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界遊記  作者: かえで
超界元ユークリッド

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301/317

はったりと背伸び

「帰ってこないと思っていたぞ、小僧」


 草原のど真中。道らしき道はないが、踏み固められた土のせいか、そこだけ草はほぼ生えていない。生えていても、申し訳程度で、男たちのくるぶしよりもずっと背が低かった。

 他の場所は、見渡す限り緑のカーペットのように草が生え揃っていたが、男たちの膝上程度までだった。

 仮に道になっていないところを歩んだとしても、男たちにとっては苦痛ではなかっただろう。

 ……男たちの身長が、この地域の平均値をクリアしているようであれば。

 恐らく、男たちの体感では三十分も経っていなかったのだろう。ギューが再び≪洞≫のゲートを通って、彼らの前に現れた時、黒服の男たちは、まだ小休止をしており、今後の行動の指針を立てている最中だった。

 上席からの、ジルゴを連れて帰れという至上命令。それが叶わず、さらに代わりの人間を連れて帰ると報告してなお、連れて帰れないのであれば、無能の謗りは免れないだろう。

 組織として体面を気にする以上、何かしら成果は欲しいが、だからといって、逃げたはずのギューが戻ってきても、手放しで喜ぶような、忠誠心溢れる……というよりは、組織に萎縮している者たちが、黒服をやる筈もない。チャンスがあれば、出し抜いて上に登っていこうという野心を、多かれ少なかれ持っている筈だ。


 命拾いしたという意識も多少はあるかもしれないが、それ以上に不敵な男たち。

 そんな輩の言葉を素直に聞くギューではなかった。

「すぐ戻るっていったじゃないですか。大体逃げるんなら、こっそりやらないですよ。逃げる意味もないし」

 男たちが、ギューの言葉の裏……逃げる位なら全部叩き潰して、まっさらな状態にしてから立ち去るぞ、という意図……を汲み取ったかどうか。

 ギューにのされたことのある恰幅の良い黒服は、あからさまにギューに敵対心を剥き出しにしたものの、ギューは相手にしなかった。

 思わず掴みかかろうとする恰幅の良い黒服の男。だが、リーダーと思しき男に制される。

「やめろ。

 我々の任務は、この少年を連れ帰ることだ」

 中肉中背の黒服の男がリーダーなのだろう。

 長身の黒服も、恰幅の良い黒服も、ほんの少しだけ肝を冷やしているように見えたのは、気のせいだろうか。

「……少年っていうちっこさじゃねえよなぁ。虫けらかアリンコだぜ」

 負け惜しみのように呟く恰幅のよい男。

 だが、そう言う皮肉にも、ギューは負けたくなかった。ディグダインが聞けば、そんなことは捨て置け、とでも助言しただろうが。

「身体の大きさがその人間の価値を決めるというなら、そこには強さが裏打ちされるからなんでしょうけど、あなたの場合、意味がなさそうですね」

 ギューはそう言うと、その場にどっかりと腰を下ろした。

 ギューの言葉の意味を解し、怒りのあまり震える恰幅の良い男。だが、彼は流石に言い返せない。

「やめておけ。少年の勝ちだ。

 彼は人質ではない。ゲストなのだ。それなりの対応を頼むぞ」

 リーダーと思しき黒服は、恰幅の良い男の肩に手を置く。一見すると、穏やかな上司が仲裁に入ったように見えるリーダーの行動だが、これは暗に、これ以上の闘争の禁止を命令していた。

 肩に手を置かれた瞬間、恰幅の良い男はびくりとしたが、やがて体から緊張が解ける。

 降参したのだ。但し、膝下以下の少年に対してではなく、黒服のリーダーに対し。

「部下が失礼をした。

 我々は、貴方を客人として招待したい。宜しいか」

 恰幅の良い男から視線をギューに移した黒服の男のリーダーは、出来るだけギューに視線の高さを合わせるため、跪いた。一見すると完全な降参に見えなくもないが、ギューはそのようには受け取らなかった。

 ギューはしばらくの沈黙の後、ゆっくりと言葉を選びながら話す。それは、彼にとってのかなりの背伸びとなるだろう。しかし、その背伸びは、いずれ彼の力となるはずだ。

「僕は……。多分、あなた方が思っているよりずっと強いです。

 ただ、僕はまだ子供です。知らないことやわからないことも多いはず。色々教えてもらうこともあると思います。この界元では知らないことも多いです。

 それでもいいですか?」

 いいか、という問い。それは、まだ連れて行くのか? まだ利用するのか? という問いであった。そこには、なんとしてもジルゴの代わりを果たさなければならない、という強い決意の表れがあった。例え、ジルゴが望まざる同行であり、協力であったとしても。

