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ふれんどしっぷ計画っ!~殺人犯の美少女としか友達になれない女刑事、ぼっち脱出のために罪を暴いて脅迫します~  作者: 秋野てくと
EpisodeⅡ『In MagicLand』

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問題編①~悪役令嬢フリュンの悪事~

 フリュンの嘲りが、今でも耳に残っている。

 お前の腹を貸せ、と。

 夫でもない男の種で子を孕め、と。

 表立っては触れていないが――きっと、父も承知なのだろう。


 フリュンとの会話を思い返す。


「だって、ねぇ、お姉さま……」


 私室の寝床にて、フリュンは言った。


「お姉さまはどのようにして、エメンダリに貢献するおつもりなの? ただでさえ、その顔を一目見た殿方はみな逃げ出して、縁談の一つもまとまらないというのに。いえいえ、相手方の人たちを侮辱しているわけではないのよ? 誰だって、バケモノと寝るのなんて嫌に決まってますものねえ。だからね、お姉さま。今回の機会を与えたことについて、フリュンに感謝してほしいの」


「感謝……?」


「フリュンの旦那さまは、寛大なお方。お姉さまのような行き遅れの醜女、その価値を認めてくれたのよ。ええ、フリュンも認めてあげます。一応ね。だって、そう……お姉さまには、固有魔法がありますもの」


 わたくしの、固有魔法――


 魔法には、汎用魔法と固有魔法の二種類がある。

 扱いやすい上に訓練方法が充実している汎用魔法に対して、固有魔法の性能は千差万別。ピンからキリまで存在している。

 強力な固有魔法ならば、その戦力は単独で国家転覆すら可能となる。もっとも、あくまで数百年に一人、いるかいないかの上澄みの話だ。

 わたくしの魔法は、もちろん――


「下の下、以下のゴミ魔法。伸びしろゼロ。ハズレスキル中の、ハズレスキル。そんなお姉さまの魔法であっても――固有魔法は、固有魔法。その子供なら万が一、ということもありますものね? 魔法は継承されるもの。フリュンはそんなもん信じてないけど、旦那さまはノリ気なのよ。ワイバーンがドラゴンの子を産む、みたいな奇跡があるのかもって」


「…………っ!」


「意味、わかる? ムーメルティアの故事だそうだけど」


 ワイバーンがドラゴンの子を産む。

 親が劣っていても、子供には才能が宿ることがある。


「わかりますわ。わかりますけど、そんな――」


 王族の血を後に残すのは、自らの責務。

 そんなことはわかっていた。

 でも、それはあくまで、婚姻してからの話。

 自分の夫となる人とのあいだでの話だ。

 それなのに――


「わたくしに……あなたの旦那さまとの子供を……ムーメルティア皇太子、グラシエさまの子を……産め、とおっしゃいますの?」


「そのとおり! お姉さまにしては、頭の巡りが悪くない日ね」


 フリュンは、継母ゆずりの桃色の髪を揺らしてほほ笑んだ。

 天使の笑顔。

 妹の本性を知らない者なら、そう感じるだろう。


 だけど、わたくしは知っている。


 フリュンは自分が楽しいときにしか笑わない。それにタチの悪いことに――彼女にとっての楽しみとは、他人にとっては苦しみでしかないのだ。


「お姉さまには、フリュンのドレスを貸してあげるわ。ヒダルカイコのシルクで編んだ、真っ赤なお気に入りのドレスよ。グラシエさまの寝所へはそれを着ていくこと。衛兵に見られたときのためよ。髪と顔をヴェールで隠せばフリュンに見えるでしょうし。お姉さまだって、あらぬウワサが王宮にたつのは本意ではないでしょ?」


「待って、フリュン。わたくしはまだ……」


「は? 逆らうとか、ありえなくない?」


 フリュンが手袋に包まれた指先を空中に走らせる。

 宙に描くのは魔導文字。

 あっという間に、なにもない空間に火花が生じた。


 四大元素の一つ、火。


 全元素中最速にして最大の殺傷力を持つ、汎用魔法の極致。

 並みの使い手であっても、人ひとりを殺すにはたやすい力。


 王家始まって以来の鬼才、

 並み以上の使い手であるフリュンにかかれば――


「ひひひ。ねぇ、もう片方も焼いてあげよっか?」


 人ひとりを殺さないまま、いたぶり尽くすのもたやすい力となる。


「ひっ……!」


 眼前で静止した熱源――フリュンの指先からほとばしる火の奔流を前にして、本能的な恐怖が身体を呪いのように縛り付ける。逃げなくては、そう感じるのに。まるでバジリスクににらまれた戦士のように、わたくしの足は石となって動かなかった。


「や、やめて……ううっ!」


 長い金髪で隠した、わたくしの左目の目元――

 火魔法によって焼かれた、火傷の痕がうずきだす。

 痛い! 痛い痛い痛い。

 じりじりと熱をもって痛みが顔を焼く。

 フリュン。侵略者フリュン!

