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界遊記  作者: かえで
超界元ユークリッド

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家長の決断

「そんな便利な泉があるのか……?」

 ネスクからの報告を受けたディグダイン。しかし、にわかには信じがたいという表情を崩さない。

 情報提供者も、アグリ界元の神勇者・エスタンシアだというが、よくよく聞いてみると、エスタンシアからもたらされた情報ではあるものの、実際には、彼女と行動を共にする超妖魔・エビスードからの情報であり、更に辿れば情報源は界元神皇エリクシールに辿り着く。

 ディグダイン自身は、まだエリクシールには不信感こそ持っていないものの、カインシーザやジルゴの話を見聞きした時の情報と心証、そして、彼自身の考察も加味して考えた場合、仮にジルゴの様態が藁にも縋る状況であったとしても、彼女たちが両手を上げて飛び付く類いの話であるとは、到底思えなかった。

 界元神皇に対するディグダインのイメージは、曲者。

 今はまだ出し抜かれていないが、それは、エリクシールが出し抜こうとする相手にディグダインを選んでいないだけ。そんな中途半端な状況に思える。

 恐らく、その奇跡だかの泉の効能はあるのだろうが、その効能はさておき、ある程度戦線復帰の可能な状態になったジルゴを、再度酷使しようというエリクシールの意図が見え隠れする。

 その一方で、ディグダインならばそのような認識に至るだろうという読みも、界元神皇ならば、当然あり得る。

 実際には、エリクシールがその更に先に、一体何を見ているのかがわからないので、おぞましさとは違う不気味さを感じざるを得ない。

 しばらく思いを巡らせるディグダインの表情に不安を隠さないネスク。

 凄まじく長い時間、無言を貫いていたディグダインだったが、ふと口許に笑みを浮かべ、ネスクの肩にポンと手を置く。

「心配させてしまったな。だが、大丈夫だ。この件は、我々が決めることではない。

 結局ジルゴがどうしたいか、だからな。

 タイミングを見て、俺から話す。

 それでも、まずはヤツが目覚めてからの話だ。今日はゆっくりするがいい」

 ディグダインはそういうと、家から出ていった。ハイコンピューターを用い、情報収集に集中したかったからだ。

 閉まる扉の向こうに消えたディグダインを見送ったネスクは、溜め息をつくと呟いた。

「私、まだ、役に立ててない……」

 そういいながら、鍋の前に立ち尽くすネスクの右横から延びてくる手をパチンと叩く。

「げっ……、ばれた……」

 扉から出ていったディグダインに目を奪われている隙に、こっそりと台所に入ってきたギュー。意識がディグダインに向いているネスクの反対側から手を伸ばし、鍋の蓋をはずしてつまみ食いをしようとしていたが、ものの見事にネスクのレーダーに引っ掛かってしまったようだ。

「ご飯はもう少し後!

 ジアのしつけにもよくないわよ!

 お兄ちゃんなんだからちゃんとしなさい! 朝御飯抜きにするわよ!」

 まるで、年の離れた姉のようにギューを叱るネスク。

 ばつの悪そうな表情を浮かべながら、再度こそこそ出ていこうとするギューに向かって、ネスクの言葉が飛ぶ。

「……なんだよ、おねえちゃんぶっちゃって。ネスクさんなんて僕より小さいのに……」

 思わず不満をこぼすギューに、ネスクは決定打を放つ。

「……何? 文句があるなら代わりに作る?」

 その言葉を聞いた瞬間、ギューは急いで扉から逃げ去った。齢五歳で魔神皇を倒した少年でも、朝食抜きはかなりこたえるようだった。


「……即座には答えられません。もちろん、ジルゴには元気でいて貰いたいし、ジアと遊んでも貰いたい。これから父親としての仕事は一杯あるわけですし。

 ……でも、車椅子で微笑むジルゴに、悲壮感はなかったように見えました」

 ジルゴの妻で、元神賢者のアミツ。

 母としての仮面と、妻としての仮面、そして神勇者の相棒としての仮面が入れ替わり彼女の表面に出ては消える。

 立場としての想いと、全てを排除したときに現れるアミツという一人の女性が入り乱れ、彼女自身も困惑する。

 ディグダインは、ジルゴの眠るベッドの脇の椅子に腰かけたまま項垂れるアミツの横に、となりの食堂から椅子を持ち込み腰かけると、ディグダインの主観と、客観とに分けて、アミツに話したのだ。

