現実主義者と近くて遠い50cm
侍従長について向かっている場所は、国王が普段政務を行っている部屋だそうだ。
オーバルオフィスとか国王執務室とかいうあれだ。
ついこの間ナリアッテに聞いた話では、国王のオフィスは私の部屋のひとつ上の階の中央付近にあるとの事だった。
で、今ひたすら向かっている訳だが、さすが外交の場として利用するフロアだけあり、全体的に品のよい調度品などが華美になり過ぎなよう計算されて配置されている。
この辺りに敷かれている絨毯や絵画などをよく見ると、群青やボルドーなどの色を基調色にしている為かフロア全体に統一感が出ている。
もしかすると、この国のオフィシャルカラーなのかもしれない。
そんな事を考えながら歩くうちに、どうやらオフィスに到着したみたいだ。
「アイエネイル・タダ。こちらに国王陛下がおられます。どうぞお入りください」
「侍従長、案内ありがとうございました」
私が礼を言うと、やはり驚かれる。
もしかして、礼を言う習慣がない国なのだろうか?
とりあえず扉を開けてくれたので、中に入る。
オフィスは20畳程の広さで、扉の正面奥に執務用の机があり、書類らしきものが山積みになっている。
どうやらその裏に、国王が座っているらしい。
らしいというのは、かさの高い皮紙で出来た書類が、表現ではなく視覚的に山になっていて国王の姿が見えなかったからだ。
少しでも机が揺れれば、すぐに書類雪崩が起きるだろう。
もしかすると、この国には地震がないのかもしれない。
いや、海に沿っている国なので、全くないというわけではないだろうが、頻発するならこんな置き方はまずできないだろう。
まぁそもそも、この星が地球と同じ構造をしていると仮定しての話だし、たとえ同じ構造だったとしてもこの国王の性格によるものとも考えられるので、地震の有無はこの置き方だけでは推測できないが。
「ああ、来たな。お前たちは下がっていいぞ」
陛下がそう言うと、ヴォイドと侍従長をオフィスから追い出した。
扉が閉まる音を聞いてから、正式な礼をする。
「ああ、そう畏まらなくてもよい。顔をあげてくれ」
そう言われたので顔をあげる。
「お招きに与かり光栄です、陛下」
「こちらも会えてうれしい。宰相補司も、もう来ている。隣の部屋へ案内しよう」
国王が席を立つ。
一瞬書類が揺れるが、崩壊には至らなかった。
どうにもあの机を見ていると、ジェンガやヴィラ・パレッティをしている気分になる。
「どうした?」
動かない私を見て、国王が訊ねてきた。
「あ、いえ。凄い均衡で机の上に書類が積み重なっているので、揺れた時に崩れてしまわないか、少し緊張してしまいました」
「ははは、仕事量がいっこうに減らなくて、書類だけが積み重なっていく。たまにはこうして酒でも飲んで気分を紛らわせんとな」
そう言いながら、国王は私に近づき手を差し伸べる。
「ではアイエネイルお手をどうぞ」
促され、国王のその手に重ねた。
オフィスにはもう一つ扉があり、そこから隣の部屋に行けるようになっていた。
そこは、オフィスより一回りほど小さな部屋で、応接セットがある事を見ると休憩やちょっとした話し合いに使われているようだ。
先に来ていた宰相補司、宗谷英規がソファに座って待っていた。
とりあえず私も下座に座る。
あくまで日本基準だが。
「夜分遅くに付き合わせてすまない。一度君らにゆっくりと会っておきたかったのだが、その時間を作れなくてな」
そう言うと、侍従を呼ぶ。
今度は、侍従長とは別の人物が応じた。
国王が何かを伝えると、しばらくしてお酒が運ばれきた。
本当に飲み会なんだ。
「2人とも、何を飲む?エィキはエウェジークで良かったな?」
おお、ウィスキーもどき。
あれ美味しいんだよね。
「ルイは?エアエイでいいか?」
国王が聞いて来る。
ワインもどきも美味しかったので頷く。
国王の侍従がそれぞれに杯を配り、お酒を注いでいく。
芳醇なお酒の香りが漂う。
国王はまた別のお酒のようだ。
透明度の高いお酒で、匂いはエタノール?
まさか本当にエタノールじゃないだろうな?
