5話 勝てると思ったら
首が不自然な方向に折れたまま、
雷鳥は地に落ちた。
「あぁー!」
風は無意識に叫んだ。
驚きと恐怖で、頭がついていかない。
「お兄ちゃん!」
ナギが風の腕を引く。
引きずられるように、風は歩き出した。
現実を見なければならない。
最強の雷鳥がやられた。
その時点で終わりだ。
救援は10分かかると言っていた。
雷鳥で1分も耐えていない。
10分も持つわけがない。
そもそも、どこに逃げる?
「これ……終わりじゃね?」
「いいから逃げるの!」
裏口には人だかりができて動けない。
かといって、正面にはベーダー星人がいる。
もう逃げられない。
「よくも……!
よくも副隊長を!」
避難を任されていた虎落が、
雷鳥の敗北に気が付いた。
彼女は戦闘タイプではない。
分析能力に長けた防星官だ。
戦闘経験などない。
あっても、訓練での組み手くらいだ。
防星官としての責任感――
上官がやられたからといって、
市民と一緒に逃げ回ることなど許されない。
彼女は拳銃を握りしめ、
正面玄関へ向かおうとしている。
風はそんな立場ではない。
それなのに、間違いなく殺される彼女を呼び止めた。
「行っても勝てない!
あんなの化け物以上の化け物ですよ!」
虎落は泣きながら風を見た。
「もし、ここを逃げ切れたら……
わたしの父と母に伝えてもらえませんか。
わたしは2人の間に生まれて幸せだったと……」
彼女は涙を拭って走って行った。
なぜだろう?
どうしてだろう?
風は死ぬとわかっているのに、
戦いに向かう虎落から目が離せなかった。
――――――
雷鳥に倒されていた7体のベーダー星人。
奴らはゆっくりと立ち上がった。
放電で痺れていただけで、
倒したわけではなかった。
力なく倒れる雷鳥の身体。
黒のプロテクターを纏ったベーダーが、
兜を外した。
あまりにも醜い容姿……
コメカミまで裂けた口を開け、
雷鳥の腹に喰らいつこうとかがんだ。
次の瞬間――
――パン! パン!
乾いた銃声が鳴った。
雷鳥を助けに虎落が動いた。
しかし弾丸は黒のベーダーに当たることなく、
空間で弾かれるように落ちていった。
ベーダーには傷一つついていない。
「……なに?
弾かれたの?
くそっ! なんなのよアイツ!」
7体のベーダーが一斉に虎落の方を向いた。
「お前達の相手は――わたしだ!」
もう一度銃を構える。
狙うはボスのみ。
せめてボスを仕留める――
虎落の覚悟。
しかし――
――ドゴッ!
発砲より早く、
1体のベーダー星人の蹴りが腹部にめり込んだ。
「――ケハッ!」
アスファルトに激しく全身を叩きつけられる。
虎落は、腕と肩の骨が折れたことがわかった。
それでも彼女は起き上がろうとする。
まだ左手で銃を撃てるから――
「!」
今の衝撃で拳銃は砕けていた――
虎落は唯一の武器を失ってしまう。
勝てないことはわかっていた。
だから、せめて一矢報いる覚悟だった。
しかし、
こんなにも惨めな最後を迎えるとは、
思ってもみなかった。
――彼女は昔から泣き虫だった。
防星官なんかになれない、と親には言われた。
でも、
弱い自分と別れたくて、
泣き虫だと揶揄われた自分と、
さよならしたくて――
この道を選んだ。
少しはマシになったかな?
泣き虫は治ったぞ!
最近では強くなったと、
自負できるようになっていた。
それなのに――
そう思っていたのに――
そんな彼女の最後の顔は――
涙でいっぱいだった。
「パパ、ママ――
やっぱり、防星官なんか
……ならなきゃよかったかも」
ベーダー星人の1体が、
腰に掛けていたハンマーのような物を振り上げた。
頭へ目掛けて振り下ろされる、その瞬間――
虎落はポツリと呟いた。
「あぁ……死にたくないなぁ」
――ズパンッ!
