朝風呂と朝食
「ふう、極楽極楽。朝風呂もいいなあ」
「確かに、たまには悪くないな」
今、アルクはラカンと共に湯舟へと浸かっていた。朝練の後食堂へと戻ると、ヨルカはラカンが汗臭すぎて耐えられないと言い放ち、追い立てられるように浴場へと押し込まれたのだ。ゆったりと首まで湯につけていると、サウナ室のドアが開いた。
「いやあ、蘇ったあ。完全復活ッ‼ 二日酔いにはやっぱこいつだね」
朗らかな顔で出てきたのはギブソンだ。二日酔いらしく青ざめた顔で食堂を訪れ、アルク達が風呂へいくと聞くとフラフラとした足取りで「僕もいく」とついてきたのだ。ギブソンはそのまま軽やかな足取りで水風呂へと歩み寄り、ザブンとその汗まみれの体を沈める。
「くうぅ、キンキンに冷えてるねえ。整う~」
「汗ぐらい流せ」
それを見たラカンが眉を顰める。
「ああ、ごめんごめん。大衆浴場じゃないから、つい」
『ギブソン、脱水症状でのサウナは心筋梗塞などのリスクもある。ちゃんと水分も取るんだぞ』
「ああ、わかってるよハルさん。僕もアラフォーだから油断はできないからね。でもこんな酷い二日酔いになったのは久々だよ。ついヨルカ君につられてしまった。彼女、強いねえ。僕も結構強いほうだったんだけど」
「うわばみだからな、あいつは」
「うわばみ?」
『酒豪のことだよ、アルク。だが酒には生まれ持った適正がある。アルクが飲めるのは後三年程必要だが、彼女のような存在は例外だと知るといい。酒は時に人生を滅ぼす。ラカンのように飲まないというのも賢明な生き方だぞ』
確かにヨルカの飲みっぷりは凄まじかった。どんどん飲むペースを上げ、最終的にギブソンの二倍以上は飲んでいたのではないか。だが、ほんのり顔を赤らめる以外に変化は感じなかった。以前、自分がチェイスに酒を飲まされた時はあっさりと寝てしまったというのに。
「まあ、それは人それぞれかなあ。個人的には酒の魅力を知らないなんて、ちょっと人生損してるんじゃないかって思うけど」
「酒なんて、剣を振う楽しさに比べたら大したことねえよ。なあ、アルク?」
「えっ⁉ あ、うん、どうだろ」
騙されて飲んだことしかないアルクにはそれは解らない。それよりもラカンに名前で呼ばれたことの驚きの方が強い。さっきの稽古で大分打ち解けたのだろうか。
「はあ、ラカン君はとんだ堅物だねえ。っ! そうだ、酒もそうだけど、人生には別の花もあるねえ。そこんとこはどうなんだい、お二人さん。ラカン君にはヨルカ君、アルク君にはあの三人のお嬢さん。ちょっとおじさんに聞かせてほしいなあ」
わざとらしい下卑た笑みを浮かべるギブソン。
「別にあいつとはそんなんじゃねえよ」
しかし、ラカンは動じることなく淡々と言い返す。アルクもそのクールさに憧れ、同様に否定しようとするが、何故かどもってしまう。
「ぼっ、僕もまだそういうのはっ」
「ふーん、まだ、ねえ」
ニヤニヤとしながらギブソンはハタと思いついたような表情を浮かべる。
「そういえば、ここのお風呂ってさっきまでヨルカ君が入ってたんだねえ」
「ッ!」
その言葉にラカンがピクリと反応を示した。ギブソンはそれを見てニヤリと笑うと、次にアルクへとその視線を向ける。
「アルク君も毎日、この風呂に入ってるってことだよね。パナシェ君やライム君、カシス君が入ったお湯に」
「~っ⁉」
その言葉を受け、脳裏に浮かんだのは三人の顔と以前祖父より譲り受けた本の内容であった。今はまだヨルカやロゼのような肢体を持たぬ三人だが、いずれあの本のイラストのような体つきへと変わっていくのだろうか。それを想像してしまい、頭と下腹部がふいに熱くなる。
「おいっ、やめろ。アルクが困ってんだろ」
『そうだぞ、ギブソン。あまりアルクを刺激すると、私の性教育プランを再び見直さなければならなくなってしまうではないか』
「あはは、年を取るとつい若い子をからかいたくなっちゃうんだよ。アルク君みたいに素直な子だと特にね」
「ったく。おい、アルク。俺はもう出るけどお前はどうする」
ラカンは呆れたように溜息をつくと、アルクにそう問いかける。どうやら心配してもらっているらしい。ハルのよくわからない言葉も気になるし、ギブソンと二人きりだと更にからかわれそうだったので、その誘いに乗ることにした。
「うん、僕もラカンさんと一緒にでるよ」
「僕はここで、もう少しアルコールを流していくね」
ギブソンがそう言いながら再びサウナに入ったため、アルクはラカンと二人で脱衣所へと向かう。体を拭いていると、ラカンが声をかけてくる。
「おい、アルク」
「えっ、何? ラカンさん」