「……最後は、ジルゴが決めることになるはずです」

 アミツの言葉に、そうだろうな、と相槌を打つディグダイン。

 そして、彼女も、恐らくジルゴはその泉に行きたいと言うだろうことを予想していた。

「……その時、貴女はどうするつもりだ?」

 それは、他人を想う事ではなく、自分がどうするか、という選択の確認だった。

 ジルゴが泉に行くといった時、アミツはどうするのか。ジアを連れていくか、ジアを置いていくのか。今のネスクならば、飛行機を改良し、乗員を増やすことは容易い。

「……多分、ジルゴはここで待てと言うと思います。ジアをしっかり見てやってほしい、と。

 私は、あの人の想いを踏みにじってまで同行しようとは思わない」

 アミツの目に強い光が点る。

 これまでも、ジアを見てきた。第一に。これからも同じ。

 ディグダインは口角を上げた。そして、ジルゴの寝室から出ていった。

「わかった」

 という言葉を残し。

 ディグダインは、アミツとジアの守護役にギューを残すことを考えていた。


「えーっ!?」

 ギューの口から漏れる歓喜とも悲鳴とも取れる叫び声。隣に立つネスクからうるさいと言われようが、不満は不満だ。

「僕も行きたいですよ! その、奇跡の泉って僕だって見てみたいです!」

 ギューに状況を説明したディグダインは、ギューの大きな反応を見て、ギューという少年の性格を考えれば、こうなるというのは予期すべきだった、と思い至る。

「やはり、おまえは行きたいか」

 少しの間の後、ディグダインは呻くように呟いた。

「じゃあ、誰がアミツさんとジアちゃんを守るのよ!」

 横で話を聞いていたネスクが、やや責めるようにギューに迫る。

 だが、ギューからすれば、それは納得しづらいことだった。

 ジルゴが旅に出たときも、アミツとジアは、二人で待っていたではないか。前とその状況は変わらない。それにもかかわらず、なぜ今回は見守りをつけようという事になったのか。

「それは……」

 いい澱むネスク。

 ネスクは、ディグダインがギューをこの地に守護として置いていく、という言葉を受け入れた。しかし、それはあくまでディグダインの計画であり意思だからであって、ギューの意思は全く加味されているものではなかった。無論、アミツの意思も、ジルゴの意思も、そこには反映されていない。そして、ネスク自身の意思も。

 ディグダインを優先させたのが悪いという事ではない。

 様々な人の、それぞれの思いがある中で、それとどうやって折り合いをつけていくのか。

 それは、実年齢が幼児のまま、知識と耳にした経験だけを身に着けて来たネスクからすれば、答えようのない問いだった。

 誰しもが持つ、あちらを立てればこちらが立たぬ、という相反する二つの問題と折り合って、或いは誤魔化して、なんとなくやり過ごすという経験。

 正論という言葉で割り切るには、いささか個人的事情が過ぎる各人の想い。

 そんなところに挟まれて苦しむ経験はしないに限る。

 いい所取りではないが、それぞれが少し妥協をし、それぞれの想いを出来るだけ叶えるという、万人が少しだけ我慢する調整。

 そうやって事態を解決に向けて動かしていくのはあざといと言われるかもしれないが、実際問題として、そのような問題をやり過ごさないとすれば、正面からぶつかっても解決策にたどり着かないことなど多々あることなのだ。

 そして、実際ネスクは、ギューの質問に答えることができなかった。

 では、ギューを行かせてネスクが残るか? だが、それでは飛行機は飛ばない。

 ディグダインを残してネスクが行くか? だが、その奇跡の泉という場所を検索し、データを取っているのはディグダインだ。更に、泉に到達したジルゴに適切な処置を提案するのは、ジルゴのハイコンピューターになるだろう。

 ならば、アミツとジアも連れていく?

 それは一見すると友好的な選択肢かもしれない。

 しかし、この町から出て、その奇跡の泉という所に行ったジルゴの家族を、この町の人間が再度受け入れるかどうかは全く別問題だ。

 この界元の『妖』を守るためにジルゴと共に戦ったアミツ。

 しかし、それはこの界元のほとんどの生命体にとって、預かり知らぬこと。そして、この町の人間からすれば、アミツとジアは小人だ。アミツは同種の変異種としての小人扱いになるが、ジルゴとジアは別種の人間という事になる。

