↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
双魂のレゾナンス  作者: 五十路の手習い
第1章 第1部 <忌み子と呼ばれた子供たち>

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/11

第2話 「辺境の村で始まる暮らし」

ガルド村にたどり着いたのは、大陸歴89年晩春のころだった。


長い旅を終えたカレスとユラを迎えたのは、見慣れた村の風景だった。

家々は以前と同じように並び、畑では村人たちが作業をしている。

遠くにはカーン大森林の木々が広がり、吹き抜ける風が草木を揺らしていた。

王都アルテンブルクのような賑わいはない。

人の往来も少なく、聞こえてくるのは畑仕事に励む者たちの声や、家畜の鳴き声、風に揺れる木々の音ばかりだった。

カレスにとっては、幼いころから知る故郷である。


しかし、長い年月を外で過ごした彼の目には、懐かしさと同時に、どこか変わらない息苦しさも映っていた。


「思ったより、変わっていないな」


村を見渡しながら、カレスが呟いた。


「あなたが出てから、ずいぶん時間が経っているのでしょう?」

「ああ。それでも、こうして見ると昔のままだ」


ユラは彼の横顔を見たが、それ以上は尋ねなかった。

故郷に戻ることを決めたのはカレス自身だ。彼がどのような気持ちでこの景色を眺めているのか、ユラにはすべて分かるわけではない。

それでも、帰郷を決めるまでに彼が考えたことは理解していた。


二人は探索者を引退した。

王都に残って暮らすこともできたが、これまでとは違う生活を始めたいと考えた。

そのための場所として、カレスの故郷を選んだのだ。

村に戻ったからには、ここで暮らしていかなければならない。


まずは、住む場所を確保する必要があった。


     *


カレスの帰郷を知った村人たちの反応は、決して一様ではなかった。

久しぶりに顔を合わせた相手に声をかける者もいれば、遠巻きに様子をうかがう者もいた。

外の世界で探索者として活動していたことを知っている者もいたが、それを理由に特別な歓迎をするわけではない。


カレスは、そうした反応に大きく落胆することはなかった。

もともと、村の人々と考え方が合わないことは多かった。

若いころに村を出たのも、村の暮らしそのものが嫌いだったからというより、そこで求められる生き方に馴染めなかったからだ。

村には村の決まりがあり、昔から続くやり方がある。

村人たちは、それを守ることで共同体を維持してきた。

その考え方を、カレスは否定していなかった。


ただ、彼には別の考え方もあった。

これまでの方法でうまくいかないなら、別の方法を試せばいい。

状況が変われば、判断を変えることも必要になる。

前例がないという理由だけで新しい考えを退けるのは、必ずしも正しいとは限らない。


探索者としてさまざまな土地を巡り、多くの人々と関わってきたことで、その考えは以前よりも強くなっていた。


だが、村の人々が同じように考えるとは限らない。

帰郷して早々、カレスはそのことを改めて実感することになった。


「戻ってきたからには、村のやり方に従ってもらわないとな」


顔見知りの村人からそう言われたとき、カレスは少しだけ眉を動かした。


「村の決まりを守るつもりはある。だが、何でも昔のままにすればいいとは思っていない」

「昔からそうやってやってきたんだ。それで問題はなかった」

「本当に問題がなかったのか?」


カレスが問い返すと、相手は不快そうに顔をしかめた。


「外で何を学んできたか知らんが、ここはガルド村だ。王都と同じようにはいかん」

「それは分かっている」


カレスは、それ以上言い争うつもりはなかった。


相手の言うことにも一理はある。

村の暮らしには、外の街とは異なる事情がある。人手も物資も限られており、失敗したときに頼れるものが少ない。だからこそ、慎重に物事を進める必要があるのだろう。


しかし、慎重であることと、変化を拒むことは同じではない。

その違いを説明したところで、今すぐ理解してもらえるとは思えなかった。


カレスは話を切り上げ、その場を離れた。

少し離れたところで待っていたユラが、彼の顔を見て苦笑する。


「帰ってきた早々、また言い合い?」

「言い合いというほどでもない」

「そうかしら」

「……少し話をしただけだ」

「あなたの『少し』は、相手にとっては長いことがあるのよ」


ユラの言葉に、カレスは反論しようとして、やめた。

思い当たるところがあったからだ。

探索者時代にも、仲間と意見が食い違うことはあった。

