47話 強者の願い
タイガードロップ株式会社・事務所
「結局、スーツ買わなかったんだ?」
「一回きりの再会に、無駄金は使わないって……」
「今後のためにも一着くらい持っておけばいいのに」
「風くんからも言っておいてよ!
あの頑固親父は、まったく話聞かないんだから!」
今日は狩が鳴蔵に二十数年ぶりの再会を果たす日だ。
――――――
タクシー内。
「で……パパ。どうしてその格好なの?」
「てやんでい……。これが俺の正装なんだよ」
狩はいつも通りの大工の格好だった。
「いい大人なんだから……
わたしの上司のお父様なんだよ……今から会う人」
「馬鹿野郎……今から会う奴は、俺の昔っからの友人だ」
「……」
響の頼みもあり、病院までは笛が同行することになった。
病院に着いてから、
狩には見張りの防星官による身体検査や、
持ち物点検などが行われた。
当然ながらノコギリは没収された――
「返せ!
俺の命!」
「いい加減にして! パパッ!」
鳴蔵は異端の能力者。
身体情報がわかるものは何一つ持ち出されないよう管理されている。
他国の工作員や侵略者の尾行がないか、
笛は分析能力を解放し――
常に周囲を警戒していた。
「本日はご足労いただき、誠にありがとうございます」
響が入院室の扉の前で立っていた。
「鳴ちゃ……鳴蔵のせがれかよ」
「初めまして……息子の響と申します」
響と狩が正式に顔を合わせるのは初めてだった。
「おう! うちの笛ちゃんがいつも世話になってんな。
兄ちゃんは母ちゃん似だな……。
良かったな、おやっさんに似なくてよ!」
「ちょっ……パパッ!」
響は少し微笑んだ。
「母のこともご存知なんですね……」
「当たり前よ。
昔からの付き合いだからな」
「……」
「入っていいのか?」
「面会時間は十分です……
ご理解よろしくお願いします」
「けっ!
タイコリンの握手会よりは良心的じゃねーか」
「それでは、開けます」
入院室の扉が開かれた。
今日は狩だけが部屋に入ることを許された。
介護と見張り担当の防星官も、
響すら席を外された。
それが鳴蔵の希望だったのだ。
狩はベッドに向かってまっすぐに進んだ。
すでに鳴蔵と目は合っていた。
それでも一言も発さずベッドの前に立った。
「……」
「……」
「変わんないなぁ……ガッちゃんは……」
「変わっちまったなぁ……鳴ちゃんはよぉ」
二十数年ぶりに交わした最初の会話。
最強の防星官になった男と、
最強の民間ブレイカーになろうとした男の再会だった。
――――――
部屋の外には響と風が待機していた。
「あの……本当に父と二人きりにしていいのでしょうか?
隊長の容態がさらに悪くなる可能性もあります」
「?」
「副隊長だけでも、同席された方が」
「ずいぶんと何を心配しているんだ?」
「パパ……うちの父が粗相をしないか心配で……」
「粗相?
立派な父上にしか見えなかったが……」
「どこがですか!」
「華火、剛海。
二人とも話をしたが、本当に尊敬できる方だと言っていた。
あいつらが人を絶賛するなんて聞いたことがない。
よほどの人格者なのだろう」
「し……知りませんよ」
時間はゆっくりと流れていく。
――――――
鳴蔵の痩せ細った身体。
身体中に繋がれた管を見て、心が軋む。
「身体、悪いってか?」
「あぁ、あと二、三ヶ月保てばいいくらいじゃないか……」
「日本最強の男だろ……
そんなもんぶっ飛ばせよ」
「目の前にいる敵には負ける気がしないのに、
体内にいる敵には勝てる気がしなくなったんだ」
「……」
会話が止まる。
狩は十分がこんなに長く感じたことはなかった。
「要件はなんだよ?」
「……」
「俺に会いたいって、風に言ったんだろ?」
「うん」
鳴蔵は自由のない身体を、
少しだけ狩へ向けた。
「ガッちゃんが……正しかったよ」
「!?」
「ずっと言いたかった。
自分が病気になって……
自分の部下を見たとき……
それと剛海や華火を見て、
俺に足りないものに気がついた」
「おせーよ。バーカ」
かつて全身からオーラを放ち、
すべてを威圧していた鳴蔵。
絶対に自分の過ちを認めるような男ではなかった。
「一人では限界があった。
でもあの時の俺は、
俺一人がいれば日本くらい守れるって本気で思っていた」
「能力――雷神。
その力がありゃ北海道から沖縄までも一瞬なんだろ?
そりゃ一人で日本は見れるかもしれんわな」
「……」
「少しの期間ならよ」
鳴蔵は目を閉じた。
遠い昔を思い出す。
若かりし狩が必死で訴えている姿。
「教育だろが!
強い連中を育てんだよ!
それが最終的に国の宝になる。
なんでわかんねーんだ鳴ちゃん!」
「ガッちゃん……
教育は大事だ。
しかし、ガッちゃんの考えている教育は時間も金もかかる。
今の日本に、そんな余裕はない」
「そこをなんとかするのがお前の仕事だろ!」
「俺一人で国を守れる自信がある」
「お前、コンビニにでもなるのかよ?
24時間一人で守れるわけないだろ!」
「危険度の低い案件はブレイカーや防星官に任せる。
危険度A以上は俺が受け持つ」
「もし、お前の手でも負えない連中がいたらどうするんだ!」
「そんな連中はいない。
俺は誰にも負ける気がしないんだ」
「……」
その成れの果ての姿――
病魔に屈した最強の男が、
今、狩の前にいた。
「ガッちゃんは……ずっと人を育ててきた。
素晴らしい人材ばかりだ……」
「別に、俺は何もしてねーし……
勝手に俺んとこ来て、
強くなって出ていきやがるんだよ。
どいつもこいつも」
「……でも、彼らはこの日本を命懸けで守ってくれている」
「防星省で、もっと教育に力を入れろって言ったのはよ。
ブレイカーじゃ教育システムに限界があったからだ」
「……俺は、
その意見に耳を貸さなかった」
「……そうだったな。
それ以来会ってねーもんな。
鳴ちゃんがブレイカーをすげー軽く見てたようだし……
呆れたんだよ」
「……申し訳なかった」
絶対に謝らない男が謝った。
狩は、
病魔はここまで人を変えるものなのかと、
心苦しくなった。
「華火も剛海も、他の研修生たちも……
素晴らしい力をつけて帰ってきた」
「防星省のためにやったわけじゃない」
「紡時風くんも……」
「!」
すると鳴蔵は、
まっすぐに狩の目を見て言った。
「彼を……
日本最強の男に育ててくれないか?」
狩との再会の本題――
それは遠い昔の贖罪と、
これからの日本を憂うからこその願いだった。




