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リトライ・ヒーローズ!  作者: ブロッコリー
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11/19

ロックンロール・スター/バッテリー

立ち上がるのもままならないまま、顔に張り付いた黒髪の隙間からジャガーを睨みつけるノエルに、ジャガーはもちろん、ヘイジですら魅入っていた。


ヘイジは思い出す。バンドに明け暮れた学生時代を。


どこで間違えた?デビュー前、ファンだったミュージシャンから麻薬を誘われた事からかも知れない。


結局、メンバーの誰かに裏切られ、ヘイジは、独りだけバンドから追放された。


ノエル達の邪魔をしたのは、仕事のためだけではない。彼らが眩しかったんだろう。なんて、惨めで、矮小な…


「おらっ」


突然、ヘイジの後頭部に衝撃が走り、彼の視界は暗転した。


倒れこむヘイジの手から、リアムだけを掠め取った腕の主は、タロウだった。彼は意識を取り戻した後、『骨角(こっかく)』により耳栓を形成し、どさくさに紛れて敵に近づいていた。


「ったく、音がでけえんだよ。耳栓つけてもガンガンきやがる」


タロウはリアムの頬を「ペシペシ」と叩きながら、ノエルを見守る。


「ほら、お兄ちゃん、頑張ってるぜ。リアムちゃんよ、応援の一つでもしてやりな」


———————


限界だ…!もう、腕の感覚すら…!


ノエルは、三曲目、80年代ヘヴィ・メタルの名曲の、その静かな冒頭を演奏しながらも、自身のバッテリーが尽きかけていることを自覚していた。


しかしそれ故に、研ぎ澄まされていく感覚。「勝ちたい」。曲が激しくなるにつれ、精神的にも肉体的にも追い込まれていくにつれ、明確な闘争心だけが剥き出しになっていく感覚に、彼はある種の心地良ささえ感じていた。


ジャガーはそんな彼を見て、更に興奮する。


ノエルは最早、本能で弾いている。余計なものを削ぎ落とした、純粋な技量の殴り合いが、堪らなく気持ちが良い。


そうだ!音楽自体に思想は無く、そこに在る音をぶつけ合い、高め合う事こそが、それを奏でる我らの使命!それこそがロックンロール!!


