問題編②~夢のタワマン生活……のはずが~
新町は上目遣いで神妙な顔をした。
「急におしかけてごめんなさい、十南ちゃん。実は本官から十南ちゃんにお話したいことがあったんです。それで急遽、秘書の方にここまで入れてもらいました」
スマホにあったスケジュールの件について合点がいった。
「あぁ……だから、アポが無かったということね」
「アポ?」
新町は再び、大きめの皮手帳を開く。
どうやら予定表を確認しているらしい。
「ほら、月に二回くらい面会の予定を入れてるじゃない。わ……私の、ストーカーについての話よ。でも、今日は新町さんとの面会予定日じゃなかったから」
「新町、さん……」
新町は眉根を寄せて首をかしげる。
なにか、変なことを言ってしまっただろうか?
「十南ちゃん。本官、なにか変なことを言ってしまいましたか?」
「えっ」
「さっきから新町さん、新町さんって……他人行儀ですけどっ!」
ううっ、と鼻を鳴らしてすすり泣きをする新町。
だが、よく観察してみよう。
目元からは涙が流れていなかった。
「嘘泣きはやめてちょうだい」
「心は泣いてます。身体が追いついてないだけなんです」
「あっそう……」
それを嘘泣きっていうんだが。
「てへっ。十南ちゃんがイジワルするから、本官もイジワルしちゃいました。これでおあいこですねっ。でも、そろそろ機嫌を直して……いつもみたいに、本官のことを……じっとりと愛をこめて……古・都・子・ちゃん、って呼んでくれませんか?」
「こ」
古都子、ちゃん!?
「……だめ?」
「ダメ、じゃないわ。ええと……古都子ちゃん」
にっこりと新町は笑顔を見せる。
「いつもの十南ちゃんが帰ってきました!」
「た、ただいま……こ、古都子さん」
「古都子ちゃん」
「ただいま、古都子ちゃん」
「おかえりなさいっ、十南ちゃんっ!」
どういうことだ……。
江中十南はストーカー事件の被害者で、新町古都子はその相談を受けてる刑事という間柄じゃないのか? その間柄で十南ちゃんだとか古都子ちゃんだとか言い合うことになるのか? 最近の警察はみんなそんなにフレンドリーな感じなのか? 原宿とかにある友達感覚で接客してくれるバーみたいに? コンカフェ? イメクラ? いいや、警察のはず。わからん。ボクのデータに無いッ!
そもそもボクには友達と言える関係性の人間がいない。
友達とは対等な関係をさす。
ボクの頭脳に並び立てる者など、いなかった。
強いて言えば十南だが……あいつには裏切られたし。
だから、そう――
友達というものについて、ボクは決定的にデータ不足なのだ。
対して、十南はどうだろう?
ボクと違って、あいつは常に人に囲まれていた。
有象無象ほど江中十南という光に惹かれる。
まるで電灯にむらがる蛾のように。
十南の方が友人だと思っていたかどうかは知らないが。
☆☆☆
「そ、そうよね……だって」
絞りだすように甲高い猫撫で声でボクにささやきかけた。
「私たち、友達ですものね……っ!」
☆☆☆
――本当に友達だったなら、殺すほど憎まずに済んだのに。
ともあれ、今考えるべきは新町古都子である。
事件捜査を通じて友人になった――
あるいは、元から友人だったからストーカーの件を相談した?
わからん。
この刑事が異常になれなれしい異常者の可能性も存在している。
異常者……。
「うふふ。十南ちゃんに嫌われたわけじゃなくて、本官はうれしいです」
そうは見えないけど。
いいや、人は見かけによらないこともある。
江中十南(旧)のことを思い出せ、ボク。
あいつだって、見た目だけなら女神なのだ。
まずはデータを集めるのが先決だろう。
「その――古都子ちゃん。せっかく来てもらって申し訳ないのだけれども、今日はもう用事があるの。だから、お話をするのは今度でいいかしら?」
「用事、ですか」
「ええ、ちょっと。家で調べものをしないといけなくて」
「大変なときに押しかけちゃったみたいですね。ごめんなさい。本官の方の話は明日以降でもいいので、腰を据えられるときにじっくり相談したいと思います」
「そうしてくれると助かるわ」
ストーカーの件についても気になるが、それを新町から聞き出そうとすると、余計に墓穴を掘りそうで怖い。まずは私のマンションに帰宅して、ストーカーの件や新町との関係についての情報をPCなどから捜すのが有効だろう。パスワードについては、私の頭脳をもってすれば突破する方法はいくらでもあるから問題ない。
秘書に連絡して、私は帰宅する準備を整える。
「というわけで、失礼するわね。また明日、古都子ちゃん」
「はいっ」
口では良い返事をするものの、新町は帰る様子がない。
「……古都子ちゃん? 私はこれから帰宅するのだけれど」
「はい。ですから、本官も一緒に帰りますけど」
「あら、そう……」
新町も途中までの帰路が同じなのだろうか――?
