フォー・ルームス/人ならざる親友
朝、マキナの通う教室
「呪いの人形ぉ?」
マキナは片眉を吊り上げた。
ハルはスマホの画面を見せながら、「面白そうでしょ」と笑う。
先日の一件の後、重傷を負ったタロウはヒビヤにより絶対安静を命じられ、神楽坂家で寝たきりでいる。
今朝、ハルとマキナが見舞いに行ったところ、意識も朦朧としている様子だった。
一方、比較的軽傷のマキナは、片腕を包帯で吊り、一足先に日常生活へ復帰した。
『デウス・エクス・マキナ』の暴走に関して、神楽坂家の2人には全てを包み隠さず話していたが、敢えてそこには触れずに、突飛な馬鹿馬鹿しい話を振ってくるのは、ハルなりの優しさなのだろうと感じた。
「面白そうって…私らの周り、そういうのばっかりじゃない。鬼に魔法使いに喋るハムスターに…嫌になるわよ」
マキナは、敢えていつもの調子で応えた。それもまた、ハルの優しさに対する誠意だと考えている。
ハルはマキナの冷たい返答に安心しつつも唇を尖らせた。
「最近、ここら辺の女子高生を中心に目撃情報が増えてるんだってさ。マキナも気をつけなよ」
「目撃情報?何かされたとかの話じゃなくて?」
マキナが話に食いついた事で、ハルは上機嫌になり、スマホを片手に説明を始めた。
「そ、『目撃』だけ。なんでもその人形、——あぁ、人形って、フェルト生地でできた女の子らしいんだけど——とにかく、夜になって人気の無い路に1人になるとね、ふと、カーブミラーに映り込むんだって。その人形が、ぽつんと」
ハルは雰囲気を出す為か、スマホから怪談によく使われるBGMを流していた。
マキナはその光景が可笑しくて、つい、話の続きを促してしまった。
「それで?どうなるの?呪いの人形に殺されちゃったり?」
ハルはますます楽しそうに続きを語る。
「それでね、『ただ見ているだけ』なんだって。だから、最初は『落し物かな?』って無視しちゃうんだけど、歩いていくうちにふと振り返ると、付いてきているんだって」
いよいよ怪談は核心に迫ってきたのか、ハルの口調が興奮を孕む。
「で、ずーっと『見てるだけ』。赤いボタンを縫い付けられた目で、ずーっと」
マキナは暗闇に光る無機質な目を想像して、少しだけ寒気を覚えた。
「ん?でも、ただ見ているだけなら、何の迷惑もないじゃない」
マキナはそう言いつつも、「何もしてこないからこそ不気味で、話題になったのか」と、得心の言った気になった。
ところがハルは、「いや、それがね」と話を続ける。
「この話、バリエーションがあって、『人形の目が赤だったら必ず不幸な事が起きる』とか、『未来の危機を知らせにきた妖精』だとか」
ハルはそこで少し勿体つけてから、「そして…」と語り出した。
「『必ず黒髪ショートヘアの女の子を狙う』とかね」
マキナはそこで一気に「ゾッ」とした。
今日、このクラスで欠席した女生徒は3人いる。その3人ともが、黒髪のショートヘアであった。
そして、安東マキナ自身も。
もしかしたら、機械鎧を狙っているのかもしれない。ならば、そのせいで私の身の回りに危険が…
「マキナも気をつけなよって言うのは、そーゆう事。黒髪ショートの女の子が休みまくってるの、このクラスだけじゃないらしいよ?」
ハルはそう言って妖しく笑ったかと思うと、マキナの表情を見て噴き出した。
「あはは!真面目な顔で聴かないでよマキナ。単なる偶然だってば!」
マキナはハルの言葉に赤面し、「笑わないでよう」とむくれた。
「でも、そう言う話なら少し調べてみる必要がありそうでしょ?」
ハルはマキナを宥めつつ言う。マキナはそこで首を傾げた。
「どうして?機怪人ならこんな回りくどいことはしないと思うけど」
「機械帝国じゃなくて、ほら、異世界関係かも。最近流行りの」
「最近流行りの」
