第14話 香音と一緒
「……」
修平がぼくの部屋で、姉貴の書いた資料を読みながら――口を真一文字に閉じたまま微動だにしない。
おかげでぼくの部屋はずっと緊張感が張り詰めっぱなし。
久遠のことで落ち込まないで済むんだけど、ぼくまでなんでか緊張してる。
「どう……?」
ぼくの部屋のデジタル時計は夜の七時三一分を表示していた。
「……ショックだな」
修平はそう言って、また口を閉じた。
ショック――そうだよね。
ぼくだって、そうだもん。
「でも認めるしかないんだろうな。おまえの言った、本当は三組まである……あれもなんだかそうだったように思い出しそうなんだ」
「そ……そうなの、修平」
「ああ。まだ……すっげぇぼんやりとなんだけど。そうだった気がする。
でも俺の思い違いとかじゃないと思う」
やっぱそうなんだ!!間違いないんだよ!!
ぼくは興奮しかけて、あることに気がついた。
修平も……あれ?だとすると、ほかの皆もってことなの?
でも、どうしてゲームの連中もこの現実にいるの?
「かつみ。俺もおまえの言った通り巻き込まれたのなら、久遠たちもそうだということになるよな?須藤たちは、一体何なんだってことになる」
「うん。今ぼくも同じこと考えた」
「……奈菜実さんにも来てもらおうか?」
「そうだね。一番知っていそうなのも姉貴だし」
修平の提案で、ぼくが姉貴を呼びに部屋を出た。
◆◆◆
部屋にきた姉貴に、今までのことを話して聞かせた。
もちろん――キスのことだけは話してないけど。
「『告白モード』でそれも効かないのね。と言うことになると、これはほとんど現実と同じだわ。ゲームどころじゃないわね」
「でも恋愛シュミレーションだけはガチなんだよ?冗談じゃないって。
攻略とかそういう問題じゃないよ」
「……そうねぇ……」
姉貴はそう言って、癖の右手を頬にあてて考え始めた。
修平はというと、姉貴の作った、夏みかんのゼリーに夢中。
こいつゼリー好きなんだよな。ガキなんだから。
「……奈菜実さん。これうまいっす」
「あら、ホント?よかったー。頂き物の夏みかんが、ふるえるくらいすっぱかったのよ。それでゼリーにしてみたんだけど……。
気に入ってもらえてよかった」
「……今そういう問題?」
二人のやり取りにぼくは不満を漏らす。
こっちは真剣な話をしてるのに!!
そういう場合じゃないんだよ。
「でもこれうまいって。かつみも食べてみろって!!」
「そうよ。かっくんも食べてみて。お姉ちゃん、これには少し自信あるのよ」
「……少しだけ」
ぼく、すっぱいのとかダメなんだよ。
ふるえるくらいすっぱいって、とんでもなくすっぱいってことじゃん。
ぼくは渋々一口ゼリーを食べた。
「おいしい……」
「だろ?」
「でしょ?」
修平と姉貴の声が重なって聞こえる。
おいしいのはわかったよ。
でも思ったよりおいしい。全然すっぱくない……甘い。うん、売ってるやつみたい。
ぼくの感想に姉貴はドヤ顔をして喜んでる。このドヤ顔は許す。
「さて。久遠くんの猛攻が始まったと言うことね。これからどうするかだわ」
急に姉貴が勇ましい顔になる。でもなんだかマヌケ。
「お姉ちゃん。修平がぼくたちと同じだったんだよ?そっちは気にならないの?」
「あ、そうだったわ。ということは、この街全体が巻き込まれたってことなのかしらね?」
……全然勇ましくない。余計にマヌケ。
これにはさすがに修平も、姉貴を頼りなさ気に見つめてる。
「でも奈菜実さんだけに考えさせるのも悪いよな。これ以上情報もないし、ネットでもこの『銀君』とかいうゲームのことは一切情報がないなら、あとは俺たちで見つけるしかないってことだろうし……」
「うん。そうなんだよね。
ぼくたちの方から、久遠や右京たちに話していくしかないか」
