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界遊記  作者: かえで
超界元ユークリッド

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戦士の戦死、父の生還

 木造の家の前に、銀色の小部屋が到着した時、元神賢者のオモリオ=アン=アミツは、まさかその小屋の中で、ジルゴが横になった状態で運ばれてきているとは思ってもみなかった。

 およそ超界元の人間達では、見たことも聞いたこともない銀色の箱。

 箱の側面は、結合面の見えないシルバーのつや消しのボディが美しかったが、屋根部には突起物が無数にあった。

 換気のためのパイプから、雨風を凌ぐための機能を持った屋根。よく見ると避雷針らしきものもある。天井だけ切り取ってクローズアップしてみれば、大小様々のパイプが入り組んでいる様は、まるで工場の設備のようだ。

 大きさだけ見ると小屋だが、よく観察してみると、小屋というには、生活に必要な物がなかった。

 窓も、押し開けるようなドアも。唯一中の様子を確認するための小さなのぞき窓が申し訳程度にあるが、こんなものを窓とは呼ばない。

 この箱の中には、どうやって入ればよいのか。この箱から出るにはどうやって出ればいいのか。

 この全体的に銀色の設備、『ネスク病院』は通称だが、この小屋は、科学技術……神賢者のいう六道では、『道具術』に相当する……の発達したデイガ界元の集中治療室の機能を持ちながら、中に患者を入れて搬送も出来るという優れ物だった。

 だが、その説明を受けることで、ジルゴにただならぬことが起きていることを、アミツは悟る。話を最後まで聞いた彼女は、膝から崩れ落ちた。

 共にいたギューやネスクがジアをあやし、話をするディグダインとアミツから引き離したことで、当面ジアは、ジルゴの状態を聞かされずにすんだが、何時かはジアにもきちんと話をしなければならぬ事であり、どのタイミングで伝えるかは、ディグダインとアミツの話次第となるのだった。