カレスは納得できるまで考え、必要であれば自分の意見を伝えた。

それが危険を避けることにつながった場合もあれば、話がまとまるまで時間がかかった場合もある。

ユラは、その両方を知っていた。


「分かっている。少しは気をつけるさ」

「ええ。そうしてくれると助かるわ」


ユラはそう言って、彼の隣に並んだ。

村に戻ったばかりなのだから、すべてがすぐにうまくいくはずもない。

二人とも、そのことは理解していた。


     *


幸いなことに、住む場所を確保することはできた。

村での生活を始めるにあたり、カレスはまず必要なものを整理した。

探索者時代に使っていた道具のうち、今後も役立つものは手元に残し、それ以外は保管するか処分することにした。

戦闘用の装備を使う機会は減るだろう。だが、カーン大森林が近いこの土地では、危険に備えることそのものをやめるわけにはいかない。

日々の暮らしに必要な道具と、いざというときに身を守るための道具。その両方を整えておく必要があった。


ユラもまた、生活の準備を進めた。

食料の確保、調理に必要な道具、衣類の整理。

村で手に入るものと、街まで出なければ手に入らないものを確かめ、無駄のないように暮らしを整えていった。


王都では、必要なものを買いに行けば大抵のものは手に入った。しかし、ガルド村ではそうはいかない。物が不足したからといって、すぐに店へ行けば済むわけではなかった。

手元にあるものを大切に使い、必要なものは計画的に用意する。

それが、この土地で暮らすための基本だった。


「思ったより、やることが多いわね」


ある日、ユラが家の中を見渡しながら言った。


「生活を始めるというのは、そういうものだろう」

「あなたはそう言うけれど、探索者をしていたころとは違うわ。あのころは、必要なものを準備して出発すればよかったもの」

「帰ってきてからのことは、あまり考えていなかったな」

「でしょうね」


ユラは笑った。


探索者として活動していたころ、二人は多くの時間を旅や探索に費やしていた。

迷宮から戻れば装備を整え、次の探索に備える。

休息を取ることもあったが、生活の中心にあったのは、常に探索者としての仕事だった。


今は違う。

日々の暮らしそのものが、二人の仕事になった。

食べるものを用意し、使った道具を手入れし、家の中を整える。

明日の生活に困らないように、今日のうちにできることを済ませておく。

派手さはないが、どれも欠かせないことだった。


カレスは、そうした暮らしを退屈だとは思わなかった。

探索者としての生活には、常に危険がつきまとっていた。判断を誤れば、自分だけでなく仲間の命まで失われることがある。

日常の小さな不便とは比べものにならない重さだった。


今は、明日も同じように朝を迎えられることを前提に暮らせる。

その穏やかさを、カレスはありがたいものだと感じていた。


     *


晩春が過ぎ、季節は少しずつ夏へ向かっていった。


村の畑では作物が育ち、村人たちは日々の仕事に追われていた。

カレスも、できることから村の生活に加わっていった。

畑仕事を手伝うこともあれば、道具の修繕を引き受けることもあった。

体力には自信があり、長年の探索者生活で身につけた技術が役立つ場面もある。


ただし、カレスの働きぶりが、そのまま村人たちとの関係を良くしたわけではなかった。

彼が仕事を引き受けることを評価する者はいた。一方で、作業のやり方について意見を出すと、余計な口出しだと受け取る者もいた。


「そこは、先に補強しておいた方がいい。後から直すより手間が少なくて済む」


カレスがそう提案したときも、相手は首を横に振った。


「今までこのやり方でやってきた。余計なことをする必要はない」

「だが、今の状態では負担がかかっている。壊れてから直すより、先に手を入れた方がいい」

「壊れてもいないのに直すのか?」

「壊れる前に直すんだ」


カレスはそう説明したが、相手は納得しなかった。

結局、その場では従来のやり方が選ばれた。

カレスは、それ以上無理に押し通そうとはしなかった。

自分の考えが常に正しいとは限らない。

実際に長く村で暮らしてきた者たちには、彼の知らない事情があるかもしれない。

だが、理由を聞かずに拒まれることには、やはり納得しにくいものがあった。

そのたびに、カレスは自分がこの村に馴染めていないことを思い知らされた。


一方、ユラは村人たちとの関係を少しずつ築いていた。

彼女は、相手のやり方を頭ごなしに否定することはしなかった。まずは話を聞き、相手が何を大切にしているのかを理解しようとする。そのうえで、自分にできることを手伝った。

