家探し
ゼリカの郊外、高級住宅街の一角。その邸宅のうちの一つにビスキーはいた。ここはビスキーが密に購入したものであった。なんらかの悪事を働く際は、万が一を考えてここに籠ることになっていた。バスローブを着こみ、高級ソファーに腰かけ、ゆったりとグラスをくゆらせる。先ほどまではこの邸宅にこの街一番の娼婦がいたのだが、事を終え自らの情動を吐き出した後はすぐにたたき出した。流石に結果を待つのに娼婦と二人は格好がつかないと考えたからだ。
今頃はもう片付いたころだろう。相手は子供ばかりの冒険者だ。速やかに終えるために過剰ともいえる戦力を用意した。ラカン達が外へ出ていても、あの女騎士や記者が側にいるのを確認している。C級とはいっても手間取れば、騒ぎは広くなりラカン達に嗅ぎ付けられる可能性もある。差し向けたのは自分が知る中でも、もっとも腕が立ち、もっとも単純で従順な連中だ。そろそろ報告に来る頃合いであろう。
「しかし、つくづく冒険者というのは馬鹿な連中だな。おだてあげて、名声をちらつかせればすぐに転がる」
ビスキーは葉巻を咥え、そして煙を嘲笑とともに吐き出す。もとより、自分はそのためにこの街に派遣されてきたのだ。ビスキーは以前は業界でそれなりに名の知れた詐欺師だった。さも名のある人物であるかのように大物ぶるのが自然に見える容貌と、相手のコンプレックスや功名心を見抜き、巧みに煽る弁舌に優れていた。王都で貴族と暗い関わりのある大商を嵌め、苛烈な追及の後捕まったが、そこでその才能を買われ今の雇い主と出会ったのだ。断れば処刑が待っていたため、考えることもなくその誘いに飛び乗った。故に冒険者には微塵も敬意などは抱いてはいない。
雇い主から与えられた密命はアデルハイドとの国境のこの街で、ギルドに潜り込み有力冒険者たちを篭絡し、雇い主の組織の暗躍を極力邪魔しないようにすることだった。ビスキーはそれほど信頼されていないのか、雇い主のいる組織の正体についてはまったく知らされていないが、与えられた報酬が莫大なため文句はなかった。
「だが、それも潮時か……」
あまり全体像を知らされていないビスキーでも、自分が使えている組織が暴走しかけているのではないかという疑問を最近は抱かざるを得なかった。上に咎められぬように調べたところではかなり無軌道な略奪を繰り返している。アデルハイドに多量の麻薬や人身売買を仕掛けているので、あちらも対応してくるのは時間の問題だろう。時の人となっている【黒】のラカンも、そのために差し向けられているのではとビスキーは疑っていた。
思案に暮れているとき、唐突にドアがけたたましく叩かれる。その不穏さに重い腰を持ち上げてドアへとビスキーは歩み寄る。
「誰だっ!」
「俺だっ、ビスキーさんっ、仕事は失敗だ。アイツがっ、ラカンがっ」
声はよく知る冒険者のものだった。ドアを開けると、転がり込む様に中へと入ってくる。その顔は焦燥しており、恐怖でその総身を震わせている。よほどの目にあったのだろう。その惨状をみてビスキーは、冒険者共が仕事に失敗したことを悟る。
「聞いてねえよ、ビスキーさん。ラカンは来ねえって言ったじゃねえか。なんだよ、アイツ。あれがB級って嘘だろっ」
「落ち着け、まだ保険は用意してある。それよりも災難だったな。少しばかり休むといい」
「……ああ。すみません」
穏やかに告げるその声に、疲弊した冒険者はよろよろと部屋の奥へと進んでいく。ビスキーは短剣を手に、冒険者の背後に忍び寄り、その背中に短剣を振り下ろした。
「があっ、なんで……」
「お前さんが無能過ぎってだけだよ」
ビスキーは冷淡にそう告げる。息絶えた冒険者を尻目に、これからどうやり過ごすか思案していると再びドアが叩かれる音がした。最大限の警戒を払い、ドアへと歩み寄るビスキー。
「誰だ?」
そこに返ってきたのは、もっとも信頼できる依頼者の声であった。その生来の用心深さからビスキーが自腹を払って雇った伝説的な暗殺者。そのくぐもった声は間違いなく当人のものである。
「私だ。依頼は達成した。ついでにラカンとやらも始末しておいたぞ1
「おおっ、流石だなっ!」
喜悦を浮かべながら、ビスキーはドアを開ける。そして、目の前の光景に凍り付いた。
「あれっ?」
「やあ、失礼するよ」
