ボーン・ディス・ウェイ/魔法少女(27)
都内某所、深夜0時
繁華街から遠く離れ、まだ平日ということもあってか、人通りの無い小道に、女が1人。
「ふう…ようやく仕事も終わった…。あとはお風呂入って、メイク落として、ご飯食べて…もう寝る時間か…ああ、彼氏に会える週末まであと何日かしら…」
その女は疲れた顔で指折り数える。
彼女の言う『彼氏』とは、毎週土曜日放送の深夜アニメ『闘牛乱舞』のキャラクターの事だ。
闘牛を擬人化した美少年キャラクターが人気を博している。
すっかり誰もいないと油断し、そんな独り言をつぶやく彼女の背を、狙う影がある。
闇夜に紛れて人間を攫う悪党…そう、機怪人だ。
その機怪人は、電柱の影から街灯の光の下へ、溶け出るように顔を出した。
クワガタの大顎を右手に、掃除機のヘッドを左手に付けた醜悪な姿だ!
「俺の名前はスタックリーナー!君が彼氏に会うことはない!」
「ひいっ」と女が息を呑むのも待たず、その魔の手が彼女を襲う!
しかしその瞬間、二者の間のアスファルトを破り、分厚い植物の壁が出現した!
「スクトゥム・テラー!」
機怪人・スタックリーナーは「何い!?」と
右手を引っ込めた。
突然の事に腰を抜かした女を、何者かの腕が優しく抱きとめる。
「大丈夫かい?お嬢さん。まったく、貴方のような美人は、夜道を歩くのにも苦労しそうだね」
その男は、透き通るような金髪を靡かせ、爽やかな笑みを浮かべた。
歯の浮くようなキザな台詞だが、彼だけは許されるような、浮世離れした雰囲気を纏った少年だった。
「何者だ!?」
そう問いかけるスタックリーナーに、彼は堂々と答えた。
「いつの世も、恋人達の逢瀬を邪魔する権利なんて誰にも無い…そんな奴は、『竜』に喰われて死んでしまえってね」
植物の壁がほどけ散ると、彼の全身が街灯に照らされた。
白い肌、幼さを残した端正な顔立ちに、輝く金髪がよく目立つ。
麻布のシャツと革のブーツに身を包んだ身体は、痩身だが、鍛えられている事が分かった。
何より威容を放つその腰に下げた『聖剣』を引き抜き、彼は名乗りを上げる。
「僕は北の勇者・ウィルトゥース!古竜の名において、悪を征伐する!」
その少年・ウィルが聖剣を構えポーズを決めると、なんとも言えない静寂が流れた。
あれ?おかしいな。こう名乗りを上げたら、大体の敵は「勇者だとお!?」とか言いながら攻撃してくるもんだけど…
ウィルが困惑していると、最初に口火を切ったのは、スタックリーナーだった。
「お前それマジでやってんのか?」
「え?マジって…」
ウィルは困惑する。彼の経験上、こういう反応をされたのは初めてだった。
「勇者とか古竜だとか、オマケにそのコスプレは何だ?まったく、恥ずかしくないのかね最近の若者は」
呆れ返った風に言い放つ機怪人に、ウィルは大きなショックを受けた。
恥ずかしい奴なのか…僕…!!
ウィルはメンタルに大きなダメージを受けつつも、「いいや!ここでめげたら、もっと恥ずかしい奴になる!」と、かぶりを振った。
何より、自分の背後に守るべき無辜の民がいるという事実が、彼の心を奮い立たせていた。
彼は後ろをちらりと見ると、その場にへたり込んでいる女性に「お嬢さん」と声をかける。
その顔は恐怖というより驚愕といったところか…眼鏡はずり落ち、口を「あんぐり」と開けていた。
「驚くのも無理はないけど、さっさと家に帰ってカレシに慰めてもらうといい。ここからはちょっと、女性には厳しい絵面になるからね」
ウィルはそう言って笑顔を見せる。
女はその笑顔にしばし見惚れ、ようやく落ち着きを取り戻したのか、「で、でも貴方は…?」と、ウィルの事を心配するそぶりを見せた。
ウィルが彼女の心配に応える前に、スタックリーナーは攻撃を仕掛けようと左手を振り上げる!
