母娘じゃないし
「でも答えを知っていても上手くできないとオバサンは思うの」
「その心は?」
「だってその答えはいつの時点の正解なのかしら?」
「……」
相手の言わんことを魔女は理解した。
「親殺しのパラドックスってヤツね」
「オバサン……無学だから横文字には詳しくないのだけど?」
可愛らしい感じで鬼が首を傾げる。
見た目はあれだが実年齢は……魔女は色々な何かを飲み込んだ。
「タイムトラベルが不可能な理由よ」
言いながら魔女はため息を吐く。
タイムトラベルの矛盾を語る知る人は知っている話の1つだ。
厳密に言うと未来に行くことはできるかもしれないが過去に戻ることはできない理由を語る話だ。
「過去を改ざんすれば未来が変わってしまう。未来が変われば過去の改ざんが出来なくなる。つまり過去は変えられないからタイムトラベルはできないって感じの話だった気がするわ。もうずっと昔の記憶だからうろ覚えだけれど」
「ん~。それならオバサンにも分かるかも」
嬉しそうに御前はポンと胸の前で手を打った。
「で、未来には行けるの?」
「理屈上は簡単。たぶん御前や姉さまならあっさり可能ね」
「本当に?」
「ええ」
目の前の人物は人の形をした別の何かだ。たぶん簡単には死なない。
「瞬間冷凍してしばらく放置。で、解凍すればほら未来」
「うわ~。オバサン、そんな金魚のようなことはされたくないわね」
「でも瞬間冷凍ぐらい耐えられるでしょう?」
「ん~」
考え込んでいるが即否定しないところを見るに可能なのだろう。
魔女はますます呆れてため息を吐いた。
「まあ未来の話は別に良いかな? オバサンは今を楽しめればそれで良いしね」
「御前らしいわね」
子どもっぽい感じではあるが相手は伝説上の鬼の名と実力を引き継ぐ者だ。
たぶん人とは違う価値観を持って生きている。
「それに匠くんとノイエちゃんを見てるだけでも十分楽しめるし」
「そうね」
それは魔女も認める。
あの夫婦は本当に見てて楽しい。
嫌な事を全て忘れて笑っていられる。
一緒に居ればその楽しさも倍増だ。
「で、御前」
「ん~。何かしら?」
「わたしが居ない間に変なことはしてないでしょうね?」
「……」
静かに口を閉じた相手がそっと視線を、その顔を横に向けて遠い場所に視線を向ける。
「魔女ちゃん」
「なに?」
「過去に戻る方法って無いのかしら?」
「……」
『このオバサンは何を言っているのだろうか?』と言わんばかりの冷たい視線が鬼を見た。
「違うの魔女ちゃん! オバサンの言い訳を聞いて!」
「言い訳なんですね」
「違うの! 今のはちょっと言い間違えただけなの!」
「はいはい。言い訳をどうぞ」
「……言うわね?」
鬼は語った。魔女が別行動をとってからの出来事を語った。
ちょっと、ほんのちょっと、自分が不利になることは言葉を濁したが、何故かその都度ツッコミが入って事実を語ることになった。
どうしてバレるのか分からない。オバサンの華麗なる助言や行動で皆が救われたと言う言葉をどうして相手は信じてくれない。何故だっ!