「……あの人はどうやっても止まらなかったのね……」

 ディグダインからの状況説明を聞き、呻くように言葉を発するアミツ。

 その言葉の響きには、どうして無理にでも止めてくれなかったのか、という揶揄も若干含まれていたような気はする。

 だが、それに対してディグダインは答えなかったし、アミツも、ジルゴを止められる存在などいる筈もないこともわかっていた。

 力では止まらない。

 唯一止められるとすれば、愛娘ジアなのだろうが、ジアにそれを求めるのはやはり酷だろう。

「もう、あの人はずっとこのままなの?」

 アミツの視線は、もはや話を聞くためだけにディグダインを見てはいなかった。少し離れたところで遊ぶジアとギュー、そしてネスクを、ただ漠然と見ているだけだった。

 箱の外で行われているギューとジアのほのぼのとした遊び。それは、まだジルゴが五体満足であった頃にも行われていた。

 だが、今は。

 ジルゴは銀の小屋の中。

 小屋の外で行われている、以前と同じ子供たちの営みが、アミツにはただただ無性に悲しく思えた。

「……期待を持たせるつもりはないが、このまま安静にしていれば、恐らく身体は回復し、日常生活だけはなんとか営めるようにはなるだろう。

 ただ。

 二度と戦うことは出来ない。

 戦闘に陥った瞬間、全身偽関節化した骨格が、再度砕ける。

 ジルゴも我々と同じ『氣』で身体能力を上げ、戦うタイプの戦士だ。オーラ=メイルを纏った瞬間に、骨格は崩壊するだろう。

 そうなれば、仮に命を取り留めて、全身の負傷が寛解したところで、今度は、歩行はおろか、言葉すら発せなくなる可能性は高い。

 いずれにせよ。

 ネスクの準備したこの移動集中治療室が、許可するまではこのまま安静にしておく必要がある」

 この移動集中治療室が、どのように稼働しているかといえば、ネスクが『飛行機』を作り出した時と同じ方法だ。

 具体的には、設置している床を吸収体として、ネスクが何かを作り出すときに使う、ライブメタルの『吸収』機能を使用する。

 床の裏設置部分から吸収した生命エネルギーである『氣』を使い、そのエネルギーを動力源とし、中の人間の治療や検査、そのデータのバックアップなどの運用がなされる。

 アミツは、ディグダインより移動集中治療室の概要について説明を受けたが、あまりピンときていないようだった。

 そもそもが、アミツは道具術についてはそこまで精通していないのだから仕方がない。マナ術が用いられることの多い界元では、やはり道具術の浸透度合いは低い。

 銀の箱の中にいれば、いずれ治る。

 それはわかった。いや、アミツにとってそれだけで十分だった。

 今のアミツに必要なのは、最強の神勇者のジルゴではなく、夫としてのジルゴであり、父としてのジルゴだった。

「移動集中治療室……通称『ネスク病院』は、ジルゴがどういった形であれ治癒すれば、その箱を開く筈だ。

 どの程度の後遺症が残るかは、皆目見当もつかんがな」

 ジルゴが話せるようになったら聞いてみたい。なぜ、あそこまでファルガとの勝負にこだわったのか。

 銀の箱に掌を当て、何かを送り、何かを得ようとするアミツを遠巻きに見ながら、ギューはそう思ったのだった。


 『ネスク病院』は素晴らしかった。

 あれ程再起不能と思われたジルゴが、まさか銀の箱から微笑みながら現れるとは、誰が思ったことだろう。

 ジルゴの町に到着して丸二日が経った早朝、陽が昇る直前の事だった。

 蒸気が噴き出すような、少し大きめの音に気づいたのは、朝食の準備をしているアミツだった。

 アミツは火のついた竈をそのままに、ジルゴの元に急ぐ。

 アミツが家の前に設営された銀色の箱の元に到着した時には、既にディグダインとネスクがいた。

 ディグダインのハイコンピューターは、『ネスク病院』からのデータを随時受信しており、ジルゴの目覚めの瞬間を把握していたようだった。

 眼前に鎮座する銀色の箱『ネスク病院』。

 昨日までと違うのは、アミツたちのいる家の玄関から見た時に、裏側にある方の直方体の面積のもっとも少ない面が、上から下へと倒れ込むように開いていたことだった。

 だが、まだ中の人間は姿を現さない。

 うれしさ半分、不安半分のアミツは、恐る恐る自分の亭主の名を呼んでみた。

「……そう焦らせるな。まだ、体を動かすのに慣れていないんだ」

 また姿は見えなかったが、銀色の箱から漏れる言葉に、皆歓喜した。

 だが。

 声の主ジルゴが、銀の箱から歩いて出てくることはなかった。

 ネスクが、箱の中にジルゴを迎えに行く。

 やがて現れたジルゴは、椅子に座ったままだった。

 車椅子。

 ネスクの界元デイガならば、医療補助具も進歩していた。

 ジルゴは、先程まで中にいた鈍色の医務室と同じ色の車椅子に腰掛け、ネスクに後ろから押してもらいながら、開いたドアと一体になったスロープからゆっくりと降りてきたのだった。

「ジルゴ!」

 思わず叫ぶアミツに、ジルゴは、力なく笑った。

 アミツは、名を呼んだ後、二の句が継げなかった。

 ディグダインの言葉を借りれば、『寝たきりになるジルゴ』を目の当たりにする覚悟は出来ていただろう。

 半身を起こしているだけまし。そう思うのも、今までの情報の提供のされ方を見たら、無理のないことかもしれない。

 しかし、ジルゴがなぜ、こんな状況に陥ったのか、という疑問は消えない。何かがあってジルゴはこのようになったのだが、その状況が判然としなければ、現在のジルゴの状態を受け入れられないようだった。

 ヘルメットの男に告げられた戦闘の状況では、ジルゴはそこまでの有効打を受けていないのだ。

 ネスクの押す車椅子は、スロープを降りきった後、ゆっくりとその場でくるりとアミツの方に向き直り、祈るように手を組んで待つ彼女の前で止まった。

「……おかえりなさい」

 後からとめどなく湧き出てくる幾多の質問を押し退け、しばらくの沈黙の後に出た彼女の言葉は、それだった。

「……すまん」

 車椅子に腰かけたまま、ジルゴは呻いた。

 いや、呻いたつもりはないのだろう。だが、骨格全身が微細なヒビに覆われ、やはり大きな声を出すことが出来ない。

 車椅子なしでも歩行は出来るのだろうが、その動きは亀の歩みより遅い筈だ。

 『ネスク病院』の診断は、これ以上の復調の望めない状態……すなわち症状固定。それでも、ジルゴの身体全体を巣食っていた疼痛は消えた。

 それは素晴らしい成果だった。

 だが、同時にそれは、ここにいる者達が描いた理想の治療終了の形ではなかった。

 ネスクに代わり、アミツが車椅子を押し始める。

 この界元のこの星において、車椅子という概念は導入されていなかったが、機構等を瞬時に理解したアミツは流石というべきか。

 ジルゴの出た後の集中治療室は、ネスクの手によって解体されていく。

 部品ごとに壊すのではなく、ライブメタルの結合を解き、まるで蝋で作られた芸術品が熱に当てられたかのように、ゆっくりとその形を崩していき、そのまま地面に染み込んでいった。