 腹違いの妹。天使の美貌を持つ女。

 その本性は悪魔だ。

 遠い日に受けた屈辱……

 屈辱と、屈服。

 全ての力関係は、顔を焼かれたときに決まった。

 どうあっても、自分はこの義妹に勝てない。

 相性や練度の問題ではない。

 純粋に、生まれ持った能力の差がありすぎる。

 逆らうことなど、できるわけもなく。

 わたくしに出来ることは、ただ一つ。

 地面に頭を擦りつけて、許しを乞うだけ。

 暴君の気まぐれ、燎原の火が去るのを待つだけである。


「ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさいっ! 逆らいません……お願いします。グラシエさまの子を、産ませていただきます。ぜひ、わたくしのお腹を、使ってください。わたくしも、グラシエさまの赤ちゃんが、産みたいんです……!」


「冗談よぉ。本気にしないで、お姉さま♪」


 フリュンが指を折ると、室内から火が消失した。


「もう焼いたりしないって。両方焼いちゃったら、いよいよバケモノになっちゃうし。グラシエさまが可哀想だわ。実際、アソコも勃たないでしょうし、ねぇ」


 何かひどいことを言われている気がするが、感覚が麻痺している。

 とにかく、もう痛いことはされなくて済むらしい。


「あ、ありがとう……ございます」


 目の前にあった危機が去り、石化は解けた。

 ふるえる腕で、フリュンから真紅のドレスを受け取る。


「このドレスで、あなたの変装を……?」


「そっ。もし衛兵にバレたら、おしおきだからね」


「わかりましたわ……」


「あっ。そうだわ、お姉さま」


 口元をいびつな形に吊り上げて、フリュンが肩を抱く。


 小さな手のひら。

 絹の手袋に包まれた滑らかな指に撫でられて、背筋が伸びた。

 耳元で息ずくのは荒い吐息。

 淫魔の如き、甘い匂いが鼻をくすぐる。

 わたくしの嫌いな匂いだ。

 全身に感じた悪寒を代表して、喉が渇きを訴える。


 フリュンは、わたくしの耳を食べるように近づいて囁いた。


「終わったら、一緒に湯浴みをしましょ♪」


「えっ?」


「たまにはさァ。姉妹水入らずでお風呂もいいじゃない。不満?」


「いえ。わ、わたくしも、嬉しいですわ……」


「ほんと? フリュン、楽しみー」


 耳の穴の中に息が吹き込まれる。

 いや、息だけじゃない。

 水音と、湿り気。

 粘液魔獣《ウーズ》が耳元を這いまわるような……


「あ……あぁ……ひぃぃ……あっ」


 フリュンの舌先が、わたくしの耳穴を犯している。

 ぞわり、ぞわり。

 深く味わうように、舌が舐め回してくる。


「いやぁ……っ!」


 下品になぶられる感覚。

 思わず身じろぎするが、肩にこもった力が強まる。

 悪意がすぐそこにまで来ている。

 凌辱の気配。

 これから起こることの暗示だ。

 自然と、目元から涙がこぼれ落ちる。


「やめ……お願い、フリュン……ゆるし、て……ああっ……!」


「やればできるじゃない、お姉さま……その調子で貧民街にたむろしてる娼婦みたいに喘いで、せいぜい旦那さまをその気にさせてあげてね……終わったら、一緒に湯浴みをして……二人で生まれたままの姿になって……どれだけアソコに種付けしてもらえたか、ちゃあんと見せてもらうから……」


 ここに至って、確信した。

 わたくしを苛み、傷つけ、苦しめるためだけの催し。

 非合理な宴。

 奇妙な趣向の根源は、間違いなくフリュンなのだと。


「……はぁ」


 悩み、逡巡するあいだに、グラシエの寝所に着いてしまった。

 自身の恰好を確認する。

 真紅のドレスに、髪と顔を隠すヴェール。

 王宮の奥所にいる女性は限られる。

 背格好も似ているし、たしかにフリュンに見えるだろう。

 何人かの衛兵とすれ違ったが、きっと騙せたと思う。

 けれども――


「本当に、このまま……抱かれなくてはならないの?」


 わたくしの一生は、ずっとこのままなのだろうか。


 母はこの世を去り、王宮に味方はいない。

 父は……わたくしをいないものとして扱っている。

 固有魔法が、ハズレスキルだから。


 何の使い道もない、脆弱な能力だから。


「小物を収納する程度の魔法《ハダンノキコン》――」


 固有魔法で生み出した異空間から、わたくしは刃物を取り出した。


 片手で振るえるくらいの小刀だが、命を絶つには充分。

 (というか、収納できるのはこの程度の重さが限界)


 刃物の手触りを確認する。

 鋭く尖った切っ先を首元に当てた。


 ここで、死ぬのもいいかもしれない。


「このまま、ずっとフリュンに辱めを受け続けるだけの人生なら……いっそ、わたくし自ら命を絶って……」


 そのとき、フリュンのドレスを着ていることに気づいた。


「ダメですわ、このドレスを着たまま死ぬなんてっ!」


 首をかっ切って死んだら、血がいっぱい出るはず。

 最悪の想像が生まれた。

 フリュンのドレスが、汚い血で汚れてしまう!