 それだけで差別の対象になるのもおかしな話だが、人は異分子を排除したがる。今まで、アミツとジアが虐げられてこなかったのが、ある意味不思議なくらいの事なのだ。

 その背景には、ジルゴの存在があった。ジルゴの強さがあった。

 それがあるからこそ、町の巨人たちは、小さなアミツたちを排除しなかった。

 その代わり。

 異分子が居ることの不快さを、町の衛兵とすることで誤魔化し、溜飲を下げていた。犯罪人の処刑後の遺体処理をさせる『穢多非人』のような扱い……自分たちが触れることを嫌がる、穢らわしくおぞましい物に率先して向かわせ対処させる事で、相対的に自分の地位を高めようとすることをしていた。

 だが、今回ジルゴは銀の箱に入って戻り、未だに立ち上がって何かができるような回復を見せていない。という事は、ジルゴは衛兵として機能しない。

 それは、ガードマンとして町に置いてもらっていたジルゴ一家が、云わば、この町にいられるための権利を失ったことを意味するのだ。

 そして、それを直接言ってくる者こそいないが、暗に町の人間からプレッシャーを掛けられているのは、町の人間ではないネスク達にも強く感じられていた。

 出て行け、とは言われていない。しかし、明らかに異分子として、厄介者として一家を捉えようとしている。今回、銀の箱を持ち帰ったことにより、その不協和音は増す。

 気にしないようにしていたが、幾度となく、巨人たちが様子を伺いに来ているのだ。文字通り、遠くからこの家の様子を覗き見るように伺っている。そして、こそこそ話をしては、こちらを気にしながら立ち去っていく。それが一人や二人ではない。入れ代わり立ち代わり、様々な年齢層の男女が、何の法則もなく現れては消えていく。

 それは即ち、ジルゴ一家を除いた巨人の町の全体意思ではなく、それぞれ個人が、ジルゴに、ジルゴ一家に対し、異分子の存在することに対する不快感を持っているという事を意味する。

 それが、一つの形になり、うねりとなれば、町として人々が集団でジルゴ一家を排除にかかる可能性は十分にあった。ただ、まだ動き出すには機が熟していない。

 ディグダインの考察と、ネスク自身の観察の結果では、そんな印象だ。

 動き出すならば、早い方がいい。

 このままだと、巨人の町民との軋轢が生じかねない。というより、既に火種はあるといった方がよいか。アミツやジアが問題なのではなく、巨人たちが勝手に悪意を持ち始めているのだ。

 そして、それは彼女たちが町を一度離れることで、町の巨人どもと彼女たちとの関係性が決定的になる可能性は十分にある。いや、離れることで一度ヘイトは失われるだろう。その代わり、戻ることは許されない。出ていったことを、諸手を上げて喜んでいる状態で、再度戻ってきたとなれば、強力な拒絶の意思が働くのは間違いない。

 ギューやディグダインが、町の人間にアミツとジアの保護を頼んでも、彼らはわかったとは言うだろうが、それが守られる可能性は露ほどもない。異分子を守る意味は、彼らにとってもはやない。ジルゴの戦力外は、文字通り彼らにとっての存在価値を失わせるのだ。

 彼らの住居の側で織り成される、ミニチュアのような小人の生活は、最初は興味本位で観察できるが、そのうち、不気味さに変わっていく。

 自分達が必要としない行動や、生活習慣、道具の製作に始まり、宗教的な理解しがたい行動などが露見すれば、それが違和になり、不安から怒りに変わっていく。

 何か企んでいるのではないか?

 自分達を虐げる何かを作り始めているのではないのか?

 ……と。

 一見して、相手が非力であり自分達に害をなさぬ存在に思えるからこそ、持ちうる不安だ。これがもし強者ならば、自分達の持つ不安はもっと具体的になるはずだからだ。

 排除が難しいとなれば、共生を模索するために攻撃的な卑屈となるだろう。そして、従順に従っているつもりになりながらも、寝首を掻く準備をする。それができずとも、強者の失敗や特徴をあざ笑う風潮が出来上がる。

 圧政を続ける政府に対する人々の風刺活動は、実はこの行動の発現の仕方の一例なのだ。

 同じ不安に対する解決策でありながら、こうも違うものなのか。

 そして、強者であるジルゴと、一見して弱者だと思われているアミツとジア。

 この組み合わせが、前述の二種類の不安を、巨人達に同時に感じさせているとすれば……。

 このタイミングで、発露する可能性は十分にあった。

「みんなで行きませんか?」

 ディグダインの悩んでいる内容を解決するには、アミツたちをこの町から離れさせるしかない。

 それがギューの結論だった。

 実際、アミツは巨人族では異常な程に小さい部類だ。そして、種の違うジルゴ。

 差別を生まぬ要素がない。

 そして、現在まで表立った仕打ちは特にないが、彼らの腰下までしかないアミツと膝下のジアなど、弱い存在でしかない。そして、現実に不穏な出来事もぽつりぽつりと起き始めているのも、前述の通りだ。