マキナはハルの言葉を反芻する。たしかに、タロウとの出会いを皮切りに、『異世界からの脅威』というものに触れる機会が多い。
最初こそただのオカルトと思っていたが、こうも実例を突きつけられれば、流石のマキナも意識せざるを得ない問題だった。
「うーん…でも私、この手の話に疎いしなあ…ハル、知り合いに詳しい子とかいない?」
ハルは「うーん」と唇に指を添えると、その指をそのまま教室の中心地の方へ向けた。
「帆高レイちゃん、今はそんな感じしないけど、昔はオカルト大好きな娘だったっけ。私、同中だったからわかるんだ。おーいレイー」
帆高レイはハルの声を聞いて、談笑を中断して振り返る。肩まで伸びた茶髪が「さらり」と揺れた。
「どったの?ハルっち、と、安東さん」
人懐っこい笑顔を浮かべてこちらに近づく彼女は、マキナにとっては苦手なタイプの1人だ。
常に集団でいる事を好み、それを普遍的な感性だと思っているから、マキナのような孤立しがちな人間を哀れんでいる。
悪人でないのは解っていても、救済の対象と思われる事は、プライドの高いマキナには居心地の良い事ではない。
レイとハルは、「いえーい」と挨拶がわりのハイタッチを交わす。
レイの着崩した制服からは下着が見えそうで、マキナは内心ハラハラした。
「ちょい、訊きたくてさー、レイってさ、中学の頃、怪談とか好きだったよね」
ハルが出し抜けに口を開く。マキナはレイの雰囲気からは『そういう風』には見えないと、ぼんやり思った。
「んー?そうだけど、あっ、アレ?『赤い目の人形』の話?」
思ったより反応が良く、マキナはハルの言葉に間違いが無い事を確信した。
ハルとレイは会話を続ける。
「あら、話が早い」
「ん、まあ、ね。他の子達もよく言ってたから」
「実際の目撃談とか、知らない?」
レイはスマホを取り出し、「了解、ちょい待ち」と、ラインを開いた。
ハルとマキナはその画面を覗き込む。画面に映されたのは、レイと後輩とのやりとりだった。
『バイト連勤つらみ』
『マ?シフト代われるけど』
『優しいレイ先輩』
『でも知ってる』
『レイ先輩はそうやって後輩に奢らせる笑笑』
『ふざけw』
『なめんな逆に奢るわ笑笑』
『いみふw』
下校中の雑談と思われるその内容は、途中まではやたらと絵文字が多く、文体もスラングを多用したものであった。
「読み難いわね」と、マキナは思わず口を開く。
「そう?ラインってこんなもんじゃない?」
レイはそう言って画面をスクロールする。
ゆるい文体で続いた会話は、突然、その様相を反転させた。
『やばい』
『たすけて』
唐突に送られたそのメッセージは、変換すら出来ない程の逼迫した状況であることが伺えた。
『どしたん?』
レイもまた、困惑を滲ませていた。そのメッセージの送信とほぼ同時に、追加のメッセージが表示される。
『ついてくる』
『にんぎよう』
『やばいむり』
同様のメッセージが何度も一方的に送信され、最後に一枚の画像が送られた。
その画像は、夜の路地を撮ったものであった。
焦りと恐怖の所為か、手ブレが酷かったが、最新のスマホカメラの補正機能は、その被写体だけを正確に捉えていた。
二頭身のぬいぐるみ人形。煤けたフェルト生地の肌に、ほつれた毛糸の黒い髪。可愛らしいワンピースが余計に不気味さを引き立てていた。
何より、暗闇に光るその赤いボタンの目が妙に生々しく、恐怖を煽る。
「ここで、やりとりはおしまい」
レイがラインを閉じた。マキナとハルは青い顔で目配せをする。
「この後輩ちゃん、この日から塞ぎこんじゃって、明るい子だったのに…」
レイは暗い顔で言った。しかしそれは一瞬で、彼女はすぐに笑顔を作り、マキナに話を振った。
「てか、ハルはまだしも、安東さんが興味を持つなんて、珍しいじゃん。不良でも、こういうの興味あるん?」
「…」
マキナは苦い顔を隠せずにいる。
