失われた王女
「私はアデルハイドではよく知られた武門の一族の生まれでした。そのおかげで幼き頃から現アデルハイド王であらせられるラグラス陛下やその妃であるミント様には目を掛けていただき、その長女のパッフル様のお守り役をさせていただいたのです。自慢ではないのですが、姫様のオムツだって換えさせてもらったこともあるのですよ」
ロゼは己の身の上を皆へと語っていく。その表情は昔を懐かしむように穏やかだ。
「ただの誇大妄想の愛国騎士様、というわけではなかったんだな」
「ラカン」
得心したとばかりのラカンの放言をヨルカが窘める。それに対して苦笑いを浮かべながら、ロゼは話を続ける。
「いいのです、ヨルカ殿。実際私の実家での扱いなどそのようなものですから。皆が悲しみを乗り越えて前を向く中で、自分勝手に放浪する愚か者。それが私なのです。実家からも勘当されましたがもっともなことです。今の私にできることと言ったら家名を傷つけぬために、その名を一切名乗らないということだけですから」
「……まあ、彼は頑固だからねえ。その分すっごく子煩悩なんだけど。それが裏目にでちゃったんだねえ」
ギブソンが俯くロゼをそうフォローする。ロゼはその言葉に曖昧な笑みを浮かべると、話を続ける。
「姫様も私にとても懐いてくださり、私のことを姉のように慕ってくれていました。尊敬できる主君や、姫君。何事もなく私も定められた道を歩み、騎士となり姫様と平穏な日々を過ごすものとばかり思っていました。そう、姫様の七つの誕生日までは」
ロゼは深刻な表情でそう吐き出す。アルクは以前にパナシェやライムから聞いた話を思い出した。確か一人の魔女がその誕生日に乗り込んできて。
「狂恋……」
アルクの呟きを聞いたのか、ロゼはギリッと歯をかみしめ、その眦を怒りで吊り上げる。
「そうです。その祝宴の最中、あの気狂いの女が現れ、全てを奪っていってしまった。陛下に討たれた際、道連れにしようとして失敗したあの女は最後の瞬間、その矛先を姫様へと向けたのです。その魔の手が姫様をとらえる瞬間、そのすぐ側には……私もいました」
両手の拳を強く握りしめ、ロゼは声を震わせる。
「あの魔女の最後の足掻き。その魔の手が姫様へと襲い掛かるのを目の前にしても、私の足は恐怖で竦んで動かなかった。ただ傍観するのみだったのです。もし、あのとき勇気があれば、この身を身代わりに呈すことが出来ていたなら……今も敬愛する主君たちの中に、無邪気に笑う姫様がいたかと思うと、私はっ、私という不忠者はっ……」
怨嗟のように自分に向けて悔恨の言葉を向けるロゼ。しばしの間、皆はそんなロゼを黙って見守る。しばらくして、ヨルカが労わるように、口を開いた。
「だからロゼさんはパッフル王女を探して旅をしているのね」
「ええ、今回は小銭稼ぎの詐欺師の戯言でしたが。姫様役もなにもわからない知力に問題のある村娘を用意していました」
「そうね。私たちも今まで何回か、パッフル王女に関する噂は聞いたことがあるわ。……もっとも、周囲の冒険者は皆ガセネタといって受けようともしなかったけれど。私たちも全然関心がなかったしね、ラカン」
ヨルカは苦笑しながらラカンへとそう話す。
「当たり前だ。時元魔法に巻き込まれたんだ。時空間に取り残されて分解された可能性が一番高いというのが、アデルハイドの宮廷魔術団の見解なんだろ。運よく、どこかに転移できたとしても、それが海上や高度な空だったらゲームオーバーだ。生存の可能性は絶望的だ」
ラカンのその言葉に、ロゼはサッと顔を蒼褪めさせる。周囲が慌てて取り繕うとロゼを慰める中、ギブソンが口を開く。
「……そうだね。ラカン君の言う通りだ。我々もそんなことは解っていた。だが、しかしだ。もし、自分の身近な最愛の存在がそのような目にあったら、希望が僅かとしてもそれに縋りたいと思うのも、また人の常だと僕は思う。君も今探しているんだろう。なら、解るはずだ」
「……テメエ、何で」
ギブソンのその言葉に、ラカンがキッと眦を吊り上げ、殺気の籠った視線を向ける。
「……僕は文屋だからね。色々知っているのさ。そんな怖い顔をしないでほしいなあ。おー、怖い怖い。まあ、確かにパッフル王女の捜索自体は夢物語の体となってはいるがね。ロマンチストな貴族や実業家が捜索クエストに大金を出し、金目当ての詐欺師達が王女と同年代の少女を用意し、これがパッフル王女でございと名乗り出る。そんなことがずっと続いてるからね」
