一計
アランに案内された部屋は空き部屋というよりかは物置部屋のだった。そこに十人入ったのだから、もう身動きできるスペースもないといっていい。
「いやあ、せまいねえ」
「お前も来たのか」
ぐったりとしているロゼを肩に担ぎながら笑うギブソンに、ラカンが呆れたように言う。
「まあ確かに僕は兼業のC級冒険者でしかないけど、ブンヤが身内にいると結構便利だよ。結構情報通だし、時と場合によってはペンは剣よりも強いしね。それに僕もおっさんだから、それなりの経験はしている。才能ある若人たちにそれなりのアドバイスも出来ると思うよ」
「ふん、喰えない奴だな」
そんな二人のやり取りを横目に、アランはアルクに本題を尋ねてくる。他の皆も一様にアルクに興味深げな視線を向けてきた。仲間達は概ねその経緯を察しているのか、完全に信用している様子である。
「では、話の続きをしましょうか。君、本当にラム君は命を狙われると思っているのかい。思い込みや憶測でなく」
「はい、絶対に」
「そうか。でも、その証拠を君は示せるのかい? それがなければギルドも動けないよ」
確かに言葉だけでは駄目だろう。今こうして付き合ってくれているだけでも、この場にいる人たちの人の好さが理解できる。だからこそ、ハルのことを教えても問題はないように思えた。
(ハル、いいよね?)
『ああ、ここから後は私に任せろ』
ハルはアルクの呼びかけに力強く答えると、周囲へと聞こえるように語り掛ける。
『それは私が説明しよう。私の名はハル。アルクの持つ剣だ。今回のことが判明したのもひとえに私の権能によるものだ』
「えっ、剣がっ⁉」
ラムが驚愕の声を上げる。しかし、他の者達は流石に驚くことはせず、興味深げにアルクを見ていた。流石に冒険に日頃関わっているため、ハルのような存在も知っているのだろう。
「成る程、その剣の能力で判別したってことね」
『ああ、その通りだヨルカ。私の権能の一つマップであるならば敵意を持つ人間を判別することなど容易い。そして先ほどギルド内で明確に敵意を示す人間を我々は発見した』
ヨルカの言葉にハルは自信満々に答える。しかし、その言葉を聞いたアランは目を丸く見開き、ハルへ問い詰める。
「ちょっと待ってください。その通りだとすると、ギルドのそのような人物がいるということですか。盗賊に攫われた少女に敵意を持つような人物が。ハルさんの権能とやらは、確実にそう判定できるものなのですか?」
信じられないといった様子のアラン。クエストの粉飾には疑念を持っても、流石にそこまでの悪行をするとは考えられないのであろう。
「本当ですよ。アルクと一緒に冒険してきたオイラ達もその力に助けられてきました」
「あたしも攫われたとき、それで助けてもらったしね」
「カシスもにゃん。もし、疑いが晴れないようなら今からフィールドに行って試してみるといいにゃん」
仲間達が一斉にアルクを援護すべく、そう証言する。
「私も襲われてた時、一目散にやってきたアルクさんに助けられたんです。あのときは王子様みたいだと思いましたが、そういう力があったからなのですね」
恥ずかしい台詞を言いながら、ラムも納得したように頷く。ラカンやヨルカは何も発言しなかったが、少なくとも疑う素振りは見せていない。
「まあ、この子たちもそう言ってるし、子供の必死の訴えを大人としては信じてあげたいねえ。どうしても信じられぬようなら少しばかりフィールドに出て実践してもいいし、それにこういった場合は最悪を想定したほうが確実だし、ね」
ギブソンがアランにそう笑いかける。
「そうですね。……わかりました、皆さんの。アルクさん、ハルさん、それでラムさんを狙っている冒険者というのは誰なんですか」
「はい、ビスキー副長です。ラムのことを聞いた時、ビスキー副長の反応が赤に変わりました」
アランはそれを聞くと、ただ黙って目を瞑る。その顔には幾ばくかの苦渋も見て取れた。それはギルドの根幹を揺るがすほどの事件なのだから、当事者としては当然だろう。
「成る程、クエストの粉飾に、ギルドと盗賊団のつながり。ギルドがなかなか腰を上げないっていうのも当然ね」
ヨルカが感心したようににっこりと微笑む。
「ヨルカさんは僕たちを信じてくれるんですか」
「ええ、あなた達の息遣いからは嘘が感じられないもの。それに特殊な力があるのはあなた達だけじゃないのよ」
ヨルカたちも何らかの能力を擁しているという。正直興味はあったが、今はその力で自分を信じてくれるというだけで十分だ。後はこれからどうやってラムを守っていくかを決めなければならない。
「それで、これからどうするつもりだ。そいつが狙われてるってんならギルドには預ける訳にはいかないだろ」
「私たちで保護しましょうか? でも、そうすると今後は自由に動けないわね。そうすると盗賊団も探しにくいし、ラムちゃんのお姉さんも助けられないわ」
確かに高名な冒険者の二人が保護するなら心強いが、そうすると相手も中々手出しが出来にくい。互いに膠着状態となってしまう可能性がある。何か妙案がないか、皆で頭をひねっている中で、ギブソンが一つの提案をしてきた。