ちょっとどきどきする。
それぞれの杯にお酒が注がれたのを見計らい、国王がリオンアという。
私も宗谷英規もリオンアと返す。
この国での乾杯は、リオンアと言ってから杯をくるっと水平に回転させるのが慣わしらしい。
「さて、エィキの話はこの間に聞いたので、今度はルイの話を聞きたい。ルイはエィキと一緒のところから来たんだな?」
乾杯をした後、国王が尋ねてくる。
どうやら宗谷英規は国王と何度か会っているようだ。
まぁ、役職が宰相の次の次に偉かったら会って話すことぐらいあるのかもしれない。
そういえば、国王は昨日の夜会で、地球の事を知りたいみたいな事を言っていた。
まさか、昨日の今日で飲み会開くとは思ってなかったが、きっと今からいろんな質問されるんだろうなぁ。
「はい。地球という惑星、えーと、とにかく地球の中のニホンという国から来ました」
「エィキはニッポンと言っていたが、別の国か?」
私が杯に手を取ってお酒を飲もうとすると、国王が質問してきた。
「いえ。言い方がニホンやニッポンの他何種類かありますが、同じ国です」
手に持った杯を口に近づける。
「そうか。ルイもカイシャというのに所属しているのか?」
が、又もや質問される。
国王は会社組織の事を宗谷英規から聞いたらしい。
なんだか興味津々だ。
「はい、私も彼と同じく会社組織に所属しています」
う、目の前においしそうなエアエイがあるのに手が出せない。
私を試しているのだろうか?
「カイシャというのは、店などと同じと受け取っていいのか?」
「若干意味合いが違うかもしれません。個人の店は、一般的に個人事業主が設立し経営をします。しかし会社は、会社法という法律に基づき出資者で社団を組織し、国の認可を受けて会社を設立し代表者が経営を行います。そこは宗谷さんのほうがお詳しそうなのですが」
だから、後は宗谷氏に話を振ってね、と期待をこめて言ってみる。
そして、今だとばかりに杯を手に持つ。
「組織ということは、個人の店は当てはまらないのか?」
続けて国王が私に問う。
あぁ、エアエイが近くて遠い。
たった50cmの距離なのに又もや30cmしかあげれなかった。
「ええと、厳密には当てはまりません。例外があったと思いますが忘れました。あのー、素人なのでそれ以上は突っ込まないでいてくれるとうれしいです」
そして私にエアエイをおくれ。
突っ込まないでと言ったのに、そこから国王の怒涛の質問攻めにあった。
あの、私もお酒飲みたい。
エアエイだけじゃなくて、エウェジークも飲みたい。
そのエタノールもどきも気になるし。
その後国王は、会社の組織や運営、資本主義の原理からはじまり通貨や物流、通貨価値や外国為替に貿易、はては株式にいたるまで私に聞いてきた。
こういう事に詳しいはずの、宗谷英規ではなく私に。
隣の男は一切口を挟まず、ひたすら飲むだけ。
な、おかわりまで。
うらやましい事してんじゃないよ。
私なんてエアエイを一口飲んだだけだというのに。
「ふむ、中々奥の深い話だな。それらを導入しようとすると、中々難しいか」
「あのー、宗谷さんとそういった話はされなかったのですか?」
絶対しているはず!
「エィキの話は難しすぎる。専門用語を連発されて、理解不能だ」
国王の、その不貞腐れる様が何とも可笑しい。
思わず和んだ。
それにしても、いったいどんな話をしたんだろう。
「宗谷さん、どうやって説明されたんですか?」
隣の宗谷英規に聞いてみる。
「概ね君と同じだ」
「絶対嘘だ」
思わず即答してしまった。
この間、総出で謝りに言ったときの論調からいくと、私と同じ説明しているようには思えない。
きっと、難しい単語を並べまくって理路整然と説教調で説明しているようなイメージが沸くのだが、実際はどうだったんだろうか?
「嘘じゃない」
じと目で見ていると、否定された。
国王が私に賛同する。
「あれのどこが同じ説明だ。ルイのほうがよほど解り易いぞ」
「ちなみに陛下は、会社の説明をどのよう受けられたのでしょう?」
国王に聞いてみた。
その間にエアエイを一口いただこう。
「よく判らなかったので、そのまま言うぞ」
私はうなずいた。
「カイシャとは傾し危害者郷名が石射郷志が慰藉又は剛堂が慰謝の事をいう」
一気に言う、国王。
なんだろう翻訳がおかしな事になっている。
意味が判らない。
「私には、呪いの呪文のように聞こえるのですが」
「同じく余にも呪文にしか聞こえなかった」
2人同時に宗谷英規を見る。
「会社とは株式会社・合名会社・合資会社又は合同会社の事だと言ったのだが」
宗谷英規が困り顔で言う。
「宗谷さんそれ間違ってないけど、説明としてどうかと思います」
そりゃ専門用語だらけで、意味が解らないだろうよ。
そもそもこの国に会社の概念がないんだから、そんな説明じゃ誰だって解らない。
いや、概念のあるなしの問題でもない様な気もするが。
ああ、3杯目!
おかわり、ずるい。
思わず、物欲しそうに宗谷英規を見てしまった。
「その後の説明もほぼ全滅でな、カイシャの概念だけはなんとか理解した。さて、難しい話はしまいにして、もっと色々2人の世界について話してほしい」
そうして、やっと私もお酒が飲めた。
万歳!