無理矢理でも会話に入れてくれようとする、その気遣いが痛い…
マキナが黙っていると、レイは困った顔で左右に手を振った。
「あっ、ごめん別に馬鹿にしたわけじゃ…」
「…いいわよ、怒ってないわ」
マキナは目を逸らす。人の表情を読み取ってちゃんと謝れるのは、根が善人の証だ。
レイは堪らずハルの方へ助けを求める眼を向けた。ハルは笑ってマキナの頭に手を置き、髪を撫でた。
「大丈夫だよレイ。マキナはカタギに手を出したりしないから。ほら、こんなにカワイイ」
「マジ?うちも撫でていいん?」
そう言うと、レイもマキナの頭に手を伸ばした。
小動物か、私は。
「あんまりちょっかいかけると、噛み付くわよ」
マキナは鬱陶しそうに身をよじった。
「あは、ウケる」
「ね?安全でしょ?」
「で、その『呪いの人形』について、何か知っていることはある?」
話が逸れそうになったので、マキナはようやく会話に参加した。
レイは「うん」と頷くと、またもスマホを取り出し、通販サイトのページを開いた。
「これ、この人形、10年ほど前に発売されたやつ。今は絶版だけど、普通の子供用ホビー」
写真と商品説明を見るに、これで間違いないはずだ。レイの後輩の写真では不気味に見えたが、新品の状態を見ると可愛らしいものだ。
「検索しても呪いなんて噂は無いし、訳わかんない…でも、後輩ちゃんも、ウチのクラスのみんなも、この人形に何かされたんだ、きっと」
レイは俯く。身内が次々と異常をきたしているのだ。心配するのも無理はない。
「ハルっちも安東さんも、興味を持つのもいいけど、あんまり深入りしないでね。同クラの友達になんかあったら、悲しいからさ」
始業のチャイムが鳴り、3人はそれぞれの席に戻っていった。
「いい子だったわね」
マキナがレイの背を見送りながら呟く。
「んー?レイは前からあんな感じだよ」
ハルは当たり前の事の様に言った。
「うん、知らなかった」
同じクラスなのに、私は今まで眼を向けたことが無かった。きっと、こういう『いい子』が、この学校には沢山いるのだろう。
そして、この事件の被害者の中にも。
「あんないい子に、暗い顔をさせちゃいけないわね」
————————
夜、通学路
「なんか、モヤる」
薄暗い路地の手前、ハルは出し抜けに言った。
「何が?」と、マキナは首を傾げた。いつものロングコートは鞄にしまい、普通の女子高生然とした格好だ。
「いや、なんだろ、わかんないや」
ハルも、自分の発言に困惑している様だった。
「呪いの人形ってさ、『そういう』由来があるものじゃない?普通の市販品だっていうのが、不思議だとか」
マキナが予想を立てるも、ハルは納得いかない様子だ。
「うーん、それかも。いや、ただ怖いだけかも。ほら、私たち、乙女だし」
「私とハルに限って、それはないでしょ」
「そういう可愛げのないところ、だからモテない安東マキナ」
「え?今なんか言った?」
「じゃあ、作戦通りに、マキナが囮で、私が隠れて監視、で」
ハルは強引に会話を打ち切ると、さっさと作戦の配置についてしまった。
マキナは仕方なく裏路地へと脚を進めた。
イヤホンをつけて、音楽を聴くふりをしながら薄暗い道を行く。
なるべく無防備に見えるように、鼻歌まで歌った。
街灯の明かりが照らす仄暗い路地の中程、ローファーの音とマキナの鼻歌がやけに響く。
ハルとの通話状態にしたスマホとイヤホンは、未だ何の音も出していない。
やがてマキナは気付く。背中に感じるハルの視線の他に、何かが動く気配がある事を。
「マキナ、来た」
短い言葉がイヤホンから響く。
マキナは『了解』の代わりに、靴紐を結ぶと、その卓越した瞬発力で、一気に走り出した。
「追ってきてるよ!」
ハルが声を上げる。マキナは手近な曲がり角を曲がると急停止し、すぐに振り返った。
こうして待ち構えれば、手の届く範囲に誘い込めるはず!