目の前には、あのギブソンという新聞記者ニヤついた顔で、こちらを見ていた。そして、その背後にはラカンやあの冠絶した美女のヨルカ、そして、対象者である少女やあの小さな冒険者パーティーが背後に控えていたのである。
「私だ。依頼は達成した。ついでにラカンとやらも始末しておいたぞ」
「すごっ……」
ギブソンが全く違う声色でビスキーにそう告げるのを聞いたとき、アルクは感嘆のため息を漏らした。世の中には色々な技術があるのだなと、唯感心しきりである。
『ふむ、声帯模写か。しかし、このレベルの者には私も早々お目にかかったことはない』
ハルもギブソンの技に舌を巻く。果たしてドアは開かれ、こちらの面子を確認したビスキーはしばし硬直する。しかし、情勢を悟ったのか、自身の状況を抗弁しようと口を開く。
「成る程、ラカン殿がいたのか。私も今ちょうど、迷い込んできた賊を仕留めたところなのだ。貴君らはそれを見て、ここに駆け付けてくれたのかな?」
「いや、この流れだと流石に厳しいんじゃないのかなあー」
ビスキーは体をずらし、倒れ伏している男の遺体を見せつけてくる。ギブソンはにこやかにその遺体を眺めると、ビスキーに向けて腕に巻いた時計を向け、そこから針を噴射する。針はビスキーの首筋にプスリと刺さった。
「うっ⁉ なにを?」
「ふふん、面倒くさいからちょっとジハク草の抽出液を塗った薬液をね! これであなたはこちらの聞いたことを包み隠さず話すことになるよー」
「ぬぅ、ジハク草とはっ⁉ この外道めぇ!」
ギブソンの言葉を聞き、ビスキーが唸る。
「じゃあ、君が知る全貌とやらを今我々に話してもらおうか。とりあえず、君がどこまで知ってるか話してもらおうじゃないか」
「ぐぬぬ、知らん」
「あれれー、おかしいなあ。本当ぉ? 例えばアジトの場所とかさぁ」
「ああ、知らん。私は所詮下っ端だ。組織の全体図まで見通せるポジションにはいない」
「そっかあ。じゃあ、その間の書類とかは持ってないのかなあ」
「やり取りした書類なら、そこのタンスに保管してある。まあ、調べてもアジトまでは解らんだろうがって、はああっ⁉ くそっ、かくなる上は!」
あっという間に自身の情報を吐き出してしまったビスキーは、驚愕の声を上げる。そして仕方なしとばかりに短剣を振りかざしギブソンへと襲い掛かる。
「ちょっとうるさいから静かにしててね」
「かっ、体がっ」
ギブソンが無造作に腰の短刀をビスキーの足元に投げつける。すると、ビスキーは鬼に睨まれたかの如くピタリとその動きを止めてしまう。そんなビスキーを意に介さず、ギブソンは聞きだしたタンスの中身を漁り出した。
「おっ、中々詳細に書いてあるなあ。隠さなかったってことはバレない自身があったのかな。軽率だなあ。まあ、おかげで大体の金の動きとかは解ったけど」
書類をペラペラと眺めながら、ギブソンが小さく呟く。そして、呆然とそれを眺めるアルク達を振り返り、悪戯っぽくニヤリと笑った。。
「どうしたんだい、そんな顔して。そんなに感心されると少し照れるなあ」
「ドン引きしてんだろう、アンタのその手口に。お前本当に唯の文屋じゃねえな」
ラカン自身も呆れたような表情で、ギブソンにそう告げる。アルク自身もあまりにもあざとい手法に確かに言葉が出なかった。
(ねえ、ギブソンさんって何者なのかなあ)
『ラカンの言う通り、ただの文屋ではなさそうだな。影縫いに口寄せに声帯模写。あまりにも多芸すぎる。……だが敵ではなさそうだし、取り敢えずはそれで善しとするしかないかな』
(そうだねえ)
アルクはハルの言葉に黙って頷く。もしも敵であったなら、ある意味ラカン以上に恐ろしい存在となるであろう。ただ、アデルハイドを目指しただけで、このような人物に出会ってしまうということにも、恐ろしさを感じてしまう。
「じゃあ、手分けしてこの屋敷を隅々まで探そうか。賊がどこへ逃げるかは賭けだったけど、いきなり本命がぶち当たってよかったねえ」
「おっ、おいっ、止めろっ! 私はゼリカの副ギルト長だぞ。捜索には然るべき手続きを経てからにしろっ。おいっ、頼むっ!」
ギブソンはこちらの思いに気付いていないのか、呑気な様子で家探しをしていく。それにつられるように皆、動けず叫び続けるビスキーを横目に別宅を捜索し始めたのだった。