「いい加減にしろ!見てるこっちが恥ずかしいんだよおおおお!」
しかしウィルはそちらを気にする様子もなく、彼を心配そうな目で見る女性にウィンクで返事をした。
「心配いらないよ。僕は強いから」
そう言うや否や、振り向きざまに一閃!
スタックリーナーの右手の大顎のみを、綺麗に切断した!
スタックリーナーは呻き声を上げながら後退りする。
ウィルは刀を構え直すと、「ふうっ」と短く息を吐いて、敵の右手を見る。
「さあ、武器は壊れたぞ?今降参するなら見逃してやる」
対するスタックリーナーは、右手の痛みを堪えつつも、未だに闘志は折れていない様子だった。
「ククッ…大顎を破壊したぐらいで、随分上機嫌じゃないか…!俺にはまだ左が残ってる!まだやれるぞ!」
そう言って、額に脂汗をかきながら左手の掃除機を構えるスタックリーナーに、ウィルは敬意を評した。
「見上げた根性だ…次は一刀の下に斬り伏せてやる…ッ」
しかし、ウィルがそう言って聖剣を振り上げた瞬間、突然、背後からピンク色の光が溢れ出した!
スタックリーナーとウィルは、突然の事に思わずそちらを見る。
光の源は、被害者だった眼鏡の女性の、ビジネスバッグの中からだった。そしてそのバッグの中から何かが出てこようとしてるのか、蓋の金具がガチャガチャと揺れている。
彼女は慌ててバッグの蓋を閉じようとしたが、既に遅く、蓋を跳ね除けて飛び出してきたのは、ピンク色に輝く、ハムスターによく似た小動物だった。
「よっしゃあ出番ポワー!」
奇怪!その小動物は人語を喋る!
「ちょっと!今はやめて!人前なのよ!」
眼鏡の女性は慌ててその小動物を捕まえようと手を伸ばすが、それは蝶のようにヒラリと舞うと、彼女のブラウスの隙間からその胸の中に入り込んだ。
その瞬間、彼女の動きは止まり、ピンクの光も収まったかに思えた。
ウィルとスタックリーナーは、茫然と一連の流れを見守る。
「ええ、何?どうしたの?」とウィルが彼女に近づこうとした瞬間、彼女は着ていたスーツを脱ぎ捨てた。
「ミラクル☆マジカル☆メーイクアーップ☆!!」
溌剌と叫ぶ彼女の、その眼鏡の奥の眼光にはピンクの光が宿り、瞬く間に衣装が構成されて行く。
ブラウスにはフリルがつき、タイトなスカートは可愛らしいミニスカートに。極め付けはピンクに変色した髪に、これまた可愛らしい赤い帽子が載っていた。
「魔法少女プリティ☆ハート!ただいま見参!」
彼女は片足を上げ、可愛らしくポーズを決める。
ウィルとスタックリーナーは、そんな彼女の様子を「ええ…」と困惑しながら見守っていた。
「イマジネイション☆ステッキ!」
彼女がそう叫ぶと、その手元には、先端にハートの意匠を施した、ピンク色のステッキが出現した。
「闇に呑まれた哀れな獣よ!光の下に帰りなさい!マジカル☆ハート☆バーニング!!」
彼女がそのステッキをウィルの肩越しにスタックリーナーに向けると、ステッキの先からピンクの光が飛び出し、一瞬のうちに彼を焼き尽くした!
ウィルはその光の後の、何も無くなった場所を見つめると、ゆっくりと彼女の方を振り返る。
魔法少女はひどく赤面し、目に涙を浮かべていた。
彼女はウィルの唖然とした顔を見ると、ついに何かが決壊したのか、短いスカートの裾を押さえ、めそめそとへたり込んだ。
「だから嫌だったのよぅ…私、今年で27なのよ?やだ、そんな目で見ないでよぅ…なんなのよも〜!」
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翌夕方、ダイニングバー
「…と言った次第でございます」と、話を締めくくったウィルは、隣に座る赤縁眼鏡の女性に、自己紹介を促した。
これと言った特徴のない、一見すると一般的な社会人女性といった面持ちの女性は、「田中ココロです…」と、恥ずかしそうに名乗った。
タロウとマキナは揃って腕組みをして、口を「ぽかん」と開けていた。




