グランドエンド
協定内容では、以下のような配分で入札することになっている。
【ジャバウォック】…10枚
【ドードー鳥】…6枚
【ほうき犬】…5枚
【三月ウサギ】…4枚
【偽ウミガメ】…3枚
【編み物ヒツジ】…2枚
協定に参加していない【眠りネズミ】と枚数が被った場合には1人が脱落することになるが、それは恨みっこ無しの協定……ついでに言えば、耳が良い【ドードー鳥】によると「おそらく【眠りネズミ】が剥がした爪は悲鳴からして1枚だろう」という推測だった。
このゲーム最大のポイントはここだ。
誰だって爪など剥がしたくない。
痛みを味わうことなどしたくもない。
だからこそ、勝利への追及と共に――
激痛からの逃避を望んでしまう。
歯車が狙い撃ったのは、まさにその意識だった。
デスゲームの最中でありながら、地下室には弛緩した空気がただよっていた――安堵といってもいい――少なくとも、このラウンドでの処刑はありえないと。
【偽ウミガメ】、【三月ウサギ】、【ほうき犬】の口元には笑みがあった。
――勝負は次のラウンドとなる。
一方でめざとい【編み物ヒツジ】と【ドードー鳥】は気を緩めていない。
今回のラウンドで【眠りネズミ】が処刑された瞬間に、その小さな手から素早く生爪を剥ぐべく、油断なくしっかりと態勢を整え始めていた。
何も知らないのは【眠りネズミ】だけだろう。
第2ラウンドの入札結果がゲームマスターから発表される。
【チェシャ猫】が告げたのは――
「最大入札枚数は――0枚。
最小入札枚数は――マイナス1枚。
マイナス1枚を入札したプレイヤーは全員、処刑になるぜェ」
最大枚数は0枚,、最小枚数はマイナス1枚。
全てが計画通りに事が進んだ。
「「「「「えっ?」」」」」
予想外の入札数を聴いて、5人のプレイヤーが硬直する。
彼らはいずれも処刑対象だ。
マイナス1枚――やはり、予想どおり。
「歯車にも理解できます。誰だって爪など剥がしたくない、痛みを味わうことなどしたくもないはず。だからこそ、剥がす爪は出来ることなら最小限にしたいと」
☆☆☆
総則3:プレイヤーは入札室では必ず爪を剥がなければならない
総則11:入札室を出る際に爪を剥いでいなかった者は処刑する
総則15:入札室で剥がした爪を入札しなかった者は処刑する
☆☆☆
「入札室では必ず爪を剥がなければなりません、外部から手に入れた爪を入札する場合であっても同様に。だからこそ、皆さんは爪を1枚だけ剥がした。ここで総則9が発動します」
☆☆☆
総則8:入札した爪の枚数が最も少なかった者全員を処刑する
総則9:ただし、一人でも同じ枚数の入札者がいた場合、該当する爪の枚数にはマイナスの符号が付与される。また、全ての入札者の入札数が同じ枚数の場合には処刑は実行されない
☆☆☆
「0とマイナス1では、少ない数字はマイナス1です。よって、入札枚数がマイナス1枚である皆さんは、処刑。入札枚数0枚である歯車と【眠りネズミ】だけが次のラウンドに進みます――」
何が起きているのか理解できない、という顔をしている。
これではあまりにも可哀想だ。
自分が死ぬのが何故かわからないというのは目覚めが悪いはず。
歯車は【チェシャ猫】に伺いを立てた。
「少しだけ処刑を待ってもらえますか、ゲームマスター。歯車がどのようにして勝利を収めたのか、皆さんに納得してもらいたいのです」
「ヒヒヒ。いいぜェ。まぁ、オレさまにはおおよその理屈はわかるがよォ。テメーの口から聞いてみたいところもあるんだよなァーッ!」
「感謝します。では、まず歯車の吐いたウソについて」
☆☆☆
「補充することができます、入札する爪ならば」
☆☆☆
「外部から持ち込んだ爪を入札しても、その爪は有効になりません」
そんな都合の良いことなどありはしないのだ。
キーとなるのは、総則14である。
これは単に足指の爪の使用を咎めるルールではない。
書き方に罠が仕掛けられていたのだ。
☆☆☆
総則14:入札として有効となる爪はその手のみである
☆☆☆
「その手、とはどの手のことでしょうか。言うまでもなく、歯車たちが有する、この手のことです。プレイヤー自身の爪ではなければ、爪を入札しても有効にはならない……これが第一の罠です」
おそらく、本来のゲーム進行においても――第2ラウンド以降で死体から爪を回収するところまでは想定内だったのだろう。その上で、死体の爪を入札してもプレイヤー自身の爪ではないので有効にはならない、というトラップが仕込まれていた。
外部から大量の爪を持ち込むという歯車の行為に対して、ゲームマスターや運営が強権を発動して咎めなかったのも――それを入札したところで、有効爪にはならないと知っていたためと考えられる。
もっとも、歯車の目的は死体の爪を有効にすることではない。
