉鎖空間を作り出すには、かなり特殊な技術が必要となる。
その技術は、最高次となる『空間生命体』の中でも、生命エネルギー・『氣』に包含される心魂に、『妖』と『魔』の双方を併せ持つ限られた存在、即ち神皇のみが操ることができる……はずだった。
操ることができる、という表現は正しくないかもしれない。鍛練をして身につく技術でもないからだ。そもそも、意識を維持するのに『命の外皮』を必要とする存在が、たかだか命の器をどれほど磨こうとも、三次元の何十億光年という広大な体積のすべてを同時に等しく認識する能力など、身につくはずがない。それは、道具を持たぬ人間に光速での移動を要求するようなものなのだ。
そして。
神皇たちの心魂を持つ『氣』が確率体に大量に含まれるため、それが収束・反応して、いわゆる心魂を持つ『生命体』が無数に誕生する。
これらの『生命体』は、一般に言われるようなアミノ酸を持つ『生命体』だけを指す狭義のものではない。アミノ酸を持たぬ岩石生命体や金属生命体、液体生命体や、ガス生命体なども、当然含まれる。物質を構成するエネルギーに生命エネルギーである『氣』が含まれていれば、それは『生命体』と呼んで差し支えないことになる。
この中には、現次は勿論の事、高次である神々も含まれる。
心魂を持たぬ超妖魔は、確率体と実体のどちらかの形態しか取れない。
確率体の中に実体を置くことの出来ぬ超妖魔は、どれ程強大な力を得ようと、界元……即ち宇宙にはなれないのだ。
そして、それを持つ神皇らの身体といえる『確率体』の一部のエリアでは、神皇の持つ『氣』を元にしていながら、神皇の個性の影響を全く受けない、別個性の無数の実体……『生命体』が自然に組みあがっていき、さらにそれらがそれぞれ各々の意思で増殖行為を繰り返す……所謂繁殖とも言える……ようになる。それはちょうど、子は親のコピーだが、同一個体ではないことと似ているかもしれない。
しかし、その行為を行わない実体は、いずれ絶滅に至り、『真』に戻る訳だ。……『氣』と『真』の変異ルールに則って。
神皇は、自身の身体の一部にある、存在エネルギー・『真』を使って世界が構成されることを許し、生命エネルギー・『氣』を使って生きる者の存在を許した。
神は神でありながら、世界を作るのに資源と力は提供したが、世界は勝手に『出来上がり』、生命は勝手に『生まれた』のだ。
しかし、勝手に『氣』を使われた界元が、無数の生命体を抱えることにより、エネルギー不足に陥ることは否めない。それ故、『精霊神大戦争』というエネルギー補給儀式……というより行事に近い……が定期的に為されるようになって久しいのだ。
もし仮に、かの『大戦』が起きなければ、界元内がエネルギー不足に陥り、やがて消滅に至る。エネルギー供給に代替法があればよいが、ないからこそ、『妖』と『魔』の神皇は必死になってお互いをけしかけ、お互いに頬を張り続けるのだ。
この『疑似仮想空間』の能力は、神皇の目的に応じて様々な用途で使われることが多い。
先述の『精霊神大戦争』の戦場。≪洞≫の術を使っての物理的距離無視の移動。そして、普通の『生命体』ではありえない、同一個性の同時複数個所出現など。
この空間の特徴は、容積が体積より大きい、という異常な式で示すことができる。
式で示すのは容易だが、その現象を説明するのは非常に困難だ。
まず、存在が確率化している。
そのため、その空間の中では、存在の形状や大きさも非常に漠然としている。距離感が掴めなかったり、形状が見る人間により異なったりするのもそれが原因なのだろう。
様々なものに対する『定数』が存在せず、本来決められたものはない、ということなのだが、それを指して、高次の神たちは『混沌』と呼んでいる。
そして、神皇の凄まじい精神力が、確率化する『疑似仮想空間』の率を限りなく高めているのだ。
「……ということらしいんですよ。僕もほとんど意味はわかりませんが」
