八百長問題編①~被害者の法則~
ここは……どこだ?
目を開けたが、視界が暗い。
身じろぎして初めて気づいた――拘束されている。
「むもほもふぉふぉむぼおおおおおおお」
「あっ、目が覚めたんですね。外します」
肌に痛みが走った。
「がああっ!」
「痛かったですか? うふふ。ごめんなさい。本官も、あまり人を監禁するのに慣れてなくって……見よう見まねで、とりあえず手近にあったガムテープでやってみたんですけど」
ガムテープ?
どうやら、目と口をテープでふさがれていたらしい。
誰に?
新町だ。
「お前……何を考えている? ここはどこだ」
「本官の自宅ですっ」
「自宅……だと!?」
周囲を見回す。
四角く狭い空間は打ちっぱなしのコンクリートとなっており、壁面は灰一色、金属部分の基礎が剥き出しになっていた。工事現場か、あるいは独房か。とても人間が居住する空間とは思えない。新町は部屋の隅にある粗末なベッドに腰かけている。
頭上には裸の電球。
私はパイプ椅子に座らされ、両手足を拘束されていた。
動くとギチギチと音がする。どうやら、これもガムテープ?
何重にもぐるぐる巻きにされているようだった。
「ふざけるな。こんな場所が自宅なわけないだろう!」
「人を招くことを考えなければ、案外こんな感じでもいけますけど。マンガとかは電子書籍で揃えてますし。タブレット一つあれば、アニメもドラマもサブスクでいけちゃいます。今風に言うとぉ、そうそう、ミニマリストって言うんでしょうか」
「…………!?」
「とはいえ、お友達を呼んだことはありません。ドン引きされちゃいそうです。本官はゴミ屋敷よりはマシだと思うんですけどねぇ。だから、皮肉にもギドラさんが初めましてになります。ウェルカム、新町ハウスです」
一体、何が起こっている?
最後の記憶を思い出す。
私は新町を始末するために、コイツをカラオケボックスに連れこんだ。
そうだ、そこで――
「本官に何かを飲ませようとしましたよね?」
私は店員からドリンクを受け取るときに、新町のチューハイに睡眠薬を混ぜた。酔いつぶれたように見せかけることで、こいつを車で運ぼうとしていたんだ。
それなのに、この状況は――逆。
私の方が、新町によって誘拐されている。
「うう……っ!」 頭が、痛い。
「強いお薬を使ったので、副作用が出てるみたいですね」
「新町くんも……私に、薬を盛ったのか?」
「ええ。本官に盛られた方は、ギドラさんが見てないときに全部吐いちゃいましたけど。睡眠薬ならまだしも、毒薬の場合には口に含むのは裏目になりますが――まさか、人目があるところで毒殺まではされないだろうという読みでした。だって、ギドラさんが目指してるのは完全犯罪。こんなところで捕まってしまっては、せっかく愛しの彼女の犯罪をかばってあげた意味がなくなっちゃいますよね?」
愛しの、彼女――
こいつはメフィにも辿り着いてるのか。
どうやって?
私はどれだけの時間、寝ていた?
いや、そもそも……私を監禁する目的は何だ?
「本官の目的は、あなたに自らが犯した罪のすべてを認めさせることにあります。ギドラさん――いいえ、もう一人の犯人、偽のゲームメイカーさん」
ジジジジジジ、と裸電球が異音を立てる。
新町は部屋の片隅からホワイトボードを持ってきた。
「まずは今回のゲームメイカー事件の概要を整理しましょう」
新町は黒いマーカーペンを走らせていく。
ボードに描かれたのはこれまでの事件の被害者たちだ。
【第一の事件】
被害者:種田ちせ
職業:女優
現場:足立区
死因:絞殺
遺留品:セネト
【第二の事件】
被害者:小川彰
職業:不動産業
現場:荒川区
死因:刺殺
遺留品:囲碁
【第三の事件】
被害者:千葉泰山
職業:音響技師
現場:板橋区
死因:刺殺
遺留品:カタン
【第四の事件】
被害者:下呂桃ちかる
職業:都庁職員
現場:江戸川区
死因:絞殺
遺留品:タギロン
【第五の事件】
被害者:罪園ゆかり
職業:占い師
現場:大田区
死因:撲殺
遺留品:ito
【第六の事件】
被害者:四条河原京介
職業:無職
現場:葛飾区
死因:推定・撲殺
遺留品:ボムバスターズ
概要を書き終えると、新町は言った。
「このゲームメイカー事件は、一見して、単一の連続殺人犯によって実行された事件に見えます。しかし実際には二人の犯人が存在しており、当初の犯行をおこなっていたオリジナルのゲームメイカーによる事件は、偽のゲームメイカー……すなわち、ギドラさんによって乗っ取られることになりました」
