ロックンロール・スター/バッテリー
立ち上がるのもままならないまま、顔に張り付いた黒髪の隙間からジャガーを睨みつけるノエルに、ジャガーはもちろん、ヘイジですら魅入っていた。
ヘイジは思い出す。バンドに明け暮れた学生時代を。
どこで間違えた?デビュー前、ファンだったミュージシャンから麻薬を誘われた事からかも知れない。
結局、メンバーの誰かに裏切られ、ヘイジは、独りだけバンドから追放された。
ノエル達の邪魔をしたのは、仕事のためだけではない。彼らが眩しかったんだろう。なんて、惨めで、矮小な…
「おらっ」
突然、ヘイジの後頭部に衝撃が走り、彼の視界は暗転した。
倒れこむヘイジの手から、リアムだけを掠め取った腕の主は、タロウだった。彼は意識を取り戻した後、『骨角』により耳栓を形成し、どさくさに紛れて敵に近づいていた。
「ったく、音がでけえんだよ。耳栓つけてもガンガンきやがる」
タロウはリアムの頬を「ペシペシ」と叩きながら、ノエルを見守る。
「ほら、お兄ちゃん、頑張ってるぜ。リアムちゃんよ、応援の一つでもしてやりな」
———————
限界だ…!もう、腕の感覚すら…!
ノエルは、三曲目、80年代ヘヴィ・メタルの名曲の、その静かな冒頭を演奏しながらも、自身のバッテリーが尽きかけていることを自覚していた。
しかしそれ故に、研ぎ澄まされていく感覚。「勝ちたい」。曲が激しくなるにつれ、精神的にも肉体的にも追い込まれていくにつれ、明確な闘争心だけが剥き出しになっていく感覚に、彼はある種の心地良ささえ感じていた。
ジャガーはそんな彼を見て、更に興奮する。
ノエルは最早、本能で弾いている。余計なものを削ぎ落とした、純粋な技量の殴り合いが、堪らなく気持ちが良い。
そうだ!音楽自体に思想は無く、そこに在る音をぶつけ合い、高め合う事こそが、それを奏でる我らの使命!それこそがロックンロール!!
しかし、その楽しい時間も、終わりが近づいているらしい。
曲も終盤になるにつれて、徐々に、ノエルのパフォーマンスが落ちている。
ジャガーの心に浮かび上がるのは、賞賛のみならない。
もし彼に、後少しの体力でも残っていれば、コンディションがもっと良い日ならば、結果は変わったのではないか。
それは、人間の可能性に対する嫉妬だった。
ジャガーは、人間の創作力が欲しかった。
いつだって人間は、既存の曲を超えようと、予想を上回る新曲を打ち出してくる。
その瞬間が堪らなく好きで、堪らなく羨ましかった。
機怪人である自分には、足りないものがある。理解っていたから、彼は常に技量での勝負を挑んだ。
「ああ、今回も俺の勝ちだ」
そう確信した瞬間だった。ギターの音に割り込んできたのは、少女の叫び声だった。
「頑張って!!お兄ちゃん!!!」
爆音の中でもはっきりと通る、透明感のある声は、ノエルの耳に確と届いた。
ジャガーはノエルの音に、明らかな変化を感じ取った。
音を通して伝わる感情がある。一本の牙のようだったノエルの音に、暖かみが載った。
「リアムの為に」と、言葉は発せずとも、ジャガーにはそう聴こえた。
雑念が、消えた。
最後のワンフレーズ。これまで重なっていた2人の音が、そのフレーズのみ『ずれた』。
演奏が終わると、ノエルの荒い呼吸だけが倉庫に響いた。
ノエルのピックは激しい演奏に耐え切れず「パキッ」と小さな音を立てて粉々に砕け散り、彼はその場に倒れこんだ。
「お兄ちゃん!」
リアムが駆け出して、彼に寄り添う。
ジャガーはそんな2人を見下ろし、静かに口を開いた。
「最後のワンフレーズ…アドリブだな?」
リアムに助け起こされたノエルは、荒い呼吸を抑えながら、ジャガーを睨む。
「だったらどうした?てめえの正確な演奏からすれば、気に入らなかったか?」
ジャガーは「ふっ」と笑って、ノエルの手を掴んだ。
豆がいくつも膨れ上がった、ゴツゴツの長い指だ。
「アレは…素晴らしかった。お前の可能性に魅せられた。俺の負けだぜ…ロックンロール」
ジャガーはそう言って、ノエルの手を天高く掲げた。
タロウとマキナは戦闘態勢を解いて静かに拍手をし、リアムは「お兄ちゃん!」と涙を流しながらノエルに抱きついた。
「2対1か…最初から、勝ち目の無い闘いだったな…」
ジャガーは振り返ると、封筒を取り出し、伸びているヘイジの傍に置いた。
「前金は返すぜ。俺は今から、バンド結成の旅に出る…ロックンロールに、終わりはねえ」
そう言い残して、彼は夜の闇に消えた。
その背中を見届けたノエルは、座り込むとリアムに向き直った。
「なあ、リアムさっきはすまなかった。本音で話そう。まだ、デビューはしたくねえんだよな?」
真剣な表情で話す彼に、リアムは、まだ眼を充血させた顔で首を横に振った。
「ううん。お兄ちゃん、私ね、デビュー出来るんだったらいつでもしたいんだ。でもね、私がバンドやろうって言ったのは、元々、お兄ちゃんの為でもあるんだよ」
恥ずかしそうにそう笑うリアムに、ノエルは「へ?」と素っ頓狂な声を出した。そんなの、長い付き合いの中で、一度も言った事が無い言葉だ。