少年神勇者ギューは、かつてイメージで入ってきた神勇者の戦場を、言語化するのに苦心しながら、なんとか説明を終えた。
長官は微動だにせず、ギューの話を聞いていた。そして、朱の鎧の神勇者の言葉が終わった後も、しばらく沈黙を守っていたが、やがてポツリと言った。
「……にわかに信じがたい話ではあるが、良くわかった。
そして、ギュー君の持つ様々な力も、神皇という、神々にとっての神のもたらす戦いに必要なのだな」
長官の理解に、ギューはギクリとする。
ダメな戦士として行動しなければならなかったはずの話が、違う方向に話が進んでしまっている。
だが、今更訂正も出来ない。
考え込む長官を見上げながら、少年神勇者は、背を冷たい嫌な汗で濡らすことになった。
「……という事は、あの化石化していない恐竜の死骸に見えるあれは、超妖魔という空間生命体だというのか」
「その可能性が高い、ということです。僕も、断言はできないです。超妖魔が実体化したその瞬間を見ているわけではないので。
それに、空間生命体は定型がないですし」
でも、≪索≫での結果はそうなっています、という言葉は瞬時に飲み込んだギュー。ましてや、知り合いに仲の良い超妖魔がいて、その雰囲気に似ているんですよ、とは口が裂けても言えない。そもそも、超妖魔がなぜ近所の仲のいい兄貴的な扱いになっているのか。
ダメに見せなければならない。それをふと思い出したのだ。
『無能』という身も蓋もない表現ではないところが、いかにもギューらしい。
「数億年前の地層から出て来たんだぞ。あの死骸は」
「超妖魔ならありうる話です。活動しているように見えない超妖魔であれば、数億年前、あの化石の山の恐竜たちがまだ息絶えてすぐのころ、そのタイミングであの場所で『実体』化してそのまま、という可能性は十分にあると思います。
……あるいは、地層を透過して、化石の所で実体化したとか……。
こっちの方が可能性は薄そうですけど」
「しかし……何のために?」
数億年も死骸と共にいるという、一見すると無駄とも思える行動をとったというのか、と疑問を口にしようとして、長官は押し黙った。
超妖魔は、いわゆる生命体のような種族保存の欲求や生存欲求というものを持ち合わせていない。三大欲がなければ、行動パターンはもはや予測はできない。
そう説明を受けたばかりではないか。
通常の生命体であれば、それらの欲求のない生物は、間違いなく滅びる。
だが、空間生命体の場合、そもそもの定義が通常の生命体と異なるのだから、まさに『ただそこにいるだけ』という行動も十分にありうるのだ、という事。
超妖魔の死は、消滅だ。
現次と一部の高次のような、死から腐敗分解、別の生命体の活動エネルギーとして吸収、という螺旋が存在しない。大自然の循環の外に出た存在。
意思を持って活動する者もいるが故、生命体を冠しているが、その実は繁殖も生存も目的としていない存在なのだ。
それゆえ、最強であり最弱でもある。
実際、観測されていないだけで、酷く弱い超妖魔が、現次の何気ない行動のために消滅している可能性もあるのだ。力がないために、消滅時に『命光石』や『真源石』を残さずに……。
「実は、この恐竜の死骸の研究が、そのまま『可変容積型多機能多目的施設』を実現するに至ったわけではない」
長官は、難しい表情を浮かべていたが、年齢を経ているせいか、その仕草すら慎重に物事を進める理知的な印象を与える。
「かへ……、何て!?」
長官が口にした言葉を復唱できず、ギューは思わず呻いた。
長官は、自身の発した単語を繰り返せぬギューに、微かな愛嬌を感じながら、説明に移る。
「『可変容積型多機能多目的施設』だ。
施設の容積を自在に変えることが出来る施設、という意味だな。その名の通り。
君も通ってきただろう。
ドゥエイブは、君に首都と言ったそうだが、実際にはまだそこまで機能を集中させてはいない。現段階では、私のこの部屋を限りなく広くし、その空間を使って実験を行なっているレベルだ。