 以前から、心なしか、巨人の老人達の、散歩がてらの監視の目が強くなっているような気がしていた。それはジルゴが旅に出た時に顕著に感じられたことだ。

 ジルゴは、小さいとはいえアミツと同人種と暮らす方がよいと、この街での生活を選んでいた。

 だが。

 同人種でも……いや、同人種だからこそ起きる差別による悲劇もある。

 やはり、ジルゴが目覚めない限りは、彼らの望む未来のサポートは難しそうだった。ジルゴの。ギューの。そして、ネスク達の考えをジルゴに伝えるしかない。

 その日の夕方、ジルゴはゆっくりと目を開けた。


「ほう……。

 そんな泉があるのか」

 ベッドから身体を起こさず、窓のそとの空を見ていたジルゴは、呻くように呟いた。

 全身ヒビによる偽関節化は、彼の顎にまで及ぶ。疼痛と、たまに来る激痛は、かなり改善したが、自由に動かすことはできなかった。声は割に出るようになったが、声帯を振るわせると、体がしびれるようだった。そして、口の開きも悪いので滑舌は悪い。あまり声を出し慣れていない時期が続いて、声もくぐもり、かすれている。

「しかし、どうやって移動する?」

 ジルゴは当然予期される質問を投げかけた。

 町の中を移動するにしても車椅子を用いるか、酷くゆっくり歩くかしかない。幼子ジアが、その泉の場所に歩いて行けるとは到底思えない。

 だが、それについてはネスクの飛行機がある。

 車椅子ごと搭乗できるように改良を施し、更に連続飛行にも耐えうるような改造も必要だ。

 前回の移動の時は、ネスク自身が飛行機となって移動したが、今回は、ネスクは創造神となり移動集中治療室、通称『ネスク病院』を作った。

 どの程度の改造が必要なのか、それともゼロからの製造が必要なのかは未知数だが、移動を開始するにはある程度の時間がかかる。

 ゼロから作るならば、この町の周囲を取り囲むように生え揃う、まるで青竹のような雑草の下草から作ればいい。だが、それについては相当に時間がかかるとみていい。その間に、溜まり始めた巨人たちの、ネスク達に対するヘイトを刺激することにならないだろうか。現在でも朝昼夕と深夜、巨人たちは入れ替わりこちらの様子を見に来ている。

 そんな張り詰めた関係において、小屋の横の空き地に飛行機の製造でも始めようものなら、巨人のアミツたちに対するヘイトは一気に加速する。飛行機そのものを見たことがない巨人たちだ。説明をしたところで、理解を示すはずもない。

 そして、入れ代わり立ち代わり観察に来る巨人たち。恐らく、噂が噂を呼び、ほぼ全員の人間が、なんとなく様子を伺いに来るだろう。そして、全員が様子を伺いに来た結果、導き出される内容はわかっている。

 あの銀の箱といい、何か怪しげなものを作っている。あんなものが完成し、自分たちの生活が脅かされるくらいなら、先に行動を起こし、排除しよう。

 そう結論付けるのは、ジルゴの身長の倍はある町長の攻撃的な息子だろう。その彼が音頭を取ることで、人々は色めき立つ。そうなれば、人々は武器を手にし、襲撃を始める。それこそ、暴動のような状態になり、嬲り殺しに来るだろう。

 現在のディグダイン、ギュー、ネスクの戦力をもってすれば、巨人たちを退けることも、逆に絶滅させることも容易いが、それをそこまでやってしまうと本末転倒であることこの上ない。

 泉への飛行機での移動は大前提として、やはりこの町から一日歩いたところに置いてあるはずの飛行機に、改造を施してこちらに持ってくるしかない。そして、搭乗を済ませ、早々に移動を開始する。

 彼が眠っている間に起こった事案をディグダインより受けると、ジルゴは申し訳なさそうにアミツに謝罪をした。

 この町で暮らしていくのは、もう難しいのかもしれない。

 ジルゴはそう決断する。

 ならば。

 なおさら、自身がこの体でいてはいけない。

「ディグダイン。力を借りることになるが、よろしく頼む」

 ジルゴは籠る声ではあるが、強い意志で言葉を発した。

 家長として、家族を守るための決断。久しぶりに、ジルゴの眼差しに強い光が戻った。今は戦えないかもしれない。しかし、それは家族を守るために戦士として出立を選択した。

 一行の行動指針は決まった。

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