「そうだねえ、僕に一つ提案があるんだけど。少年少女たちを少しばかり危険さらしてしまうけれど、それでも聞くかい?」
アルク達は頷き合い、ギブソンの提案を聞くことにした。そして、それは確かに悪くないと全員が判断する。そして仲間達とも相談して、その提案の乗ることにアルク達は決めた。
「はい、どうぞアルクさん」
ラムが二枚のカードをアルクへと差し出してくる。ラムは無表情であり、アルクの指が二枚のトランプを往復してもピクリとも動こうとはしない。ここで手をこまねいても仕方ない。覚悟を決めると、右のカードを引き抜く。
「ああっ⁉」
「はい、これでアルクさんの六連敗ですね」
明るい声でそう笑うラム。アルクは今引き抜いたカードをまじまじと見つめる。そこには自分を嘲笑うかの如き道化師の絵が描かれている。
「あはは、アルクは相変わらず弱いなあ」
パナシェが呆れたように笑い声を上げる。
「そうねえ。それほどマズイところはないのに、最後の最後で引き当てる男よね、アルクは」
ライムが両足をベッドに投げ出しながら、少しばかり首を傾げる。
「まあ、魔術的には運というのも完全に不確定要素というわけではないにゃん。そういった意味ではアルクももっている男と言えるかもしれないにゃん」
カシスが蘊蓄を垂れながら、テーブルの上の木皿に入っていたクッキーをヒョイと口に放り込む。
今、アルク達は宿泊しているゼリカの宿屋の部屋でカードゲームに勤しんでいた。あのギルドでの話し合いの後、ここに宿泊して三日目になる。その間、アルク達はなにをすることもなく、宿で一日ダラダラと過ごしていた。それには目的があり、自分たちはその機会を待っているのだ。
「でも、もう大分日も暮れて来ちゃったね。そろそろコテージで夕ご飯にしようよ」
パナシェがお腹をさすりながらそう訴える。この宿はベッドは素晴らしく清潔で快適であったが、料理は今一つであった為、食事はコテージで取ることにした。ラムはバトラーの料理を食べ、こんなものは今まで食べたことがないと涙を流しながら絶賛していた。久しぶりの外食で、自分達の舌が肥えてしまったことに今更ながらに気付かされる。
「そうだね、僕もお腹が」
賛同しようとし、展開していたマップに赤い反応が現れる。この権能は自身とそのパーティーメンバーに敵意を抱いた者を即座に把握できる。故に今、現れた者は確実に敵であった。
「来たんだね」
「ようやくかかったわね」
「ここからが正念場だにゃん」
アルクの反応に、三人が即座に状況を把握する。その意思伝達の速さは旅の間に築かれた信頼あってであろう。皆はいつでも戦闘に移れるように各々の獲物を取り出す。そんなとき、窓の隙間から一匹の黒猫が入り込んできた。猫は口を開けるとアルク達へと話しかけてきた。
「なにやら物騒だね。獲物がかかったの?」
猫はギブソンの使い魔であった。東方に伝わる口寄せの術とやらで契約したらしい。亜精霊のため、普段は精霊化しギブソンの影に潜んでいるという。最初会ったときは猫が話したことに驚いたが、思い返すと剣が話すよりかは違和感がないと気付いた。今回の件では連絡役として何度か宿を尋ねてきていた。
「はい、マップに反応がありました、ミカヅキさん。あっ、でも」
猫の名を呼びながら赤い反応は一つのみであった。宿へと近づき周囲をウロチョロし始めるが、中には入らずすぐさま遠くへと去っていってしまう。
『どうやら偵察のようだな』
「そうだね、あれなら僕にでも倒せそうだ」
ハルの言葉に、窓の外を見ていたミカヅキはそう頷く。なんでも特殊な訓練を積んだ忍猫という存在らしく、かなりの戦闘能力を持っているとのことだ。ギブソンがへらへらしながら僕のボディガードさ、と語っていたのを思い出す。
「ま、襲撃が来るとしたら人が少なくなる今夜だろうね。どうする?」
ミカヅキが器用に片目をつぶりながら、アルク達に問う。ここにいたら他の宿泊客たちにも被害が出る恐れもある。そのため、あらかじめ迎撃しやすい場所に誘導し、叩く算段となっていた。ミカヅキが聞いているのは覚悟のことなのだろう。アルクはパナシェ、ライム、カシスを見る。三人は一様に笑いながら頷いてくれた。続いてラムを見る。冒険者でないラムは戦う術を持たないが、それでも気丈にアルクの目を真っ直ぐ見据え、そして頷く。
「作戦通りに決行します。ミカヅキさん、ラカンさん達やギブソンさん達に連絡お願いします」
「オッケー、任せなよ。主様たちにしっかり伝えるよ」
気楽な様子でそう言うと、三日月は影の方へとトテトテ歩き、そして潜りこみいなくなる。カシス曰くミカヅキは影の属性を持つ亜精霊らしい。
『では我々も夜までに体調を整えておこう。今回はラカンたちがいるが、それに安心していては足元を救われるぞ』
ハルの警句に皆は真剣に頷く。しかし、その言葉を聞きながらも、アルクは戦いの予感に何故か不思議な高揚を覚えていた。




