ボーン・ディス・ウェイ/ヒーローの仮面
——ここは…どこだろうか?
真っ暗…というより、眼を閉じているのか…聞こえる音は、液体の中で泡が弾ける「ゴポゴポ」という音。
そうか…これは、私の記憶だ。
——回想——
最初の記憶は、2年と4ヶ月と9日前だ。
緑色がかった視界の中心に、眼鏡をかけた白衣の男が立っていた。
「ハッピーバースデイ!!『機械仕掛けの姫君』よ!」
男は両手を広げ、まるで映画の登場人物のように大仰な喋り方をした。
「機怪人シリーズの中でも、間違いなく最高傑作の一つであろう!『人間』×『舞台装置』!!これまでに無い大胆かつクリエイティヴは組み合わせは、我が天才的…否!全世界の至宝たる知見にしかなし得ない…」
冷たいバイオ溶液の詰まったケース越しに見る私の頭脳(A.I.)は、眼前の、早口で捲し立てるこの男を、『機械帝国皇帝・安東ロイド』であると判断した。
私は、バイオ声帯スピーカーから、起動れて初めての発声を行った。と、言っても、あらかじめプログラムされていた、起動時の音声だ。
「はじめまして。私は超次元滅殺破壊兵器・機怪人Mk13『デウス・エクス・マキナ』です」
ロイドは満足気に頷くと、手前のパソコンに手をかけた。
「よしよし、発声は上手く行っているし、自我もバッチリだな!よぉし、これから超次元滅殺プログラムを…」
その瞬間、ロイドの後方から爆発音が聞こえた。
『ロイド様!機械鎧です!奴が遂にこの研究所にまで…ぐあああああ』
ロイドのインカムが、警備の機怪人の断末魔を受信した。
彼は「またか…」と言わんばかりに溜息をつき、テレビゲームを母親に邪魔された子供のような表情で言った。
「まったく…今いいところだったのに、空気の読めない子だねぇ…おい!『姫君』を運ぶぞ!インストールがまだ終わってないから電源は入れたままにしとけよ!…うわっ」
その言葉を最後に、私はしばし意識を失う。今思えば、機械鎧・安藤マサトが、電気系統を破壊して停電を引き起こしたからであろう。
幸か不幸か、その行為により、『機怪人・デウス・エクス・マキナ』の起動は、中途半端に終わった。
「おい!大丈夫か!?目を開けろ!!」
混濁した意識の中で、縋るような、祈るような声を聞いた。
薄く目を開けると、紺色の鎧が目に入った。
「よかった…!生きてる!」
A.I.が視界を解析する。この鎧は『機械鎧』…機械帝国と敵対する、我々機怪人の敵…装着者は安東マサト…皇帝の実子にして、その頭脳を受け継いだ青年天才科学者。
そう。私にとってこの男は、倒すべき敵だ。それは向こうも同じはず。なのに何故…
「な…ぜ…」
機械鎧の仮面を脱いだ彼は、その端正な顔をくしゃくしゃに歪め、安堵したように啜り泣いていた。
「ありがとう…眼を覚ましてくれて…ありがとう…僕を『人』殺しにしないでくれて…」
私はその顔を見た。
冷たい鎧の腕の中、私の頬に当たるその涙だけがやけに暖かかった。
「君も、祝福されるべくして産まれてきた生命だ。お誕生日おめでとう。僕の妹よ」
彼はそう言って私を抱きしめた。
生まれて初めて感じたその温みに、私は強く憧れた。
————————
「しっかりしろや小娘ぇ!」
タロウはマキナに背後から組みつき、羽交い締めにする。
マキナはそれに抵抗しながら、ココロとユウスケに向かって一直線に足を進めていた。
脅威度の低い者から始末する。彼女が効率的な殺戮兵器である証だ。
タロウは羽交い締めを諦め、拳を骨角で覆った。
「こっち見ろや!」
タロウは拳を振りかぶる。しかし、その攻撃は、横合いから飛んできたトラックの一撃によって遮られた。
もちろん、この状況下で運転を続ける不注意なトラックなど、あるはずが無い。
マキナの機怪人としての能力、『全ての機械を支配下に置く力』による遠隔操作である。
タロウは圧倒的質量に吹き飛ばされそうになるところを、足から生やした骨角を地面に食い込ませることで耐えきった。
「痛えなクソが!待てや!おい!てめぇ!何やってんだよ!?これがテメェの目指したヒーローかよ!?」
トラックを投げ飛ばしながら叫ぶタロウだが、その声は暴走したマキナには届かない。
マキナはさらに確実に自らの行動を妨げるモノを破壊する為、左手を空にかざした。
その動作に呼応し、付近の重機や自動車のコントロールが全て『デウス・エクス・マキナ』の支配下に置かれる。
それらは操縦手の有無に関わらず、マキナの後方にいるタロウに向かい、その性能をはるかに超えたスピードで四方から襲い来る!
