2話 見つかった男
風は目の前にあるベアルガの残骸を見た。
あまりの気持ち悪さに吐き気が襲う。
「オエェェーッ」
自分がやったことだと実感が湧かない。
しかし、すぐにそれが自分のしたことだと気付かされる。
「スゲェー!
あれ防星官の人だろ!」
「ベアルガを素手で倒す防星官っていたんだ!
カッコいい!」
すべて風に向けられた言葉。
慣れない状況。
いや――
初めて浴びる賞賛に、風は困惑した。
そして、
そんな状況から――風は逃げた。
人々の視線が、怖くなったのだ。
想像していた“ヒーロー”になれたはずなのに、
その夢が叶った日。
賞賛を恐れて、風は逃げてしまった。
――――――
風が住むマンション。
――ガチャッ
「おかえり――」
妹の紡時凪が、
スマホをいじりながら風に声をかけた。
「……」
母親がキッチンから声をかける。
「風、さっきこの近くで大変なことがあったらしいのよ。
母さん心配で電話したのに、あなた出ないから……」
「……」
「ぎゃあー!」
母親の叫び声に驚き、ナギが振り返った。
「わぁー!」
ナギも思わず叫んだ。
「風! 血まみれじゃないの!」
「あっ……うん」
「現場で……工事現場で何かあったのね!」
「……いや、そうじゃなくて……
ベアルガと出会っちゃって」
その名を聞いた瞬間、ナギが叫ぶ。
「お兄ちゃん! ベアルガと遭遇したの!?」
「おう……」
「だから血まみれなんでしょ!
早く病院行かないと!」
「いや……怪我はないんだわ……」
「血まみれじゃん!」
「だから、ちょっとシャワー浴びる……」
「まず病院だって!」
風はおもむろにナギへ紙袋を渡した。
「……なによこれ?」
「ドーナツ。みんなで食べてくれよ……」
「いやいやいやいやー!
絶対に今はドーナツじゃないよ!」
妹の話に耳を傾けることもなく、
風は浴室に向かっていった。
「お母さん、お兄ちゃんにもっと言ってよ!
あれ、死んじゃうくらいの大怪我だよ!」
「……」
「ねぇったら!」
「ナギ……これ……」
母親は震える指でテレビを指し、
ナギに見るように促した。
「こんなときにテレビがなによ?」
テレビでは夕方のニュースが映っており、
緊急速報の映像が流れていた。
侵略者が現れたときには、
全国速報として流れることになっている。
それに伴い、
先ほどのベアルガ出現の件が放送されていた。
視聴者提供の動画が、放送されている――
周辺にはモザイクをかけているものの、
ベアルガに頭を鷲掴みにされた男性が
アスファルトに叩きつけられ、
踏み続けられている凄惨な映像だった。
しかし、問題はそこからだ。
ベアルガに殺されたと思われる男性は、
何事もなかったように立ち上がり、
突進してきたベアルガを――
一撃で倒した!
そして、周りの人々から喝采を受ける中――
男性は逃亡。
この動画提供者が男性を追跡していくと、
ドーナツ屋に入っていく姿が映されていた。
しばらくして店から出てくると、
人目を避けるように、信じられないくらいの速さで
追いかける人たちの目を盗んで走って消えていった。
映像はそこまでだった――
ニュースの見出しでは、
――ドーナツ好きの防星官、侵略者を倒して帰宅か?
――最強の民間ブレイカー現る!
――話題沸騰! SNSで身元追跡開始!
――本人と思われる情報もすでに拡散!
と、ベアルガを倒した男性に対して大盛り上がりだ。
その映像を最後まで見た2人は、
同時に叫んだ――
「なんでぇーっ!」
「あれ風だよね?
服同じだもの!」
「あれお兄ちゃんだよね?
ドーナツ買ってるし!」
2人は慌てて風を呼ぶ。
「風! シャワー浴びてる場合じゃないわよ!」
「早く出てきてよ、お兄ちゃん!」
――――――
シャワーから出てくると、
夕飯前に3人で家族会議が始まった。
「風……何があったか言いなさい」
「お兄ちゃん……
すでに特定班が動いているみたいだし、
お兄ちゃんどころか、
わたしたちのことまで拡散されちゃうじゃん」
「……ベアルガを駆除したのは、
……あなたなの?」
2人の表情は真剣だ。
だからこそ、風もわからなくなる。
家族がこんな顔になるようなことを、
自分がしたとは思えなかった。
あれだけ夢見てきた状況なのに、
家族に迷惑をかけているような気がした。
「母さん……」
「なに?」
「俺……能力なしだよな?」
「?」
「5歳の時、
間違いなく覚醒しなかったよな?」
「……えぇ。
あなたは5歳のときに覚醒しなかった。
市役所に何度も検査に行ったけど覆ることはなかったわ。
……申し訳ないけど、あなたに能力はない」
「……だよね」
「6歳以降、覚醒した人の報告は世界中探してもなかったわ……」
風は母親とナギを交互に見て口を開いた。
「なんか変なんだよ……
今日現場で、鉄骨の下敷きになってからおかしいんだ」
それを聞いたナギが即座に突っ込む。
「いやいや、
下敷きになって生きてる時点ですでにおかしいけどね」
「そこなんだよ」
風が目を見開いた。
「グチャリって鳴ったんだ。
頭が潰れる音だ……
耳なのか、心で聞いたのかわからないけど……
あの気持ち悪い音が頭から消えてくれない。
俺は、死んだんだって……自信がある」
「なにを言っているのか、
全然わからないんだけど……」
「現場でも死んだ。
ベアルガにも殺された。
今日だけで、俺……2回死んでるんだよ」
「お兄ちゃん……変な薬やってないよね?」
「でも生きてんだよ――
死んだのに生き返ってんだよ!」
ナギは険しい表情で風を見る。
母も同じ顔を見せたが、
口に出した言葉は意外なものだった。
「言ってることが支離滅裂で、
正直よくわからないけど……」
「……」
「あんな化け物と出会ったのに、
無事でいてくれて本当によかった……」
母親は涙ぐんでいた。
風の異常よりも先に、
無事だったことに安堵したようだ。
「母さん、喜んでる場合じゃないのよ!
うちのことが全世界に調べられるのよ。
お兄ちゃんの言ってることが本当だろうが、
嘘だろうが、大変なことになっちゃうの!」
ナギがすごい剣幕で話し始めたそのとき――
――ピンポーン!
部屋のベルが鳴った。
ナギはすかさず言う。
「はじまったわ……絶対特定班の嫌がらせよ。
これから毎日いろいろな奴に追われる生活が始まるのよ。
あぁ! もう買い食いとかできなくなっちゃう!」
母親が、恐る恐るインターホンに出た。
「……はい?」
すると、想定外の人物が訪れて来ていた。
「私、日本防星省の雷鳥と申します。
先ほどのベアルガ討伐の件で参りました。
紡時 風さんはご在宅でしょうか?」
この国で侵略者に対して、
唯一抵抗能力を持つ国家機関・防星省――
この国の戦闘機関が、
風に接触を始めてきた。




