歓談
アルクは手にした串肉を頬張る。
「ッ‼」
噛みしめたその瞬間に、程よい脂の甘美な肉汁があふれ出す。塩胡椒のシンプルな味わいが肉の旨味を際立たせていた。
「アルク、こっちのソースもいけるわよ」
「カシスはこっちが好みにゃん」
ライムとカシスが、バトラーの作ってくれたバーベキューソースを肉にかけて頬張っている。アルクもボウルからスプーンでソースをよそい、皿の上の串へとかけ食べてみる。
「これも美味しいね」
すりおろしたパイナップルやリンゴの入ったソースは、程よい甘みと酸味がありボリューミーな肉もスッキリと食べることが出来そうだ。
「うんっ、美味しい。アルク、こうやって大人数で食事するとデーヴァ山でのことを思い出すね」
隣のパナシェも肉を頬張りながら笑顔を向けてくる。その言葉にアルクはまだ冒険者としてスタートしたばかりの自分を、温かく迎えてくれた老人たちのこと思い出す。元気にやっているのだろうか。
「デーヴァ山というと、ムーンセレッソの群生地だね。僕も行ったことがあるけど、山頂での夜の光景はまさに絶景だったね」
ギブソンがアルク達の話に乗ってくる。
「へえ、そんなに綺麗なのパナシェちゃん?」
「はいっ、それはもう。言葉ではうまく伝えられないですけど……」
それでもパナシェは言葉を振り絞って、月のマナを宿したムーンセレッソが一面に淡く輝き宙へと舞い上がる様や、その時の感動をヨルカたちに話す。皆はそんなパナシェの話を、やさしい眼差しを向けながら、耳を傾けてくれていた。アルクも目を閉じると、いまだにあの光景が鮮明に浮かび上がってくる。だが、それと同時にその想い出が懐かしいと感じられるほどに過去になっていることにも気付き、驚く。自分たちはあれからも旅を続け、気付くと目的の地であるアデルハイドは目の前なのだ。
「……それで皆で山頂でムーンセレッソを眺めたり、美味しい料理を食べて酒盛りしたり、とっても楽しかったんです」
「素晴らしい冒険をパナシェ殿はされたんですね」
「そうねえ、素敵ね。私たちも機会があったら行ってみたいわね、ラカン」
「俺は強い魔物が出る場所の方がいい」
「もうっ、あなたって本当にそればっかなんだから」
パナシェの話を聞き終えたヨルカがラカンにそう話すが、ラカンは肉を頬張りながら素っ気なくそう返す。そんなラカンにヨルカは溜息をつきながら、グラスの中の酒をグイッと飲みほした。気付くとギブソンとヨルカの周囲には空になった瓶が数本置かれている。
「あたしたちも機会があったら行きたいわね。ねえ、カシス」
「そうにゃんねえ。まあ、流石に今から引き返すのはなしだけど、いずれは皆で行ってみたいにゃんね」
「あっ、でもムーンセレッソなら持ってるよ。ねえ、アルク、ハルさん」
『確かに。取っておいてよかったな、アルク』
「うん」
アイテムボックスからムーンセレッソを一輪取り出す。薄桃色の花弁はさっそく夜の月のマナに反応し淡く光り輝き、それが空に向かって小さな粒子となり舞い上がる。
「わあ、綺麗」
ヨルカがそれを見て歓声を上げる。ライムやカシスも目を輝かせてムーンセレッソをのぞき込んでくる。そんな皆にギブソンが微笑みながら語り掛ける。
「これを群生地でみると本当に絶景なんだ。まあ、それゆえ乱獲が進んで、険しい立地でしか今は見れくなってしまっているがね。本当に機会があれば行ってみるといい。損はしないよ」
「ギブソンさんは仕事柄、やっぱり色々な場所に行ってるんですか」
ギブソンはアドベンチャー・イラストレイテッドという冒険に関する著作物を刊行する会社の記者らしい。ならば、相当色々な場所に行ってるに違いない。それに、なにより事情通だ。
「うん、普段から世界各国を渡り歩いているからね。自慢じゃないけどこの世界【ファンタジア】に存在する場所、国家にはほぼ足を運んだね」
「凄っ‼ でも【ファンタジア】って?」
想像の遥か上をいくギブソンの返答。おもわず脳裏に世界地図が朧げにだが浮かんでくる。それと同時に聞きなれない単語に首を傾げてしまう。
『そのままこの世界の呼称のことだ。今はあまり周知されていないが、昔の人は皆世界のことを【ファンタジア】と呼んだ』
「流石だね、ハルさん。魔剣だけあってかなりの時を過ごしてきたんだろうね。そう、かつて神人と呼ばれた神話時代の人々が定めた世界の名前だよ。今もアデルハイドにはかの大賢者と呼ばれる御仁が、先々代のアデルハイド王に請われて宮廷魔術師長についているからね。大賢者ナギサ、剣の国の剣神トウヤ、それに死の魔女マリー、この三人が現存する神人とされているね」
「へえ、知らなかった」
ハルは教育には熱心だが、あまりこの辺のことは話したがらない。アルクも、昔は知りたいと思ったが、今は自分の冒険だけを見つめるとあの森で決めたので、知る必要がない限りは特別積極的に知ろうとは思わないが。
だが、ギブソンの話でふとあの時の夢に現れたな人たちのことを思い出す。あの時現れた少女の名前も創生の女神と一緒であるナユタだった。好奇心がとめどなく沸き上がってくるが、かつての決意を無駄にしてはいけない。アルクはギブソンに別の知りたいことを質問をすることにした。
