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少年と剣  作者: 編理大河
冒険者たち
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ギブソン


 生涯一度として不意を突かれたことなどなかった。しかし唐突に掛けられた言葉に、心の臓が喉から出かねない驚愕を、鍛え上げた自制心で必死に抑えこむ。咄嗟に距離を取ろうとするが己の身体はびくとも動かない。


「影縫い……」


 かろうじて口は動き、新たな驚きと共に必死の思いで呟く。それは東方の地によって生み出されたという、人の身体を縛る技。見れば背後にはクナイらしきものが一つ地に刺さっていた。あの僅かな隙に接近のみならず、全くこちらに気付かせずに動きを封じた男に、暗殺者は恐怖と敬意を同時に覚えた。目の前の男は全く殺意を見せずにヘラヘラと笑っているが、その総身は隙だらけに見えて一切の隙がないことも長年培った経験により看破できる。その立ち振る舞いからA級以上の冒険者と判断していいだろう。


「君がスーラの裏世界の生ける伝説、【サイレントキリング】かあ。成る程、確かに手強そうだ。ラカン君でも戦い次第で万が一が起きそうな相手だなあ。彼もまだ青いからねえ。世界は広い、あなたみたいな猛者がポンと出てくる。ここにクエストで来る前に、アイツのツテで先生から情報を仕入れておいてよかったよ」


 天気の話の続きをするかのように、ゆっくりとこちらに近付いてくる。


「若人たちを見守るのも大人の役割だからね。……それにあの子のことも気にかかる。普通の暗殺者なら投降の一つも呼び掛けるんだけど、君は……生きてたら、脱走なりなんなりしてリベンジしますって類の人種っぽいしなあ」


 どうやら、男は自分を生かす気はないらしい。それは、自分が絶やさぬ殺気も要因の一つなのは間違いはなかった。しかし、物心つかぬときから暗殺者として鍛えてきた己の矜持は、媚びるということを許さなかった。それに目の前の男には腹芸など通じぬであろう。


「安心してくれていいよ。君の矜持ごと、あの世へと送ってあげるから」

「……其方の名は?」


 もし殺されるとしてもせめて相手の名だけは知りたかった。目の前の男は穏やかにこちらを見つめると、口を開いた。


「僕はスポーツ・イラストレイテッド社に努めるしがないライターのギブソンというものだよ、今はね。まあ、昔はアデルハイドのやんごとない身分のやんちゃ小僧と腐れ縁で色々無茶もしたけれど」


 茶化すようなその発言。しかし、暗殺者は今まで蓄えてきた業界の知識から、脳裏に該当者を即座に浮かび出す。


「そうか、【絶影】。【太陽王】の懐刀か……」


 ギブソンはそれには何も答えず、静かに一歩を踏み出してくる。その瞬間――


「~~~~~~~~~~~~~~~~~」


 言葉にすらならない奇声ともいうべき声をあげ、暗殺者は全身の力を振り絞り影の束縛から抜け出した。筋の繊維がブチブチと音を立て、腱がギチリと剥がれる。凄まじい激痛が走るが、意に返さぬように頬の肉をを噛み切り己の意思を総動員して暗殺者は逃亡する。背後からは「わお」と間の抜けた声がするが、気を緩めず全力で駆け抜けた。


 どれ程駆けただろうか、荒くついた息を深呼吸して静め、天を仰ぐ。全身を走る激しい痛みも、生きていることへの証だと思えば愛おしさすら覚える。あの化け物相手に生を拾えたことに安堵のため息を漏らしたところで、暗殺者は強い違和感を覚えた。そして、自分の身体に鼓動というものが欠けていることに気付き、胸元を見る。そこは抉れたような跡があった。知覚してしまったためだろうか、途端にそこから真っ赤な鮮血が染み出してくる。暗殺者は自らの心臓が、あの一瞬で抉り出されたのだということに気付き、ため息をつく。しかし、それは絶望からでなく相手の技量への称賛であった。


「……素晴らしい。これが冒険者の到達点に立つ……」


 体が死に気付いてしまったのか、急速に冷たくなっていく。その体を抱えながら、暗殺者はただ仕事に明け暮れた日々を走馬燈のように思い浮かべた。昔から自分は死ぬべき時は、自分より高みに登っている者に屠られたいと熱望していた。今、冠絶した技量を見せつけられ、ゆっくりと膝をつきながらも、男は創世の神に祈った。


