陳勝王
反乱を起こした陳勝呉広軍は破竹の勢いで周辺の街を落としていった。
反乱の中心人物である陳勝は扶蘇を名乗り将軍として、呉広は項燕と名乗り都尉として進軍した。
旧楚の首都であった「陳」にたどり着いた時には戦車600乗(台)、騎兵千以上、歩兵数万という大反乱軍になっていた。
わずかの間にこれほど拡大するという事は、やはり民達は秦に対して立ち上がる者を待ち望んでいたという事であろう。
陳は圧倒的武力で陥落させた。
直後に張耳と陳余という二人が陳勝を訪ねてきた。
張耳と陳余は天下に名士として知られており、その影響を恐れた秦が賞金を懸けていた人物である。
もちろん陳勝もその名声は知っていたので二人を喜んで配下に加えた。
陳に入城してから陳勝は付近の長老や有力者達を集めて意見を聞いた。
長老達は陳勝に
「将軍は自分から武器を持ち、暴虐非道な秦を打ち、楚を復活なさいました。
その功績は王となるのに相応しいでしょう。」
と王位につくように進言した。
しかし張耳と陳余の二人が
「陳を占領したとは言え、私達は一反乱軍に過ぎません。
今ここで将軍が王として即位されると天下の万民は将軍が反乱を起こしたのは自分が王になりたかったからでは?と疑問を持つでしょう。
そうなれば天下を統一する事はできなくなります。
まず、秦によって滅ぼされた六国の王族を探し出して、それぞれ王位につければ民達は納得し、私達の味方が多くなり、秦にとっては苦しくなるでしょう。
そののち秦の首都咸陽を目指しましょう。
秦を滅ぼした後に将軍が王になるのは道理が通ります。
ですので、まず秦を叩くのが優先かと。」
と陳勝に意見した。
しかし陳勝はその意見を聞き入れず先に王位についた。
その国号は「張楚」とした。
張楚が成立すると秦に対して一気に立ち上がる人達が出てきた。
その中には項羽と項梁や劉邦もいた。
そしてこの物語の主役(笑)韓信は項梁の元へ志願することになる。
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項羽と叔父の項梁が反乱を起こした場所は会稽であった。
会稽は現代では紹興市といい、名前からも分かるとおり紹興酒の産地として有名である。
上海に近く、上海から南西へ100キロほどの位置にある。
反乱を起こす時にはすでに、項羽と項梁は会稽に確固たる足場を築いていた。
会稽郡の郡主は秦から派遣されて来た役人はであるが、反乱が各地で勃発するのを見て自分も秦を裏切り、反乱軍を起こそうと思い立った。
だが、しかし郡主は文官であり、戦争の事などさっぱりであったので、会稽でも有名であった項家の子孫の項梁にアドバイスを求めることにした。
郡主から召集を受けた項梁は甥の項羽を連れて入城した。
項羽を控え室に待機させ、項梁は郡主に目通りする。
郡主は内容が内容だけに人払いをさせ、項梁に小声で話し始めた。
「張楚が興って各地で反乱が相次いでいる。
天下の流れはどうやら、反秦にあるようだ。
先んずれば即ち人を制し、後るれば即ち人に制される(何事も人より一歩先に事を行えば有利であるが、逆におくれると不利である)と聞く。
であれば私も反乱軍として兵を起こそうと思う。
項梁には是非協力してもらいたい。」
と話を持ちかけた。
項梁は神妙にうなずいて
「そういうことであれば我が甥の項羽をお使い下さい。
項羽は万夫不当、力は天を抜き、将として配下に置けば閣下の思惑も上手く行くでしょう。」
郡主は喜んで項梁に項羽を連れて来るように命じた。
項羽が項梁に連れられ部屋に入る。
なるほど、聞きしに勝る武者振りでこれは期待出来そうだった。
郡主は立ち上がり両手を広げ
「おお!そなたが項羽か!なんと立派ないでたち!
私の将軍よ…」
と言い終わらないうちに、郡主の体は頭から股下にかけて一刀両断にされていた。
辺り一面に血が広がる。
余りにも早業だったので、郡主は何が起こったかわからないうちに殺されていた。
項羽が剣についた血糊をふき取り鞘に収める。
物音を聞きつけて別室で控えていた兵士や役人達が郡主の間に入ってくる。
すぐさま項梁が叫んだ。
「聞け!
郡主は秦に対して謀反を起こそうとした!
故に我が甥、項羽が討ち取った。
今より会稽はこの項梁が治める!
文句がある者は前に出ろ!
但し項羽は百や二百の兵士など物の数ではない!
親から貰った命を粗末にするなよ!」
と脅しをかければ兵士達も躊躇してしまい、タイミングを逃してしまった。
そしてそれは郡主交替を暗に認める、という事になってしまう。
「先んずれば人を制す…。郡主その通りですな。
だが貴方より私の方が先んじていたのですよ、ずっと前からね。」
こうして会稽は項梁と項羽が押さえたのであった。
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