我々が『施設』と呼ぶこの機構だが、空間を操作することで、戦地や災害現場に本部機能をコンパクト化させたものを持ち込み、事案発生後の意志決定機構や技術提供機構のサービスを速やかに提供できるようにすることが目的だ。
同じ目的で、病院機能を移動、設置の高速化も念頭にある。
最終的には、直下型の災害に首都が襲われた際に、首都ごとの移転や住民の生活の場の造成を、コンパクトかつ迅速に行なうためのツールとして運用するつもりだ。また、住民の大量避難を効率的に行うことも計画の一部にはある。元々この空間の中にいれば、自然災害は皆無になるからな。
更に……」
長官は熱弁を振るい続けようとして、対象である少年ギューの顔から表情が消え、蒼白になっていることに気付き、言葉を紡ぐ速度を緩めた。
齢十歳のギューには、些か難解すぎる内容であり、少年の頭が半分ショートしてしまったのだ。
国としての目標なのか、長官個人の夢なのか曖昧な展望を聞かされたギュー。真っ白になった頭で、浮かんだ疑問。
技術的には可能だとして、能力的に可能なのか、という問題。
『疑似仮想空間』は、術は術でも、神術に相当するものだ。
高次の存在でも中々使えるものではない。それこそ、強大な『氣』と『真』を扱える極一部の上位の神が、自身の『氣』を限界まで使って、やっと擬似的な確率体を作り出す。
それがやっとなのだ。
それですら、大変なエネルギーの消耗を伴い、場合によってはその神々の消滅も十分にありうる。
兄貴分ファルガに聞いたことがあるが、ドイム界元のファルガやギューの父母の住んでいた星には、女神が二人いたという。
その二人の女神は、それぞれが強大な力を持っており、先代の神勇者、神賢者でもあったのだが、彼女たちが数百年かけて準備した『氣』と『真』を使い、やっと≪洞≫の術の真似事を数回行なったという。
必要なエネルギーが桁外れなのだ。
それほどのエネルギーを瞬間的に発生させることが、この巨人たちの文化で可能なのだろうか。
ギューのその問いに、長官は答える。いささか悔しそうなのは、やはり、彼が……あるいは国が求めた要件には、まだ到達していないという事か。
「実は、その恐竜の死骸から確認したのは、容積の方が体積より大きいという現象が、きっかけはどのようであったかは不明だが、起きうるのだという事実のみだ。
その現象を実際に発生させたのは、別の実験中の出来事だ」
「えっ……、それってどういう??」
「先ほど話した『施設』の実験中だった。
当たり前だが、体積より容積の方が巨大な施設を作ろうとは思っていなかった。そんなもの、学校の試験で書いたら零点だ。
可変容積型の施設の思想はすでに以前から出来上がっていた。持ち運び時は小さくし、設置時に大きくなればよい。
着眼点はそこだった。
もちろん材料を持ち運んで組み立てればよいわけだが、それだと人も必要だし、時間もかかる。更に、設営が立地的に不可能な場合もあれば、状況的に予断を許さない場合もある。
やはり、小さく持ち運び、設置後巨大化させるという技術は、運用的にも有用であるように思えた。
我々は、『施設』の実験を何度も繰り返した。
三次元である縦と横と高さのサイズ。これをダイヤルで調節することにより、施設のサイズを決定した。
そのサイズの可変度合いに応じて、内部の設備も可変するよう、様々なギミックを用いて実現したのだ。非常に開発コストはかかるが、兵器とは異なり、一度開発が成功すれば、長期の運用が可能であり、補修や改修も可能になってくるからな。
そして、何度となく行われたその実証実験中の出来事だった。
度重なる実験で、コントローラーのダイヤルが故障したのだ。
本来であれば、メモリがゼロには到達しない設定になっていた。どんなに可変でサイズを小さくできたとしても、ゼロにはならないからだ。もしサイズあるものが寸法ゼロになれば、物質がプラズマ化し、大爆発を起こしかねない。
