秦本隊との遭遇
ご無沙汰しております。
推敲が全然出来ていない状態でのアップになります。
すみません。
章邯はほぼ無傷な秦軍三十万の内、約半分の十五万を楚の討伐の為に振り分けた。
斥侯からの情報によると、彭城から項梁軍の主力部隊二十万が章邯軍の方向に真っ直ぐ進軍してきているということだった。
「よし」
章邯は物見からの報告を受けて独りごちた。
今の反秦の旗頭は間違いなく楚であり、項梁だ。
これはその辺の農民ですら知っている。
項梁は旧楚の王族の子孫を捜し出してきて王に就け、盛んに楚の再興を宣伝しているらしい。
陳勝から始まった反秦の動きは秦の領土の大半を失うところまで来ている。
秦が助かっている点は反乱側に政治機能が働いていないところだろうか。
つまり領土が奪われてもそこで統治ができていない。
戦争は勝敗が決するまでは軍隊の仕事だがそこからの後処理、政治の運営は官僚の仕事だ。
反乱軍は農民が主体だったのでそこの認識が甘かった。
陳勝が自ら王になったのも統治を考えたら悪手であった。
だからこそ范増は王族に王位を継がせたわけだ。
そしてここまで范増の目論見は上手くいっている。
張良が再興を目指している韓も基本路線は同じだ。
その地を支配していた秦を打ち払い、王族を見つけ王に就ける、そして国としての体裁を整えていく。
その動きが上手くいけばどの国も真似しようとするだろう。
魏に援軍を派遣し王が殺されたとはいえ、斉も王になったのは王族であった。
反乱軍に時間を与えると国としてしっかりと基礎ができてしまう。
それを官僚出身の章邯は恐れた。
再興を果たした国に時間を与えてはまずい。
だからこそ現在の反秦の旗頭、項梁を討伐できれば一気にその勢いを削ぐことができるだろう。
項梁は旧楚の将軍の中でも、断トツの知名度を誇る項燕将軍の子だ。
項燕の名は武将ではなかった章邯ももちろん知っていた。
当時負けなしで統一間近だった始皇帝が率いる秦軍二十万を退け、一時は函谷関まで押し返した事があるという。
項梁は項燕の子であるなら指揮官として英才教育を施されているであろう。
それに楚人であれば項梁は守護神のようなものだ、士気も高い。
「今度はさすがに陳勝のようにはいかん。逆にこちらが胸を借りるつもりで闘う。」
章邯は誰に言うわけでもなく、自身に聴かせるように言う。
兵の数も臨済に十五万温存しているとは言え現状は楚より五万少ない。
だがこの時代、戦に際して自軍の兵数を多く上積みして宣伝するのは当たり前のことであったし、兵の半分は兵站担当で戦闘に加わることはできない。
実質、楚は七~八万程だと見積もっておけばよいか。
もちろん秦も戦闘に参加できる兵は六~七万といったところだろう。
だが、それならば勝負として成り立つ数である。
章邯は部下の副将達を召集して軍会議を開いた。
「楚軍が固まっていると数が多い上に闘いにくい。戦線を引き延ばし薄くしたところを各個撃破したい。
何かよい策はないか?」
副将の司馬欣が進み出て言う。
「楚軍は幸いにて本拠地の彭城を出てこちらに向かっております。彭城に篭城されては時間もかかり攻め手も被害が多くなります。
その点、城を出たということは野戦で戦うつもりなのでしょう。こちらは陣を構える時間もあり、有利な場所を取れます。
まずは楚軍の力がどの程度なのか、軽く当たってみるのも良いかと。」
「ふむ…。」
章邯はしばし思いを巡らせた。確かに項梁の名前が一人歩きしすぎていて実態が掴めていない。軍の士気はどうなのか?指揮能力は?どの武器が中心なのか?