リアムは、「やっぱり、気づいてなかった」と、少し得意げになった。
「小さい頃、よくギターを弾いて遊んでくれてたでしょ。その時のお兄ちゃん、すごく楽しそうだったんだ」
彼女は、遠い昔の事を考える様に、「でもね」と遠い目をした。
「お母さんが死んで、バイト生活になってから、お兄ちゃんの目、どんどん曇っていったの。私は、ギター弾いてるお兄ちゃんの、キラキラした目が好きだったのに」
「そんな風に見えていたのか」と、ノエルは呆気にとられた。その頃は必死で、鏡を見る余裕なんて無かった。
「路上ライブ始めて、やっぱりお兄ちゃんはギター弾いてる時が一番カッコいいってわかった!だからさ…」
リアムは、ノエルの手を握って、涙目で笑顔をうかべると、「だから…」と続ける。
「デビューする時も、お兄ちゃんと一緒がいい!一緒じゃなきゃ、ダメ」
真っ直ぐにノエルを見据えるリアムの瞳に、彼は、彼女の成長を実感した。
いいや、ずっと前から守られていたのは、導かれていたのは、俺の方だったのかもしれない…
しかして、兄妹水入らずの時間は、マキナの声を合図に終わりを告げた。
「あのう…なんだか割り込みづらい空気のとこ申し訳ないんだけどさ、ライブまで、あと10分です」
兄妹は気まずそうに腕時計を指差すマキナを見ると、跳ね上がる様に立ち上がった。
「会場まで何キロ!?」
「約10km!!」
「集合五分前だから…後5分!?」
「やばいよお兄ちゃん!!遅刻だあ!!」
タロウとマキナは、動揺する2人を微笑ましく眺めると、目を合わせて頷いた。
「じゃあ小娘、競争だな」
「あら、機械鎧のアクセル・モードは疾いわよ?」
マキナは変身すると、タロウと共に2人の間に入った。
「え!?嘘!?マキナちゃん!?マシンガイ!?本物!?」
更に動揺するリアムと対照的に、ノエルは「何?知ってんの?」と軽い調子だ。
「成る程な、2人が連れてってくれるなら、もう心配要らねえぜ。後でお礼は弾むよ」
そう言って倉庫を後にしようとした4人の背に、「待てよ」と声が響く。
振り向くと、倉庫の奥からヨタヨタと出てきたのはヘイジだった。
「何だよ、借金の事ならまだ…」
ノエルがそう言いかけたところで、ヘイジは彼に何かを投げてよこした。
反射的に掴んだそれを見てみると、ギターのピックだった。
何故、ヘイジがそれを持っているのか、ノエルには見当もつかなかったが、ヘイジは御構い無しに喋り出した。
「俺の昔使ってたやつだ。お前の、さっき壊れてたろ?使えよ」
ノエルは「はあ?」と首をかしげる。
ヘイジは少し照れた様に「いいから!」と声を大きくした。
「借金の事はチャラにはできねえが、少し上と掛け合ってみる。………妹、大事にしろよ」
ノエルが困った様に「あ…ありがとう」と言うと、ヘイジは「チッ…柄にもねえ…」と小さく舌打ちした。
「話は済んだかい?」
タロウはそう言うと、倉庫を出て『鬼人態』に変身し、脚の形をサラブレッドを思わせる様な、走りに適した形へと変形させた。
マキナもまた、「アクセルモード」と音声入力をすると、機械鎧の手足を変形させ、車輪を出現させると、全身をバイクの形に変形した。
タロウがその姿を見て「なにそれ…」と困惑する。
マキナは「うっさい!」と一喝し、傍のリアムに声をかけた。
「乗りな、リアム。乗り心地は保証するわよ」
リアムが楽しそうにバイクに跨るのを見ると、ノエルもタロウの背にしがみついた。
「行くか」
そう言うと4人は、夜の街を駆け出した。
————————
2週間後、ベーカリーカグラ
朝のラッシュを過ぎ、レジにぼんやりと立つのは、マキナとタロウ。
ハルは、「マキナ、少し元気になったね」と言うが、タロウにはさっぱりわからなかった。
そう思ってマキナの横顔を眺めていると、彼女は暇すぎるのか、カウンターに頬杖をついて、「そういえばさ」と、口を開いた。
「リアムちゃん、メジャーデビューしたんだって」
タロウもまた、ぼんやりと外の景色を眺めながら、何となしに「へえ」と呟く。結局、あの2人はその後どうなったんだろう。
ライブは素晴らしいものだった。2人とも疲れ切っているはずなのに、パフォーマンスの120%を発揮出来ていた。
タロウはその晩興奮して、なかなか寝付けないほどだった。
「売れてんの?」
「や、もうバカ売れ。当たり前よね、リアムちゃん可愛いし、歌上手いし」
「てか、連絡取ってんのな」
「食事した時にライン交換したのよ。で、デビュー早々話題になってるもんだから、今から昼のワイドショーに出るらしいわよ」
「マジか」
タロウは急いでテレビを点けた。
チャンネルは、ちょうどその番組だったらしい。
番組の見出しを見ると、『話題の超新星!新人兄妹バンド初生出演!』とある。
しかしマキナはリモコンを取り上げると、すぐにテレビの電源を切ってしまった。
「ああっ何すんだよ!」
タロウは憤慨した。
「仕事中でしょ。それに、いいのよ。録画してあるから」
そっぽを向いたまま、事もなさげに言い返すマキナの横顔は、何だか、笑っている様にも見えた。