「で、御前?」
「……はい」
正座をしシュンとした状態で体を小さくしている相手を魔女は見下ろす。
その状況が生じた理由は、ツッコミどころが多い相手の話に途中から立ち上がり圧をかけ続けた結果でもある。
厳格な親に叱られる子供のように鬼は身を竦めていた。
「自重を忘れた御前がここで鬼の因子とやらを大量に垂れ流し続けた結果、兄さまに施していた封印が外れて兄さまが暴走したってことで良いのかしら?」
「結果としては……そうなっちゃうのかしら?」
「あん?」
「その通りかと思います。はい」
己が罪を受け入れ鬼は魔女に対して低く低く……つまり土下座した。
「でも魔女ちゃん聞いて! オバサンの言い訳を聞いて! 匠くんに施した封印はそう簡単に解けるモノじゃないの! だってそんな簡単に解けてしまったら、あの子は子供の頃から『ヒャッハー』していたはずよ? きっとオバサンは学校と児童相談所を行き来していたはずよ? でもそんなことにはならなかったのよ!」
そう。自分の息子はとっても良い子に育ってくれた。多少エッチな部分はあったが、それだってたぶん一般的な男の子の常識の範囲内のはずだ。誰だってエッチな本の1冊や10冊ぐらい隠すものだ。
「それは御前がこの魔眼の中で強い力を得たからでしょう?」
「たぶんそうだと思いますっ!」
復活した伝説の鬼が深々と頭を下げる。
額に手を当て魔女のため息が止まらない。
本当にこの親子は自分の常識の外側でやりたい放題である。妻である姉も加えると、もう……。
「兄さまが鬼になった件は後で調査するわ。それでその封印とやらは大丈夫なの?」
「……」
「御前?」
律儀にも体を起こし横を向いた相手に魔女の額に青筋が浮かんだ。
「ごめんなさいっ! 正直分かりませんっ!」
「おい」
マジトーンのツッコミを魔女は吐き出していた。
「だって仕方ないじゃないの! オバサンここで捕らわれの身だし、外に出て匠くんの状態を確認するとか不可能だし! それにそれに本当にオバサンだって頑張ったのよ? おっぱいちゃんが暴走したのを止めたりして頑張ったのよ? それなのに妹ちゃんはオバサンにご褒美もくれないで、何処かに居なくなっちゃうし!」
「……」
弟子がこの場から居なくなった理由は簡単だ。自分と入れ替わったからだ。
でも魔女はそのことを言わずにいた。だって面倒臭いことになりそうだし。
「猫ちゃんは相変わらず可愛いけどおっぱいちっちゃいし、何より今はあれだし!」
「あれ?」
クイクイと鬼が指さす方を見て魔女は足を動かす。
歩き、それを確認して戻って来た。
「精神的な準備もなくドロッとしてグチョッとした失敗作のもんじゃ焼きは見るモノじゃないわね」
「でしょ?」
「あれをしたのは?」
「おっぱいちゃん」
「……」
鬼の手が届かない場所でコロンと横になって寝ている毒っ子ことファナッテは……それはそれは美味しそうな姿を曝け出している。
何故か胸を札のようなモノで隠しているが、基本裸にシャツだ。事後に彼シャツを借りた彼女が部屋をウロウロとしている感じのあの姿だ。世の男性の夢が横になって眠っている。
「何でこれがここで寝てるの?」
「勝手にやって来てウロウロしていたわ」
「はぁ」
本当に自由人ばかりだ。一度転移石の方を確認する必要がある。
結構な勢いで放置していたから移動制限の方が馬鹿になっているのかもしれない。
「それにおっぱいちゃんってとっても寂しがり屋さんでしょう?」
「……」
優しげな表情を浮かべ鬼が相手に手を伸ばす。が、届かない。
寝相の良い毒っ子は寝返り一つしないでスヤスヤと寝ている。
「お母さんが居なくなってからずっと寂しかったのよ」
「納得」
「だからわたしがっ! オバサンがこの子の母親にっ! 届け~!」
「……」
鬼の形相を浮かべて御前が相手に手を伸ばす。
指でも引っかければ引き寄せる可能性があるのか、必死に指を、爪を伸ばして床を掻く。
その様子に魔女は寝ている子に近づいて……抱え上げて御前から離れた。
「魔女ちゃんっ!」
「見てるとこの子の貞操の危険しか感じないので」
「大丈夫よ! オバサンは匠くんより無茶はさせないわっ!」
「……」
魔女はもう少しだけ相手から離れて座った。
抱えてきた相手を床の上に置こうとして気づく。相手の目が薄っすらと開いていた。
「かあ、さん」
「……」
「ん~」
甘えた声を出してファナッテは魔女の胸に顔を埋める。
腕が自然と背中に回り『その体勢で苦しくない?』とも思うが、また彼女は目を閉じて寝てしまった。
「はぁ……仕方ないわね」
ため息を吐きながら魔女は指を鳴らしていくつものクッションを取り出すと、それを使い相手の体勢が苦しくならないように配慮する。
「うおぉぉぉおおお~! オバサン、禁断の巨乳母娘の何かを見たような気がするわ~!」
「母娘じゃないし」
勝手に盛り上がる鬼に苦笑しながら魔女は抱き付いている相手を見つめる。
その体は立派な女性なのに……寝顔は子供のそれだった。
安心しきって眠るそれは、本当に子供の寝顔だった。
© 2026 甲斐八雲
しまった! 御前が頑張り過ぎて話が進まないっ!
次回ちゃんと話が進んで朝になると良いな…なるよね?




