VS襲撃者
「では、行きましょうか」
目の前でキリリとした表情でアルク達に話しかけているのは、ギルドで酔いつぶれていたあのロゼであった。今は緩んだ様子など微塵も見せず、口元もギュッと引き締め、怜悧な様子さえ窺わせている。
「ありがとう、ロゼさん。わざわざオイラ達の護衛まで買ってくれて」
「パナシェ殿、礼には及びません。弱き者、幼き者を守るのは騎士道の大原則ですから」
爽やかさを湛えながらロゼがパナシェに微笑む。やはり、そこには鍛え上げられた峻厳さがあり、あの時のロゼはよほどのイレギュラーだったのだろう。ちなみにあの時のことは一切覚えていないらしい。
「無事にかかるといいわね」
「そうしたら、一網打尽だにゃん」
カシスとライムが弾むような足取りで、宿から人気のない郊外へと歩んでいく。時刻は既に夜中であり、アルク達はライムが呼んだ光の精霊の光源を頼りに足を進めていた。
あの話し合いの後、アランはラムが盗賊団のアジトを思い出せそうであり、ギルドでは内通者がいるから信頼できないと喚いているという話をギルド内でしきりと拡散したのだ。ラムはアルク達と行動すると頑なに主張していることとし、呆れたラカンたちは盗賊団のアジトを探すために街の外へと出ていったということになっている。根も葉もない話ではあるが、明確に害意をもっているビスキーなら確実になにかしらの行動を起こすであろうというのがギブソンの提案した策であった。
『アルク、どうやら無事掛かってくれたようだな』
「うん」
果たして、アルク達を遠巻きに囲みながら、無数の赤い点がじりじりと距離を詰めてきていた。空振りに終わるかもという心配はどうやら杞憂に終わりそうだ。安堵にほっと息をついたアルクは、ふと隣を歩くラムの小さな肩が震えているのに気が付いた。
「大丈夫だよ。ラムは皆で護るから」
自らを害そうとする者が何十人も集まるというのは、戦う術すらもたないラムにとってはとてつもない恐怖なのだろう。出来るだけ不安を取り除けるよう、力強く頷いて見せる。
「ありがとうございます。頼りにしてますね」
か細い声ながら精一杯笑って見せるラム。もう少し励ましの言葉を掛けるべきかと悩んだが、そのとき敵の動きが急に速くなっているのがマップにてわかった。どうやら仕掛けてくるらしい。
「みんな、来るよ」
幸いにして、自分達も迎撃を予定していたポイントへと到達することができた。後はラカン達との連携が問題だが、そのとき真っ暗な上空にピューイと一羽の鳥が力強く旋回する。ギブソンのもう一匹の使い魔であるハヤブサだ。どうやらあちらの準備も万端らしい。
アルクはハルを剣へと変換すると、ラムを背後に庇いながら振り返る。仲間達も獲物を携え、敵を迎え撃たんと構えた。存在に気付かれていたと察した襲撃者たちは一瞬動きを止めるが、奇襲を諦めたのかゾロゾロと物陰から姿を現す。
「小僧、大した度胸だな。俺たちを誘い出したつもりか」
先頭の男がアルクに向かってそう話しかける。襲撃者は一様に覆面を被っており、その姿は見えない。しかし、その声に込められた殺気からは、かなりの場数を踏んでいることを窺わせている。
「だが、ここにいるのは皆B級相当の実力者だ。悪いことは言わん。そこの女を差し出して、今日この街を立ち去るのなら見逃してやる」
「下種がっ! 人としてそのようなことが出来るかっ!」
ロゼが男の発言に激高する。ラムも一瞬背後で身を竦ませる。
「そうだよっ、そんなこと出来ないよ」
「そんなことしたら冒険者としての信義が廃るわ」
「そうにゃん。第一ラムから話を聞いたカシスたちが無事見逃してもらえるわけないにゃん」
皆の言葉に、男は呻き黙り込む。隣にいた男も「勝手に同情するな」と呆れた声で窘める。どうやらこの男個人としては、本当に自分達を見逃そうと思っていたのかもしれない。。
「まあ、そこまで解ってるなら話は早い。幸いにしてあのラカンも外に出てるっていうじゃねえか。まあ、いたとしてもB級相当でこの人数だ。問題はなかっただろうがな」
男はそう言い放つ。
「B級相当じゃなくて、本当にBランクなんだよね」
「……どうやら本当に色々知っちまってるらしいな。なのに、そんな余裕でいられるのはどういった心境だ。子供だから危機感が薄いのか」
「だって、所詮Bランクでしょ。それもアデルハイドから逃げ帰った」
アルクは男にむかってあからさまに挑発して見せる。一瞬、押し黙った男は声に怒気をはらませながら、睨み殺すように視線を向けてきた。
「クソガキがっ。策があるとしても、調子に乗り過ぎだ。ランクってのはそんな生ぬるいもんじゃねえんだよ。C級とは物が違う。いくらラカンが化け物であっても、同じB級。この場にいたって、何も変えられねえよ」
「だってさ、ラカンさん」