「一度に話すのもいいかもしれないが……なんでゲームのキャラまで出てきているのかが気になる。まだ俺も普通に須藤たちを見てたから、もやもや感がなかなか消えないし」
「そうか……一度にじゃなくて、少しづつ話していくしかないのかな」
「様子見て……と言いたいけど、久遠があの調子だと……わかんねぇな」
それまで普通に話してた修平が、久遠のその話題になると真顔になってため息をついた。
「うん」
「とにかく、久遠にも近いうちに話そう。これはゲームの世界の話なんだって」
「うん、そうだね」
それでわかってほしいな……。
「大丈夫だ、かつみ。話せばわかる連中だから」
「うん……そだね」
ぼくは修平に笑って見せた。
「……寂しいな。お姉ちゃんのこと、スルーなんだ」
そうだった!慌てて姉貴を見るぼくたち。
「仕方ないけどね。かっくんのこと、いつも見ててあげられるわけじゃないし」
「そうだけど」
「それとかっくん。もうひとつ重要なこと。『銀君4』の香音ちゃんが出てきたんでしょ?」
ぼくと修平は姉貴に無言で頷いた。
「もうこれは『銀君』の、融合した世界と考えていいかもしれない。
現実の世界とごっちゃになってる。この先、お姉ちゃんの書いた資料が役に立つかわからないわ」
修平は手にした資料を姉貴に見せる。
「うん。参考にはなるというだけ。
すべてに抗って行動するのか。様子を見ながら流れに任せるのか。
抗うと抗う分だけ、どんどん世界が変わっていく気もするんだけどね」
ぼくは無意識に顔を俯けた。
「大丈夫っす。俺も気がつきましたし、かつみや奈菜実さんだけじゃない。
おふくろや親父にも話してみます。
クラスの連中にも気付かせれば、何かが変わるかもしれないし……」
「それをどうやるか、だね」
「ああ。ただ話しただけじゃ、信じてもらえなさそうだしな」
「久遠たちには話してみよう。それからクラスのみんなに話す感じは?」
「……そうだろうな。明日、学校言ったらだな」
「うん」
ぼくと修平はお互いの顔を見て、小さく頷きあった。
◆◆◆
(kanon side)
「久遠くん」
「……変に呼ぶなよ」
「でも学校じゃ、久遠先輩なんだもん」
私は従兄弟の久遠くんの家に同居してる。
私のお父さんの転勤に、お母さんがついていってしまったから、私は久遠くんの家に一緒に住むことになった。
キッチンで冷蔵庫から牛乳を取り出して飲もうとしていた久遠くんの右腕に、私の腕を絡める。
私たちは小さい頃から留守がちの私の両親のせいで、こうして一緒にいる時間が長かったから、まるで兄妹みたいに育ってきた。
だから「くん」はつけても、久遠くんは私のかっこいい憧れのお兄ちゃんのような人。
「牛乳を温めないでも、おなかごろごろしない?」
「ガキじゃないから。大丈夫になった」
「そうなんだ。小さい頃は、よくおなかを壊してたのに」
「そうだったか?」
「そうだよぉ」
小さい頃のこと忘れちゃったのかな?
久遠くんは牛乳をコップに注いでごくごくと飲みだした。
「ねぇ、久遠くん。明日から私とは学校行けないってどういうこと?」
「……かつみと学校に行く。約束したんだ」
またかつみ先輩の話。それに一緒に学校に行くって……。
「告白したの?」
私がここまで訊くと、久遠くんのコップを持つ手が止まった。
「……誰にも言うなよ」
「言わないよ、そうなんだ」
――私は久遠くんの腕をぎゅっと握った。
「ねぇ、久遠くん。私も一緒に行っちゃダメ?」
「ダメ。これは俺とかつみのことだから」
そんなにかつみ先輩のこと好きなの、久遠くん……。
私は久遠くんから手を離して、久遠くんがしまおうとした牛乳を奪い取るように、もらうと、コップに牛乳を注いで飲んだ。
あんまり牛乳は好きじゃないけど。それでもなんか一緒に飲みたかった。
明日なんだ。私はコップを握った手に力を込めた――。