 ギューの『界元』という言葉が初耳だったらしく、リーダーの黒服は一瞬表情を強張らせたが、すぐにそれを消し、優しそうな笑みを浮かべた。

「……構わない。遠慮なく聞いてくれ」

 ギューはこの集団と共に行動をするようになって、初めて笑った。


 ディーガレン国。

 超界元ユークリッドという宇宙の中に存在する一惑星の中に成立した国家の一つ。

 人間のサイズが極端に大きいこの界元ではあるが、物体との比率も大きくなっている。

 惑星の大きさと、人間の大きさの比が、ファルガやディグダイン、ギューがいた界元と同じものであるかというと、そうではない。人間の身長はほぼ二倍半であるのに対し、星の直径は二倍半では効かない。恐らく、百倍も二百倍もあるはずだ。

 領土が広大である分、人間の生活圏同士の幅も大きくなるため、人間が作り出した生活の場も、一つ一つの距離感が非常に大きいことを意味する。

 その為、地勢に対して人間の分布がかなり隙間だらけな状態だ。

 それゆえ、ディーガレン国は、この星の中では強大な国家に分類されるにも拘らず、それでも人々の生活にかなりの割合で自然が食い込んできている結果、田園風景のような穏やかな印象を受ける。

 しかし、実際にはかなり道具術に卓越した国家であり、今も新しい技術が生み出されようとしている。その技術は、デイガ界元の科学……道具術……に勝るとも劣らない状態にまで洗練されており、新しい技術開発のために、当初はジルゴの持つ力を研究する計画だった。

 だが、ジルゴが満身創痍となってしまったため、傍にいたギューをゲストとして招聘するに至った。

 ギューと三人の黒服の男たちは、周囲には主だった建造物など何も見当たらぬ、見渡す限りの草原地帯の中にポツンと存在する建造物に到着した。

 どうやら、この場所が彼らの言う目的地らしい。

 しかし……。

 その形状は異質だった。

 緑の草原の中に置かれた、銀色の箱。

 遠巻きに見る限りでは、そんな印象しかない。

 そして、近づいて行けば行くほど、その建造物……というよりは、構造体に近い……の異常性に気づいた。

 まず、窓がない。

 それどころか、建造物として機能するための様々な凹凸物がない。

 くすんだ銀色、というより、灰色に近い直方体の構造物。それがその建造物に対する感想だった。

 近くまで寄ってみるが、やはり凹凸がない。

 何かを組み合わせて作られた、という印象すら持てない。そして、特筆すべきは麓まで来た時に、かの巨人群ですら、遥かに見上げる巨大な物体かと思いきや、近づいたにもかかわらず『見え方』が全く大きくならない『箱』。

 余りに無機質すぎて、施設だとか工場プラントだとか、そういう印象も浮かばなかったが、近づいても大きさ感は変わらない。近くによって感じたのは、小さな小屋程度の大きさ。蜃気楼でもあるまいし、遠くても近くても見え方が変わらないとは。ただ、蜃気楼とは違うのは、近づけないのではなく、触れるほどに近づいても、大きさが変わらない。

 遠巻きに見ても小屋程度。遠くから見てあの大きさなら、近づけば巨大なものだと思いきや、近づいても、巨人たちから見ての小屋サイズなのだ。つまり、遠くから見えた感じから、接近すればかなり大きい物体であると認識できるかと思いきや、やはり、遠くから見えた大きさのままだった。言い換えれば、近づいていくにつれて、その箱が小さくなっていくような印象だった。

 『物体』。

 まさにこの表現がぴたりと合う、大きさを度外視した、不気味な箱。

 黒服の男たちは、その構造体の入り口を探す仕草も見せない。そのまま、構造体にぶつかるように進行する。

 先頭を歩くリーダー格の黒服の男は、擦り抜けるように箱の中に入っていった。

 最後尾のギューが驚いて立ち止まるも、黒服の長身の男も、恰幅の良い男も、躊躇なく入っていく。

 人間が透明なガラスで覆われたビルディングに入る時も、入り口となる自動ドアを目で探しながら、開閉のタイミングを暗に合わせて入るものだが、そういった暗黙のタイミング合わせの行動も、彼らには存在しなかった。

