現実主義者のちょっとした決意
「っいっ」
正直に言おう、私は馬鹿だ。
よりによって、何故左手で掴もうとしたんだろう?
無意識って怖い。
「ルイ様!?それほど痛むのですか?」
だがどうやら、それが逆によかったらしい。
ヴォイドが、この場に留まってくれる理由ができた。
寄宿舎にでも戻って、再度過剰な報復行動をされてはかなわないから。
ヴォイドって、思っていたより沸点低いんだな。
これからは、怒らせないように気をつけよう。
「いや、急に動かすと痛むだけなので、動かしていない今はなんともない。別に医者を呼ぶほどでもないんだけどね」
と苦笑しながら今の状態を説明すると、ヴォイドに睨まれた。
「駄目です。きちんと医者に見せるべきです」
もう一度肩を入れ直せば治るけど、心配させているのは事実なので、ここは大人しくしていよう。
それにしても、周りの侍女さん達はまるで銅像のように先程から動かない。
うっかり、存在を忘れてしまう程に。
さすがというかなんというか、王宮勤めの彼女たちはきっと色々な意味で、プロフェッショナルなんだろうなぁ。
何もする事のない、この時間を使わせているのが、非常に心苦しい。
そんな事をつらつら考えていると、ノックもなく扉が勢いよく開いた。
ナリアッテだった。
プロの鏡の様なナリアッテでも、ノック忘れの様なケアレスミスをする事があるんだ。
「お待たせしましたわ、ルイ様。侍医長をお連れいたしました」
「侍医長ってもしかして、本来陛下や王族専属の医師か何かなのでは?そんでもって、王宮の医師責任者とかそんなのでは?」
「ええ。その通りですわ。侍医長は陛下専属の医師であり、宮廷内の医師団総括責任者でもあります」
にっこりとほほ笑むナリアッテ。
思わず頭をかかえたくなった。
「何でそんな偉い人連れて来たんだ、ナリアッテ。私にはそこら辺の駆け出し医師で十分なのに」
「ああ、ルイ様。そのようなつまらない事に悩んでいらしたのですね?確かに侍医長は王族専属ですが、ルイ様は陛下のお客様ですもの、こちらに来てもらっても何の問題もありませんわ」
しれっと言いますけどね?ナリアッテさん、それはきっと問題ありまくりです。
許可なく利用していい方ではないと思うのです。
「それに私、そこら辺の医師をお連れする気は全くございませんわ。たとえそれが指先の小さな怪我であっても」
きっぱりと言い放つナリアッテ。
その姿がどこか誇らしげなのは、目の錯覚だろうか?
き、極力怪我をしないようにしよう。
怪我をしてもナリアッテにはバレないようにしよう。
なんだかすごく大げさな事になるような気がする。
その後、遅れて入って来たこの人物が、侍医長なのだろう。
40代くらいで、渋みが出てていい感じな医者だ。
小さく、私の治療をしても問題ないのか訊ねてみると、問題ないと笑って言ってくれて少しだけホッとする。
脱臼した事を伝えて、肩を入れたけど失敗したと言うと、少しだけ諌められた。
癖になるから、自分で肩を入れるのはやめなさい、との事だ。
もし今度同じ箇所が外れたら、医務室に来なさいと言ってくれた。
何だろう、すごく和むわこの人。
医務室に行ったら、きっと入り浸ってしまいそうだ。
「しばらくは、肩にこれを塗っておきなさい」
そう言って、高そうな手のひらサイズのガラス細工の容器に入った薬を手渡された。
中に塗り薬が入っているらしい。
消炎剤か何かな?
中身を確認する。
「はは、毒ではありませんよ。鎮痛効果のある塗り薬です。念のため2日程塗り続けておいてください」
「あ、すみません。疑ったわけではなかったんですが。先生、ありがとうございました」
そう言って頭を下げると、侍医長が少し驚いていた。
「あれ?」
「あ、いえ。返礼された事にびっくりしまして。では、あまり無茶はしないように」
にこやかに、そう言うと侍医長が出て行った。
和む。
だが、和んでいる場合ではなかった。
なんだか、ナリアッテ他、侍女さん達がこちらへにじり寄ってくる。
そう、又あれをされるんだ。
「では、ルイ様。私は外で待機していますので、何かあればお声掛け下さい」
ヴォイドが気を利かせて外へ行こうとする。
ちょ、今だって、何かあるのは絶対今だって。
その思いもむなしく、ヴォイドが扉の外へ消えて行った。
「では、ルイ様。陛下とお会いになるのでしたら、お召し替えをしなければ」
そう言うが早いか、ナリアッテ達が準備を始める。
こうなったらなすがままだ。
まな板の上のコイでもカイでも、何でもなるしかないよね。
でも、肩を気遣ってかどことなく皆優しかった。
いつもその感じで宜しくお願いします。
昨日の夜会で、団長に公然で男だと言われた事にショックだったのか、侍女さんたちはヘアアレンジと装飾品に凄く気を使っていた。
これで絶対男には見えないだろうと、皆満足げだ。
昨日のように、パブリックで男とか言われると流石に凹むので、今日の侍女さん達の努力は正直ありがたくもあった。
最後の仕上げに私がメイクをする。
のぁ、ファンデがあと少し。
これは、あと数回でなくなりそうだ。
私の3分メイキングを、興味津津で侍女さん達にガン見される。
いやそんなに見られると、手元狂うからやめれ。
私のメイクは、何の参考にもならんぞーと一応言い訳しておく。
うん、これで誰にも男だとは言わせない。
と、意気込んで鏡を見る。
顔以外は完ぺきに女性仕様だ。
これで男だと言われたら、自分の顔が原因だろう。
そうなったら、潔く諦めよう。
いつもより早めに夕食をとる。
夕食も国王と一緒かと思ったら、本当に食後の酒につきあうだけらしい。
今日はどんなお酒が出るのか、少しだけ楽しみだ。
そんな事を考えながら、メイクを少しだけ直していると、侍従長が迎えに来た。
「では、ルイ様、行ってらっしゃいませ」
ナリアッテがにこやかに送り出してくれる。
私は、ナリアッテにありがとうを言ってから、部屋を出た。
扉の前では、ヴォイドが待っていた。
声をかけて見たが、口を開けては閉じを繰り返すだけで反応がない。
様子が変なのが気になるが、侍従長さんを待たせたままでは申し訳がないのでスルーする事にした。
「陛下は執務室でお待ちです。ご案内しますアイエネイル・タダ」
そう言って歩き出す。
私も、侍従長の後について歩き出した。




