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章邯再び

夫人と少年が彭城に辿り着いて時を置かずして楚王の即位式を行い、羊飼いの少年だった(しん)は王へと就いた。


名前は楚最後の王で心の祖父だった懐王かいおうをそのまま引き継ぎ、懐王を名乗った。

同じ名前にする事によって楚の再興を内外に示す目的があっての事で、目論見通り彭城には各地からお祝いの使者と旧楚に仕えていた貴族や官僚達が列をなして押しかけてきた。


その中に旧楚にて項家と同じく将軍職にあった宋義そうぎが三万の兵で駆けつけた。

項梁と范増は最初の内はそれらの応対に追われていたが、途中から切りがない事に気づき、楚王と陳嬰(ちんえい)に任せる事にした。


上柱国(宰相職)を陳嬰に譲り項梁は武信君と名乗る。陳嬰に宰相を任せる事で、戦闘以外の全ての国事や政治を担当させた。

項梁自身は一刻も早く秦を討つべく体制を整えていく。


楚の王となった心と心の母である王太妃を探し出し功績のあった鐘離昧と韓信には、褒賞として金子きんすと新たな地位に就くことになった。

鐘離昧は五千の部隊の将として項羽の直近に配置され、韓信は項羽の郎中(警備、警護の役)として任じられた。

韓信は郎中では直接戦闘に関わる事はないはずなのだが、項羽が最前線で自ら闘いたいタイプなので自然と韓信も前に出ることになる。

直接の戦闘が苦手な韓信は少し不満だったが、それでも項羽に近い位置にいるので献策などができればよいか、と自分に言い聞かせた。


楚が正式に興った事は范増の予想を超え、かなりの衝撃を全土に与え秦に滅ぼされた他の五国もすぐ再興する事になる。それは范増と張良が考えたとおり、秦の力を削り、反秦の勢いをさらに増す。


その張良も旧韓の地にあって、韓を再興させ国として基礎を固めるために奔走していた。











□□□□□□□□











楚が興った事は当然の事ながら秦にも強い衝撃を与え、実権を握る趙高は急いで陳勝討伐で実績のある章邯しょうかんに再度出撃をさせた。


章邯は秦末期にあってただ一人孤軍奮闘し続けた名将である。

もとは文官で戦争の事は経験もない中で、趙高が才能ある人材をことごとく罠を仕掛け、罪を着せ、時には暗殺をして権力を我が物にする為だけに秦を私有した中、起こった陳勝の乱を平定するために急遽仕立て上げられた将軍であった。


その時も秦の正規軍は与えられず、始皇帝陵や阿房宮の造営をしていた人夫達に鎧を着せ、武器を持たせて急ごしらえの兵隊を作りそれでも陳勝を撃破したのだ。


再度章邯は命令を受け出撃した。今度こそ反秦の目を完全に潰さねばならない。だが、陳勝の時とは違い今回の相手は項梁率いる楚だけではなかった。

この時点で再興している国は楚、斉、魏、趙、そして張良のいる韓が再興間近といったところであった。


章邯は大本命の楚をあえて後回しにし、先に魏を叩くことにした。

三十万を号する秦軍は途中の魏軍を蹴散らし、魏が首都を置いていた臨済に寄せた。

魏王をはじめ首脳は勢いに乗る秦軍を怖れ、臨済に籠城し援軍を楚と斉に請うことにした。

地理的に近いのは韓なのだが、韓はまだ領地を拡大している最中で国として体裁が整っていなかったために援軍は難しいだろうと判断され回避された。


斉は魏からの援軍の要請に驚き、魏が落とされれば地理的に斉も危ない、とし斉王自ら兵を率い援軍として魏に向かった。


楚も連絡を受け、すぐに楚王の御前会議にかけられた

楚王となった心が項梁へ問いかける


「武信君(項梁)、魏から援軍の要請が来たが、いかがいたすべきであろう?」


その血は高貴なれど、生まれてきてから貧しい暮らししか知らなかった少年だが、己の運命を自覚し急激に王らしくなってきている。


項梁は自分が後見している若い王の成長ぶりに目を細めながら


「秦はどうやら反秦の勢力の中で弱い部分から叩くつもりですな。援軍はすぐに出しましょう。

魏をこのまま見殺しにしますと秦との力関係が逆転し、また秦の世の中へ逆戻りでございます。

急いで援軍として動かせるのは三万でございます。項侘こうたにお命じ下さい。」


「ではそうしよう。項侘こうたを呼んでくれ。」


項侘は楚王の命を受け楚軍三万を率いて魏へと救援に向かった。


武信君項梁は項侘を援軍の先発隊として出して時を稼がせ、その間に彭城の軍を編成し直して自ら出陣する予定であった。

大将を項梁、参謀に范増、副将軍に項羽、劉邦、宋義、黥布げいふなどそうそうたる面子で構成した。

国の事は陳嬰ちんえいに任せ、いざ出陣しようという時に早馬が伝令を伝えてきた。

内容は先に援軍として出陣した項侘の軍が敗北、損害はほぼ全滅に近い二万を失い項侘も命からがら逃れ戦線を離脱し楚に向かっているという事だった。


連絡を受けた項梁は驚き、魏や援軍に出た斉がどうなったかを訪ねた。

「援軍に来られた斉軍は王が討ち死にし斉軍は軍を保てず、めいめいに逃走しました。魏は楚と斉の援軍が敗れたことから籠城も叶わずとみて臨済を脱出し、行方は知れません。おそらく追っ手をかわした後再起を図るものと思われます。

秦軍は魏王がいなくなった臨済を平定し、次はこちらへと進軍しております。」


報告を受けて楚王は唸った。

「武信君、大変なことになった。魏の次は楚に向かっていると言うぞ。」


「はい、ですが心配には及びませぬ。元々項侘の後にそれがしも出陣する予定でありましたから、この彭城の備えを残し二十万の兵力で向かいます。」


「そ、そうか武信君が行ってくれるか……。ならば安心だ。」


「はい、陛下には上柱国(陳嬰)の教えを守り、よく楚を治められますよう。」


「わかった。武信君も吉報を待っているぞ!」


「はっ!ではこれにて!」

項梁は王の前を退出し、既に準備が出来ている楚軍に全軍出陣を命じた。


「楚軍!出るぞ!敵は秦の本隊、章邯じゃ!!」


「「「応ーーー!!!」」」

と喚声が答える。騎馬の部隊からどんどん彭城を出て行く。


何万もの馬が一斉に駆け出し、まるで地震が起きたように地が揺れる。


彭城の城門の上には懐王が項梁の出陣を見送っていた。その側には陳嬰が控えている。


「王になったとたん、この騒ぎか。戦乱の世であればしかたのない事なのだろうな……。」


最近よく羊飼いの頃の事を思い出す。子供同士の喧嘩を沢山したが、今に思えば何の責任もない無邪気なものだった。今は自分の肩に何十万と言う人民がのしかかっているのだ。補佐してくれる人材はいるが、それでも精神的な重圧を感じるな、というにはこの王には経験が足りなかった。

懐かしさを感じる情景を思いながら、無事に秦に勝って凱旋できるように天に祈る心であった。

ふと感じたのですが、漢字が多くて読みづらいとかありますか?

こんなに固い文章で大丈夫なんだろうか(笑)


誤字脱字ありましたらご一報お待ちしております。


感想評価もよろしくお願いします。

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