そう考えていたボクは言葉を失った。
茶褐色の手袋をつけた彼女の指先。
そこに挟まれていたのは――
見慣れた一枚のカードキーだったのだから。
「このピッとする感じ、いいですよねぇ」
「そ……そうね」
慣れた手つきで新町はカードキーをかざす。
ガラス張りの豪華なエントランスを我が物顔で歩いていく。
私もあわててカードキーをかざして、エレベーターに乗り込んだ。
東京メトロ銀座線・溜池山王駅を下車し、六本木方面へと数分ほど歩いた先に鎮座していたのは、天を衝く尖塔。
地上二十階を誇る高層マンション――パンドラタワー赤坂。
江中十南であるこの私の自宅であり、
新町古都子の自宅でもある……らしい。
いや、ありえないだろっ!
刑事ってタワマンに住めるような給料出てるのか!?
そんなわけない。
仮にそうだとしたら汚職とかしてないと説明がつかない。
ヤクザとか反グレとつるんでる奴だ。
悪徳刑事なのか?
新町はというと、視線を合わさずにうつむいていた。
どうやら、例の手帳を開いて中身を読み込んでいるらしい。
茶色い手袋をつけたままなので、ページがめくりづらそうだ。
手袋なんて外せばいいものを――
そもそも、何をそんなに何度も読んでいるのだろう?
私は新町の服装を観察する。
サイズが合ってない吊るしのリクルートスーツ。
細かい傷がいくつも付いた安物の革靴。
どうみても身なりにお金をかけてる様子がない。
やはり、この子は金持ちなんかじゃ……
「十南ちゃん、また、本官を見てますね」
「……き、気のせいじゃないかしら?」
新町はエレベーター内の鏡を指す。
鏡越しに手帳を手にした新町との視線が合った。
「うふふ。そんな盗み見みたいな真似しなくても……十南ちゃんにだったら、本官はウェルカムですよっ。堂々と観察してください。科学者の友達なんて、本官には十南ちゃんしかいませんけど。職業病って怖いですよね。いつも、そうやって観察してるんですか? まるで本官のことを実験動物かなにかみたいに、肉と皮と骨で出来た人体模型に過ぎないんだとわからせるみたいに舐めまわして。なんだかそのねちっこい視線を向けられると、本官の肌を撫で回されて、大事なところに手を入れて、ねとねとぉぉぉ♪って、愛されてるみたいで……こういうの、ちょっと興奮しちゃいます。ふ、ふひひひ」
「へ、変なこと言わないでっ! ボクは変態じゃないッ!」
「ボク?」
「あ……っ」
思わず、十南になる前の素が出てしまった。
知ってか知らずか、新町は気色悪い笑みを浮かべる。
「本官の知らない、十南ちゃんの一面。素敵です……」
まずい。
一刻も早く、この刑事から離れたいのに。
エレベーターはまだ目的地まで着かないようだ。
押されているボタンはボクと同じ最上階。
つまり、お隣さん……ということなのか?
高層ビルの気圧の変化で、耳が詰まる感覚が生じる。
「そういえば。このマンションって港区(minato)にありますけど、十南ちゃんの名前ってトナミ……逆から読むと、ミナト(minato)になりますね」
「何を、急に……」
「いえいえ。気になっただけです。どうしても、人の名前のことになると、つい気になってしまって。本官の名前も新町古都子……コトコ、って変な響きですよね。トコトコって感じで。だから、友達にしか呼ばせないようにしてるんですよ」
新町は顔をそむけて、呟いた。
「だから、さっき。十南ちゃんに”新町さん”って呼ばれたとき、寂しかったんです。ほんとですよ?」
「……それは、ごめんなさい」
新町の声色が妙に真剣だったから、つい謝ってしまった。
よく考えると、ボクが謝るようなことではないのだが。
「あっ、思い出しました!」
さっきまでとは打って変わって、新町は明るい声を出す。
「本官が友達にしか名前を呼ばせないのって、子供の頃にクラスメイトにいじめられてたからでした。とことこことこ、とことこことこ、って。変な名前だって。そうでした、そうでした。だから友達にだけ名前を呼んでもらいたかったんですねぇ。本官をいじめたりしない、本官が安心して付き合える友達にだけ、です」
なんか他人事みたいに言ってるけど。
そういうのって、忘れるようなことなのか……?
新町の奇行に付き合っているうちに、最上階に到着した。
エレベーターが開く。
とにかく、今はこの変人から離れることにしよう――
って、あれ?
「嘘でしょ……」
カードキーを使って扉を開けると、そこは玄関だった。
広々とした一部屋分はあるような玄関。
それってつまり――
「ただいま、そして……十南ちゃんはおかえりですっ」
二十階の住人はボクと新町。
しかしこのフロアは丸々一世帯分が使っている。
信じられないことに――
ボクたちはどうも、同棲していたらしい。




