問題編③~新町のチートスキル!?~
場所を移し、ここはフリュンの私室。
わたくしの私室の、ちょうど隣にあたる。
アラマチは部屋のいたるところに粉を吹きかけては、綿のようなもので粉を払って、という奇妙な仕草を続けていた。
これが、アラマチのチートスキルだというのか。
「一体、何をされていますの?」
作業を続けたまま、顔を向けずにアラマチは答えた。
「指紋を採取しています」
「しもん……? なんですの、それ」
「これです」
アラマチは親指を立てて、指の腹を見せる。
「指の腹にある同心円状の模様のことを、本官は指紋と呼んでいます。人間の指には皮脂といった分泌物が存在するため、指の腹で何かに触ると、触った場所には見えない指紋の痕が残るんです」
「そんなものを採取して何の意味が?」
わたくしの問いに、アラマチは困ったような顔を見せた。
「うーん……これは捜査上の機密というやつなので、なんとも」
そうだ、とアラマチは手を叩く。
「でしたら、ミルホワ様。本官の友達になっていただけませんか?」
「とも、だち……?」
予期せぬ言葉に、わたくしの思考が停止する。
友達とは、あれだろうか。
一緒にお茶を飲んだり、演劇の感想を話し合うような、あれのこと?
「職業倫理として、捜査官である本官が事件情報をみだりに漏らすことはできかねます。ですが、本官が事件とは関係なく、友達に雑談するという形ならセーフかと」
「別にセーフではないと思いますわ。それに――」
友達。憧れの存在ではある。
フリュンによって一切の交友を禁じられていたわたくしには、特に。
けれども、身分の違いというものがあるのだ。
「アラマチさんは、平民でしょう? 平民とわたくしとでは、申し訳ないですけれども、友達にはなれませんわ」
「ですよねえ。言ってみただけです。気にしないでください」
けろりとした顔でアラマチは微笑む。
…………。
ちょっとくらい、残念な顔をしてほしかったのだが。
「話は変わりますが、本官が指紋を採取する目的なんですけど」
「えっ。友達じゃなくても、話してくれますの?」
「言ってみただけですから。失礼しますね、ミルホワ様」
「あっ……」
流れるような仕草で、アラマチはわたくしの手を取った。
まるで姫の手のひらに口づけする、騎士のように。
人肌のぬくもり。爽やかな柑橘の香り。
わたくしの指先を、なぞるようにして愛撫する。
思ってもみなかった大胆な行動に、わたくしの胸は高鳴った。
「アラマチさん、何を」
「ミルホワ様は、この私室をよく訪れていますね?」
どうして、そのことを知っている?
フリュンに呼び出される際には、いつも人目を避けていたのに。
「人の指紋には、まったく同じものは二つとして存在しません。これは一卵性双生児の双子であってもそうです。ましてや姉妹であっても。この私室で採取した指紋の中には使用人らしき指紋も多かったでのすが、一番多かった指紋は二種類。一つは部屋主のフリュン様だとして、もう一つは――」
アラマチは白い粉を払い、机の上に浮かび上がった指紋と、わたくしの指を並べた。指の腹がおりなす、山と谷が生み出す紋様――その形は瓜二つ。わたくしがフリュンの私室を訪れていた証拠。
まさか、こんな捜査方法があったなんて……!
動揺を隠しつつ、わたくしは開き直った。
「ええ……でも、それが不思議なこと? フリュンはわたくしの妹ですのよ。姉が妹の部屋を頻繁に訪れるのは、そんなにおかしいかしら」
じっ、とアラマチが上目遣いの視線を向ける。
視線の先は一目でわかった。
長く伸ばした金髪で隠した、左顔面の目元の火傷。
憎きフリュンが遺した、消えない焼き印である。
「……仲が、よろしかったんですね?」
「わたくしにとっては、可愛い妹でしたわ」
やはり、アラマチはフリュンの死を確信している。
父同様にわたくしを疑っている。
こうなれば、はっきり言っておいた方がいいだろう。
「アラマチさん。どうやら、あなたはこのわたくしこそがフリュンを殺したと思っているようですけれども」
「恐れ多いです。本官は決してそのようなことは……」
「お為ごかしはおよしになって。その推理には致命的な欠陥が二つありますわ」
わたくしは指を二本立てて、まずは一本を折った。
「一つ。わたくしの実力では、フリュンを殺すことは出来ません。フリュンは王家始まって以来の火魔法の達人、生まれながらにして火精サラマンドラにその身を愛された鬼才。平民であるアラマチさんは、魔法については詳しくないようですけど……四大元素を操る汎用魔法の中でも、火魔法は最強。こと戦闘力にかけては、消費コスト・初動の速度・破壊力において火魔法の右に出るものはありませんのよ」
アラマチはうなずき、指を振る。
「本官にも想像は出来ます。火魔法の効率が良いのは、質量を持った物質を生成することに魔力のリソースを浪費しなくてはならない水魔法や土魔法と比較して、燃焼という現象を引き起こすのはリソース消費が少なくて済むあたりにあるのでしょう。おそらく原理としては、空気中に微量の燃焼物を生成してから急速な酸化を促すことで、爆発的な燃焼を引き起こしている……風魔法と比較した場合には、殺傷力を引き起こすに至るハードルの低さというのもあるんでしょうね。火魔法と同等の破壊力を気流によって実現するのは、あまりにもコストがかかりすぎます」
まただ。燃焼とか、酸化とか。
アラマチの言っていることは時たま理解できなくなる。
さっきの指紋とやらの検出法についてもそうだ。
わたくしの……いや、エメンダリ王国には無い知識を持っているとしか思えない。
「あら……?」
そこで、わたくしは気づいた。
なにかハエのような羽虫が室内を飛んでいる。
アラマチはわたくしの目線を追った。
「あの虫は本官が放ちました。この私室が犯行現場である可能性を考慮して、です」
「どういうことですの?」
「昆虫学は最古の科学捜査法の一つです。『洗冤集録』では、ある農村で起きた殺人事件の捜査の際に、凶器として用いられた鎌を特定するためにハエを用いたという記録が残されています。捜査を担当した役人は、村人から普段使っている農具の鎌を集めさせて、その場にハエを放ちました。犯人は殺人に使った鎌をきれいに洗ったようでしたが……ハエは死肉や血を餌とする習性を持ちます。やがて、一本の鎌にハエが吸い寄せられるという――」
ハエを用いた捜査法――!?