大きな音とともに爆ぜた。
頭が――
虎落の――
否……ベーダー星人の――
頭を失ったベーダーの身体から、
噴水のように血が吹き上がる。
そして、
彼女の前に1人の男が立ちはだかっていた。
それは、彼女の背中から目が離せず、
気付けば、後を追って来た男。
能力なしの……紡時 風だった。
――――――
「お兄ちゃん! 何してるのよ!」
ナギが市役所の中から叫んだ。
風が、どうして外に出たのか、
彼女は意味がわからなかった。
しかし、
それよりもっと理解できないことがあった――
それは、1発でベーダーを殴り倒した、
兄のことだった。
「本当に……
お兄ちゃん、どうなったのよ……
ってか、妹を1人にしないでよぉ!」
――――――
今度は、
虎落が目の前の男から目が離せなかった。
パンチ1発で――
ベーダー星人の頭を吹き飛ばした。
昨日のニュースで流れた映像を思い出す。
ベアルガを殴り倒した動画。
それをベーダー星人で再現した?
「あっ、あなた……」
「ああああああ……出てきてしまった……
引き返せって言うつもりだけだったのに……」
「!」
「止めようと思ってたら、
足が勝手に動いてたんだ!
あぁ! もう知らん! 昨日の俺を信じるしかない!」
ベーダー星人たちが唖然とした。
突然現れた弱そうな人間が、
1発で仲間の首を吹き飛ばしたからだ。
戦闘種族の勘が告げる。
こいつは危険だと――
6体が一斉に風を囲む。
その状況下で、
虎落は動けない自分を恨んだ。
「情けない……こんな時に動けない自分が情けない」
それなら、せめて今できることを考える。
自分ができること――
それは戦況の補助。
虎落は目に宿る能力を発動し、
ベーダー星人と風の能力を確認した。
「えっ!」
6体が一斉に飛びかかった。
風は押し潰された。
彼女の目には、
ベーダーのインパクト値(攻撃力)が3tと表示された。
それが6体同時の一斉攻撃。
防星官の上位クラスでも即死だ。
でも、彼のプロテクト値(防御力)は――
「10t! 嘘でしょ!?」
風は6体を払い除けて立ち上がる。
「イッテェーなぁ!
集団でかかってきやがって、卑怯者っ!」
そして――
一撃ずつ見舞って、
あっという間に6体を撃破した。
「……インパクト値も10t?
エナジーの放出も感じ取れない、
能力を発動していないのに、これって?」
護衛のベーダー2体が動き出した。
虎落は考える間もなく、2体のベーダーに目をやる。
身体の作りから、最大インパクト値が推定で表示された。
――推定インパクト値4t
2体は腰に掛けていたハンマーのような物を構えた。
――インパクトが9tに上昇。
直撃は危険だ。
「紡時さん!
その武器の攻撃をまともに受けてはいけない。
死にますよ!」
「えっ? なんて?」
風は虎落の方を向いた。
「こっち見ちゃダメぇ!」
――バキッ!
振り下ろされたハンマーが頭部に直撃した。
風の身体は吹き飛び、
駐車中の車にめり込んでいった。
「戦闘中によそ見なんか……!
……いや、こんな時に話しかけたわたしの責任だ!」
「イッタアァー!」
頭を摩りながら、涙目の風がめり込んだ車から出てきた。
ベーダー2体は、
再びハンマーを構えて風に襲いかかる。
風は格闘技未経験者だ。
「よくもやってくれたなぁ!」
戦闘種族相手に、
自己流格闘術で応戦する。
そもそも喧嘩もろくにしたことのない風は、
なんとか気合いだけで護衛の2体と戦った。
「なんなの……あの人……すごい……」
――もしかしたら勝てるかもしれない。
虎落は一瞬、そんな淡い期待を抱いた。
だが――
その期待は、一瞬で砕かれた。
黒いプロテクターのベーダー星人が動き始めたのだ。
奴は、手のひらを風に向けた。
「!」
虎落の目が疼く。
黒いベーダーのユニバース値が上がっていく。
「これは……わたしの銃弾を弾いた時の力?」
次の瞬間――
風の身体に、
経験したことのない異様な感覚が襲った。
「なんだこれ!?」
上半身が風船のように膨れ上がった。
――パァーンッ!
風は一瞬のうちに弾けた。
――即死だった。




