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長滞陣の謎

この話から本編に戻ります。

韓信は突然降ってきた雨に辟易へきえきしながら睨む様に天を仰ぐ。




趙を助けるために彭城を出立して数日、楚と趙の国境付近まで進軍した楚軍はそこからピタリと動かなくなってしまった。

今日を含めてもう二週間、陣を張り留まっている。


伝え聞く話によると趙を攻めている秦軍は趙王のいる鋸鹿きょろくを包囲しているらしい。


援軍は各地より集まってきてはいるが皆、秦軍を恐れて遠巻きに陣を張り、戦闘を避けているのだとか。


韓信は何のための援軍だ?と憤ってみたものの現状何ができる訳でもない。





雨が降ろうと雪が降ろうと警護の役目は変わらない。


げきを持って直立不動で立っている韓信に天幕の中から怒声と悪態が聞こえてきた。


項羽である


中の様子は耳を澄まさなくともよく分かる。


項羽は今日、というよりここ数日こんな調子だ。


「軍師!俺はこんなところにじっとしてられんぞ!

早く援軍に向かわなければ趙は落ちてしまう。

それでは我等は何の為に出陣したというのか!?」


(……その通りだな…)


珍しく韓信も項羽の気持ちに同意できる。


(何故このような中途半端な地に留まっているのか?

全く持って不可解だ…。)


「将軍、この老いぼれにも長滞陣は疑問です。

斥侯を出して調べていますが情報が少ない。

今しばらく辛抱ください。」


「む…

まどろっこしいな。

ならば俺が直接宋義に聞いてこよう」


そう言って項羽は自分の陣を出て行った。




向かう先は宋義の陣だ。


項羽は宋義の天幕へずかずかと入っていった。


「宋義殿!!」


「ん?

おう、項羽か。いかがした?」


宋義は何やら書をしたためていたようだが項羽を認めると筆を置いた。


「宋義殿、何故このような地でいつまでも滞在しているのか?

我等は趙を助ける為に出立したのではなかったのか?」


「その事か。もちろん理由はある。

武信君を破った秦の本隊は強力じゃ。

まともに当たっても相手の方が上手だろうとわしは見てる。

現在、鋸鹿きょろくは秦軍に包囲されているが、援軍はすでに散開して陣を構えている。

だが、秦を恐れて当たろうとせず様子見を決め込んでいる。

この戦、みなの力を合わせねば勝ち目はない。

今、援軍に集まった部隊と連絡を取り連携を取るべく動いておる。

それに時間がかかっておるのだ」


なるほど、納得ができなくもない理由である。


「では、連携が取れ次第発つと?」


「いや、連携の見込みが立ち次第だ。」


「……そうですか」


宋義の前に来た時と打って変わり、項羽は借りてきた猫の様に大人しくなってしまった。


気勢が削がれてしまったのだろう。


そのまま宋義の天幕を後にする。


視線だけで項羽を見送った宋義はにやりと口の端を歪め笑う。


「ふふふ、項羽よ。

いくら武神の如きの強さといえ搦め手や、政り事には弱いと見える。

青い、青いな。」


余程、愉快だったのか宋義はしばらく笑い続けた。











□□□□□□











さらに二週間過ぎた。



項羽の元へやって来た范増が開口一番


「将軍、分かりましたぞ」


項羽はもう、我慢の限界だった。


「軍師!

どうだったのだ?」


「はい、まずこの長滞在は兵法としてもおかしいのです。

宋義殿が各援軍と連携を取ろうとしているのは事実ですが、それだけではありませんでした。

宋義殿は斉と謀り自身の息子を斉の宰相へ据える工作をしておりました。

見返りとしてどうやら、我等を斉へ売り渡す算段のようですな」


「なんだと?!

確かか?」


「はい。既に宋義殿の子息はこの陣を出て斉に出立しました。」


項羽の顔面が赤く染まり血管が浮かび上がる。


「范増、止めてくれるなよ?」


范増はふ、と笑い。


「この老人にその様な力はございません」


そう言って項羽に道を空けた。




項羽が宋義の天幕に入ると中は酒の匂いに満ちていた。


「大将軍……」


「おう、項羽か?

どうだ?お前も一杯やらんか?」


「はっ……」


そう言って宋義の前まで進み出る。


「ではさかなに……これでも喰らいやがれっ!裏切り者!!」


「なっ!!」


項羽、抜刀すぐさまズバッと打ち下ろす。


脳天から人体の中心、正中線で真っ二つに宋義が斬り裂かれた。


鮮血が噴水の様に飛び散る。


天幕の布や項羽の顔面にもびちゃびちゃと音を立てて掛かった。


項羽はぺろりと口の周りに付いた宋義の血を舐め、先ほどまで宋義が飲んでいた杯をぐいっとあおる。


「確かに一杯貰ったぞ、宋義”大”将軍……」



あまりの事に金縛りにあったように動けなかった護衛が


「項羽将軍!

気でも狂われたか!?

反逆は大罪ですぞ!!」


と慌てて項羽を問う。


項羽は全く慌てず


「ふん、反逆はこいつよ。

斉と通じ、自分の息子を斉の宰相にと画策していたのだからな

我等も趙へ向かわずに斉に組み込まれる手はずだったのだ!

どうする?

お前も俺に身体を引き裂かれたいか?」


項羽はギロリと護衛達を睨む。


その迫力に護衛の兵はまるで生きた心地がしない。


ぱっと武器を手放し手を組み服従の意思を表す。


「い、いえ!!

わ、分かりました!

我等は将軍に従います!」


それを認めてから項羽は半分に割れた宋義の首から上を斬ると髪を掴み外に出る。


天幕から出てきた項羽を見て周りの兵はぎょっとなる。


「貴様らーーー!!

大将軍の宋義は斉と通じ楚を裏切らんとしたため、この項羽が討ち取った!

貴様らの取る道は二つ!

俺に降伏するか!俺に殺されるかだ!

今すぐどちらか決めろ!!」


そう言って項羽は宋義の首を高く掲げた。


項羽の恐ろしさは誰もがよく知っている。


無関係の定陶の住民を惨殺したのだ。


味方だろうがなんだろうが、殺すと言われたらやるだろう。


みな、慌てて膝を付き項羽に臣従の姿勢を取った。


「よし、すぐ宋義の息子を追いかけて討ち取れ!!

斉に入れさせるな!!」


すぐさま追っ手が編成され慌しく出発する。


こうして項羽は大将軍、宋義を暗殺し兵権を掌握したのだった。

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