「!?」
マキナとハルの作戦は成功した。しかし予想外だったのは、人形の素早さである。
振り返ったマキナの視界いっぱいに、人形の顔が映った。
毛糸の繊維一本までが見える程に接近され、マキナは狼狽える。
瞬間、待機していたハルが、何処からか仕入れた鉄パイプで人形を跳ね上げた。
フェルトに綿を詰めた軽い体は、簡単に宙を舞うが、その軽さと柔らかさ故に衝撃を受け流していた。
人形は空中で体制を整えると、毛糸の髪を伸ばし、ハルの手足を拘束した。
「あれぇ!?何もして来ないんじゃなかったの!?」
ハルは驚き、鉄パイプをとり落す。
人形は懐から錆び付いたハサミを取り出すと、身動きの取れないハルにゆっくりと近づく。
「ちょっ、マキナ!助けてぇ!」
ハルは涙目で叫んだ。
マキナは既に『バスター・ガングローブ』を手にしている。しかし、そのスイッチを押す手が止まった。
「!?マキナ!?早く!…うあっ…!」
ハルがもがき、その度に拘束が強まる。親友の呻き声を聞きながらも、マキナは動けない。
「くっそ…!」
マキナは冷や汗をかきながら悪態を吐くと、変身フロッピーを仕舞い、ガングローブの銃口を露わにした。
『機械鎧』に変身すれば、ハルを助ける事は容易である。しかしマキナは、ガングローブを銃形態にして、拘束する毛糸を撃ち落とす事を選んだ。
ハルの拘束が解かれ、地面に放り出される。
人形はマキナの方を振り返ると、ヒステリックな女の声で喋り出した。
「その武器…お前か…お前が機械鎧かあああああ!!」
「しゃ、喋ったあああああああ」
その恐ろしい声に、ハルが震え上がった。
人形の殺意は、マキナへと向いた様だ。毛糸の髪で大量のハサミを掴むと、滅茶苦茶な軌道でその刃を仕向けた。
マキナはそれをギリギリのところで躱すと、倒れているハルを抱きかかえ、入り組んだ道へと走り出した。
しばらく走った所で、2人はゴミ箱の裏に腰を下ろす。
「はあ…はあ…ハル、無事?」
マキナは押し殺した声で訊く。
ハルは「うん…無事…ありがとう」と礼を言うと、単刀直入に切り出した。
「何で、変身しなかったの?」
「げっ」
マキナは、予想通りであるものの、答え難い質問に顔をしかめる。
「そんな事より、人形は?追って来てない?やっぱり、機械鎧を狙ってた様だけど…」
「誤魔化さないで。答えてよ」
ハルはマキナの目を真っ直ぐに見つめた。マキナは思わず目を逸らす。
「すぐに助けなかった事、謝るわよ。ごめん」
「そうじゃないよね。マキナ、さっき変身しなかったんじゃなくて、『出来なかった』でしょ」
「…ぬぅ」
マキナは唸った。その問いの答えは既に出ている。しかし、それを敢えて言うことは、自身の弱さの証明にも繋がっていた。
少しの沈黙の後、マキナは蚊の鳴くような声で言った。
「…怖いのよ、この間みたいに、暴走するのが」
マキナが恥ずかしそうにしていると、ハルは「なぁんだ、やっぱりそんなことか」と、呆れた様に溜息をついた。
「機械鎧が壊れたのかと思った」
「そんな事って何よう。ハルには解らないんだわ」
マキナが口を尖らせると、ハルはあっけらかんとして「そりゃあ、解らないよ」と言った。
「私、機怪人じゃないし」
マキナはその発言に、生傷をえぐられる様な痛みを覚えた。
「…物怖じしないのは貴女のいい所だけど、無神経とも言うわよ」
マキナはイライラと言い返す。
何か変だ。ハルは、そんな配慮に欠けた発言をするタイプじゃないはずだ。
「でも、壊れた訳じゃないなら、マキナはすぐに変身できるじゃない」