 金属でありながら、『氣』を用いているために、ネスクの管理下から外れることで土に帰るのだ。それは、『氣』の要素を残した『(マナ)』が大部分の肥沃な土だ。

 車椅子から立ち上がれぬジルゴを見て、幼いジアは、母にしがみつきながら尋ねる。

「パパ、疲れちゃったの?」

 アミツは、そうだ、と何度も頷きながら、ジアを抱き締めるのだった。


「……どうして、ジルゴさんはあれほど身体が痛んでいたのに、執拗にファルガさんを攻撃したんでしょうか?」

 車椅子のジルゴが小屋に入り、ベッドに移乗し、横になったところで、彼は深い眠りについた。それは穏やかな表情だったという。

 心の底から解放された。

 彼の寝顔を見た者たちは皆、そんな印象を受けた。

 どれ程医療の粋の集められた『ネスク病院』であっても、張り詰めたジルゴの心をほぐし癒すには至らなかったということか。

 そんな彼を起こさないように部屋から出ると、ギューは外で佇んでいたディグダインの側に歩み寄った。

 少年神勇者の疑問はもっともだった。

 痛みという、人間にとって貴重な感覚を無視して、身体を振るい続ける。

 壊れかけた身体をこれ以上酷使するなと言う忠告である筈の痛み。それを無視し続けるその目的は、もはや人知を超えた意味合いを連想させる。

 横たわるジルゴの解放された表情こそが、何か鬼気迫るものを守り続け、渡し終えたという、使命感からの解放を意味しているように、ギューには思えて仕方なかった。

 ギューの質問に対し、ディグダインは視線だけをちらりとギューに向けるが、特段その質問に答えるつもりはなさそうだった。

 その代わり、ディグダインが今まで見てきた神についての話が続く。

「……さあな。

 恐らく、ジルゴにしかわかるまい。いや、ジルゴにもわからんかもしれん。

 神を相手に今は活動をしているが、俺はあまり神仏の類いは信じていなくてな。

 どこかで、人間の考える神の限界というものを感じていたんだが、ここに来て界元だの空間生命体だのといわれて、ようやく胃の腑に落ちたところだ。

 まあ、我々では及びもつかぬ存在であることには違いないが、信仰の中の神よりは、胡散臭さが少なくて助かる」

 ディグダインの言葉に、いまいち同調できぬギューは思わず顔をしかめる。

 彼の中では、『運を天に任せる』神様と、ドイム界元の神皇ゾウガやデイガ界元の神皇ロセフィンは同じ存在なのだ。

 だが、ディグダインはある意味同じだが、実際は異なる、と何か訳のわからないことを言っている。

 腑には落ちないが、それを説明できないもどかしさがギューの中に芽生えていた。それはちょうど、彼の界元で放送していた戦隊物の勧善懲悪のテーマに対し、悪の集団が悪と言いきれぬ行動を取ったときに感じる違和に似ているか。

「……一つ言えるのは、ジルゴがその行動を取ったことに後悔はないということだな」

 ……後悔がない。

 確かに、ジルゴのあの目の輝きや、あの言葉から後悔は感じられなかった。寧ろ、そうなることがわかっていての納得した行動のように思えた。

 意地だとか、拘りだとか、そういう個人の強い思いとはまた違う、予定された何かを、ジルゴの行動からディグダインは感じていた。

 それは、かつてカインシーザが界元神皇エリクシールに対して感じた不満に通じるものがあった。

 恐らく、エリクシールならわかっているだろう。あるいは、わからずとも想像はついているのではないだろうか。

 かつて、彼を神勇者ディグダインとして発生させるために、真実を知ったカインシーザをデイガ界元に戻さなかった時のように。

 あまたの界元の無数の未来を、圧倒的な演算能力を駆使して予測し、一見不条理な行動や決定をしながらも、結果的に界元の崩壊を救った時のように。

 ギューは、全くわからないしわかりたくもない、とでも言うように首を左右に振ると、佇むディグダインから離れたのだった。


「ネスクさん、聞こえる?」

 ディグダインとギューが小屋の外で、神について語っている時、隣室でジルゴから片時も離れぬアミツに代わり、朝食というにはいささか遅い時間の食事の準備をしていた時のこと。