探索者として多くの人と接してきた経験は、こうした場面でも役に立っていた。

もちろん、ユラもすべての人と親しくなれたわけではない。

外から戻ってきた人間に警戒心を抱く者もいれば、カレスの妻という理由で彼女を遠巻きに見る者もいた。

それでも、ユラは必要以上に気にしなかった。


時間をかければ、分かり合えることもある。

彼女はそう考えていた。


そして、カレスが村の人々と衝突しそうになったときには、さりげなく間に入ることもあった。


「あなた、言い方を少し変えた方がいいわ」

「間違ったことは言っていないつもりだが」

「正しいことを言えば、相手が納得するとは限らないでしょう?」

「……それは、そうだが」

「相手にも相手の考えがあるのよ。まずは聞いてみることね」


カレスは不満そうな顔をしたが、ユラの言葉を無視することはなかった。


彼女の言うことにも、一理ある。

自分の考えを持つことと、他人の考えを聞かないことは違う。

そう理解しているつもりでも、実際に行動するとなると、簡単ではなかった。

それでも、カレスは少しずつ折り合いを探すようになった。


     *


夏が過ぎ、秋が近づくころには、二人の生活も落ち着き始めていた。


必要な道具は一通り揃い、日々の仕事にも慣れてきた。

村の暮らしには不便なことも多かったが、何をどこで手に入れ、何を自分たちで用意すればよいのか、少しずつ分かるようになっていた。


ユラは村人たちと顔を合わせる機会が増え、挨拶を交わす相手も多くなった。

畑仕事を手伝ったり、日常のちょっとした相談に乗ったりすることもあった。


カレスは相変わらず、村の人々と意見が合わないことがあった。

それでも、帰郷した当初のように、些細なことでいちいち言い争うことは減っていた。

相手の考えを聞き、自分の意見を伝え、どうしても折り合いがつかないときには引き下がる。

すべてがうまくいくわけではないが、暮らしていくためには必要なことだった。


ある夕暮れ、仕事を終えたカレスは、家の外からカーン大森林の方を眺めていた。

森は遠くから見るだけでも大きく、木々の重なりは奥へ進むほど濃くなっている。

幼いころから見慣れた景色だが、探索者として森の危険を知った今では、昔とは違った印象を受ける。

この土地で暮らす以上、森と無縁ではいられない。

だが、今のところ二人の生活は穏やかだった。


「何を考えているの?」


家から出てきたユラが尋ねた。


「いや。こうしていると、ようやく帰ってきたんだという気がしてな」

「もう何か月も経つのに?」

「何か月も経ったから、かもしれない」


ユラは隣に立ち、同じように森を眺めた。


「村には慣れた?」

「暮らしにはな。人付き合いは、まだまだだ」

「ふふっ。あなたらしいわね」

「笑うところか?」

「だって、昔からそうでしょう。自分の考えを曲げないところ」

「必要なら曲げるさ」

「必要だと分かるまでが長いのよ」


カレスは反論しようとしたが、ユラの笑顔を見て、諦めたように息を吐いた。


「……お前には敵わんな」

「それはよかったわ」


二人はしばらく、何も言わずに景色を眺めていた。

王都での生活とは違い、ここには大勢の人々の声も、夜遅くまで続く街の喧騒もない。

日が暮れれば辺りは静かになり、夜には風や虫の声が聞こえてくる。

その静けさを、二人は少しずつ自分たちの暮らしの一部として受け入れていた。


     *


冬が訪れると、村での生活にはまた別の備えが必要になった。


寒さが厳しくなる前に、薪や食料を確保しておかなければならない。

天候が悪ければ外での作業が難しくなることもある。

必要なものを後回しにしていると、いざというときに困ることになる。


カレスは、こうした準備を怠らなかった。

探索者としての経験から、事前に備えることの重要さを知っていたからだ。

危険が目に見えてから動くのでは遅いこともある。今できることを済ませておく。

それは迷宮でも日々の暮らしでも変わらなかった。


ユラも、必要なものを確認しながら、冬を迎える準備を進めた。

村人たちも同じように忙しく動いていた。

冬の間は思うように外で働けなくなることもあるため、秋のうちにできることを済ませておく必要がある。

そうした季節の仕事を通じて、二人は村の暮らしの流れを改めて知っていった。


冬の間は、外での仕事が減る日もあった。

そんなとき、二人は家の中で道具を手入れしたり、今後必要になるものを整理したりして過ごした。

王都にいたころのように、気軽に店へ出かけることはできない。

手元にあるものを工夫しながら使い、足りないものがあれば次に街へ出る機会を考える。

不便ではあったが、二人はそれを不満ばかりに感じていたわけではない。

探索者として生きていたころには、常に次の危険を考えなければならなかった。

仲間を失った迷宮探索の記憶も、簡単に消えるものではない。

今は、目の前の生活を整えることに集中できる。

それは、二人が求めていた暮らしに近いものだった。


やがて冬が過ぎ、再び春が巡ってきた。

ガルド村の周囲にも少しずつ暖かさが戻り、畑では新たな作業が始まっていた。

木々の枝には新芽が見え、冬の間静かだった村にも、活気が戻りつつあった。

カレスとユラがガルド村に帰郷してから、およそ一年が経とうとしていた。


村での暮らしは、決して不自由のないものではなかった。

カレスは今も村の人々と考えが合わないことがあり、完全に馴染めたとは言い難い。

それでも、二人はこの土地で暮らし続けていた。


過去を捨てたわけではない。

探索者として過ごした日々も、仲間を失った経験も、二人の中に残っている。

ただ、それらを抱えたまま、新しい日常を築こうとしていた。


カレスは、故郷に戻れば昔の自分に戻れるとは考えていなかった。

外の世界で過ごした年月は、彼の考え方を変えた。

村の人々との間にある隔たりも、簡単には埋まらないだろう。

それでも、ここで暮らすと決めた以上、できることをしていくしかない。


ユラもまた、カレスの隣で日々を過ごしていた。

二人の生活は、ようやく落ち着きを見せ始めていた。

そして、この穏やかな日々の先に、二人の人生を大きく変える出来事が待っていることを、まだ誰も知らなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。