ハルはそう言って腕を組む。マキナはとうとう我慢の限界に達し、声を荒げた。
「解らないんだったら、わかった様な口きくなよ!」
言い放った後で、マキナは親友に乱暴な事を言ってしまった事に気がつき、後悔からか目を泳がせた。
「そうだよ…私の本性は機怪人だ…!人間を殺す為に造られたんだ…!暴走すれば、大好きなみんなを傷つけるかもしれない…!」
拳を握りしめ、震える声で呟いた。その眼には、零れ落ちそうなほどに涙が溜まっていた。
ハルはそんなマキナの両頬を、平手で「ぱしん」と挟み込んだ。
「な、何するのよ…」
マキナは困惑する。ハルは構わずその顔をぐりぐりとこねくり回した。
「マキナが機怪人なのは変えようがない事実だよ。だけど、マキナは私を救ってくれたじゃない」
ハルは、マキナが高校に通い始めた頃の思い出を語った。
2年前、当時ストーカー被害に悩まされていたハルは、機械鎧である安東マサトや、そのサポートで忙しい父への遠慮から、誰にも相談できないでいた。
しかしマキナは、そんなハルの現状を見抜き、彼女を救い出したのだ。
『お兄ちゃんの真似をしただけ。こうすれば、人間というものを勉強できるから』
マキナはそう言ったが、ハルはその恩を片時も忘れたことはない。
孤独に苛まれ、怯えるだけだったハルを救けたマキナは、彼女にとって、間違いなくヒーローだった。
その日から、ハルとマキナは距離を大きく縮め、互いに親友と認め合うまでになった。
「機怪人だ機械鎧だなんて関係無いよ。マキナは、私の親友だ」
…正直言って、何の力も持たないパン屋の娘が、ヒーローにしてあげられることなんて、無いのかもしれない。でも、私にとってのマキナは、ヒーローじゃなくて、親友だから!
「マキナが暴走しても、私が必ず救ける!だからマキナは、安心して闘って!」
そう言って胸を張る彼女を、マキナは呆然と見つめた。
「…何よ、無責任な事言っちゃって。」
マキナは微笑みながらハルの手を握った。その眼には涙は無く、以前の様な闘志が燃えていた。
ハルはその様子を見て、口の端を歪める。
「相変わらず可愛げの無い憎まれ口だ。そういう所が可愛いぞ、私の親友」
————————
ゴミ箱の裏を飛び出し、マキナは『呪いの人形』の前に立ち塞がる。
「見つけたぞ!機械鎧!積年の恨み、今晴らしてヤルゥ!!」
人形は、髪の毛に括り付けたハサミを「しゃきしゃき」と鳴らし、マキナを威嚇する。
「何の恨みか知らないけど、私、人形の知り合いはいないわ」
マキナは『バスター・ガングローブ』を構えて、フロッピーディスクを挿入する。
「変身!!」
マキナの叫びに呼応するように、左腕の拳銃が輝いた。
鋭い回転音と共に、彼女の前方の空間に、ホログラム数字が現れる。
『15%…』
電子音声が、その数字を読み上げる。
『33%…』
マキナの全身を、コンピュータの基盤のような模様が覆った。
『99%…』
更にその上を、鋼鉄の鎧が覆っていく。
『100%!Hello World!!』
最後のホログラム表示を蹴り飛ばすと、マキナはファイティングポーズを決める。
「さあ、トラブルシューティングの時間よ」
「ほざけ!お前のせいで、俺はあの子に会えなくなったんだぁ!」
先制攻撃。人形は無数のハサミを投げ飛ばした。
マキナは拳銃を構えると、ものの数秒の内に、全てのハサミを撃ち落とした。
「何ぃ!?」
人形が動揺する。
先程の動きとは全く違う。変身とは、ここまでの変化をもたらすのか…!
