ハーレムを狙え
あの日の一件以降、ビスキーやそれとつるむ冒険者達が捕らえられ、その悪行が晒され、ゼリカの街に激震が走った。クエストの粉飾をという冒険者のタブーを犯したゼリカの冒険者の名声は地に堕ち、その雰囲気から名士として持て囃していたビスキーが唯の詐欺師とわかった人々は、一転してビスキーを大罪人と非難している。
それに反して、それを暴いたラカンとヨルカの名声は嫌が応にも高まり、アデルハイドの冒険者は凄い、それに対してウチの冒険者はと皆が口を揃えていた。ちなみにアルク達やギブソン達は目立ちたくないという理由で、今回の功績を全てラカン達に譲っていた。ラカンは心底嫌そうな顔をしていたが、事情を察してくれたヨルカが快く引き受けてくれた。
ビスキーを裏から指示していた組織についてはあまり分っていない。数少ない証拠から足跡を辿ろうとするも、そのラインは完全の途絶えてしまっていた。ギブソンから言わせると、敵の組織の練度も中々のものだという。追跡したいところだが、今回のスキャンダルでゼリカのギルドも混乱しており、すぐにはと言う訳にはいかないようだ。アルクもオーバーブレイクによる不調を回復させるために、暫しの休息を取っていた。
「はあ、でもやっぱ凄かったなあ、ラカンさん」
暗闇の空間の中、アルクはあのときの戦いを思い出し、嘆息する。剛よく柔を断たんとばかりに振るわれたラカンの漆黒の豪剣。それはあまりにも鮮やかにアルクの目に焼き付いていた。
「ま、確かに大したもんだったな。俺とやってもいい勝負になると思うぜ、あの小僧」
寝そべりながら煎餅をボリボリと齧りながら、ラッドがそう賛同する。
「そうだね。もしかしたらお祖父ちゃんより強いかも」
未だアルクの力量では、ラッドとラカン、この二人の戦士の頂は測れない。しかし、もっぱら自分との訓練しかしていないラッドと、先日大立ち回りをしたラカンでは、アルクの中ではラカンに軍配が上がってしまうのは仕方のないことだった。
「ばっ、馬鹿言えっ。俺様だってアデルハイドに彗星のごとく現れた天才剣士って評判だったんだぞぅ。フェアリーのように舞い、ドラゴンのように屠るってな。あんなブンブン丸小僧に遅れは取らんわいっ」
アルクの発言を聞き、ラッドは必死に自身の優位性を説く。その必死さにアルクは思わずケラケラと笑ってしまうが、そんなアルクを恨めしそうに見た後、ラッドはハッと思い出したかのような表情を浮かべた。
「どうしたの?」
「いや、ここにきて最も重大なことを思い出してな」
「?」
残った煎餅を強引に頬張り、ラッドは立ち上がるとアルクの肩に手を乗せる。その気迫に思わずアルクは唾を呑んだ。
「アルクよ、お前に一つ問いたい」
「え、何?」
「お前、ハーレムルートに進む気なのか?」
「ふえっ?」
一体何を言い出すのだろう。祖父の真意を見極めようと、その顔をまじまじと見つめるが、そこには未だかつて見たこともないような真剣さを湛えた表情があった。
「よく聞け、アルクよ。俺はかつて富、名声、美女を求めてユーリカ村を旅立った。当初の予定では酒池肉林は当然の筈だった。しかし、叶えられなかった。何故だと思う?」
「え、えーと、何でかな」
「それはお前のよく知る女が最大の障壁だったからだッ!」
「え、それってお祖母ちゃん?」
ラッドはそれに対し、勢いよくブンブンと首を縦に振る。
「あいつは嫉妬深くてな、俺が女を口説くたびにすぐ腕力でねじ伏せてきたんだ。最初は俺も諦めなかったが、いつしかその痛みは俺の魂まで屈服させていた。そん時、俺は悟ったんだ。幼馴染の暴力系ツンデレヒロインというスーパー理不尽な存在と出会っちまった俺にはハーレムは無理だと。この夢は後世に託すべきだと。なんだかんだいって今のお前は結構いいポジションだと思うぜ。ほぼ対等な三人の高レベルな可愛い子ちゃんと一緒なんだからな。それに今回会ったラムちゃんも有望株だぜ。アルクッ、ハーレムを目指せ」
「なんでっ」
「夢だからさ。男の子ならハーレムだろっ!」