軽く戦ってみて情報を得るのは良い考えに思えてきた。物見からの情報だけでは実感がつかめなかった。
「よし、司馬欣の策で行こう。我らが戦うのに有利な場所を探し、陣を張るぞ!」
「「はっ!!」」
秦軍は規律の行き届いた動きですぐに行動を開始するのであった。
□
一方そのころ項梁を中心とした楚軍は、秦軍から約三十里ほど離れた地点で陣を構築していた。
「叔父上」
と、項羽が項梁の陣幕に入ってきた。
「羽よ、いかがした?」
「秦軍に降伏を突きつけて来ようと思いまする。」
「なに?独りでか?」
「はい。」
項羽は当たり前のようにしれっと答える。
「秦軍は陳勝を始め、魏軍、斉軍を破り士気は高い。降伏なんぞ考えてもいまい。」
「ふふふ、降伏を告げに行くのは単なる名目に過ぎません。羽はただ暴れてきたいのです。」
「羽よ…。正直なのは美徳だが、少し真っ直ぐすぎるぞ。とは言っても、先の戦から大分時間も経っておるしお前も腕がなまっているか。」
「いいだろう。一隊を率いて暴れて来い。誰か名前のある将でも遭遇すれば面白いのう。」
「大将の章邯を探してまいります。」
「さすがに大将の陣は奥深いであろう。」
項梁は苦笑いする。
だが、項羽の戦闘力は不当万夫、一千ぐらいの部隊ならばびくともしない。
大将ともなれば項羽の挑発に乗って一騎打ちはしないだろうが、秦軍の被害がかなりのものになるだろう。
項梁は項羽が出て行った後、側近に告げた。
「黥布と桓楚、鐘離昧を呼べ」
項梁は副将達を呼び寄せた。
「武信君(項梁)、お呼びでございますか?」
「応。今より我が甥、項羽が秦軍に戦いを挑む、とは言っても軽く相手の力を見る程度じゃ。
だが、混戦になり項羽が包囲される危険もあろう。その方達はいつでも出れる準備をしておいてくれ。合図が出たら項羽の加勢をするように。」
「はっ!」
項羽は千人ほどの部隊を編成し終えると自分は愛馬錘にまたがり「それっ!」と掛け声とともに楚の陣地を出て行った。
韓信は項羽の郎中(護衛)だが、今回の千人には選ばれなかった。それどころか項羽は韓信に目線もくれない。まるで存在していないかのような扱いだった。
項羽は見てくれ屈強そうな男だけを選んで部隊を作っていた。韓信は自分でもとても強そうには見えないことを自覚していたが、項羽のあまりの態度に苦笑いをするしかなかった。
(あの野獣に俺は使いこなせんらしい。)せめてもの韓信の強がりであった。
項羽の部隊は合図も何もなく項羽が出発したことにしばらくあっけにとられていたが、すぐ気づき慌てて項羽の後を追った。
項羽の愛馬は項羽が気に入っているだけあり、頑丈で足が速い。あっという間に秦軍の陣地前まで出た。
楚陣の矢倉に上っていた項梁は余りにも早く項羽が単独で敵地まで出たことに少々慌てた。
「黥布の部隊だけでいい、項羽の部隊の後に続いて出るように伝えろ。桓楚と鐘離昧は待機。」
「はっ!」
にわかに楚軍の陣があわただしくなる。
逆に秦の陣は旗こそずらりと並んでいるが不気味なほど静かであった。
「羽、よりによって真正面からとは…。」
項梁のつぶやき通り敵陣の真正面にただ一騎進み出ていく項羽。
錘の足が速すぎて後続の部隊はまだ半分の距離すら進んでいない。
韓信は楚の陣にて遠く項羽の動きを注視していた。いくら項羽から相手にされないとはいえ、戦場での項羽はまるで鬼神である。
その武将っぷりにも華があり、見るものを惹きつける存在感があった。楚軍でも劉邦はじめ他の武将達も見物よろしく項羽の動きを見守っている。
「秦の大将!章邯はあるかーー!」
項羽の怒号が響き渡る。
章邯は楚軍に動きがあると報告を受けたときから部隊を配置し終えており、自身は楚軍の攻めに備え陣の前方まで出ていた。
章邯は自分を呼ぶ若者を認めるとその武者ぶりに思わず「ほう」と感心するのだった。
なんという大きな体、その分厚い体躯からあふれ出す闘気、力みなぎる四肢、するどい両眼は性格を現しているようで両軍合わせて三十万にもなろうとする戦場でその存在感は埋没するどころか逆に煌々と光を強めている。
まるで項羽以外の全ての人間は項羽の引き立て役にすぎない、それほどの存在感。
生まれついての武将ではない章邯はその強烈な闘気を目の当たりにし思わず震え上がったが、自身は知の将であることを思い出し内心自身を鼓舞し項羽が見える櫓に昇り項羽に答える。
「余が秦の大将、章邯である!反乱軍の若獅子よ!章邯に何用あるか?」
あれが章邯か…。敵の大将をはっきり覚えておこうと項羽は章邯を睨み付けながら名乗りを上げる。
「俺は楚国の武信君項梁の甥である項羽だ!!章邯!残虐非道な秦を天は既に見捨ててその命運はすでに尽きた!ここはひとつ全軍降伏し我等と共に咸陽へ攻めあがろうぞ!!」
あの若武者が項梁の甥か…。敵軍の人材の層に思わず羨望の思いがした。
「項羽とやら!楚などという国は秦は認めていない!無用の反乱を起こし、民心を乱したその罪逃しがたい!今すぐ武器を捨て馬を降り地に伏せ、降伏せよ!さすれば命までは取るまい!」
「ふふふ、俺を降伏させたくば実力行使しかないぞ!!さぁ!この項羽!!逃げも隠れもせんわ!!死にたいやつから前に出ろーーー!!!」
項羽の叫び声が秦の陣を揺るがす。声だけで人を殺せそうな殺気である。項羽の声を聞いた雑兵達は肝を潰した。
章邯はとっさに「拙い」と判断し
「司馬欣!!あの若者を捕らえよ!!」
ここに章邯と項梁率いる楚軍の戦いの火蓋が切って落とされた。
よろしくお願いします。




