問題編②~新町、異世界に転生する~
事件から一週間が経った、ある日のこと。
捜査官――アラマチは、わたくしの私室を訪れた。
「はふはふ。お、美味しいです……! ミルホワ様のお料理は、絶品です……! お、美味しすぎて、本官は……猛烈に感激していますっ!」
「そ、そう。喜んでもらえたのは、何よりですわ。アラマチさんったら、お腹をすかせてたみたいでしたから」
「面目がありません……」
「あと、エプロンにソースがこぼれてますわよ」
「ああっ、更に面目ありませんっ!」
まったく、もう。
わたくしはナプキンを取り出し、アラマチの口元を拭く。
「いくら何でも、がっつきすぎですわ……」
捜査官というくらいだから、どんな切れ者がやってくるのかと思っていたが。
実際に来たアラマチは驚くほど可愛らしい女性だった。
年齢は二十代の半ばくらい。
平民らしく質素な服装だが、顔立ちはきれいだ。
メイクを施せば、貴族の子女でも通じるかもしれない。
パステルブルーの髪は適当にしばった二つ結び。
子供じみた雰囲気は、あの髪型にありそうだ。
あどけなく、幼い印象。
妹にするなら、こんな子がいいと思う。
体格も小柄で、子供の頃のフリュンを思い出す。
まだ悪魔の本性を表す前の……そうだ。
見た目が可愛らしくても、油断はできない。
悪魔はいつだって天使の顔をして近づいてくる。
コトコ・アラマチと言えば――
城下町で様々な事件を解決した、貧民街の名探偵なのだから。
「うふふ。ミルホワさま、ありがとうございますっ」
「ううっ……!」
庇護欲をくすぐられてしまう。
……このミルホワ・ロティシュールは、もはや無力なお姫様ではない。
なぶられる籠の鳥としての身は捨てた。
一念発起して、犯罪者として生まれ変わったのだ。
転生した、といってもいいだろう。
わたくしにとって目の前の捜査官は敵である。
いくら可愛い顔をしていても。
妹にしたくなるような理想の美少女だとしても。
絶対に……油断はしないっ!
わたくしは調子を戻すために、一度、深く呼吸した。
「ふぅ。アラマチさんったら、ずいぶんとハルケンブルグが気に入りましたのね」
「はい、それはもう。本官は実はハンバーグが大の好物、大好物なんです」
「ハンバーグ……?」
耳慣れない言葉だ。
「それって、ハルケンブルグのことですの?」
「あっ。そうですそうです、ハルケンブルグ。えへへ、この料理のことをハンバーグと呼ぶ地方もありまして」
ハルケンブルグ――通常は牛や豚などの畜産動物の肉を材料にした挽き肉に、塩を加えて混ぜることでねばり気を出した後、小麦粉や卵を繋ぎにしつつ楕円状に成形して焼く、いわゆる成型ステーキ料理の一種である。
「ハンバーグなんて呼び名、わたくしは聞いたことありませんでしたわ。王宮から出ないと、不勉強になってしまうものですのね」
あるいは――アラマチはエメンダリ王国の出身ではない、ということか。
東洋系の幼い顔立ちからすると、イスカの出身なのかも?
目の前の捜査官の正体が気にかかる。
「ともあれ、わたくしの手料理が口に合って何よりですわ」
「とっても美味しかったです。付け合わせの野菜も味が濃くって」
「あら、そう? ふふっ、あのお野菜はね、肥料が良いのよ。苗も厳選した一代品種を他国から取り寄せてね。どれも、中庭にある家庭菜園で採れたものですのよ」
「家庭菜園……っ! お姫様なのに、家庭的っ!」
「大したことはありませんわ。これも花嫁修業の一環ですもの」
花嫁修業。
少しでも、縁談が欲しくて。
無駄な努力を重ねてきたときのことを思い、胸がざわついた。
わたくしの思いも知らずに、アラマチは天真爛漫に笑む。
「うふふ。何よりも、ミルホワ様お手製のハルケンブルグ……フォークだけで食べられるくらいに柔らかくて、中にはアツアツの肉汁がたっぷりで、熟成された赤身肉の濃厚な味わいが舌の上で踊ってぇ……!」
「そこまで褒められると、流石に照れますわね」
「本官の推理では――お肉にもこだわりがあるのでは?」
「ええ。牛と豚の合い挽きを、ちょうど7:3の配合ですわ」
わたくしは私室の隅にある冷蔵所を開けて覗いた。
ムーメルティア産の冷蔵魔道具――
二、三食くらいの蓄えがあったのだが、全て使い切ってしまった。
本当に、よく食べる子である。
わたくしとしては、作り手冥利につきるけども……。
「ごめんなさい、またお代わりを作ってあげようかと思ったのだけど……もうお肉がなくなってしまったわ」
「いえいえ、お構いなくですっ! 本官史上、過去最高レベルに美味しいハン……ハルケンブルグでした。もっとも、こうして食べるのは24年ぶりぐらいですけど」
ん? またしてもアラマチが奇妙なことを言う。
「24年ぶり、って……アラマチさん、年齢はいくつですの?」
「本官は24歳ですけど……って、ああっ!」
アラマチは口元を手で抑えた。
「今のはジョークです。貧民街ジョーク」
「貧民街の要素が見当たりませんわよ……?」
「とにかく、お肉を食べるのは久しぶりでした。ご馳走さまです」
24歳……わたくしよりもずっと小柄なので、正直なところ、同い年だとは思わなかったが。