「ひどいな……」
思わぬ事実に、アルクは絶句する。そんな稚拙な手段を取るものがいるとは、子供でしかない自分でも信じられない。ましてや、相手は王族とはいえ子供を失い、悲しみに暮れる家族だ。
「アルク君、世の中には人の悲しみに喜々として付け込む屑も相応にはいるのさ。王家もそれを踏まえたうえで、一縷の希望に縋るために会わないわけにはいかない。しかし、結果は無残なものだ。大抵の偽王女は、お約束のように皆記憶喪失や記憶が曖昧という設定を用意してくるんだ。笑ってしまうだろう。まあ、すぐにバレるのだけど。中には役者の子役を用意して周到に振る舞う者までいる始末だ」
記憶喪失。その言葉に、思わずパナシェを振り返ってしまう。同様にライムやカシスも同様にパナシェを見ていた。何故ならパナシェも記憶というものがない。
「どうしたんだい?」
「いや、アハハ。実は……」
パナシェが苦笑いをしながら、己の身の上を話す。行き倒れ、師匠に拾われる以前の記憶がなくなってしまったことや、それからメレンでポーターなどをしながら生活していたことを。それを聞いたギブソンとロゼは、まじまじとパナシェの顔を見つめる。
「へえ、パナシェ君は幼いころの記憶がないのか。年はアルク君達と同じであろうということは、パッフル王女とも同じ年齢だね。おやおや、これはひょっとすると、もしかするかもしれないぞ」
ギブソンはニヤニヤとしながら、顎に手を上げパナシェをもう一度まじまじと見る。明らかに茶化している様子に、冗談であることは解る。しかし、自らが王女であるかもしれないとふられたパナシェは、顔を真っ赤にしてブンブンと首と手を横に振る。
「イヤイヤ、ないですって。まさかオイラがそんなお姫様なんて。あっ‼ そうだっ、オイラってアルル様の加護持ちじゃないですか。それにこのわけのわからない怪力もありますし。パッフル王女はどうでした?」
「確かにそうですね。姫様はそのような加護を授かっておりません。それにパナシェ殿の怪力はアルル様の加護には該当しませんし、別の何かでしょう。……残念ながら、パナシェ殿が姫様ということはなさそうですね」
「まあねえ。それに本当に記憶喪失の少女っていうのも、今までわんさか王宮に連れてこられてるからね。年齢が同じだけっていうだけで、髪の色すら違う少女まで来る始末さ。その点、パナシェ君は特徴はぴったり合致しているだけに残念だねえ」
ロゼは小さく溜息をついた後、パナシェへと微笑む。心なしか、本当に少しばかり残念そうに思っているように見えた。
「はあ、びっくりしちゃったよ、もう。でも、オイラ達もこれからも冒険を続けていきますから、パッフル王女の情報がなにかわかったらお伝えします。ねえ、アルク」
「うん、そういうクエストがあったら、とにかく受けてみようとおもいます」
『私としても、先王とは言葉を交わしたこともある。協力は惜しまない』
失われた王女を探すクエスト。大抵の冒険者は眉唾物として受けないし、事実そうなのだろうが、今こうして共に旅をしているロゼという少女と関わってしまった以上は積極的に受けてみるべきだろう。たとえ、それが徒労に終わったとしても。
「私たちも協力するわ。ねえ、ラカン」
「まあ、ついでならな」
ヨルカの言葉に、ラカンもしょうがないとばかりに頷く。
「皆様、かたじけない」
ロゼは感極まったのか、腕で目元を拭うと、両手を膝に乗せ深々と頭を下げる。ギブソンはロゼの肩をポンと優しく叩くと、アルク達へと向き直る。
「さあ、この話はここまでにしようじゃないか。まあ、まだ夜は長いしね、楽しもうよ。アルク君たちはこの後アデルハイドだろ。ならお勧めの料理を出す店や、観光スポットなんかも教えてあげるよ」
「えっ、いいんですか」
「うん、僕は観光記事なんかも書いてるからね。よければ本屋で探してみてよ。じゃあ、まず行くべきはアデルハイド城だね、やっぱり。先々代の王が改築した城は僕が見た中じゃ一番美観を誇っているといっていいね。庭園も素晴らしいし、時期によっては一般にも開放されるからぜひ行ってみるといい。それに……」
そこから先は再びギブソンのアデルハイドについての話を聞きながら、思い思いに飲み食いして夜を過ごした。そしてそれはヨルカと競うように酒を酌み交わしたギブソンの、呂律が回らなくなるまで続けられた。