フォークリフト、乗用車、装甲車、果てはヘリコプターまでもが、タロウを次々と襲った!
数多の鉄塊に纏わり付かれ、もはや鉄屑の投棄場のようになったその中心部の中、タロウは『鬼人態』に変身し、全身を強固な骨で覆うことで耐えていた。
「はっ!キツビの救世主も舐められたモンだぜ!こんなモン…『灼骨』で全部ぶっ壊して…」
そう言ってタロウが全身に力を込めた瞬間、彼の目に、信じられないものが映った。
「おい…おいおいおい…この車…人が乗ってるじゃねぇかよおおおお!」
いくらおかしくなっていたしても、関係の無い他人を巻き込むことはしないと、タロウはそう思っていた。しかし、彼の周囲を固める車両の中には、急な重力加速度により気絶した人間達が…子供まで乗せられている!
まさに人質…!タロウが動けないでいるところ、マキナは右腕のリボルバーを彼に向ける。
燃料で動く車両は、人間を乗せた巨大な焼夷爆弾に等しい。
彼女が無慈悲に撃鉄を降ろした瞬間、大きさにして8インチの弾頭が高速で射出され、命中した車両の燃料タンクが炸裂した!
地鳴りのような爆音、朝焼けの如き爆炎の中、中心に立つタロウは、爆発の熱と衝撃、急激な酸素濃度の低下の中、その場の人間を全員助け出していた。
『骨角』の応用。内部を蜂の巣状のハニカム構造にする事で、断熱性と耐衝撃性能を高めた。
繊細な骨角の操作で操縦手を車から引き抜き、その特殊な骨角で包んだのだ。
「てめえええええ!『一線』超えたぞ!」
タロウは怒りのままに叫ぶ。
彼はマキナと知り合った頃を思い出した。
友に裏切られた——友を救えなかった自らの無力に絶望し、全てを投げ出しかけていた頃、偶然に出会った少女の瞳は、あまりにもまっすぐで、眩しく見えた。
実力も心構えも、何一つ足りていない、憧れだけを脇目も振らずに追いかける少女を、愚かだと思いつつも、羨ましく思った。
この小娘が本当のヒーローになる為に、俺が…ヒーローを演じきる事が出来なかったこんな俺が、出来る事が在るというならば!
「何があったか知らねえが、お前を止めるぞ…!お前を救って、もう一度だけヒーローになってやる!!よぉく見とけよ小娘ぇ!これがヒーローの条件だ!!!」
タロウは立ち昇る熱気を振り切り、マキナ目掛けて高速で突進した。
マキナは、周囲の瓦礫を分解・再構築し、背中にジェット・パックを創り出すと、タロウから離れるように飛び立った。
タロウはすんでのところで彼女の足に骨角を引っ掛け、その軌道に縋り付く。
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ココロとユウスケは、空中で激しく切り結ぶ光の筋を目で追いながら、静かに語り合う。
「お姉さん…僕は、強くなりたかったんだ。誰よりも強くなって、幸せになりたかった…いつだって他人に踏み躙られるだけだった人生を、変えたかった」
ココロはその言葉を静かに受け止めた。
「でも…」とユウスケは自らの手を見つめた。
「僕は何をやってもダメなんだ…幸せの為に悪人になろうとしても、結局、更に強い暴力に叩き潰されるだけだった…僕みたいなバカは、薄暗い不幸の中で静かに生きていくしかないんだって…ようやく気付いたよ」
そう言って自嘲的に笑うユウスケに、ココロはようやく言葉を搾り出した。
「……ユウスケくん…『幸せになりたい』って思う事は、悪い事じゃないよ。でもね、人は…とっても弱いんだ」
ユウスケはその言葉に、「だよね」と頷いた。
「わかってるよ…だから強くなろうとした。けど、足りなかった」
しかしココロは、「ううん」と首を横に振る。
「いくら強くなっても、人間は弱い。結局、人間1人が救えるものなんて、自分自身が精一杯なんだよ」
「だったら…なんでお姉さんは僕を救けたんだ?わかっているなら、態々危険なところに飛び込むなんて…」
「わかっていても」と、ココロはユウスケの言葉を遮った。
「わかっていても、他人を救う為に動ける人間を、ヒーローと呼ぶのよ」
そう言って、いまだに戦いを続けるタロウの方を見上げるココロに、ユウスケは更に食い下がる。
「そんなの、自己陶酔の思い上がりじゃあないか」
ココロは恥ずかしそうに「くすり」と笑った。
「そうね、きっとそれも、ヒーローの資質。そういう意味では、貴方もそれを持っている。だって、さっきの貴方のセリフ、まるっきり自分に酔っていたわよ?」
「なっ…!」
ユウスケはひどく赤面した。ココロはその少年らしい表情に安心すると、「さて、」と腰を上げた。
「私もあと少し、自分に酔ってみようかな?お酒呑むの、結構好きだし」
————————
「逃がさねえぞ!」
タロウは渾身の力でマキナを引き寄せた。
マキナは右腕のリボルバーをタロウに向け、至近距離で発砲する。
瞬間、タロウは骨角を斜めに形成し、弾丸を受け流す。
正面から受け止めきれない衝撃なら、受け流すのが最適解だ!