『洗冤集録』なんて本は聞いたことないけれども。
まずい。もしもあのハエが血の痕を感知できるとしたら。
犯行現場がバレてしまう!
アラマチの推理は正しかった。
わたくしがフリュンを殺害したのは、この私室。
正確には――私室内の浴場だった。
☆☆☆
「終わったら、一緒に湯浴みをしましょ♪」
「えっ?」
「たまにはさァ。姉妹水入らずでお風呂もいいじゃない。不満?」
☆☆☆
火魔法には大きな弱点が存在する。
それは――水気が多いところでは発動が遅れること。
まったく使えなくなるわけではないが、火がつきづらくなる。
着火できたとしても、火の威力は大幅に下がることが多い。
だからこそ、水気が多い浴場は火魔法の使い手にとっての鬼門となる。
そんな場所にフリュン自ら、わたくしを誘ってきた。
☆☆☆
ここに来る前に、あの子が言ったことを思い出した。
そうだ。
フリュンは、わたくしに、隙だらけの姿をさらしている……!
☆☆☆
そのことに気づいたとき、わたくしはフリュンを殺すと決めた。
グラシエを殺した後。
そしらぬ顔をして、わたくしはフリュンと二人で浴場に入った。
油断しきったフリュンを殺すのはたやすい。
固有魔法によって隠し持った刃物を取り出す。
わたくしの殺意に気づき、火魔法を放とうとしていたが――
一手、フリュンが出遅れた。
湯気に満ちた浴場では、火魔法の着火は数秒遅れる。
かくして、殺人計画は成った。
犯行現場は浴場である。
そのことを知られたら、わたくしがフリュンを殺せる可能性が生まれてしまう!
判断は素早かった。
視界にとらえたハエに向けて、魔法の焦点を合わせる。
小物を収納する程度の魔法《ハダンノキコン》――!
不可視の異空間のフタを開けて、箱の中にハエを収める。
動作は一瞬。
あっという間に、室内から昆虫の気配は消失した。
「あれっ?」
「どうかなさいましたの、アラマチさん」
「本官の虫が、どこかに消えてしまいました。おかしいですねぇ……」
「虫ですもの。そういうこともありますわ」
危なかった。
これで、アラマチが犯行現場を知るチャンスは失われた。
「さて、話を戻しますけれども。わたくしがフリュンを殺せたわけがない理由の一つは、わたくしではフリュンには勝てないこと。そして、もう一つは――犯人がフリュンを殺したというのなら、どのようにして、フリュンの死体を隠し通したか、ということですわ」
それはそうです、とアラマチも肯定する。
「本官もそのことについては悩んでいました。外部から魔法で干渉できない王宮。セキュリティは完璧で、王宮から出入りするものは人から物資に至るまで入念にチェックされています。犯人がフリュン様を殺害した場合には、外部に死体を持ち出すのは難しいです。かといって、内部は大規模な捜索をしたにもかかわらず、それらしいものは見つかっておりません」
アラマチは、申し訳なさそうな顔をする。
「これは不敬かもしれませんが……既にミルホワ様の私室についても捜索されてますでしょうか?」
「ええ、もちろんですわ。衛兵たちが王宮中を隅々まで探し尽くしてから、でしたけど」
「そうですよねぇ……」
ちらり、とアラマチは壁越しに隣室に視線を送った。
「フリュン様はどこへ消えたのか、謎ですよね」
「やっぱり、フリュンはグラシエ様を殺した後で、自分から逃げ出したのよ。脱出する際には、衛兵を火魔法で脅した……脅された衛兵が自白しないのは、自分が逃がしたと知られれば陛下に処罰されてしまうから。二つの謎の答えは、これしかないと思いますわ」
「でも、どちらもミルホワ様なら難しくないと思われます」
アラマチはわたくしの言葉を遮るようにして断言した。
「なっ……!」
「捜査のご協力、ありがとうございました。フリュン様の行方については、きっと良いお知らせができると思います。ご期待ください、ミルホワ様」
小さな身体を折って、アラマチはお辞儀する。
退室する前に彼女は一言だけ添えた。
「小物を収納する程度の魔法《ハダンノキコン》。物質だけではなく、生物を対象にしても行使できる魔法だとは思いませんでした」
こいつ……!
わたくしはアラマチが消えていった扉をにらみつけた。
やはり、彼女はあなどれない存在。
「――あの女。わたくしの固有魔法を見るために、わざと?」
だけど、問題ない。
もはやフリュンの痕跡を見つけることは出来ないはず。
フリュン失踪後――
王宮中をひっくり返すような大捜索をもくぐり抜けたのだ。
残る痕跡も、大部分は処分できたのだし。
「大丈夫。きっと、バレるものですか……!」
火傷の痕が不快な疼痛を訴えるのを、わたくしは必死に抑えつけた。




