38話 地球の常識・宇宙の常識
事務所内が凍りついた。
殺した者と殺された者の共演。
絶対にありえないことが、この場で起こっているからだ。
「本当に……ベーダー星人なのか?」
「あぁ、お前に見事に殺されたベーダー星のブラッドだ」
ブラッドが笛の口を借りて答える。
「信じられないな……」
「信じられないなら別にいい。
ただし俺の質問に答えろ」
「?」
以前戦った時もそうだったが、
このベーダー星人には、
他の侵略者とは違う格のようなものを感じる。
「俺の能力、ダクネスの能力を、
なぜ使える?
コピー能力の持ち主か?」
「違うよ……」
「ではなんだ……答えろ。興味がある」
「コピーじゃなくて、俺の能力は――」
風は、自分の能力について知り得る範囲で答えた。
別に隠す必要もないと判断したからだ。
すべてを聞き終わった後、
誰も言葉を発さなかった。
こんな能力、信じられなくて当然だ――
風はそう思った。
「なるほど……異能の種か」
ぽつりとブラッドが答えた。
「異能の種?」
「あまり例を見ない能力のことだ。
俺も初めて聞く能力だ……
出会えて光栄だ」
風は、何やら深い知識を持っていそうなブラッドへ、
さらに問いかけた。
「こんな能力……宇宙でもあまり聞かないのか?」
「不死、輪廻、能力コピー……
そういった能力者の話は聞くが、
お前の能力は少し違う。
死を経験するたびに、
その事象を学習し、適応した力を得て蘇る――」
「だから生き返ったら、
能力発動してないのにバカみたいに強くなってるんだ」
「……面白い。
宇宙でも聞いたことがない能力だ」
気のせいか、ブラッドが楽しそうに見えた。
「……あのさ、
俺が憎いだろ?」
「いや……そう言った感情はない。
お前の本質を見抜けず挑み、
返り討ちにあっただけのこと。
俺とダクネスが、ただ実力不足だったのだ」
「ステキ……」
2人の会話を聞いていた木庭が、
ふと呟いた。
「えっ?」
「はっ! つい心の声が漏れた!」
風の反応に木庭が赤面した。
ブラッド……
オタク女子が好みそうなキャラなのか?
すると、笛がテーブルを手のひらでタップし始めた。
「お呼びだ、代わる」
ブラッドがそう言うと――
「わたしにも喋らせて!」
笛に変わったようだ。
どうやら、どちらか片方しか話せないらしい。
「ブラッド、あなたの言いたいことはわたしに言いなさい。
わたしから皆さんに伝えるから!」
「……」
「それは帰ってから教えてあげるから。
いいのよ、あなたは知らなくても……」
「……」
「それは今度確認しておくから!」
風と木庭は笛を見ながら思った。
一人二役って大変そうだな……と。
「紡時さん……」
「?」
「異能の種には、
時間を止める者、
空間を圧縮できる者、
死者を生き返らせる者などがいるらしいです。
そして、また話をしよう――
と、ブラッドが言っています」
「あぁ、俺もぜひ話をしたい」
異能の種――
風は、それに該当するようだ。
宇宙にはまだまだ未知の能力が潜んでいるのだろう。
「虎落さん、かなり大変そうだね」
風が気遣った。
「えぇ……まぁ。
ずっと彼とはこんな調子ですから」
「束縛強めの彼氏みたいだね、笛ちん!」
「木庭は黙って。
腹が立つから……」
笛は、木庭とブラッドには当たりがキツい。
「ストレスのせいか毎日食欲もありません。
それなのに太ったと言われて……
ストレス太りでしょうか……?」
笛は悩みを吐露した。
その時だった――
木庭が、思い出したように話し出した。
「そうそう笛ちん!
食欲ないって嘘よー!
夜な夜なファミレスでドカ食いしてるって情報入ってるよ!」
「はぁ?
何言ってるの……。
わたしは21時以降、
絶対に食事を取らないダイエットをしてるのよ。
深夜にファミレスなんか行くわけないでしょ」
「夜勤明けの氷河さんと影井さんが見かけたって……
声かけても無視されたって言ってたよ」
「誰と間違えてるの?」
「だって笛ちんだよ……
動画もみんなに回ってるし」
木庭はスマホの動画を笛に見せた。
見せられた動画には、
4人掛けテーブルを埋め尽くすほどの料理が並んでおり、
それを1人で次々と平らげていく笛の姿が映っていた。
笛は一瞬フェイク動画を疑ったが、
すぐに身体が固まった。
その一心不乱に食事をする笛の服装が原因だった。
薄いピンクのフリフリが付いた、
小さな子供向けのお姫様みたいなパジャマ。
家にいる時だけの、ささやかな楽しみ。
その姿だけは絶対に誰にも見られたくないものだったのだ。
それなのに――
動画の笛は、
その秘密のパジャマ姿でファミレスでドカ食いしていた。
しかも、
目つきが悪い……
どう見ても悪人面だ。
目の前で一緒に動画を見ている風が、
ソファーごと引いている気がした。
「ここ……ここ……これはいったい!?」
「氷河さんが何度呼びかけても無視されたって、
店員さんへの態度も高圧的だし、
『本当に虎落なのか?』って、何人かに動画送ってたわよ」
動画に写っているのは間違いなく笛だった。
ファミレスに行った記憶など最近ない。
やはり人違い……
でもこのパジャマ……
「みんなは、
『いい歳した笛ちんがこんな可愛いパジャマ着ないから人違いだ』
って言ってるんだけど、
笛ちんって基本頭がお花畑女子だから、
わたしは間違いなく笛ちんだってみんなに言っといた」
「……ブ……ブッ……ブラーッド!」
笛が急に怒鳴った。
そして怒りの表情のまま、
独り言を呟き始めた。
「あなた……
この動画に写ってるの、あなたね?」
「写っているのはお前だ、地球人」
「屁理屈はいらないのよ!
あなたがご飯食べてるんでしょ!?」
「食べているのもお前だ」
「食べた記憶がないのよ!
わたしの身体を使って、
ご飯を食べに行ったのかって聞いてるの!」
「初めからそう聞けばいいのだ。
行ったぞ。
お前が寝てから、
食料を探しに出かけるのが日課だ」
「何勝手なことしてるのよ!」
「お前は食事を取らなさすぎだ。
脳や身体、皮膚にまで栄養が回っていない。
この星では、食べたい時にどこでも食事が取れるのに
なぜ食べない」
「ダイエット中だからよ!」
「そんなことは知らん。
俺は足りない養分を摂取していただけだ」
「お金……
支払いはどうしてるのよ!」
「支払い?
……あぁ、あのカードのことか?」
「カード?」
「初めて店に行った時、
帰ろうとしたら店員という奴に捕まってな。
金を出せと言うので殺してやろうかと思ったが、
代わりにバッグからカードを渡してやったら解放された。
安心しろ、そのカードは取り返してある」
「……」
「それからカードは愛用している。
あれがあれば、どこでも栄養が得られる。
魔法のカードだ」
ブラッドとの会話で――
笛がなぜ太ったと言われるのか。
朝の胃もたれの原因も、
ようやく理解できた。
ぜーんぶコイツのせいだったのだ。
「ブラッド……」
「なんだ地球人」
「食料を探す日課は今日までよ」
「どうしてだ地球人。
俺はそれを楽しみに――」
「今日までよ!」
「……わかった。
そうしよう」
突然怒り狂った笛に、
風と木庭が固まった。
そして笛は心から誓うのだった。
――絶対に。
ぜーったいに、いつか必ず身体から追い出してやるわ侵略者!
と……。