 このまま血で汚してしまったら、フリュンを怒らせてしまうかもしれない――いやいや、何を考えているんだ、わたくしは。


 馬鹿らしい。どうせ死んでしまうのだから、フリュンが怒ろうがどうでもいいはず。そんな単純なことにも思い当たらないくらいに、わたくしは心の底から、フリュンに屈服してしまっている。頭を垂れている。自分が死ぬと決めたその時すら、フリュンのご機嫌うかがいをしているのだ。フリュンの方も、きっとそうだろう。間違いない。わたくしが歯向かうことなんて、絶対に無いと確信しているはず。それは天地天命の理なのだ。絶対にわたくしが逆らわないと、安堵し、そして、心の底から油断している……?


 ここに来る前に、あの子が言ったことを思い出した。

 そうだ。

 フリュンは、わたくしに、隙だらけの姿をさらしている……!


「……そうですわ。死ぬくらいなら、別に殺しちゃっても」


 首筋に当てた刃物の冷たさが、頭に伝播していく。

 思考が冷えていった。

 冷静になれた。いや、冷静さを失った?

 どちらでもいい。光はそこにある。

 新しい選択肢が見えてきたのだから。


 わたくしはここで死んだ――


 ならば、後は余生である。

 急速に思考が回転していく。

 これまで考えもしなかった犯罪計画。


 第三の選択が浮かび上がった。


「今のわたくしは、フリュンに変装している。ならば、ここでフリュンの夫が――グラシエが、もしも誰かに殺されたとしたら? 衛兵たちはフリュンがグラシエの寝所に入っていったことを証言しますわよね……そうなれば、最有力の容疑者はきっとフリュンで決まりですわ。その上で、もしも――」


 そう、もしも、だ。


「フリュンが……行方不明になったとしたら?」


 全ての罪はフリュンが被ることになる。


 夫殺し――否、皇太子殺し。

 グラシエはムーメルティアの大物だ。

 我が国――エメンダリ王国との関係は最悪になるだろう。


 国を傾けた悪女。

 エメンダリの歴史の書には、フリュンはそう記される。


「もちろん、父は……国王陛下は、わたくしを疑うかもしれない。フリュンの悪趣味な催しには、父も関与しているはず。それでも……グラシエ殺しについての第一級の容疑者であるフリュンが、いつまで経っても出てこなければ……行方不明のままならば……わたくしを裁くことは、出来ないはずですわ……!」


 これは復讐だ。


 軍事国家ムーメルティアとの戦争になれば、いくらエメンダリが魔法大国と言えども無傷ではすまないだろう。


 かまうものか。


 ただ、生まれ持った固有魔法が弱いというだけで。

 ハズレスキルだからというだけで。

 わたくしをいじめ抜いた、エメンダリへの復讐を実行する。


 最大の標的はフリュン。

 だが、その前に――まずは前哨戦といこう。


 わたくしは寝所の扉をノックする。


「……失礼しますわ。わたくしです、グラシエさま」


 しばらくの後、鍵は開かれた。

 刃物を隠し持ち、わたくしは寝所へと滑り込む。


 かくして――計画を実行する。




 計画は、実行された。


 魔法を持たない国、ムーメルティアの出身であるグラシエを殺すのはたやすかった。わたくしの顔を見たくなかったからであろう、寝所の灯りが暗かったのも幸いした。見下げ果てた男だ。抱かれる前に殺せたことで、処女を奪われずに済んだのは、本当にうれしかった……。


 予定通りに、フリュンも行方不明にできた。

 凶器となった刃物はフリュンの寝室に仕込んでおいた。

 全ての罪は彼女が被ったのである。


 グラシエ殺しは国を揺るがすスキャンダルとなった。


 もちろん、父はわたくしを疑った。

 あの老獪な目線が昼夜を問わず向けられている。

 妹を殺したのは貴様だろう、無能が、人殺しが、と。

 だが、証拠はない。

 わたくしの罪を証明する手立てがない。

 フリュンが見つからないかぎり――

 困り果てた父は、一人の捜査官を立てることにした。


 それが、アラマチ。

 コトコ・アラマチという、一人の平民の女性だったのである。

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