撃退
敵は真っすぐこちらへと向かってくる。その視線は射貫くようにラムだけを見据えていた。一瞬、魔法で迎撃することも考えたが、躱された場合に致命的な隙を晒してしまい、肉薄される未来が今のアルクには見て取れた。故に自身も前へと進み出て、剣にて迎え撃つために強く地面を踏みしめ構える。
「退けっ、小僧ッ! 死にたいかっ!」
「パナシェはロゼさんをっ、ライムとカシスはラムを守ってっ!」
仲間にそう指示すると、アルクは敵の斬撃を相棒の白銀の刀身で受け止める。しなやかに伸びたその攻撃は、余すことなくアルクに威力を注ぎ込む。底上げされた膂力でも、受け止めるだけで骨が軋む。
「馬鹿なっ!」
だが、驚いたのは相手も同じようだ。まだ背の伸び切らぬ子どもに渾身の一撃を塞がれ、目を見開くようにしてアルクを凝視する。
『気を付けろよ、アルク』
「うん、わかってる」
ハルの言葉に頷くと、敵の刃を押し返し、アルクから攻撃を加えてみる。強化された力を全力で込め胴を狙った一閃は、しかし巧みに男に受け流されてしまう。やはり技量もかなりのものだ。
互いに初撃を交えた後、アルクは男と何度も剣を交える。背後では仲間が援護を試みようとするのが感じられたが、著しく入れ替わる二人の間にその機会を見いだせないようであった。アルクは、時には強く押し、時には誘い込む様にして隙を作ろうとするが、男の方が僅かに上をいっており、すべて受け流されてしまっていた。
『アルク、無理をするな。いざとなったらラカン達に』
ハルは心配している様だ。確かにこのままだと、自分は押し負けてしまうだろう。それを打開するとっておきをまだ自分は一つ残している。もう少し、純粋に剣を試してみたかったが、ここが限界だろうか。仕方がないと相手との距離を測ろうとしたとき、アルクは男の目に焦りが浮かんでいるのを見た。
「ハハッ」
『アルク?』
思わず失笑してしまう。勝負に没頭するあまり、これが純粋な一対一の立ち合いと思い込んでしまっていた。相手にとって、これは仕事であり、それが失敗に終わりかけている危機的状況にあることに変わりはないのだ。当然焦りはあるだろう。ならば――
「ラアッ」
男の気合の声と共に力強い斬撃がアルクを襲う。アルクはその攻撃におおきく仰け反らされ、腕が跳ね上がる。それは誰にとってもあからさまな隙に見えるだろう。
「アルクッ⁉」
パナシェの悲鳴が響く中、男は必勝の予感に笑みを浮かべてアルクの心臓目掛けて突きを繰り出した。アルクの剣は緩慢にみえる動きでそれを迎え撃つが、到底防げるようには見えないであろう。しかし、そこからアルクは手首を翻し、クンと剣を巻きあげる。以前、祖父に受けたあの技だ。軌道を変えた刃は、相手の剣を手首ごと断ち切った。
「ぐっ……まさか、こんなガキに嵌められるとは」
手首を抑え、蹲った男は信じがたいものを見るかのような目でアルクを見、そして現実を受け入れるかのように苦笑する。アルクはその眼前に剣を突き出す。
「大人しく投降するなら命までは取らないよ」
「はっ、そうだな。子供に負けたのは正直悔しいが、あの化け物と戦っていたら殺されてただろうからな。俺は運がいいのかもしれん。実はお前たちと同じくらいの娘がいるんだ。とはいっても金を渡すだけで会ったことはないが。……投降する。命だけは助けて欲しい」
両手を上げて投降の意をしめす男。緊張が解かれ、深く息をついたとき、背後から歓声が響き渡る。
「やったじゃない、アルク。最後のはかっこよかったわよ」
「ちょうど今のでこの場にいるのは全部倒したにゃん」
「アルクさん、守っていただきありがとうございました」
背後の少女達が笑いながら駆け寄ってくる。遅れてパナシェと治癒を受けたロゼもこちらに歩いてきた。
「やるな、お前」