 ただ透過しただけ。

 その表現が正しいだろうか。

 ギューは流石に箱の前で立ち止まる。

 本来であれば、もっとじっくり調べたい。≪索≫を走らせて、その箱の正体を探りたい。興味はあるが、それは同時に恐怖でもある。

 だが、それをしている時間も、先行する黒服の巨人たちに嘲笑されそうな気がして、負けたくないという感情が先に立ったギューは、歩くスピードを殺さずに、むしろ加速せんばかりの勢いで、箱にぶつかっていく。

 彼の心配は杞憂に終わる。

 よほど、入る直前に両手を前に突き出して、体が透過することを確認してから進入したかったが、それすらも我慢して、ほぼ顔から箱に向かって突っ込んでいくギュー。

 顔が当たる直前に何かを感じるかと思ったが、それすらもなく少年神勇者・ギューは箱の中に透過されていった。


 ぶつかる瞬間に、無意識に固く目を閉じたギュー。それを見透かされて、先行する黒服たちに笑われるが、不思議とそれには腹は立たなかった。

 それ以上に、あまりの光景に溜め息が出る。

 この不可思議な物体が何なのか。

 外観も、その形状から用途の予測はできず、寸法がでたらめ。遠くからでは大きく見え、近づくと小さく見える。

 そして、中に入ると、遠方からの景観からも想像のつかないほどに広大な空間が準備されていた。

 空間には、外の世界を席巻していた牧歌的な物体は全て排除され、無機質な物体が、意図は不明だが整然と存在する。それは、今は無きギューの界元ギラオ界元で見たテレビ番組で描写された未来都市そのもののように思えた。

 デザインのよりも効率を優先された無数の建造物を初めとする、幾何学空間。

 建造物からも地面からも、等間隔で不思議な輝きを放つ光源が存在するが、視界を妨げるものではない。何か注意喚起をするものなのか、歩行可能場所とそれ以外を分ける誘導炉のようにも見えるが、用途は不明だ。

 空間は薄暗いという印象だが、明暗などの光量の問題ではなく、都市が黒く、光源が存在しないため、補助灯が結果的に目立つのだろうか。

 天井にも壁にも同様の光が確認できるが、それらが星ではなく、人工的なものであると認識するのにそれほど時間はかからなかった。

 空間を有効に使うため、壁にも天井にも人が居られるような設計になっているということなのか。壁にも天井にも重力が発生させられていて、大地のように扱えるということなのか。

 そう考えたときに、壁や天井を走る星空にしては不思議なほどに整然と並ぶ輝きが、床にある誘導灯のようなものなのだと思ってみると、実はこの空間は、球体の内側に存在するのだと想像できた。

 それはちょうど、惑星の外皮に自然や文明が存在するのとは逆に、惑星の内皮にそれらが存在するイメージなのだ。

 ギューは周囲に≪索≫を飛ばすが、不思議と何もかからない。側に居る巨人すらも拾えないということは、≪索≫そのものがこのエリアでは使えないということだということに気付く。