マキナは拳銃を指で回し、硝煙を散らすと、手甲形態を起動した。
「近寄るなぁ!」
人形はありったけの力で、その場にある投げられるものをがむしゃらに投げつけた。
しかし、機械鎧の視覚センサーはその全ての軌道を正確に予測し、最小限の動きで躱した。
あっさりと人形へ接近したマキナは、左拳で人形を殴りつけると、右手を伸ばしてその頭部をキャッチした。
「人形って軽いから、打撃が効かないのよね…なら、こうして引き千切ってあげるわ」
「や、やめろ!やめてくれええええ」
マキナが人形を左右に引っ張り、その縫い目から綿が溢れる直前、「ストーーップ!!」と大きな声が響いた。
マキナは思わず手を止めた。声した方向を向くと、ハルが立っていた。
「急にどうしたの?ハル」
ハルはマキナに近づき、人形の首元を指し示す。
「私、この人形の探し人、わかっちゃったかも」
ハルが指し示した先、人形の後頭部のタグには、『れい』と、子供の字で書かれていた。
————————
翌日、放課後の教室
「うん、そうだよ。ウチも持ってたの、その人形、引越しの時に失くしちゃったんだけどね」
帆高レイは、夕暮れの教室でそう言った。
——回想——
昨夜、ハルの導きで人形を連れ、神楽坂家に上がり込んだマキナは、彼女の中学の卒業アルバムを見た。
「ほら、ここ、レイの写真」
ハルが指で示したページには、帆高レイの写真があった。
しかし、写真に写る姿は、現在の明るく活発な姿とは似ても似つかず、所謂『オカルト少女』然とした、暗そうな少女だった。
マキナは目を疑った。名前の表示が無ければ、別人の写真だと思っていただろう。
人形は、その写真を見て声を上げた。
「あ…あああああ!あの子だ!『れい』だ!」
写真にかじりつき、頬擦りをする人形の目は、涙こそ流すことはないが、泣いているようにも見えた。
ハルはその姿を見て、得意げに喋り出した。
「黒髪ショートの女の子を追ってるって聞いて、ピンときたんだ。ほら、前髪で目を隠しているけど、この頃のレイ、黒髪ショートでしょ?」
「でも、どうして帆高さんだってわかったの?黒髪ショートなんて、どこにでもいるじゃない」
「ほとんど偶然だけど、あの時、私達がレイに呪いの人形の話を聞いた時、なんだかヤケに詳しかったじゃない?それで、含みがあるなーって、思ってたんだ」
マキナはその推理に「ほぅ」と感心する。
「なあ、もしかしてお前ら、『れい』の居場所を知っているのか!?」
人形が話に食いついた。
マキナが事のあらましを話し、帆高レイが、この事件に心を痛めている事も付け加えた。
人形はしばらく俯くと、「そうか」と頷き、マキナ達に向き直った。
「お前らに、頼みがある」
————————
「中二病って言うのかな?あの頃のウチ、そう言うの大好きでさ、何でもない、ただの可愛いお人形さんに、『呪いの人形』なんて名付けてたんだ」
レイは、懐かしむような顔で語った。
「だからさ、ウチを怨んで、復讐に来たのかなーって…馬鹿馬鹿しいけどねっ、でも、不安で…大好きな人形だったから、懐かしさも相まって、よく調べてたんだ」
マキナはそこまで聞くと、「ふう」と大げさな溜息をついた。
「馬鹿ね、人形に意思なんてある訳がないじゃない。ほら、これ」
そう言ってマキナがレイに投げてよこしたのは、薄汚れたぬいぐるみ人形だった。
「よく似てるけど、違う人形よ。よく見て、ピアノ線が括り付けてあるわ。誰かが操ってたのよ」
レイはその人形を確認すると、驚き半分にマキナを見た。
「ええ!?もう解決しちゃったの!?すごい!安東さん、ただの不良じゃないね!」