いつの間にか大剣を背に負っていたラカンが、側に来て純粋に感心したようにアルクをまじまじと見てくる。ラカンのほうがよっぽど化け物じみた戦果なのだが、その人物に褒められるのは純粋に嬉しい。
「はあ、男の子だから多少のヤンチャは大目に見るけど、あまりヒヤヒヤさせないでよね」
頭上からヨルカの声がした。見上げるとすぐ側の家の煙突へと立っていた。月を背負い、白い大弓を背負うその姿は、まるで絵画のように見える。ヨルカは、アルクの視線に気付くと優しく微笑み、そしてトンとその場から飛び降りた。
「わっ」
パナシェが驚きの声を上げる。確かにかなりの高さがあり、普通に飛び降りれそうな場所ではない。しかし、ヨルカの足が石畳に勢いよく着地しようというところで、強い風の渦が生まれ、ふわりとその全身が浮き上がる。ヨルカはそうして音もなく地面へと降り立った。
「風の精霊……」
『ああ、だが精霊術を行使した形跡はないな。むしろ加護に近いのか』
ライムの指摘にハルがそう注釈を加える。詳しいことはわからないが、ヨルカ自身の力なのだろう。アルクは素直に感心した。そうしてマップを確認すると、敵であった反応が消失している。ラカンとヨルカがほぼ殲滅した結果である。相手の言葉を取るなら同格のB級なのだろうが、その実力は雲泥の差だ。瞬殺と言っていいだろう。残る敵は……。
『敵対反応はあと一つか』
ハルがマップを確認したのだろう、そう呟いた。少しばかり離れた場所にぽつんと赤い点が一つある。そしてその点へゆっくりと近づく、仲間を示すマーカーも一つ。
「ギブソンさん、大丈夫かな」
「あのおっさんなら、問題ないだろ。とぼけた振りをしているけど、ありゃ相当な狸だ」
アルクの呟きに、ラカンがそう返してくる。いまだギブソンの実力は解らないが、ラカンが平然とそう言うのを聞くと、きっとそうなのだろうと不思議と納得できてしまった。
少しばかり放れた場所でそのフードをかぶった男は佇んでいた。
「成る程、あれが【黒】のラカンか。聞きしに勝る実力だな。B級冒険者多数を瞬く間に殺害するとは」
そう呟く男であったが、その様子からは気負う様子は一切見られない。男はどこまでも冷静に相手を分析していた。そして下した判断は真正面での対決では勝てないという結論だ。
「だが……」
男はこのスーラでは知らぬ者のいない暗殺者であった。といっても、その正体を知る者は皆無であったが。知ったときには、例外なく相手はこの世から消え失せる結果となっていたからだ。そこには多くのAランク冒険者も含まれていた。連絡役の相手でさえ、男の顔は知らず、知った場合には人生から退場する羽目となっている。暗殺者は名すら持たず、徹頭徹尾依頼をこなすことからサイレントキリングとして業界では伝説となっている。しかし正体がわからず模倣犯や我こそはそうだという同業者も多い。だが、それが自分の人生の成功の秘訣だと、男は密に自負していた。
「まだ青い。やりようならいくらでもあるな。依頼対象は後日処理するとして……。あの男は依頼対象に含まれてはいないが……」
暗殺者は、一人の人物を思い浮かべる。かつて自分の依頼を唯一失敗せしめた男。世に名だたる剣聖の一人として知られた灰色の髪と瞳を持ったあの男が唯一持った弟子。かつての失敗を思い出したとき、暗殺者の胸にはそれを手折りたいという想いが痛烈に浮かんできたのであった。弟子を殺し、それを告げたらあの男はどんな顔をするだろう。この感情が自身を危険に晒すものと知りながらも、蠱惑的な黒い感情はほんの僅かの間押しとどめることができなかった。そのためだろうか、自身に近付く一人の人物に気付くことが出来なかった。
「やあ、今日はいい夜だねえ。月や星が綺麗に見える」
背後からかけられた声。心臓が凄まじい勢いで跳ね上がる。驚愕とともに振り向くと、そこには中背中肉の男がにへらと笑いながら立っていた。