死体の爪を10枚入札することで、第1ラウンドを突破したかのように見せかけることこそが本当の目的だった。
「では、第1ラウンドで歯車が入札した爪はどこの誰の爪で、いったい何枚だったのでしょうか? 答えはシンプル。入札したのは歯車自身の爪で、枚数は10枚」
☆☆☆
必死に、身をよじりながら、必要枚数を剥がしていく。
大きく、息を吐いた。
剥がした爪を入札ボックスに入れる。
それと――
懐から取り出した爪を数えて、追加で入札することにした。
☆☆☆
歯車は手袋を外して、両手を見せた。
冷たい外気に触れたことで、刺す激痛が蘇る。
「うっ……があっ………ッ!」
じくじくと痛みがぶり返し、床には血がしたたり落ちた。
歯車は第1ラウンドの時点で10枚の爪すべてを剥がした。
剥がした上で、持ち込んだ死体の爪も入札した。
これは本人以外の爪は有効爪としてカウントされないのを確かめるため。
歯車はとっくに爪を使い切っていた。
「ここで最後の疑問となるのは、第2ラウンドでの最大入札枚数でしょう。歯車は0枚を入札しました、このラウンドにおいて」
本来は0枚の入札は不可能に見える。
阻むのは四つの総則だ。
☆☆☆
総則3:プレイヤーは入札室では必ず爪を剥がなければならない
総則10:入札室に入ることを拒否する者は処刑する
総則11:入札室を出る際に爪を剥いでいなかった者は処刑する
総則15:入札室で剥がした爪を入札しなかった者は処刑する
☆☆☆
プレイヤーは入札室に入らなければならず、入札室では必ず爪を剥がさなければならず、剥がした爪は全て入札しなければならず、爪を剥がさずに入札室を出たら処刑されてしまう。
ここでポイントとなるのは総則14である。
☆☆☆
総則14:入札として有効となる爪はその手のみである
☆☆☆
有効となるのは、その手の爪のみ。
「ならば、有効にならない爪を剥がせば総則には違反しません」
歯車がそう告げると、プレイヤーたちはあっと声を出した。
「足指の爪を剥がせばいい。入札室で剥がさなければならない爪は、手指とは指定されていません。その上で、剥がした足指の爪を入札したとしても……それは有効にはならない」
この方法を使えば、0枚の入札が可能となる。
他プレイヤー全員の入札枚数がマイナス1枚となっていることが確定している以上、第1ラウンドで全ての爪を使い切ったとしても、第2ラウンドを0枚入札で乗り切れる……これが、5人のプレイヤーが死ななくてはならなくなった理由である。
ふぅ――これだけ語ると、流石に、疲れた。
「以上で解説は終わりです。感謝です、処刑を待っていただいて」
「「「「「あっ」」」」」
「ヒヒッ! じゃあ、処刑しちゃるもんねッ!」
【チェシャ猫】が号令を出した。
敗者に致死性の猛毒が撃ち込まれる。
「うばばうばばばばばぼぼぼぼ」
びくびくと痙攣し、泡を吹きながら5人は死亡した。
12人いたプレイヤーも、もはや2人しか残っていない。
後は消化試合だ。
彼女も、歯車も、第3ラウンドの入札数は決まっている。
【眠りネズミ】と歯車は頷き合う。
「いー、いぎぎぎぃ!」
「ああッッ………!」
入札室での苦悶は一瞬で済んだ。
いよいよ、ゲーム終了の鐘が鳴る。
【チェシャ猫】が第3ラウンドの入札枚数を告げた。
「全プレイヤーの入札枚数は0枚。おいおい、マジかよ。ヒヒヒ。よって、今回の処刑は実行されないってワケ――これにて【爪剝ぎオークション】はゲームエンドだ。お疲れチャン。ハンマーッ、プラーイスッ!」
総則9による処刑の回避。
本来は夢物語としか思えない結末を実現できた。
議論中に【三月ウサギ】が言っていたことを思い出す。
☆☆☆
「もちろん、全員の入札枚数を合わせて処刑無しにする――なんてのも、論外よね。1人でも裏切者が入札枚数を上乗せしたら、裏切らなかった全員が最小枚数の入札者扱いになって処刑されちゃうわ……」
☆☆☆
今回にかぎっては、裏切りはありえないのだ。
協定の必要すらない。
なぜならば――
【眠りネズミ】は手袋を外す。
――そこには、すべての爪を剥がされた痛々しい指があった。
「まったく、もう……ひどいです、【ジャバウォック】さん」
「少しは見直しました。歯車が何も説明しなくても独力で、足指の爪を剥がすことによる0枚入札の抜け道に気づいてくれたようですね」
「め、めちゃくちゃ痛かったんですよっ! あそこの拷問器具は手指にしか対応してないから、必死で剥がすしかなくって……本官、足が痛すぎてコケちゃいましたぁ」
☆☆☆
床には何もないというのに、女刑事は転んでしまう。
【眠りネズミ】は足を引きずりながら入札室に入っていった。
☆☆☆
全ての歯車が、しっかりと噛み合った。
このためにわざわざ――
彼女の爪を全て剥いでおいた甲斐があったというもの。