しかし、その楽しい時間も、終わりが近づいているらしい。


曲も終盤になるにつれて、徐々に、ノエルのパフォーマンスが落ちている。


ジャガーの心に浮かび上がるのは、賞賛のみならない。


もし彼に、後少しの体力でも残っていれば、コンディションがもっと良い日ならば、結果は変わったのではないか。


それは、人間の可能性に対する嫉妬だった。


ジャガーは、人間の創作力が欲しかった。


いつだって人間は、既存の曲を超えようと、予想を上回る新曲を打ち出してくる。


その瞬間が堪らなく好きで、堪らなく羨ましかった。


機怪人である自分には、足りないものがある。理解(わか)っていたから、彼は常に技量での勝負を挑んだ。


「ああ、今回も俺の勝ちだ」


そう確信した瞬間だった。ギターの音に割り込んできたのは、少女の叫び声だった。


「頑張って!!お兄ちゃん!!!」


爆音の中でもはっきりと通る、透明感のある声は、ノエルの耳に確と届いた。


ジャガーはノエルの音に、明らかな変化を感じ取った。


音を通して伝わる感情がある。一本の牙のようだったノエルの音に、暖かみが載った。


「リアムの為に」と、言葉は発せずとも、ジャガーにはそう聴こえた。


雑念が、消えた。


最後のワンフレーズ。これまで重なっていた2人の音が、そのフレーズのみ『ずれた』。


演奏が終わると、ノエルの荒い呼吸だけが倉庫に響いた。


ノエルのピックは激しい演奏に耐え切れず「パキッ」と小さな音を立てて粉々に砕け散り、彼はその場に倒れこんだ。


「お兄ちゃん!」


リアムが駆け出して、彼に寄り添う。


ジャガーはそんな2人を見下ろし、静かに口を開いた。


「最後のワンフレーズ…アドリブだな?」


リアムに助け起こされたノエルは、荒い呼吸を抑えながら、ジャガーを睨む。


「だったらどうした?てめえの正確な演奏からすれば、気に入らなかったか?」


ジャガーは「ふっ」と笑って、ノエルの手を掴んだ。


豆がいくつも膨れ上がった、ゴツゴツの長い指だ。


「アレは…素晴らしかった。お前の可能性に魅せられた。俺の負けだぜ…ロックンロール」


ジャガーはそう言って、ノエルの手を天高く掲げた。


タロウとマキナは戦闘態勢を解いて静かに拍手をし、リアムは「お兄ちゃん!」と涙を流しながらノエルに抱きついた。


「2対1か…最初から、勝ち目の無い闘いだったな…」


ジャガーは振り返ると、封筒を取り出し、伸びているヘイジの傍に置いた。


「前金は返すぜ。俺は今から、バンド結成の旅に出る…ロックンロールに、終わりはねえ」


そう言い残して、彼は夜の闇に消えた。


その背中を見届けたノエルは、座り込むとリアムに向き直った。


「なあ、リアムさっきはすまなかった。本音で話そう。まだ、デビューはしたくねえんだよな?」


真剣な表情で話す彼に、リアムは、まだ眼を充血させた顔で首を横に振った。


「ううん。お兄ちゃん、私ね、デビュー出来るんだったらいつでもしたいんだ。でもね、私がバンドやろうって言ったのは、元々、お兄ちゃんの為でもあるんだよ」


恥ずかしそうにそう笑うリアムに、ノエルは「へ?」と素っ頓狂な声を出した。そんなの、長い付き合いの中で、一度も言った事が無い言葉だ。


リアムは、「やっぱり、気づいてなかった」と、少し得意げになった。


「小さい頃、よくギターを弾いて遊んでくれてたでしょ。その時のお兄ちゃん、すごく楽しそうだったんだ」


彼女は、遠い昔の事を考える様に、「でもね」と遠い目をした。


「お母さんが死んで、バイト生活になってから、お兄ちゃんの目、どんどん曇っていったの。私は、ギター弾いてるお兄ちゃんの、キラキラした目が好きだったのに」


「そんな風に見えていたのか」と、ノエルは呆気にとられた。その頃は必死で、鏡を見る余裕なんて無かった。


「路上ライブ始めて、やっぱりお兄ちゃんはギター弾いてる時が一番カッコいいってわかった!だからさ…」


リアムは、ノエルの手を握って、涙目で笑顔をうかべると、「だから…」と続ける。


「デビューする時も、お兄ちゃんと一緒がいい!一緒じゃなきゃ、ダメ」


真っ直ぐにノエルを見据えるリアムの瞳に、彼は、彼女の成長を実感した。


いいや、ずっと前から守られていたのは、導かれていたのは、俺の方だったのかもしれない…


しかして、兄妹水入らずの時間は、マキナの声を合図に終わりを告げた。


「あのう…なんだか割り込みづらい空気のとこ申し訳ないんだけどさ、ライブまで、あと10分です」


兄妹は気まずそうに腕時計を指差すマキナを見ると、跳ね上がる様に立ち上がった。


「会場(ダイニングバー)まで何キロ!?」


「約10km!!」


「集合五分前だから…後5分!?」


「やばいよお兄ちゃん!!遅刻だあ!!」


タロウとマキナは、動揺する2人を微笑ましく眺めると、目を合わせて頷いた。


「じゃあ小娘、競争だな」


「あら、機械鎧(マシンガイ)のアクセル・モードは疾いわよ?」


マキナは変身すると、タロウと共に2人の間に入った。


「え!?嘘!?マキナちゃん!?マシンガイ!?本物!?」


更に動揺するリアムと対照的に、ノエルは「何?知ってんの?」と軽い調子だ。


「成る程な、2人が連れてってくれるなら、もう心配要らねえぜ。後でお礼は弾むよ」


そう言って倉庫を後にしようとした4人の背に、「待てよ」と声が響く。


振り向くと、倉庫の奥からヨタヨタと出てきたのはヘイジだった。


「何だよ、借金の事ならまだ…」


ノエルがそう言いかけたところで、ヘイジは彼に何かを投げてよこした。


反射的に掴んだそれを見てみると、ギターのピックだった。


何故、ヘイジがそれを持っているのか、ノエルには見当もつかなかったが、ヘイジは御構い無しに喋り出した。


「俺の昔使ってたやつだ。お前の、さっき壊れてたろ?使えよ」


ノエルは「はあ?」と首をかしげる。


ヘイジは少し照れた様に「いいから!」と声を大きくした。


「借金の事はチャラにはできねえが、少し上と掛け合ってみる。………妹、大事にしろよ」


ノエルが困った様に「あ…ありがとう」と言うと、ヘイジは「チッ…柄にもねえ…」と小さく舌打ちした。


「話は済んだかい?」


タロウはそう言うと、倉庫を出て『鬼人態』に変身し、脚の形をサラブレッドを思わせる様な、走りに適した形へと変形させた。


マキナもまた、「アクセルモード」と音声入力をすると、機械鎧(マシンガイ)の手足を変形させ、車輪を出現させると、全身をバイクの形に変形した。


タロウがその姿を見て「なにそれ…」と困惑する。


マキナは「うっさい!」と一喝し、傍のリアムに声をかけた。


「乗りな、リアム。乗り心地は保証するわよ」


リアムが楽しそうにバイクに跨るのを見ると、ノエルもタロウの背にしがみついた。


「行くか」


そう言うと4人は、夜の街を駆け出した。


————————


2週間後、ベーカリーカグラ


朝のラッシュを過ぎ、レジにぼんやりと立つのは、マキナとタロウ。


ハルは、「マキナ、少し元気になったね」と言うが、タロウにはさっぱりわからなかった。


そう思ってマキナの横顔を眺めていると、彼女は暇すぎるのか、カウンターに頬杖をついて、「そういえばさ」と、口を開いた。


「リアムちゃん、メジャーデビューしたんだって」


タロウもまた、ぼんやりと外の景色を眺めながら、何となしに「へえ」と呟く。結局、あの2人はその後どうなったんだろう。


ライブは素晴らしいものだった。2人とも疲れ切っているはずなのに、パフォーマンスの120%を発揮出来ていた。


タロウはその晩興奮して、なかなか寝付けないほどだった。


「売れてんの?」


「や、もうバカ売れ。当たり前よね、リアムちゃん可愛いし、歌上手いし」


「てか、連絡取ってんのな」


「食事した時にライン交換したのよ。で、デビュー早々話題になってるもんだから、今から昼のワイドショーに出るらしいわよ」


「マジか」


タロウは急いでテレビを点けた。


チャンネルは、ちょうどその番組だったらしい。


番組の見出しを見ると、『話題の超新星!新人兄妹バンド初生出演!』とある。


しかしマキナはリモコンを取り上げると、すぐにテレビの電源を切ってしまった。


「ああっ何すんだよ!」


タロウは憤慨した。


「仕事中でしょ。それに、いいのよ。録画してあるから」


そっぽを向いたまま、事もなさげに言い返すマキナの横顔は、何だか、笑っている様にも見えた。

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