 太陽のような日差しもなければ、照明器具もない。だが、何か理由は不明だが、周囲の状況が分かる。そんな不思議な感覚だった。

 そんなギューの様子を見た恰幅のよい男が、少し嬉しそうに話しかけてきた。

「びっくりしたか、小僧」

 その言い方にイラッとしないのは、皮肉の分かりにくい子供だからなのだろうが、ギューは純粋に自分の驚きを彼に伝えた。純粋な好奇心が勝ったのだ。

 その印象に、不思議と恰幅のよい黒服もほだされたのか、自慢げではあるが、この施設について説明をしだす。

「ここが、我々の首都ニミツアだ」

「首都……!? あんな小さい箱の中身が、首都……。確かに中は広いけど……」

「驚くなよー。ニミツアは、移動首都なのだ。空も飛ぶんだぞ!」

「と、飛ぶの……!? この箱が……!」

「しかも、この首都は、球体なんだぞ。球体の内面に作られているんだ! 外側から見たら四角いのに……」

 だんだん語尾が怪しくなってくる恰幅のよい黒服。どうも、この恐るべき技術にあまり詳しくないようだ。

「それくらいにしておけ。おまえも理解が浅いことが見破られるぞ、ドゥエイブ」

 リーダーの黒服に諭され、小さくなる恰幅のよい男。

「はい……、すみません……」

 ドゥエイブと呼ばれた黒服の恐縮した様に閉口した。

「ギュー君、だったな。

 これから君を技術庁長官の下に案内する。そこで今後の流れの説明を受けることになるだろう」

 黒服のリーダーの男はそう言うと、ギューについてくるように促し、自ら先頭になって歩き出した。

 ……ギューが覚えていた違和感の原因が分かった。

 本人たちの歩行速度に対して、空間の景色の変化が速いのだ。

 つまり、自分たちが歩いている速さと、実際の移動のスピードが合っていないという事。距離の長い『動く歩道』を歩き続けていると、自分のいつもの歩行速度に歩道の可動部の速度が加速され、いつもの感覚よりずっと速く動いているように錯覚する。しかし、歩道から降りた直後は、その速度のギャップに違和感を覚え、体が重く感じる。また、トランポリンで遊んだ直後、トランポリンから降りた時の自身の身体の重さ。この違和感も同じことだ。

 この首都空間内では、どうやら、自身の動く速度が通常より速く設定されているらしい。

 確かに、前方から見えてくる様々な物体の接近が異様に速い。だが、床が動いているようにも見えない。

 やはり、この空間では体を動かす速度が増しているのだ。

 これが何を意味するのか。

 時間というものを速めているのか、はたまた、身体能力を向上させているだけなのか。

 時間を速めているとすると、体の成長も速くなる。老いも速くなる。当然爪や髪も伸びるのが速まるわけだが、果たして、その技術を開発した時、意味があるのかを考えると、速めるだけでは何の意味もなくなる。緩める技術も当然なければならない。

 しかし、移動だけ時間を速めても、客観的には何の意味も持たない故、どうやっているかはわからないが、そういった技術ではないだろうと、ギューは推測する。

 少年ギューは、今は亡き自身の界元で、様々な物語を見てきた。その中には、時間を自由に操る話も幾多もあった。

 もちろん現在では、時間というものは概念として存在はするが、実際は物質の『変化』を連続して捉えたものであり、『時間』という現象そのものを捉えたものではない。時間だと感じているものは、実際には物質の単なる変化の記録に過ぎず、時間という万物に均等に影響を及ぼす尺度は存在しない、と神皇に明言されていて、それについては本人も納得しているつもりだった。

 それでも、やはり時間というものを人間が体感できるとしたら、直接の時の奔流ではなく、物体の変化という『観測結果』のみであり、それを目撃してしまうと、万物に均等に影響を及ぼす物、という解釈をしたい人間の与えた仮初の尺度のほうがさわり心地がよいのは否めないところだ。

 もし、ニミツアの現象を理解する時、時間を速めているのではないとするなら、どういった技術で起きている現象なのかを考えた時、まだ、ギューには思い当たる節がなかった。

 ただ歩く速度が増しているような気がするだけで、何か特別な技術を使っていると結論付けるのは早急にすぎる。しかし、だからといって無視するわけにもいかない事案ではある。それ故、ギューは現状を観察することに徹するのだった。

 三人の巨人について歩くギュー。

 どこを目指しているかわからなかったが、何となく正面にそびえる巨大なビルを目指して歩いているのだろうと思っていると、やはりそうらしく、あまり距離感を感じぬうちに、ビルの前に立っていた。

 元々巨人サイズでいろいろ作られている都市だ。

 階段の一段一段が、ギューの股下まであるので、彼は若干上りにくかったらしく、男たちに内緒で、ふわりと≪天空翔≫で浮き上がり、階段をクリアしたのだった。

 ついに建造物の前に立つ。

 やはりこのビルにも入り口はなく、窓もない。

 男たちは躊躇せずにその建造物に向けて歩いていく。

 彼らは先ほどと同様、何の抵抗もなくするりと建物の中に入り込んでしまった。

 ギューは、もう一度≪索≫を走らせるが、中が思ったより空洞のスペースが多いという事以外、情報らしい情報は上がってこなかった。

 ≪索≫が暴走している……。

 ギューはそう結論づけ、彼も背が高く巨大な建造物内の中に進入した。

 入り口は相変わらず存在しないが、先程の箱に進入した時に比べれば恐怖はない。

 だが、だからこそ慎重に動かなければ、と、三人の黒服の一挙手一投足と、周囲の状況の変化に対して、少年神勇者ギューは強く集中するのだった。

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