マキナは「不良じゃないっての」と腕を組みつつ、「やれやれ」と首を振った。
「まったく、迷惑なイタズラよね…って帆高さん!?」
帆高レイは、笑顔を浮かべながら、その頬に一筋の涙を流していた。本人も気づいていなかったようで、自分の顔に触れて驚いている。
「あれ?なんでウチ…あっちょっ安東さん!見ないで!」
レイは恥ずかしさと困惑から、咄嗟に顔を隠した。
「あれぇ?止まんないなぁ」
そうして笑いながら泣きじゃくる彼女を、マキナは静かに見守った。
きっと、安心したのだろう。自分の親友が、自分のせいで誰かを傷つけている訳では無い事がわかって。
「さっきの事、秘密だかんね!」
そう言って教室を去ったレイを、マキナとハルは、人形と共に見送った。
教室の窓から校門を見下ろすと、レイが男子生徒と仲睦まじく下校する姿が見えた。
「れいはな、イジメられてたんだよ」
ポツリと零すように、人形が喋り出す。
「だから俺がいつも側に居たんだ。可愛かったんだぜ。いっつも俺に抱きついてな」
ハルは人形を抱きかかえ、神妙に頷く。
「うん、レイも言ってた。小学校の頃は、人とまともに喋れなかったって」
「だよな」と、人形も頷く。
「でも、テレビで機械鎧を見てな、変わったんだよ」
突然出てきた名前に、マキナは困惑する。
「何でそこで、機械鎧なのよ」
「ヒトってのはな、訳のわからないきっかけで変わるものなんだよ。とにかく、れいは機械鎧に勇気をもらった。他人と触れ合う事が出来るようになったんだ」
人形は無表情な顔を曇らせ、話を続ける。
「だから俺は必要無くなった。そして捨てられた。そう思っていたよ…でも違った。ずっと、俺の事を忘れないでいてくれてたんだな…」
マキナはそこで、人形の発言を理解した。
そんな事で恨みを買っていたのか…ほとんど逆恨みじゃない…
「でも、これでよかったの?レイは、あなたの事を知らないままだよ?」
ハルは人形に問う。そもそもレイに嘘の真相を語ったのは、人形の提案だった。
「怖がるだけだろう。知らないなら、知らないままでいい。俺は、美しい思い出のまま、れいを見守りたい」
人形は、「それに…」と、楽しげに恋人と談笑するレイを見下ろす。
「俺はもう、必要無いだろう。この街を去るよ…だから、その、ありがとうな」
そう言って人形は、姿を消した。
————————
翌朝、通学路
「何だか、切ない話だったねえ」
ハルは遠い目で言った。マキナは「それどころじゃないわよ」と言い返す。
「一昨日、あの人形に聞いた話、覚えてる?少なくとも6年前には、あの人形が意思を持っていたって事なのよ?」
「まあ、そうなるよね」
ハルもまた、神妙な気持ちで頷いた。
一昨日の夜、神楽坂家で繰り広げられた会話の中で、マキナは人形に、どの様にして意思を持ったのか尋ねていた。
『そりゃあ、俺たちは形の無い生命体だ。こうして異世界にやって来て、意思の無い体を借りているのさ』
これが、その問いに対する答えだった。
幽霊とかの方が、まだマシだった…
「幽霊の、正体見たり、異世界人…かあ」
ハルが溜息をつく。
「言ってる場合?私達が知らないだけで、意外とそこら辺にうじゃうじゃしてるかもしれないのよ?異世界人が」
マキナは険しい顔をする。もしかしたら、その内の何人かは敵かもしれないのだ。
しかしハルは、「そんなに悪い事でも無いよ」と笑った。
「だって、友達になれそうじゃない?タロさん達とも、もう友達だし」
マキナは呆れつつも、ハルの笑顔に心が軽くなった気がした。
「お気楽なこと」
そう言って、いつもの通学路を歩き出す。
この日常が壊れる事があっても、親友がいれば、きっと安心だ。