しかしその瞬間、タロウの掴んだマキナの右脚は高速回転をはじめた。
タロウは強烈な遠心力に振り回され、思わず手を離してしまう。
同時に、マキナは鋭い蹴りをタロウに見舞った。
タロウは咄嗟に腕でガードするも、「ぐえ!」と肺が潰されるような声を上げ、聳え立つビルの側面に沈み込んだ。
なんて蹴りだ…!ガードした腕が脱臼している…!
しかしタロウは臆する事なく、飛行を続けるマキナを目掛けて跳躍した!
鬼人の超越的脚力から繰り出される飛び蹴りは、亜音速でマキナに突き刺さる!
マキナは余りの衝撃に安定を失い、タロウ諸共きりもみ状に急降下した。
毎秒9.807m/Sで加速する落下の中、2人のゼロ距離の攻防は続いた。
マキナが銃口を向けるとタロウがその銃口を骨角で塞ぎ、タロウが灼骨を生成するとマキナは冷却ガスの放射による温度差を利用してそれを打ち砕いた。
地上に激突する寸前、幾度となくぶつけ合った互いの拳の反動で、2人は急速離脱した。
タロウは、落下中の攻防で抉られた脇腹を、骨角で塞いで止血する。
「はあ…はあ…ぐぶっ」
タロウは荒い息の中、静かに吐血する。
マキナの頭部カメラはそれを見て、このまま先頭が続けば勝利の確率は高いと判断した。
しかしその瞬間、彼女の右半身が大きく傾いた。
右腕が動かなくなっている。先の攻防で駆動系がやられたのか…
マキナは左腕で右肩を掴むと、もはや唯の錘と化した右腕をパージした。
タロウはそれを見てニヤリと笑った。
「内臓と右腕か…五分と五分だぜ…!」
しかしマキナは怯まない。走り出そうとするタロウに向けて彼女が左手をかざすと、地面から水柱が上がった。
水道管の水圧調整装置を操作したのだ。
「なんでもござれだなオイ!」
タロウは次々と行く手を阻む水柱を何度も躱しながら、マキナに接近する。
しかしマキナの本命は、タロウの動きを鈍らす事ではなかった。
辺り一帯が水で濡らされたことを確認すると、周辺の電線が1人でに千切れ、生き物のような動きでタロウに向かった。
タロウは身をよじってそれを躱そうとしたところを、すんでの所で踏みとどまる。
「下が水浸しじゃあねえか!水は電気を伝えやすいって、てれびでやってたぞ!」
背後には、タロウが助けた無関係の人々がいた。このままでは彼等に感電してしまう。
「くっそがあああああ!」
タロウは両手から骨弾を連射し、迫り来る電線の全てを破壊しようと試みた。
しかし疲弊したタロウの力では、全てを捌ききる事など不可能だ。
「ちっくしょう!こうなったら俺の身体で受け止めて…」
タロウがその身を投げ出そうとしたその時、後方から放たれたピンク色のビームが全ての電線を一瞬にして溶かした!
