巨乳なんて幻想だからよ
ユニバンス王国・王都郊外ドラグナイト邸
『だってだってシュニットもキャミリーも怪我を負って……わたし寂しかったんですもの~!』と最後まで抵抗著しい義母さまであった。ただ国王夫妻の話を出されると一瞬納得しかけてしまったが、お風呂上がりのセシリーンが長い髪を拭きながら『国王様たちが怪我をする前からずっとこんな感じでした』と教えてくれた。つまりノワールはずっと義母さまの玩具であったらしい。
判決。有罪。
何かしらの罰を与える方向となって、今夜は1人で眠りなさいと告げたら『いやぁ~! 1人で寝るなんて嫌よ~! 絶対に無理~!』と言い出したから縛って布団の中に投げ込んで置いたら、数分としないで就寝したらしい。
自由人って本当に良いな。羨ましい限りだ。
おかげで久しぶりに自由を得たノワールがめっちゃ笑顔でノイエに甘えている。それは良い。何かあると僕に手を伸ばして『抱いて抱いて』とせがんで来る。
うむ。どうやら義母さまの魔の手から救い出した僕に感謝しているっぽい。あはは。案ずるな我が娘よ。今後何があっても僕は義母さまから君を救うと約束しよう。ど~れ。パパが抱いてあげよう。
「ダメ」
「……」
ノワールを抱いているノイエが瞬間移動染みた動きで僕から遠ざかる。
あはは。ノイエさん? ようやく娘がパパに懐いてくれたのです。今ここで抱いておかないと、きっと数年もしたらまた嫌われるに決まっているんですから今だけでも!
「ダメ」
「殺生な~!」
抱き付きに行く僕の手からノイエがスルスルと逃れる。
そんな風に追いかけっこをしていると、クスクスとセシリーンが笑い続け……うん。ようやく平和が訪れた気がします。と言うか帰ってきた気がします。
やはり我が家が一番です!
「あら?」
ドラグナイト邸の寝室へと入って来た小柄なメイドはそれを見つけて足を止めた。
ベッドの上は相変わらず酷い様相だ。何をどうしたらこうなるのかを問いたい。
「何をしたの? 姉さま?」
「頑張った」
「……兄さまが?」
ベッドの上で白目を剥いている青年は……まあたぶん死なないだろうから問題ない。
なんだかんだで愛された相手が悪いのか簡単に死ねない状態になっている。あれを殺すのは中々に骨が折れそうだ。
「でも勝った」
「兄さまも懲りないわよね」
負け戦だと分かっているのに絶対王者の妻に挑むのだから。
でも彼が進んで挑むことは余りない。だって勝てないと理解しているのだから。
そう考えると……うん。考えるのは止めてあげよう。
「で、そっちでビクビク痙攣して気絶している歌姫は?」
「頑張った」
「何を?」
言いながら小柄なメイドは深いため息を吐く。
きっとこの2人に巻き込まれたのだろう。一般人が足を踏み入れてはいけない領域に足を踏み入れるからあんな悲惨な姿を曝すことになる。
とりあえず小型の撮影用魔道具を取り出し、メイドはドロッとしている歌姫の姿を撮影しておいた。
これはこれで悪くはない。汁系が好きな層には大変なおかずであろう。ただ自分としてはあまり書きたくない絵ではある。
「2人目を仕込むには早いでしょうに」
「たくさん居た方が楽しい?」
「首を傾げない」
歌姫の無事を確認し、メイドは転がっていた椅子を起こしてそれに座る。
「姉さま」
「なに?」
ベッドの上でちょこんと座っている彼女はある意味でいつも通りだ。変化は見られない。
「お腹は?」
「お肉なら食べられる」
「いつもでしょうに」
入荷しておいた塊のハムをメイドはエプロンの裏から取り出す。
にょきにょきと伸びて来た姉のアホ毛がハムを挟んで回収していった。
「もう別の何かね」
「ん。でも楽」
「……まあ姉さまか」
それで納得してしまう自分もどうかと思うが、メイドは納得した。
「姉さま」
「はい」
「少し魔力を多めに使いたいのだけど」
「はい」
勝手に持ってけと言った感じで姉はハムをモグモグする。
「それと」
「はい」
「小さいのに大きいのを呼ぶから……ほどほどにね」
「アルグ様次第」
「歌姫をそんな風にして?」
メイドの声に彼女は視線を巡らす。
ビクビクと痙攣している姉の様子にようやく気付いたと言った感じだ。
「幸せそう」
「その解釈は斬新ね」
「照れる」
