二方面作戦
「項羽は確かに武勇に優れ、万夫不当ですが生まれつき向こう見ずで残忍な男です。
定陶の住民を皆殺しにしたのは記憶に新しいではありませんか。
それに楚の兵達もやりすぎの嫌いがございます。
考えてみるに陳勝王が起った時、盗賊の様なものだったのですが王位に就かれた後も兵達は近隣の民から略奪し狼藉を働き続けました。
しかし陳勝王は兵達を止める事はしませんでした。
民の支持を得られず失敗したのは当然です。
この際、見識豊かな人物を派遣して宣撫工作に重点をおき、この反秦が正義の戦いである事を秦の人々にこそ訴えるのが最上かと心得ます。
我らもそうですが、彼らも秦の暴政に久しく苦しんできたのですから、こういう人物が行って軍の暴虐をおさえるならば、必ず帰順致しましょう。
項羽の様な男は派遣すべきでありません。
その点沛公は度量の広い人物ですから適任かと存じます。」
彭城の王宮では懐王を中心に会議が開かれていた。
懐王が尋ねる。
「陳嬰、どうか?」
「は。
項氏は我が楚において名門であり、再興が成ったのも武信君はじめ項氏の力があっての事です。
また項羽自身も民からの人気は高く、さらに先の戦いにおいて決定的な役割を果たしました。
今ここで項羽を外す事は余計な混乱を招き、得策ではございません。
ですが、先ほどの意見ももっともな事。
そこで……。」
陳嬰は若き王の耳元で何やら囁く。
大きくうなづいた王はにっこり笑い号令する。
「よし、それで行こう!
諸将を集めよ!!」
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楚に属する将達が集められ(彭越を除く)上柱国、陳嬰が口を開く。
「いよいよ関中、咸陽に攻め入る時が来た!
秦により天下が切り取られ、早や十余年。
その間万民は皆等しく虐げられて来た。
その労苦は筆舌に尽くし難く、餓えや労役、厳しすぎる法の処罰で民の怨嗟の声は天にまで届き、全土で反乱が起こる原因となった。
生き残りが例え三戸であろうと秦を倒すは楚である!
我らはこの言葉を胸に今日まで耐え抜いてきたのだ!
今こそ、楚の力を天下に示す時!
これより咸陽に向けた布陣を発表する。
名前を呼ばれた者が大将軍、大将である」
場に緊張が走る。
とは言ってもここにいる全ての将、大夫達は項羽が選ばれる事を当然だと思っているので驚きはない。
大体項羽が選ばれずに誰が選ばれると言うのだ。
「項将軍!」
「はっ!」
呼ばれて項羽が前に進み出る。
先の戦いで秦に勝利してから項羽は髭を生やし始めた。
その姿は堂々としており表情からは自信と威厳が滲み出ている。
「続けて沛公、劉将軍!」
(えっ!?)
皆、声にまで出さなかったが一様に驚いた。
(沛公だって!?)
「は、はぁ……」
困惑した顔で劉邦が前に出る。
その顔には何で俺が?と書いてあるようだ。
ざわざわと場内にどよめきが広がるが
「諸将、お静かに!」
陳嬰の凛とした声で場が引き締まる。
「此度の咸陽への進軍は二方面作戦を取ります。
ご存知の通り、古来より黄河以東から関中へ入る道は二つの関が存在します。
函谷関、武関です。
お二方は彭城より出でてそれぞれの関を目指し関中入りを果たしてもらいたい。
函谷関方面軍が項将軍、武関方面は沛公にお願いします。
では最後に陛下よりのお言葉である」
皆一同に懐王に向かい片膝を着き、頭を垂れる。
「皆、ここまで良くやってくれた。
再興した我が楚としては初めて反撃に転じるこの時が来たのだ。
両大将の下、全軍結束して秦打倒に当たってもらいたい。
そして余は先に関中に入った者を王に封じる約束をしよう!」
おお、とどよめきが広がる。
「秦を打ち倒した後はその新しい王を中心に天下を運営していくが良かろうと考えている。
皆のもの!
古より続く我が楚の祖廟が見ておる、まさしく天下の趨勢を決める戦いになろう
楚の力を天下に示してくるのだ!!」
ザッ!と皆、一斉に平伏した。
懐王は満足そうに頷くのだった。