「遅れ馳せながら!プリティ☆ハート!ただいま見参☆!」
タロウの後方で、『プリティ☆ハート』がポーズを決めた。
「やっぱり来てくれたかココロ!フォロー頼んで大丈夫!?」
タロウは振り返って叫ぶと、ココロは「がってん!」と『イマジネイション☆ステッキ』を振った。
すると、気を失った人々はピンクの光に包まれ、地上から浮かび上がった。
更にその光には、治癒力を高める作用があるようで、みるみるうちに彼等の傷は塞がっていく。
「うわぁ、私、こんなこともできたんだ」
ココロがそう呟くと、彼女の胸元からポワポワの声がした。
「そらそうぽわ。『イマジネイション』は元々そういう力ぽわ。願いの強さで、出来る事は無限ぽわよ」
「ポワポワさん、思ったより凄い人だったんですねえ」
「いや、ココロの力ぽわ」
ポワポワは心なしか誇らしげな声色で言った。
プリティ☆ハートの支援を得たタロウは、最短距離でマキナに向けて走り出した。
対するマキナは、構えるどころか、何もせずにただその場に立ち尽くしていた。
もちろん、エネルギー切れでは無い。タロウとのタロウと戦闘が始まってからものの数分である。しかしその数分は、現代科学技術にとって、世界の命運さえ左右する程の時間だった。
タロウの眼前に、突然、黒く巨大な物体が現れた。
冷戦の遺物。マッハで航行する大陸間弾道ミサイル・『ピース・キーパー』である。
超人的な知覚を持つタロウでなければ、これの接近に気がつく事すらなく塵と化していたであろう。
タロウは衛星軌道から落とされるミサイルの衝撃を、咄嗟に作り出した巨大な骨角で受け止めた。
『外法・灼骨腕箆鹿』…両の腕に巨大な灼骨を形成し、対象を包み込み握りつぶす大技である。
ミサイルは巨大な骨の腕に包まれ、その内部で爆発した!
「ボグッ!」と鈍く篭った爆発音が鳴り響き、両腕の骨角にヒビが入る。
タロウは腕全体を支える柱として骨角を次々と地面に突き刺し、衝撃を受け止め続けた。
「ぐっがががががががが…」
筋肉が軋み、全身が悲鳴をあげる。脇腹の傷もとうに開いていた。
ヒビの入った部分を更に補強すると、タロウは敢えて『灼骨腕』の上部のみを開いた。
爆風を上空に逃がしたのだ。
こうする事でその場の全員の安全は守られる。しかし、その反作用は全てタロウのみにのしかかった!
タロウを中心に地面は大きく窪み、彼の全身には信じられない圧力がかかった。タロウの力みは限界を超え、眼血と鼻血を同時に吹き出した。
「んんんんんんココロォ!頼む!!」
爆風が収まると同時にタロウはそう叫び、巨大な灼骨を手放した。
ココロは「はい!」と返事をしてピンクの光弾を数え切れないほど展開すると、崩壊する灼骨の破片や、舞い上がり落ちてくる鉄片などを、全て撃ち落としてみせた。
タロウは最後の力を振り絞って走り出す。
今の小娘には、どんな言葉も届かない。ならば、せめてこの拳だけは…想いだけは届かせる!
「小娘ぇ!もう一度、『ヒーローの条件』を教えてやんよぉ!」
タロウの左手がマキナの襟首を掴み、右のストレートがこめかみに直撃した!
瞬間、『デウス・エクス・マキナ』の回路がショートする。A.I.による高速復旧までの約3秒間、『安東マキナ』の意識が戻った。
「思い出せ!お前は何者だ!?」
タロウはマキナに問い掛ける。
「私…私は…」
————回想————
崩壊する機械帝国のアジトの中、エネルギー暴走した皇帝を止めるため、マサトとマキナは中心部に急いでいた。
アジトの中心部はマントルに直結する巨大火山の核。ロイドのエネルギー暴走は、世界の壊滅を意味していた。
「ヒビヤさん、マキナを頼む」
マサトはヒビヤに通信をつなぎ、救助を要請した。
マキナはその言葉に愕然とする。
「嘘でしょ!?お兄ちゃん!私も一緒に行くよ!今までだってそうしてきたじゃない!!」
マサトは動揺するマキナの頭に手を置いて、穏やかな顔で言った。
「大丈夫。すぐに戻ってくるよ」
そうして微笑むと、おどけるような調子でポーズを決める。
「僕は天才科学者安東マサトだ!不可能は無い!」
マキナはその姿を見て涙を流した。
嘘だ。このままだとエネルギー暴走を止めても、人間であるお兄ちゃんの命は無い…
「だからさ、」と、マサトは『バスター・ガングローブ』をマキナに手渡した。
「これをマキナに預ける。マキナになら、安心して預けられるからね」
マキナは泣きじゃくり、首を横に振るばかりだった。
