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蛇足伝 作者:大田牛二
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彼女が笑う時

 古代中国、夏王朝の時代、宮中の庭に神龍が出現するという騒ぎが起きた。当時の夏の帝が近づくと龍は漦(口の泡)を吐き、それを与えた。

 夏の帝はそれを貰い、箱に納めた。

 やがて夏王朝は亡び、この箱は商王朝に伝わり、さらに殷が亡びると、箱は周の王家に伝わった。その数百年の間に、一度も開けられることがなかったという。

 やがて時代は周の厲王れいおうの世になった。彼はその箱の存在を知ると興味を覚え、臣下たちにこの箱を開くよう命じた。そして、箱を開くと、中から泡が発して庭じゅうに溢れだした。

 厲王を始め、臣下たちは恐れ、驚いた。

 やがて泡は一尾の蜥蜴と為り、するすると後宮に向かった。臣下たちはその蜥蜴を捕らえようと兵を送った。しかしながら中々その蜥蜴は見つからなかった。

 その蜥蜴は後宮の中をするすると進むと七歳の童女に遭った。蜥蜴はにやりと笑うと童女に向かって飛びかかり、口の中に入っていった。

 童女は声を発することができず、やがて失神した。

 失神して倒れている童女を見つけた兵士たちが近づくと童女は目を覚ました。

「何があった?」

 兵士がそう聞くと、

「先ほど蜥蜴が現れ、驚いたはずみで気を失ってしまったようです。蜥蜴はあちらに行きましたわ」

「そうかわかった」

 兵士の一人が童女を安全なところに案内するよう他の兵士に指示を出す中、童女は静かに笑みを浮かべる。

 その後、厲王が暴虐さを憎まれ、国を追い出された後、周の宣王せんおうの時代になった、童女は十五歳になったとき、不思議なことが起きた。

 男も無くひとりの女児を産んだのである。

 人々はこのことを恐れ、産まれた女児を育てることを許さず、それを捨てるように童女に言った。

「わかりました。この子を捨てましょう」

 彼女はそう言って、林の中へ出向き、女児を捨てた。その時、誰にも聞かれることなく、呟いた。

「天意を受けし子を捨てし者たちに大いなる罰を」

 その後、彼女の姿を見た者はいないという。

 そのころ巷間に、

「月が昇ると日が没する。桑の弓、箕の袋(矢を入れる袋のこと)を持った者が周を滅ぼす」

 という童謡が流行った。

 宣王はこれを恐れ、山桑の弓と箕の箙を持つことを禁じた。しかし、このことをたまたま知らずに山桑の弓と箕の箙を売ろうとした夫婦がいた。

 そのことを知った宣王は怒り、彼らを捕えて殺そうとした。

 この夫婦は逃亡し、林の中に逃げ込んだ時、林の中で泣いている捨子を見つけた。

 夫婦は哀れに思った。しかしながら自分たちは追われる身であり、赤子を拾って逃げる余裕はなかった。

「可哀想であるが、置いて行こう」

 夫はそう言って捨て子を置いていこうとしたが、妻は、

「それはあまりにも可哀想です。今は末世というべき時代ですが、人としての心まで忘れてしまっては」

 そう言って捨て子を拾い上げ、あやし始めた。

「私たちには子がおりません。この子を育てましょう」

 妻は夫に捨て子を拾うように説得し結果、捨て子を連れ逃げることになった。夫婦は襃に逃げた。それからしばらくは静かな時が過ぎて行き、捨て子の女児はすくすくと育っていき、その要望は比肩できないほどの美しさを備えるようになった。

 だが、夫はその女児が奇妙な子であると思っていた。何故ならば、極端なほど笑わないのである。

「これほど笑うことの無い子がいるのだろうか」

 夫はそう思っていたが、妻はそのことを気にせず、彼女に愛情を注いだ。

 やがて妻が病に倒れ、亡くなると葬儀が行われた。その時、夫は見てしまった。初めて女児が笑みを浮かべたのである。それも一瞬のことであった。

 だが、夫はその笑みを不気味に感じた。何せ妻の葬儀の場で笑みを浮かべたのである。

(なんと不気味な子であろうか)

 最早、この女児とは暮らせないと感じ始めているとそこに襃の役人から女児をもらいたいと言ってきた。この女児から離れたいと思っていた夫は了承した。

「今からお前は襃に仕えるのだ。良いな」

「はい、わかりました」

 女児も了承したことで夫も肩の荷が降りた気持ちになった。その時、女児はにやりと笑った。それを見た夫は背筋に寒気を覚えたが、敢えて気にせず、彼女を役人に渡した。

 その翌日、夫の家に火災が起き、夫は焼死した。

 やがて時が経ち、宣王が世を去り、時代は幽王ゆうおうの時代になった。

 ある日、襃の者が罪を犯したことを理由に、幽王は襃に圧力をかけるようになった。

 困った襃側が対応を協議するとある者が言った。

「王は色を好む方と聞いております。それならば、あの女を渡しては如何でしょうか」

「あの不気味な女をか」

 襃の宮中に仕える女官に年を取らず、未だ瑞々しい美貌を兼ね備えている美女がいた。民間からその美しさを認められ、拾い上げたのだが、美しい要望を持ちながらも極端なほど笑わないためか襃君はそれに不気味さを覚え、彼女に手を出すことはなかった。