肉を食べるのは久しぶり、というのは本当なのだろう。
ジョークのセンスはわからないが――貧民街の暮らしが過酷であることくらいは、わたくしにも察することはできる。エメンダリ王国は貧富の差が激しい。王宮という鳥籠に閉じ込められた身にも、それとなく聞こえてくるくらいに。
10年前の大飢饉では、多くの民が飢え死んだと言われている。
そういう意味では、いくらフリュンによって苦しめ続けられてきたわたくしであっても――エメンダリ王家に生まれた姫ということで、食生活に不自由したことがないという意味では、本当の地獄を知らないと言えるのかもしれない。いいや、そんなことを言ってたらキリがないか。
向き合うべきは、自分の苦しみ。
わたくしにとって、その苦しみは人を殺めるに値するものだった。
誰にでも、人には人の地獄があるのだから。
「ご馳走になったところで、本題に」
子供が背伸びするように、アラマチは背筋を正した。
「本官はこのたび、ミルホワ様の妹君である――フリュン・ロティシュールさまが行方不明になった事件について捜査をしております。そこで、ミルホワ様にいくつか質問させていただきたいです」
「ええ、かまいませんわ。わたくしだって、フリュンの行方は気になってますの」
「ミルホワ様はフリュン様のことが心配なんですね」
「心配なのは、この国の行く末ですわ。フリュンには一刻も早く、自らの罪を償ってほしいのよ。あれからもう一週間……何があったのかは知らないけれども。旦那さまであるグラシエさまを殺してしまうなんて、言語道断ですわ」
アラマチは口元をハンカチで拭く。
「グラシエ様殺しの犯人はフリュン様じゃないです」
なんですって?
「どうして、そんなことがわかりますの?」
「ちょうど良かった。ミルホワ様は王族の方ですから、いくつか聞いてみたいことがあったんです。本官から質問をさせていただいでもいいですか?」
「いいですけども……」
「まず、魔法について。魔法は汎用魔法と固有魔法の二種類があり――汎用魔法は火・水・風・土の四大元素のいずれかを操るもの。固有魔法については千差万別。ここまではよろしいでしょうか?」
「合っていますわ」
「次に、魔法の継承について。魔法使いは魔法使いからしか生まれない。両親のうちどちらかが魔法使いであることが絶対条件。そうですね?」
「そのとおりですわ。だからこそ、魔法大国であるエメンダリにおいても、魔法使いは貴族の生まれ以外にはありえませんのよ」
「あるいは、王族」
「王族だって貴族ですもの」
本来ならば、エメンダリ王族の血を欲しがる国はいくらでもある。
わたくしの縁談がことごとく破談となっていた原因は三つ。
一つ、生まれ持った固有魔法の弱さ。
一つ、火魔法によって焼かれた醜い顔。
一つ、そして何よりも――フリュンによる差し金。
下唇を噛み、わたくしは表情が怒りに染まるのを耐えた。
フリュンはもういない。
父が証拠なしにわたくしを処分できないのも――
わたくしに価値が生まれている証拠なのだから。
「それで、なぜフリュンが犯人ではないと言えるのかしら」
「問題となるのは犯行方法です」
アラマチは羊皮紙を取り出した。
事件にまつわる情報がまとめられているらしい。
「80人。これが何の数字か、ご存知でしょうか?」
「心当たりはありませんわ」
「フリュン様がこれまでに殺害した、使用人の人数です。王族とは身分の差があるため、彼らに対する殺人の咎を裁かれることはなかったようですが」
「そ……そんなに」
フリュンはこれまでにも、粗相をしたり、口答えをした使用人を殺していることが多かった――あるいは、ただの遊びで殺すこともあったようだが。わたくしも見て見ぬふりをしていた。止めたところで、自分の身で災禍を被るだけなのがオチだ。
数を数えてみると、80人にもなるとは。
「あくまで、身元の確認が取れた者など、正式に認定されているものにかぎります。農奴の口減らしといった、身元を追うことが出来ない死体ならば、もっと。ここで本官が問題としているのは、もしも、もしもです、仮にグラシエ様がフリュン様による81人目の殺人だったと考えた場合には……少し、おかしなことがあるのです」
アラマチの言いたいことがわかった。
「犯行方法……」
「これまでの80人は全て、フリュン様の行使する火魔法によって殺害されています。全身を焼かれた者から、口腔部や性器・肛門などを通じて体内を燃やされた者、あるいはシンプルに四肢、胴体、腹部、そして顔などを焼かれた者……」
顔。わたくしは思わず、緊張を走らせる。
「一般的に成人の場合、体表面積の30%程度が火傷した場合には命の危険性があると言われています。火傷によって皮膚が壊れることにより、水分や血液が体外に流れることで血圧が下がってしまうショック症状が主な原因です……他にも、感染症や多臓器不全など、死因はさまざま」
「アラマチさんは……医学についてお詳しいのですね」
わたくしは腐っても王族。家庭教師からは通り一遍の教育を受けているものの、アラマチが語るような火傷による死因の仕組みなど、教えてもらったことがない。
ただの貧民街暮らしの平民が、どうやってこんな知識を?