「照れずに言わない」
「むぅ」
ハムをモグモグしながら姉が拗ねた。
「それと」
「はい」
「……やっぱりいいわ」
これ以上はきっと姉に言っても無意味だとメイドは理解していた。
きっと彼女は理解していないのだ。自分が何をしたのかを。
「朝、歌姫が起きる前にちゃんと奇麗にさせなさいよ」
「はい」
「忘れたらきっと怒られるわよ?」
「はい」
聞いているのかいないのか、姉はハムをモグモグしている。
その様子に小さく笑い座っていた椅子から立ち上がったメイドは軽く背を伸ばす。
「さて、わたしも少し眠るから」
「はい」
部屋を出て行こうとしたメイドは足を止めた。
振り返りベッドの上に居る姉を見る。
「それ以上兄さまを襲わないようにね」
「それは無理」
「流石に枯れるわよ?」
「大丈夫」
ハムを食べ切った姉がはっきりとそう告げた。
「何度でも甦る」
「兄さまはラ〇ュタ?」
肩を竦めてメイドは部屋を出た。
それを見送った姉……ノイエはコロンとベッドの上で横になる。
みんな彼の心配をしているが、どうして心配するのか分からない。
前よりも強くなっている彼がこんなことで衰えなんてことはない。むしろ自分が頑張らないとダメなぐらいだ。それに一緒に頑張って貰おうと思っていたお姉ちゃんはあっさりと動かなくなってしまった。
こんな時はホーお姉ちゃんかレーお姉ちゃんに来て欲しい。できればレーお姉ちゃんが良い。彼女は凄く元気な人だからひと晩中でも踊ってくれる。でも次に来てくれるのはリーお姉ちゃんだ。
「もっと頑張らないと」
ギュッと両手を握り締め、ノイエはそっと目を閉じた。
翌日ノイエとアルグスタは、激おこ状態のセシリーンから結構ガチ目で説教を受けることとなった。
「あらお帰りなさい。魔女ちゃん」
「どうも~」
軽く手を振り魔女は相手に向かい歩いて行く。
本当なら真っすぐ左目に行くべきなのだが、魔女はそれを避けてまず右目に来た。
こっちならば多少時間が稼げる。と言っても本当に多少だ。自分の気持ちを落ち着ける程度の時間稼ぎだ。
変わらず自分の肉体を収めたフラスコの前に座る彼女……鈴鹿御前に対し、魔女は何とも言えない視線を向けた。
「何でそこに毒っ子が寝てるのよ?」
「そう思うでしょう? オバサンとしてはもう少し近くでも良いと思うの!」
「いや何が何やら分からないし」
御前の手が届かない絶妙な距離で寝ている毒っ子ことファナッテを捕まえようとしたのだろう、鬼が床を引っ搔いた後が幾重にも見て取れた。
「あと少しなの! あと少しでそこに存在する柔らかそうなおっぱいをっ!」
「……」
「魔女ちゃん! 無言でオバサンからおっぱいちゃんを遠ざけた意味を知りたいのだけどっ!」
引っ張りファナッテを鬼から遠ざけた魔女は、自分も彼女の手の届かない距離に座る。
「どうして大きな胸は全てオバサンから遠い場所へ!」
「巨乳なんて幻想だからよ」
「いいえ違うわ! 巨乳は実在するのよ!」
何て会話をしているのかと自信にツッコミを入れたくなりながらも魔女は大きく息を吐いた。
その様子に御前は何かを感じ、柔らかく微笑みながら座り直した。
「辛いことでもあったの?」
「……分かる?」
「ええ。こう見えてオバサン、人生経験豊富だから」
「……こう見えて2千年くらい生きてるけど?」
「うわ~。魔女ちゃんが実は凄いお婆ちゃんだった事実!」
はしゃぐ相手に魔女のため息が止まらない。
自分のことを慰めるというか、気分を変えようと相手が無理にお道化ている様子が手に取るように分かるのが、気持ち辛かった。
きっと自分は今、酷い顔をしているのだろう。
「御前」
「な~に?」
「……わたしはどうして間違えてばかりなのだろう?」
「ん~」
相手の問いに御前は軽く首を傾げて考えた。
どうやら真面目な問いらしいと感じたから、本気で考えてみる。
「たぶん答えを知らないからでしょうね」
「そうね」
「でもね?」
傾げていた顔を正し、御前は相手を真っすぐ見た。
「答えを知らないから人は必死に足掻くんでしょうね。魔女ちゃんのように」
© 2026 甲斐八雲
見える見えるよ。主人公とヒロインがセシリーンの前で正座して居る姿がw
そろそろ禁断の扉を開く時が…禁断ってほどかな?