アルクはそう襲撃者の背後へと聞こえるように声を放つ。すると物陰から音もなく、ぬらりと漆黒の巨躯が歩み出てくる。その背には夜の闇ですら存在感を放つ黒き大剣が背負われている。その人物が現れた途端、今まで以上に空気は張り詰め、見えぬ重圧が場を支配し始めた。
「そうかい、それは楽しみだな」
鷹揚にそう言い放つ人物は、今話題に上がっていたラカンその人だ。悠々と襲撃者を眺めるその瞳はしかし、これから起こる戦闘へと期待を隠せていない。
「なっ、ラカン。くそっ、外に出てたんじゃ」
大口をたたいていた男だが、当の本人の登場にあからさまにたじろいでいる。鬼気を放ち、ゆっくりと歩み寄るラカンに襲撃者たちは皆大仰に武器を構える。しかし、それはどこか浮足立っているのがアルクにも見て取れた。B級という実力があるが故、目の前の規格外な存在というものを理解できてしまうのだろう。
「とりあえず、依頼をこなすぞっ。その後は各自撤退するっ!」
一番最初にアルク達に語り掛けた男がそう号令を下す。呪縛から解き放たれた襲撃者たちは瞬時に獲物を解き放った。闇夜に紛れてナイフがアルク達目掛けて投げ放たれる。
「理よっ、盾となりて我々を護りたまえっ!」
ロゼがそう言い放ち、盾を眼前へと大きく掲げる。すると、盾は光輝き、そこを中心に光のシールドが現れる。そのシールドの前にナイフは、固い音を立て弾かれた。
「加護持ちかっ⁉」
「ならっ」
驚愕した襲撃者たち。しかし、そのうちの三人がすぐさま近接戦に移ろうとアルク達へと駆け寄る。その凶刃をターゲットへ振りかざさんとする男達。しかし――
「ぐうっ」
「がっ」
「な、なにがっ」
ほぼ同時に三本の矢が飛来し、男達の胸や頭部へと突き刺さっていた。風切り音は聞こえたが、軌道はまったく見ることが出来ない。この闇夜でそのような芸当が出来るとは到底思えず、まさに神業であった。
「馬鹿なっ、今は夜だぞっ⁉」
襲撃者も同じ思いなのだろう、驚愕に声を張り上げる。
「狼狽えるなっ! 今は目の前に敵にっ」
先頭を張っていた男がざわつく周囲を諫めるが、しかしその言葉も途中までしかいうことが出来なかった。
「ヒィ」
誰が発した言葉なのかはわからなかった。その黒き総身を襲撃者達の中央に躍り込ませたラカンが無慈悲にその大剣を渾身の力にて振るったのだ。
―――その一振りで三人の命が一瞬で刈り取られた。
切り取ったのか、捻じ切ったのか。漆黒の巨大な鉄塊ともいえる剣をラカンは難なく振り回す。胴体を切り離された襲撃者たちは錐もみしながら地面へと落ち、ぴくぴくと痙攣し始める。
「は?」
その間の抜けた素っ頓狂な声も静寂に満ちた夜にははっきりと響いたが、それも誰が発したかを特定することは出来なかった。ラカンの大剣が間発置かずに唸りを上げたからだ。
「ヒギッ」
一振りごとにに一つ以上の命が確実に奪われていった。あまりの速さに相手は受けることもままならず肉塊へとその姿を変えていく。そして瞬く間にあの啖呵を切った冒険者の前へと現れ、冷酷な視線で男を見下した。
「ふっ、ふざけるなぁ! 何なんだよ、おま」
「温いッ!」
ラカンは最後まで言わせずに大剣を振り下ろし、男の身体を左右へと両断する。少し遅れて、その切断面から大量の血しぶきが噴き出した。微動だにせず立ち尽くすラカンはまるで悪鬼羅刹のごとき様相だ。しかし、アルクはそんなラカンの武というものにただ魅入られるのみであった。それはまるで力と技の極地ともいえるべき剣捌きといえた。
「ぐっ、こんなっ⁉ だがっ、任務だけはッ」
生き残りである、あのアルク達に交渉を持ちかけた男が声を振り絞り、こちらへと駆けてくる。させないとばかりにロゼがアルク達の前へと立ち塞がった
「ここは通さないっ」
「邪魔だぁぁあ」
男は一撃でロゼの剣を跳ね飛ばすと、盾を持たぬ腕越しに蹴りを見舞い、その体を跳ね飛ばした。
「ぐあぁ」
「ロゼさんっ」
吹き飛ぶロゼを心配するパナシェ。アルクは鬼気迫る男の表情を見て、己の鼓動が強く波打つのを感じた。そして、その背後より駆け付けようとするラカンと目が合う。それは一瞬であったが、ラカンは己の瞳になにをみたのだろうか。その足を止めると、虚空に向かって叫んだ。
「ヨルカッ、撃つなっ!」
それに答えたのか、あの正確無比な弓矢は放たれることなかった。敵は一目散に自分へと向かってくる。その身のこなしは依然戦ったあの狂人より上であるということが、今のアルクには見て取れた。
『アルクッ』
「うん、わかってる! オーバーブレイクッ」
自身のステータスを向上させるという副作用ありの最大の権能を躊躇わず使用する。これなしでは膂力で圧倒的に不利なアルクは相手に数合で切り落とされてしまうだろう。しかし、今はほぼ互角である。後は互いの技量が物をいう。アルクは自然と渇いた唇を舌で舐め、相手を迎え撃つ。
「さあっ、こいっ!」