「ギブソンさんが訪れた凄い場所のこととか聞いてみたいです」
「おおっ、それを聞いちゃうかい。僕は一度話し出すと止まらないよお」
ギブソンはその言葉に目を輝かせる。アルクは一度皆を振り返ると、皆は目を輝かせて頷き、それに答えてくれた。
「オイラも知りたいです。いずれ訪れるかもしれない場所だし」
「アタシも興味あるなあ」
「知的好奇心が刺激されるにゃん」
ギブソンはラカンとヨルカ、そしてロゼを見る。
「好きにしろ」
「もうっ、ラカンったら。私は興味あるし、聞かせてもらいたいな」
「私も構いません。昔からギブソン殿のそういった話を姫様と聞くのが大好きでしたし。父上は嫌がっていましたが」
ラカンとヨルカは相変わらずのようだ。ロゼも苦笑しながら頷くが、今の話だとロゼとギブソンはアデルハイドの王女と面識があったのだろうかと、ふと気になった。ギブソンはロゼの言葉に少しばかり悲しそうに笑うと、またにへらと軽薄な様子へと切り替える。
「じゃあ、語っちゃおうかな。でも、その前にそこの燻製にしてるチーズやベーコンがたぶんいい感じになってると思うんだ。肉も酒もまだまだあるし、食べながら飲みながら話そうよ。ヨルカ君、そろそろウイスキーなんかもどうだい。アデルハイド王家御用達の逸品なんだ」
「是非」
ギブソンの言葉にヨルカが笑顔で頷く。パナシェが少しばかり離しておいていた燻製器からチーズとベーコンを取り出し、皆へと配っていく。
「うん、それじゃあ僕がいままでしてきた中で、最高の冒険を語っていくよ。まずはアデルハイドのもっとも美しいとされるダンジョンの――」
ギブソンの話はいずれも興奮を呼び起こすほどの素晴らしいものだった。話の内容もさることながら、ギブソンの話術も素晴らしく、時折挟まれる蘊蓄も唸らされるほど巧みであった。
「……でも、やっぱ空島は別格だね。その美しさもさることながら、かつて天使たちが栄華を誇った建造物は素晴らしく美観でね。それに、そういった存在がいなくなってしまった寂寥感もたまらない感じなんだ。魔物の強さは、そこら辺をウロウロしている奴が、騎士団一つを一体で滅ぼせるぐらいの死霊騎士だから、そうそう最奥には進めないんだけどね。討伐ランクはA以上でSまでいる始末さ。でも天空人の王座もやはり素晴らしいものだったよ」
「へえ……そんなに」
燻製チーズを齧りながら、アルクは生唾を飲み込む。想像以上の冒険譚に思わず我を忘れてしまう。さらに齧っていたチーズはの薫香はいい感じで、そのくどさを無くす素晴らしい仕上がりであった。
「でも空島っていうと、到達者かつ生還したパーティーは確認できて五組だったような……」
ヨルカがグラスのハイボールを飲み干すと、そう呟く。
「そうだな。最近ではあのグレイの【守護の盾】、その前はアデルハイド王の【光輝の剣】、さらにさかのぼって【漆黒の刃】だな。到達パーティーは【漆黒の刃】以外はSランクだな」
「あっ」
ラカンの言葉にギブソンはあんぐりと口を開ける。ジト目を向けるラカンに少しばかりたじろいだギブソンは、両手を合わせると頭を下げる。
「すまない。今のは又聞きなんだ。【光輝の剣】のメンバーに知人がいてね。つい見てきたように語っちゃったよ」
「そうなんですか」
そう聞いてしまうと少しばかりテンションが下がる。それでもそんな困難な場所があると聞くと、無性に胸に疼くものを感じるのも確かだ。
「まあ、僕が語るのはこんなところかな。そうだっ、ラカン君たちはどんな冒険をしたんだい。記者として是非インタビューしたいんだけど」
「面倒くさい」
「こらっ。はあ、仕方ない。私でよければ話しますけど。まあ、こいつの冒険の基準は一つですけどね」
「是非っ」
にべもないラカンを窘め、ヨルカがその冒険を語る。確かにその内容は何級の魔物を討伐したというものばかりだったが、それはそれで面白かった。
「こんなところですね」
「なるほどねえ、その若さで大したものだ。いやはや将来有望だ」
ギブソンも感心した様子で頷く。
そこで少しばかり会話が途切れてしまった。ちょっとばかし他愛もない会話を交わした後、パナシェが思いついたようにロゼに話しかけた。
「あっ、そういえば。ロゼさん」
「なんでしょうか、パナシェ殿」
「ロゼさんはアデルハイドの王女様を探しているんですよね。オイラ達もこれから冒険していくし、何か手伝えるんじゃないかなあって思って。もし、よければでいいんですけど話が聞けないかなって」
「それは……」
ロゼは思いつめた表情を浮かべると、ギブソンに視線を投げかける。ギブソンも珍しく真剣な表情で受け止めると、少しばかり時間をおいて小さく頷く。ロゼは覚悟を決めた様子で、皆に視線を配った後、口を開いた。
「そうですね。私も少しでも情報が欲しい。皆様はとても素晴らしい冒険者ですから恥を忍んで、身の上をちょっとばかし語ってもよろしいでしょうか」
ロゼの言葉に、皆頷く。それを見たロゼはホッとした表情を浮かべると、己の身の上のことについて話し始めた。