疑問が浮かぶが、アラマチは話を続ける。
「フリュン様は快楽殺人者です。快楽殺人者にとって殺人は娯楽。そのため、自身の殺害方法については強いこだわりを持つ傾向にあります。彼女にとって、それは火魔法。だというのに、今回のグラシエ様の死因となったのは刃物による刺殺でした。これでは、理屈が合いません。犯人像としてズレている」
「……そう、ですわね。でも、こうも考えられるんじゃないかしら」
アラマチが言っていることは筋が通っている。
だからこそ、なんとか話を逸らさなくては。
「フリュンにとって、グラシエさまは自分の旦那さま。いわば、最愛の人ですわ。そんな人を殺すときには、普段とは違う趣向を凝らしたかった――自分の手で、死んでいく感触を確かめたかった。そう考えることもできると思いますわよ?」
アラマチは感心したように呟く。
「……その発想はありませんでした。ミルホワ様に相談して、正解だったかもしれません。犯人にとっては殺害対象が強い思い入れがある人物だった、だからこそ魔法ではなく、刃物で死の感触を確かめたかった。そういうことですねっ!」
「え、ええ。そういうことになりますわ」
これは実体験でもある。
あの晩、フリュンの柔らかい首元に向けて刃物を差し入れた瞬間は、たまらなく気持ちがよかった。
積年の恨みの結実!
思わず、下腹が熱くなったものである。
アラマチはうんうんと頷いた。
「となると、フリュン様も刃物によって殺害されてる可能性がありますねぇ……」
待て待て待て。
とんでもないことを言いだしている。
「フリュンは既に殺されている、と……アラマチさんは考えているの!?」
「もう一週間が経ちます。厳重な警備の王宮を脱出した上で、国中に張り巡らされた捜査網にも引っかからずに、身一つで逃げ出したフリュン様がいまだに捕まっていない……と考えるのは、本官としては現実的な推理とは言えません」
「協力者がいるんじゃないかしら? たとえば、空間転移系の能力を持つ固有魔法の使い手とか――」
「国王陛下の協力を得て、確認済みです。王宮には厳重な結界が張られてあるらしく、空間転移を含めて、外部からの魔法による干渉は不可能であるそうです」
そんなこと、初耳だ。
「わたくし、知らないですわ……」
「国家機密、だとか。ミルホワ様がご存知なかったのは本官も驚きですけど」
「父……陛下には、信用されていませんから」
これは困ったことになったかもしれない。
王宮には外部から魔法で干渉できない、とすると――
フリュンはどうやって脱出したのか、という問題が発生してしまう。
グラシエ殺しは、フリュンの仕業に見せなければならないのに。
「アラマチさんは、フリュン犯人説に気乗りしていないようですわね。それでも、フリュンが誰かに殺されたとは限らないのではありませんこと?」
「あくまで本官の推理です。なので、まずはフリュン様の足取りを追いましょう」
アラマチは小さな袋を取り出す。
封を開けると、白い粉のようなものが吹き出た。
「それは……?」
「眠らなくても疲れなくなるクスリです」
「違法ですわッ!?」
「貧民街ジョークです。ほんとは違いますよぉ」
ちっ。
ジョークじゃなかったら逮捕できたのに。
貧民街では、しばしば麻薬流布の罪で売人が摘発されていると聞く。
捜査官を排除できるチャンスだった。
「アラマチさんはジョークが上手ではありませんのね……」
「でも、ジョーズが冗句かもしれないじゃないですか」
「何を言ってますの?」
「えへへ」
アラマチは袋から白い粉をつまむ。
「本官のような若輩者が、貧民街の名探偵になれた理由はこれです。これは本官だけが使える、いわばチートスキルなんですよっ」
「チ……チートスキルですって?」