「泣くなよ、マキナ。僕はしばらくいなくなるかもだけど、『機械鎧』はみんなの為に必要だ。だからその間だけ、マキナが僕の代わりにみんなのヒーローになって欲しい」
マサトはマキナの涙を拭った。
「無理だよ!私、お兄ちゃんみたいに何でも出来る人じゃないんだ!」
マキナはなおも取り乱す。
マサトは困ったように頭を掻くと、その小さな身体を抱き締めた。
「大丈夫…ヒーローは絶望を希望に変えるんだ。出会った時、僕は機怪人という命を殺して回る自分自身に絶望していた…でも、マキナが生きていてくれた事が、マキナと分かり合えた事が、僕にとっての希望に、『救い』になったんだ」
「だから…」と、彼はマキナを放し、その目を見つめた。
「僕にとっては、マキナはとっくにヒーローだったんだよ」
彼はそう言って振り返ると、アジトの奥地へ走り出した。
マキナはその背に、「お兄ちゃん!」と声をかける。
「絶対に帰ってきてね」
マサトは振り返らずに、背中越しに親指を立てて応えた。
その数分後、アジトは崩落した。
安東マサトの犠牲によりエネルギー暴走は収まり、世界は救われた。
お兄ちゃんが帰ってくることは、やはり無かった。わかっていたのだ。私のA.I.は、彼の生存確率を『0』と算出していた。
私は結局、何の役にも立たなかった。
役立たずの私が生き残り、お兄ちゃんは帰らぬ人となった。
世間は英雄・機械鎧の死を知らず、偽物である私は、出来損ないの『仮面』をつけて、ヒーローの真似事を始めた。
————————
「私…は…偽物…役立たず…」
マキナは混濁した意識の中で、深層心理の言葉を吐露した。
「そーかい」と、タロウは、もう一度拳を振りかぶる。
それを遮るように、再起動した『デウス・エクス・マキナ』の蹴りが、タロウの脇腹に突き刺さった。
タロウは痛みに気を失いそうになりながら、その脚を抱え込む。
「偽物だかなんだか知らねえが…俺は見てきたぞ!ヒーローになろうと足掻くバカな小娘を!その夢は!志は!本物だろうが!!」
タロウはそう言って、マキナを引き倒す。
その衝撃で、マキナの回路は再度ショートした。
「『ヒーローの条件』だ…ヒーローは、絶望を希望に変える!そして、ヒーローは絶望に負けねえ!」
タロウは仰向けに倒れるマキナに指を突きつけ、嗄れた声で叫んだ。
「立てよ小娘!自分に絶望してんじゃねえ!根性見せろや!」
マキナの脳内は、度重なる衝撃によってバグを引き起こしていた。『デウス・エクス・マキナ』と『安東マキナ』の精神が混線を始めた。
「な…にが…根性よ…」
マキナはヨロヨロと立ち上がる。
タロウはそれを見て「にやり」と笑った。
そうだ。それでいい。立ち上がれるなら、まだ負けてない。
「そーゆう時代錯誤なところが嫌いなのよ…タロウ」
マキナは疲れ切った動作で左手を構えた。
タロウもまた、拳を構える。
「もう一度訊いてやる。小娘、お前は何者だ?」
マキナは「あー?」と、譫言のように呂律の回らない口調で答えた。
「私は安東マキナだ…!ヒーローだ!」
もはや両者の間に、これ以上の言葉は要らなかった。
2人は同時に拳を振りかぶると、クロスカウンターの形で同士討ちとなり、同時に地面に沈み込んだ。
「タロウさん!マキナさん!」
ココロが駆け寄り、2人に治癒の魔法をかける。
タロウは混濁した意識の中、気絶したマキナの横顔を見て笑った。
「へっ…世話かけさせやがるぜ…小娘が…っ」
————————
「よお、遅れた登場だな、元・機械鎧」
安全圏からタロウとマキナを見ていた十三代目安倍晴明は、到着した安東マサトに笑いかける。
「『遠野』の方はどうした?律儀に全部やっつけたのか?」
マサトはその言葉を無視し、目の前の光景を『信じられない』と言った表情で見た。
「一体、何があったんだ?有り得ない…『デウス・エクス・マキナ』が起動したんだぞ?」
アベノサーティーンは「フハッ」と笑い、肩をすくめる。
「呆れたシスコンだねえ。あの嬢ちゃん、乗り越えたんだよ。自分の中の化け物をな。もっとも、俺には思春期の繊細な乙女心なんざわかんねえが」
マサトはその場に座り込み、マキナの横顔を見つめた。
「なんか言えよ、気持ち悪いな」
アベノサーティーンがバツが悪そうに言う。
マサトは寂しそうに、或いは嬉しそうに微笑んだ。
そうか…もう僕は、必要無いのかもしれないな…良い友達を持ったね、マキナ。