「な……なにを言っている。そんな証拠があるとでも」
「この状況なら、別に証拠なしで吐くまで拷問してもいいんですけど」
「ひっ……っ!」
「その必要もありません。ひとまず、犯人が二人いることは明白ですから」
新町はホワイトボードに書かれた情報のうち「職業」「死因」の項目を消していく。残ったのは「被害者」「現場」「遺留品」の項目だ。
「重要なのはこの三つです。これらの文字をヘボン式のローマ字、あるいはアルファベットで表記します」
「ローマ字とアルファベットだと?」
そんなことをして、何の意味があるのか。
新町の意図が読めない。
困惑しているあいだにも、彼女は追記を終えてしまった。
【第一の事件】
被害者:tanedachise
現場:adachi
遺留品:senet
【第二の事件】
被害者:ogawaakira
現場:arakawa
遺留品:igo
【第三の事件】
被害者:chibataisan
現場:itabashi
遺留品:catan
【第四の事件】
被害者:geromomochikaru
現場:edogawa
遺留品:tagiron
【第五の事件】
被害者:tsumizonoyukari
現場:oota
遺留品:ito
【第六の事件】
被害者:shijougawarakyousuke
現場:katsushika
遺留品:bombbusters
あっ。そうか、そういうことなのか!?
「まさか、これは……っ!」
「気づいたようですね」
第一の事件から第三の事件までが赤いペンで強調される。
「初代ゲームメイカーによる、警察へのヒントです」
【第一の事件】
現場:adachi+遺留品:senet
=被害者:tanedachise
【第二の事件】
現場:arakawa+遺留品:igo
=被害者:ogawaakira
【第三の事件】
現場:itabashi+遺留品:catan
=被害者:chibataisan+ta
「文字の入れ替え……!」
「事件現場に遺されていたボードゲームと、事件現場となる東京23区の区名――この二つをアルファベットに変換して、文字を入れ替えると、被害者の名前になる。これこそがゲームメイカーが警察に残したメッセージなんです」
「馬鹿な……っ!?」
「常軌を逸した暗号なのは事実です。本官も恥ずかしながら、第三の事件で出された追加のヒントを見て、ようやく気づくことが出来ましたから」
☆☆☆
「第三の事件で用いられたカタンには、奇妙なことがありましたよね?」
「あぁ。警察に送りつけられたものも、事件現場にあったものも、どちらもパッケージにあった”カタン”のうち”タ”の字だけが赤いペンで塗り潰されていたな……」
☆☆☆
「板橋区(itabashi)とカタン(catan)で千葉泰山(chibataisan)を作った場合には、タ(ta)が余計になる――だからこそ、タの字だけが塗り潰されていたのかっ!」
【第三の事件】
現場:itabashi+遺留品:catan-ta
=被害者:chibataisan
「はい。だからこそ、おかしいんです……第四の事件からは法則がズレている」
【第四の事件】
現場:edogawa+遺留品:tagiron
≠被害者:geromomochikaru
「事件の乗っ取りはこの時点から始まりました。つまり――下呂桃ちかる、罪園ゆかり、四条河原京介。第四の事件から第六の事件までの被害者はすべて偽のゲームメイカーによって殺害された、というのが本官の推理です」
「…………っ!」
そこまで、見抜かれていたのか。
☆☆☆
「メフィ。君にはこれから、出来るだけアリバイを作るように行動してもらう。証拠物件については、まず処理すべきはスマートフォン。それと、あの男の死体については……そうだな、葛飾区で発見されることになるだろうな」
☆☆☆
一日目:足立区で種田ちせ殺害される
二日目:荒川区で小川彰殺害される
三日目:板橋区で千葉泰山殺害される
四日目:身元不明の焼死体が殺害される(本官は有給♪)
五日目:江戸川区で下呂桃ちかる殺害される
六日目:大田区で罪園ゆかり殺害される
七日目:葛飾区で身元不明の焼死体発見される(今日)
☆☆☆
末都メフィが四条河原京介を殺害したのは四日目。
ちょうど新町が有給を取得し、ゲームメイカーの連続殺人が止まった日だ。
そこから、私は連続殺人事件を乗っ取った――
つまり、五日目と六日目の殺人を実行したのは私だ。