「女一人を渡すことで、国を救えるのです」

「わかった。差し出すとしよう」」

 こうして美女は周に差し出すことになり、襃は許しを乞うた。幽王は彼女の美貌を見るや大いに気に入り、彼女を褒姒ほうじと呼んだ。

 彼女が周に出向く際、彼女は静かに笑った。その笑みは大変美しく、それを見た誰もがその美しい笑みに見とれた。

 その笑みを浮かべたのを見た者たちはその後、謎の死を告げた。

 幽王の後宮に入ってから幽王は彼女を大いに寵愛した。やがて彼女との間に子の伯服はくふくが生まれた。周の太史(記録官)伯陽はくようは、それを知ると、

「禍は成れり。周は滅びることになる」

 と呟いた。

 幽王は褒姒を深く寵愛をするようになったが、幽王は彼女の笑顔を見ることができないでいた。様々な工夫を凝らし、彼女を笑わそうとするものの、一向に彼女は笑おうとしない。

 そんなある日、絹が献上された時、謝って絹が裂いてしまうということがあった。幽王は怒って、絹を裂いた者を殺そうとしたが、その時、僅かであったが褒姒は笑った。

「褒姒が笑った」

 幽王は大層、喜び、絹をもっと集めるように言うと、彼女の前で裂いてみせた。彼女は僅かであるものの笑みを浮かべていたが、やがて笑みを浮かべることはなくなった。

 幽王は再び、機嫌が悪くなり、絹を裂いてしまった者を始め、絹集めに奔走した者たちも殺した。


 この頃、王都に緊急の事態が起きた時に諸侯が駆けつけてもらうために狼煙を上げて知らせるための狼煙台が設置されていた。

 それが何かの間違いで狼煙が上がったことがあった。

 これを見て諸侯は大急ぎで軍を率いて王都に駆けつけたのだが、そもそも間違いで上がったため実際は何も無い。

 諸侯たちは唖然としたまま呆然としている。その様を幽王は褒姒を連れて、見た。その時、

  「アハハハハ」

 笑い声がその場に木霊した。その笑い声の主はなんと褒姒であった。

 幽王が何をやっても笑わなかった彼女が遂に笑ったのである。幽王は大いに喜んだのだが、諸侯が帰ると褒姒はいつもの通りの顔に戻ってしまった。

 もう一度、褒姒の笑顔を見たいと幽王が考えていると政治を任せている虢石父かくせきほが進言した。

「褒姒様のためにまた、狼煙を上げては如何でしょうか?」

 彼は佞臣と言うべき男で、幽王にへつらい、民には暴虐を働き民に疎まれている男である。しかしながら幽王に取っては彼は忠臣である。

「よし、そうしよう」

 幽王はそう言うとに驪山の烽火台に褒姒とともに登り、守兵に命じて烽火に点火させ、たわむれに諸侯を召集させた。

 するとまたもや褒姒は笑った。そのことで気分を良くした幽王は虢石父に千金を与えた。結果、幽王は同じようなことを繰り返すようになった。

 もちろんのこと、諸侯の怒りを買うようになり、狼煙を上げても諸侯が来ることがなくなっていった。

 諸侯が来なければ、褒姒が笑うことはなくなることになる。しかしながらどうしても褒姒の笑顔を見たい幽王は皇后の申氏と太子を廃し、彼女を皇后にし、彼女との間で産まれた伯服を太子にした。

 これは多くの者が反対したが、こうすることで、褒姒の笑顔を見ることができると考えている幽王は強行した。

「どうだ褒姒」

 そう褒姒に問いかけると彼女は微笑んだ。幽王は大いに喜んだが、我慢ならないのは、理不尽にも廃されてしまった申氏である。

 彼女は父の申侯しんこうに訴え、申侯は激怒して犬戎と連合して王都に侵攻した。

 この緊急事態に幽王は狼煙を上げたが、どうせ褒姒のためであろうと考える諸侯はこれを無視した。そのためほお、王都の勢力で戦わねばならなくなり、王軍率いた虢石父は戦死し、その結果、幽王は王都から逃走するはめになった。

 もちろん傍には褒姒が同行する。

 だが、驪山に至ったところで幽王は捕捉され、殺された。殺される直前、幽王は兵士たちに捕らえられた褒姒を見た。彼女は捕らえられている状況の中、笑みを浮かべていた。

「綺麗だな」

 それが幽王の最後の言葉であった。










 褒姒は兵に捕らえられたはずであるがその後、どうなったのかは不明である。処刑されたと見るのが普通であるかと思われるのだが、はっきりしたことは書かれていない。

 それにしても褒姒とは何だったのだろうか。

 彼女は悪女とされているが、同じく悪女の代表とされている末喜ばっき妲己だっきとは違い、彼女が自分から何かをしたような感じは一切感じられず、主体性が無い。どちらかと言うと受身であり、彼女の思想のようなものは感じることができない。

 どの悪女と比べても人間味に欠ける存在と言える。

 人々は彼女を悪女と形容はしつつも彼女のことはどちらかと言うと、不気味な存在と見ており、彼女へは畏れを抱いているように思えてならない。

 果たして彼女は人であったのか。







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