ところが、ある時、実験を終了し、ダイヤルをミニマムに合わせようとした時、ダイヤルはぐるりとミニマムを超えてしまい、ゼロをも超えてしまった。
まさか、事案が起きるとは思ってもみなかった。
まるで、箱が陰圧でつぶれるように、施設は歪んでいった。そして、一度『点』まで縮小した後、まるで鏡面に反射した時のような、表裏逆の施設が再び出現したのだ。
表裏逆というのは、ドアでいえば、左についていたものがドアの右についている状態。
その状態で再び施設が姿を現したのだ。しかも、我々の背後に、上下も逆転した状態で。
推測に過ぎんが……、いや、この時の現象についてはすべて推測に過ぎんが……コントローラーをゼロ座標として考えた時の、座標反転が目の前で起きたのだと考えると、少なくとも目の当たりにした現象については納得した説明はできる。
技術的に可能かどうかはともかくとしてな。
わかるか、ギュー君。この異常な状態が」
「……何となく」
長官はニヤリと笑うが、目は笑っていなかった。
「……表裏反転しただけの施設。我々にはそう見えた。そして、コントローラーのスイッチを切ってみたが、その反転は継続していた。……ある意味安定したのだ。
そこで、我々はその施設内に入ろうと試みた。だが、この時には既に歪んでいたんだな。何かが。
反転施設に入ろうと試みた我々は、入室出来ずに困った。
ドアが開かないのだ。というより、ドアに触れない、というのが正しかった。はじかれたり、擦り抜けたりとその時々で反応は違ったが。
我々は、検査機器を使って施設の現状を知ろうとした。だが、機器はエラーを返す。
存在エネルギーを示す機器はゼロを示すが、寸法を示す機器はマイナスを示す。しかし、眼前には反転した施設が存在する。
ゲーム機でのバグでよくあるような、処理上は消去処理が成されたが、何故か描画だけされ続ける背景の一部。そんな現象が起きているように思えた。この実世界に。
その時は、この状況が恐ろしすぎて、コントローラーの電源を入れ、目盛りをプラスに戻した。すると、存在エネルギーが復活し、寸法はプラスになり、眼前の反転施設はまた収縮し、反転の解けた状態で出現し直した。今度は触れることも出来、中に入ることも出来た。
中の様子は、実験前と何ら変わらなかった……。
我々は、そのまま何もなかったかのように実験を終了させ、機材を片付けて撤収した」
ギューは無言で長官の話を聞いていた。
「……後日、報告書を大統領に提出した我々は呼び出され、精密健康診断を受診することになり、薬物依存のチェック後、実験の継続を指示された。
この実験は、明言されていなかったが、あの反転事件の実験の継続であることは、その場にいたメンバーには痛い程わかった」
最後の方の長官の言葉は、慟哭のようだった。決して声が荒げられた訳でもなければ、大きくなったわけでもない。
ただ、ギューには、なにか平常心で語られたものには到底思えなかったのだ。
実際、『可変容積型多機能多目的施設』の陽の数値での実験は、別組織が立ちあげられ、そこに移管された。彼らの手元に残ったのは、陰の数値の実験命令のみだった。
彼らは、実験を続けた。
その結果、マイナスの数値のエリアは高確率で再現可能となった。
しかし。
その箱も中身も、安定しないのだ。急激に崩壊こそしないが、やはり見える情報と数値データが異なり、現状における、件の箱の確実な再現だけは可能。
それが長官たちのプロジェクトチームの現状だった。
そして、実際の技術庁の様々な実権も、『施設』の実験同様、副長官に移管されたという。名ばかりの長官だが、万が一の事故があった場合でも、技術庁業務が滞らないように、為政者はバックアップを作ってデュアルで国家業務を動かしているのだ。
パンドラの箱を開けた者の定め。
長官はそう言って楽しくなさそうに笑った。