「ああ……。この穢れた身でも、悔いなく逝ける。ナユタ様、ありがとうございます」


 呪われた境遇ながら、男はその生を愛し、与えられた仕事に関わった全ての者にも敬意を捧げた。今際の際にも、その胸に抱く思いはただ感謝以外の想いはない。誰に知られることもなく、満足して男は薄ぐらい路地裏で現生を旅立っていった。




「まさか、アレを破られるとはねえ」


 ギブソンは手の平にある未だ暖かい臓器を、ポンポンと手の平で躍らせる。暗殺者が離脱の刹那、手刀にて抉り出しもぎ取ったものだ。あれだけの力量なら不意をつくことが出来なければ苦戦していたかもしれない。

 

「流石です、主様」


 いつの間にか目の前に現れた使い魔であるミカヅキが、称賛を口にトテトテと歩み寄ってくる。


「うん、ミカヅキもご苦労様。これ、食べるかい」


 ギブソンは己の掌にある心臓をミカヅキの前と掲げる。ミカヅキは目を細め、しばし思案した後、首を縦に振る。


「では、ご厚意に甘えて頂戴します。……まあ、どうせ肉を食うならゴブリンだろうが人間だろうが、本当は柔らかい赤んぼあたりが一番うれしいんですけどねえ。老人の肉は固くて」


 そうぼやきつつミカヅキは、ギブソンの放り投げた心臓を、それが空中で落ちる前に影を伸ばして包み込む様にくるむと、リズムよくグチュグチュと咀嚼する。ギブソンはそんなミカヅキをただ微笑んでみている。この子たちに人のモラルを問うても意味はないからだ。


「お、どうやらハヤブサが奴さんの隠れ家を見つけたようですよ」


 空を見上げてミカヅキがそうギブソンに告げる。夜の空からはピューイと鳥の声が響いていた。


「そうかい、なら行かないとね。でも、その前にラカン君たちと合流しようか」


 ギブソンの言葉に頷いたミカヅキは、再びズブリとその体を影へと沈みこませた。それを確認したギブソンは、一度暗い夜の空を旋回する己の使い魔を見上げた後でラカン達がいる場所へと向かう。


「おおっ、ジ……ギブソン殿、無事であったか。まあ、当然だろうがな」


 皆の姿を見つけると同時に、こちらの姿を見つけたロゼが屈託のない笑顔で手を振りギブソンを迎えてくれる。その隣にはあの子供たちだけのパーティーのヒーラーであるパナシェという少女が、ロゼを支えるようにその肘を支えながら、ギブソンに無垢な笑顔を向けてくる。


「遅かったな」

「少しばかり野暮用があってね」


 血の匂いを漂わせたラカンが、ずいっと自分の前に立ちふさがる。ラカンもギブソンに同様の匂いをかぎ取ったのか、鼻をスンとさせるが特に何も言わず、目を細めてギブソンを見る。


「ちゃんと、一人逃してくれたみたいだね」

「まあな、弱すぎてやっちまいそうだったけどな」

「ハハ。今、ハヤブサがかの御仁の場所を見つけたよ。早速出向こうか。アルク君たちもそれでいいかい」

「……はい、構いません」


 アルクというちびっ子冒険者のリーダーであり、ハルという魔剣の所有者は少しばかりお疲れのご様子だ。いささかボーッとしている。この手練れであったろう襲撃者たちと交戦したのだろうか。魔剣の能力次第では可能なのかもしれないが、それを抜きにしても年齢に反して驚異的な力の持ち主といえるだろう。

 ギブソンは再び、ロゼと戯れるパナシェを見る。二人は何か言葉を交わし笑い合っていた。見た様子大分打ち解けたようだ。ロゼは自分が知る限り、とても人見知りし笑顔を滅多にみせない少女なのだが、不思議と彼女相手だとそうではないらしい。一瞬、己の胸の中に予期せぬ期待が沸き上がるのを感じたが、ギブソンはそれを強く抑え込んだ。

 

「じゃあ、行こうか。今回の黒幕さんの隠れ家ってやつに。今回のけじめをつけさせてやろうじゃないか」


 ともすれば酷薄にも見える笑みを浮かべながら、ギブソンは皆へとそう告げた。




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