一瞬理不尽に感じたアルクだったが、ラッドの迫真に迫った言葉に何も言い返せなくなる。そして、自身がラッドのいうハーレムというものを今いる仲間と形成することを一瞬真剣に考えた。パナシェやライム、カシスが風呂上りの上気したは肌にバスローブを纏わせ、アルクと無邪気に戯れる。一緒にオセロをしたり、トランプをしたり、とりとめなく雑談したり……。既にハーレムを自分はしているのではないだろうか。その思考を読み取ったのか、ラッドがけたたましく叫び遮った。
「ちがー―――うっ。今、お前が考えていることは断固として違うのだっ。アルク、コテージの書斎の一番奥の右の本棚、その奥に俺が隠した秘蔵の逸品がある。それをお前に託す」
「……なにがあるの?」
「大人の階段を上るためのキーさ」
ラッドはただフッとニヒルに笑う。そうしている内に、周囲の情景が少しばかりぼやけてきているのを感じた。どうやら覚醒しかけているらしい。
「今日はここまでだなあ」
「そうだね……」
本当は先日成功させた技などについてラッドに見てもらいたかったのだが、とんだ無駄話で終わってしまった。悔しい想いを胸に、祖父に見送られながら現実へと帰る、その最中にラッドはアルクに穏やかに語りかける。
「アルクッ、ハーレムを狙え」
「……」
「お前なら出来るっ! ハーレムを、狙えっ」
どうしようもないエールを聞きながら、アルクの意識は現実へと引き戻されていった。
目覚めると、そこはゼリカの宿であった。そこそこの品質のリネンをどかし、体を起こす。先日の戦いの疲労も大分癒え、今は少しばかりの倦怠感を覚えるのみであった。
『アルク、おはよう。といっても、もう夕方だがな。よく眠れたか』
「うん、おかげさまでね」
リハビリとばかりに少しばかり剣を振った後、疲労から仮眠を取ったのだ。アルクはボーッとする意識を少しばかり引き締めると、ハルに何気なく尋ねることにした。
「ねえ、ハル」
『どうした、アルク』
「……ハーレムって、何なの」
『ッ⁉』
その発言に、ハルが気を引き締めるのが感じられた。少しばかり空気が緊迫する。
『奴か』
「え?」
『……ラッドに何か言われたのだろう?』
「う、うん」
ハルはその返事を聞き、少しばかり唸る。そして意を決したかの様にアルクへと語り掛けてきた。
『アルクよ』
「うん」
『今回の話についてだが、もし奴が今後も同様の話題を繰り出してきた場合は……その一切を無視しろ。スルーだ』
「えっ⁉ いいの?」
『ああ、君の剣技の成長は嬉しく思っていたが、それとこれとは話が別だ。ラッドはそういった点ではとてもふしだらだったしな』
「……そうなんだ」
『他には何か言っていなかったか』
ハルの言葉にアルクは、意味深に授けられた秘蔵とやらを思い出す。
「そういえば書斎に秘蔵があるって。大人の階段を上る逸品とか」
『ぬうぅ、あれか。そういえば処分していなかったなあ。後でバトラーに処理してもらうか』
「えっ、ちょっと待って。それって何なの」
『君が今知る必要はない』
ハルのにべもなくアルクの言葉を一蹴する。アルクもその強い語気に「そうかあ」とただ答えるだけだった。しかし、ラッドの囁いた大人への階段をいう言葉が次第に大きくなり始め、アルクはベッドから降り立った。
『アルク、どこへ行くんだ?』
「うん、ちょっと書斎に」
『何を調べに……って、まさか』
「ちょっとだけだから」
好奇心に突き動かされ、アルクはコテージに入り、書斎へと突き進む。
『アルク、思いとどまれっ。君にはまだ早い』
「でも、大人になれるんでしょ」
一体それはどういうことなのか。アルクはその意味を知りたい一心で、ハルの制止を振り切って、書斎へと入る。祖父の告げた通りの場所に行き、本を取り出し、その奥を探る。
「ここかあ」
『ぐぬぬ、ここまでか。はあ、仕方ない。アルクもそんな年ごろかあ』
ハルは諦めたのか、深く溜息をついた。それを横目に奥を探ったアルクは、そこで数冊の本を探り当てた。それを取り出し、表紙をみたアルク。その総身に電流が走った。
「これって……」
『……』
アルクはその日無事に大人の階段を上った。そしてその日から数日、アルクは皆の顔を真面に見ることが出来なかった。