「そのさん付け、いらないぞ。今はパーティー組んでんだし、上も下もねえからな。年齢で上下決めんのって、俺は好きじゃねえんだ」
ラカンはアルクの言葉に犬歯をのぞかせながらニヤッと笑う。
「……いいの?」
「ああっ、そっちの方がやりやすい」
「じゃあ、そうするね。よろしく、ラカン」
「おうっ」
最初出会ったときは想像以上に気難しそうな印象であったが、自分と同じで単純に人見知りするタイプだったのかもしれない。もしも年上の兄がいたら、このような感じなのかとアルクは漠然と思った。
食堂へ戻ると、そこには起きてきたパナシェ達が加わり、女性陣皆で歓談していた。
「へえ、ヨルカ姉の一押しのブランドって、そういうのなんだ。だから、そんなに髪も肌も綺麗なのね」
「ふふっ、ありがとライムちゃん。冒険してると、そういったのは後回しになっちゃうんだけど、やっぱし美容には気を使いたいしね。女性冒険者向けに開発されたものもあるから、冒険での肌のダメージなんかもケアしてくれるものも今は多いのよ」
「参考になるにゃん。ちなみに背が伸びて、胸も成長するような美容品はないんですかにゃ?」
「そういうのはちょっと……。ごめんね、カシスちゃん」
「あはは」
「パナシェ、笑いごとじゃないにゃん。カシスだっていつまでもロリでいるつもりはないにゃんよ」
「いえ、大丈夫ですよカシス殿。私の兄が言っていました。小さくても、大きくても皆違って皆いいと。むしろ小さい方が燃えるとも」
「それ、慰めになってないにゃんッ⁉ カシスはお祖母ちゃんのようなグラマー美人にならないといけないにゃん。というかロゼのお兄さんとやらは何となくアブノーマルな匂いがするにゃんよ」
女性ながらの内容の会話でとても盛り上がっているようだ。ライムなどは既に姉のようにヨルカに接している。少し食堂に入りにくいとさえ感じる。
『ふむ、ガールズトークというやつだな。中々盛り上がっているじゃないか』
「どうでもいいさ。何やってる? 行くぞ」
ラカンは一切気にする様子はなく、ずかずかと足を踏み入れる。
「あら、お帰りなさい。ギブソンさんは?」
「あいつは酒を抜くって言って、まだ入ってる」
「そう、ならその間朝食でも取りなさいよ。私たちはもう食べちゃったけど、バトラーさんの作ったご飯は絶品よ。アデルハイドの一流ホテルも敵わないぐらいね」
「お褒めにあずかり光栄です、ヨルカ様」
バトラーが食後のコーヒーを運びながら、恭しく頭を下げる。ヨルカはバトラーに礼を言い、コーヒーカップから匂いを嗅ぐと、ゆっくりと口をつける。
「……はあ、素晴らしいわ。湯の温度、蒸らし時間、豆の挽き具合、どれも完璧ね。冒険の途上でこんな逸品が飲めるなんて」
陶然とした表情のヨルカ。
「ええ、まったく大したものです。宮廷料理人であっても、これほどの技量は持ち合わせていないでしょう。料理は外交においても大きな役割を果たします。バトラー殿の存在を知れば、各国が血眼になってスカウトしてくるのは間違いないでしょうね」
ロゼもバトラーの料理の技量をそう評価する。普段からバトラーの食事を食べ、最高級店には行ったことがないアルクには、それを比較することは出来ない。だが、一流冒険者のヨルカや、名家の生まれらしいロゼがそう言うならそういうことなのだろう。
「ふふ、伊達に料理スキルはカンストしていませんから」
『だな』
バトラーがアルクとハルにだけ聞こえるように言う。ハルもそれに対してそう頷く。
「ではアルク様、ラカン様。今朝食をお持ちしますので少々お待ちください。ラカン様は何か食べれないものとかはございますでしょうか?」
「食えるものなら問題ない」
「では、こちらでご用意させてもらいますね」
バトラーがそう言いながら引き下がり、再び朝食を持ってくる。それは焼き魚に煮付け、味噌汁といった和食の朝ご飯であった。先ほどはスクランブルエッグだったのを考慮し、和食へと切り替えてくれたのだろう。
「ラカンは和食とか大丈夫なの?」
「ああ、問題ねえよアルク。二年前にヨルカと和の国にも行ってるしな」
「へえっ⁉ ふーん」
ラカンの言葉にヨルカが一瞬目を大きく見開き、そしてニヤニヤと笑う。自分がラカンを呼び捨てにしたことが原因だろうとは思うが、それほど珍しいことなのだろうか。黙ってラカンと朝食を食べていると、ギブソンが遅れてやってきた。
「ふう、待たせたね」
「別に待ってねえよ。それより飯を食うなら早くしろ。準備が終わったらすぐ発つぞ」
「了解。あっ、バトラー君、僕もアルク君達とおなじメニューを頼めるかな」
ギブソンの言葉にバトラーは頷く。その後、アルク達はギブソンの朝食が終わるのを待ちながら、皆で会話を弾ませた。