 腰の袋に入った銀色の玉状の無線機から声が聞こえた。

 ネスクは、あまり人間の四肢の形状を変えることを好まなかった……特にディグダインの前では……が、料理中で両手が塞がっていたこともあり、彼女の毛髪を束ね、手に似た形状に変えると、袋から銀色の玉を取り出し、耳に近づけた。

「はい、こちらネスク隊」

 ジルゴの現状を再確認させられ、暗く沈んだ小屋の中の雰囲気を無線機で伝えたくなかったネスクは、以前のノリで無線機に応答する。

 無線機の向こうの声は、アグリ界元の神勇者エスタンシアだった。

「ネスクさん、そちらでは異常はない? あのジルゴって人との手合わせで、ファルガの超神剣の装備が壊れてしまったの。今、エリクシール様に頼んで修理してもらっているみたいだけれども、そんなこと、ありうる?」

 神勇者としては経験の短いエスタンシア。それでも、あれほどの戦闘を目の当たりにし、壊れるはずのない超神剣の装備が壊れたとなれば、その激しい攻撃をした方の武器も何かあったのではないか。そう考えるのが普通だ。

 実際のところは、エビスードに連絡を取ってみるように言われたのだが、それを露ほども見せずにエスタンシアは言った。

 鍋を振りながら、エスタンシアの言葉に対して、トーンを落として答えるネスク。

 今、ファルガと凄まじい戦闘を繰り広げたジルゴは、休んでいること。

 つい先ほどまで、ネスクが準備した集中治療室で治療を行なっていたこと。

 治癒には程遠く、症状固定という状態で、再度の戦士としての復帰は絶望的であること。

 それらを搔い摘んでエスタンシアに伝えた。

 無線機の向こうからの絶句で、エスタンシアも衝撃を受けていることはネスクにも分かった。

「なんで、そのジルゴって人は、そんなにダメージを……。いくらファルガとの戦闘があれ程凄まじくとも、そんな強烈な一撃は受けていないでしょう?」

 無線機では声だけしか伝わってこないが、ネスクの脳裏には桃色の髪の少女が顔を引きつらせて立ち尽くしている様が、鮮やかに浮かぶ。ネスクの無線機は、音声だけではなく、保持者の『氣』の波動から、その保持者の表情に至るまで、手に取るように理解できた。

「……実はね、エビさんから言われたのよ。

 ネスクさんたちのいる場所からそこまで離れていない山腹に、生命力を蘇らせるという泉があるらしいの。

 そこに、ジルゴって人を連れていけば、少しは改善するんじゃないかしら」

 エスタンシアの、全てを見透かしたような助言的提案。

 だが、話を聞いてみると、ファルガと共にデイガ界元を旅した超妖魔エビスードが、ファルガの武器の異常を感知すると同時に、相手であったジルゴの異常も感知したようだ。そして、そこにはエリクシールの介在は間違いなくあるだろう。

 いくら反旗を翻した人間だとはいえ、ジルゴ程の優秀な人材をそのまま埋もれさせるのは惜しいのだろうか。

 だが、それにしてもジルゴはダメージを受けすぎた。

 その回復のために、界元神皇自身が直接動いても、ジルゴが拒否をするだろうと踏んだのだ。

 そこで、神皇に準ずる力を持つエビスードならば、情報にエリクシールの影を出さぬまま、情報を提供しても、おかしくはない。

 無線機の向こう側にいるエスタンシアが、いい意味で完全に片棒を担がされている、とネスクは思わず笑ってしまったが、同時に、ファルガの超神剣の装備が壊れていること、それを修理しにエリクシールのもとに行っていることを聞き、エスタンシア側も大変な事態に陥っていることを知るのだった。

 ファルガは現在、『超妖魔殺し』として、他の超妖魔から命を狙われかねない状況。その時に、身を守り、敵を退ける為の力を失っているのだ。それは戦場を援護なしの状態で、下着一枚で進攻しているに他ならない状態なのだ。

「……また連絡する」

 ネスクはそう言うと無線でのやり取りを終了した。

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