力比べ
その二人はまっすぐ受付のアランの下へとやってきた。アランはそれを笑顔で迎える。
「お帰りなさい、ラカンさん、ヨルカさん。収穫はありましたか?」
それを聞いて、やはりこの男が先ほどの話にでた人物なのかとアルクは納得する。こちらの女性陣は相変わらずヨルカと呼ばれた女性に見入っているし、ドブロも少年のようにチラチラとヨルカに視線を向けては、ふいっと顔を遠くの方に背けている。しかし、アルクはラカンという男の方へ目が離せなくなっていた。剣を交えてすらいないのに肌をざわつかせるその雰囲気や隙のない立ち振る舞い。夢の中であっている祖父も比肩しうるものがあるが、あちらは特殊な環境や身内ということもあってか、これほどのプレッシャーは覚えなかった。
「ただいま、アランさん。そうね、一応街での聞き込みは終えたのだけれど、やっぱり盗賊団のアジトを見つけないと話にはならないわね。こちらのギルドでもまだ進展は全然なのでしょう」
「はい、お恥ずかしい話ですが何故か上がなかなか腰を上げてくれなくて。でも、今回はこちらの冒険者であるドブロさんが、なんと盗賊団からこちらのお嬢さんをお救いしたのです。捕縛した盗賊たちも衛兵に引き渡してくれたおかげで、多少は自体も進展すると思いますが」
謳うような流麗さで、ヨルカがアランに状況を説明する。アランはにこやかにドブロの方を見ながら、そう二人の冒険者へと告げた。ドブロはヨルカの視線を受け、あからさまに狼狽えるも、一念発起するようにフンスと鼻息を一つ吐くとヨルカへとぎこちない笑顔を向ける。
「や、やあ、ヨルカさん。俺、いや私はゼリカのB級冒険者のドブロです。今日はお日柄もよく……」
「はあ、ならあんましここに来た意味もねえな。おい、ヨルカ。衛兵の詰め所に行くぞ。ここにはもう用はねえ」
素っ気なく言い放つと踵を返そうとするラカン。しかし、言葉を遮られたドブロが今度は怒りで顔を真っ赤に染め、その前へと立ち塞がる。
「おいっ、お前。若くしてB級だからって天狗になってんじゃねえだろうな」
「あン? なんだ、このハゲのおっさんは」
あからさまに見下しながら、ラカンが素っ気なく言い放つ。しかし、その声に気負うところは一切なく、目の前の人物を障害とすらみなしていないようだ。その態度にドブロは一層顔を赤くする。
「礼儀を知らないガキめ。俺はこう見えても二十五だ」
「ええッ⁉」
明らかとなったドブロの年齢に、アルク達は皆一斉に驚愕の声をあげる。アルクはその外見から少なくとも三十半ばと予想していた。
「おいっ。ブランと幼馴染っていっただろうが。なんだ、その反応は」
「あっ、確かに」
「でも、全然見えないわね。あたしも四十ぐらいにみえたわ」
「それで二十五は老けすぎにゃん」
傷ついたようにドブロが悲痛な声を上げる。そこに少女たちの感想が加わり、巨漢はがっくしと肩を落とす。それを見たアランが心底愉快といった様子で笑い声をあげる。
「ははは、髪の話と老け顔の話はドブロさん本当に傷つきますからね」
『それを朗らかにいうのもどうかとおもうが』
ハルが呆れたように突っ込みを入れる。
「じゃあハゲのおっさんってことでいいだろ。もう行っていいか?」
「ちょっとラカン。失礼よ」
面倒くさそうなラカンをヨルカが慌てて諫める。しかし、その言葉に再び怒り心頭といった表情を浮かべたドブロは、ラカンの前へと手を突き出した。
「?」
「手四つだ。ギルドで獲物を抜くわけにはいかないだろう。力比べといこうじゃないか」
「ちょっ、ドブロさぁん」
アランが慌てて制止する。しかし、ドブロは振り向くことなくラカンを挑発する。
「どうした、怖いのかい」
「はぁ」
ラカンは面倒くさそうに溜息をつくが、ドブロの差し出した手を嫌々といった表情でつかみ取る。
「ラカン、やり過ぎないでね」
「解ってるよ。程ほどにしてやる」
「くそっ、舐めやがって」
ヨルカの言葉を聞いたドブロはそう呟く。その瞬間、女性の腰回り程もある腕が一段と膨れ上がり、連動するように背中の筋肉も盛り上がる。ドブロはラカンよりもわずかばかり背は低いものの、体の厚みは倍ほども違う。流石に腕力ではドブロが勝ると、注視していた周囲の冒険者は誰もがそう思っていた。しかし、
「がああああああああああ」
顔を真っ赤にして唸り声をあげるドブロ。その腕は一切動くことはなく、ラカンは平然とした様子でドブロを見下ろす。
「どうした、叫ぶだけなのか?」
「がぁ、どうして」
「力の使い方がなっちゃいない。上半身だけ無駄な筋肉をつけてご満悦か。腕力っていうのはな、こう用いるんだ」
ラカンがそう言うや否や、ドブロが突如として地面に膝を屈する。ラカンはドブロの苦痛の声に頓着せず、更にその腕を下へと捻り上げる。
「参ったっていうなら折るのは勘弁してやる。どうだい、おっさん」
「ぎぬぬ、ふ、ざんけんなぁ」
「ああ、そうか」
剣呑な雰囲気を漂わせ、ラカンが冷たく言い放つ。だれもが次の瞬間、ドブロの腕がへし折られるのを予想したが、あのロゼという女性がついと唐突に二人の前へと現れる。そして、ロゼは手にしたジョッキの中身を豪快に二人に浴びせかけた。突然の奇行に周囲は言葉もなく、あんぐりと口を開けた。
「お前らぁ、喧嘩はしちゃ駄目ってパパやママに教わらなかったのらあ。そんらんじゃぁ、立派な騎士になれらいぞぉ」
呂律の回らぬ口調で、ロゼが大上段に言い放った。頭から酒を滴らせ、俯いたラカンからは得も言われぬプレッシャーが放たれる。惨劇の予感にギルドから数名冒険者が逃げ出していく。ヨルカが慌ててラカンへと駆け寄ろうとする。そんなとき、素っ頓狂な声をあげながらギブソンがロゼの前に躍り出てきた。
「わあっ、すまない二人共。この子は酔っ払いでねぇ。今日僕が初めての酒を飲ませてしまったため、こうなってしまったんだ。だから、出来れば寛大な心で許してくれないかなあ。あっ、勿論クリーニング代はこちらで出すよ。本当にすまなかった。ほら、ロゼ君もちゃんと謝って」
「ふぁ、らにを言ってるんですか。ジン殿が喧嘩を止めるのも騎士道と言ったのではらいれすかぁ」
「ちょ、ロゼ君。僕はギブソンだよ。いやだなあ、人の名前すら間違えるなんて、相当酔ってしまったんだねえ。いやあ、困ったものだなあ」
ギブソンは間の抜けた声でアハハと渇いた愛想笑いをする。そこでアルクはいつの間にか周囲から張り詰めた空気がなくなっていることに気付いた。ラカンもギブソンを睨むように見据えていたが、目を閉じふらふらと揺れるロゼを支えながらヘラヘラと笑うギブソンの前に溜息を大きくつくと、ドブロの手を離す。
「ったく、ちゃんと払えよ」
「災難だったわね。でも、おかげで穏便に済ませられそうじゃない」
ヨルカが笑いながらタオルをラカンに渡す。
「お、俺が力比べで……」
「ドブロさん、大丈夫ですか」
アランが呆然としているドブロの前にしゃがみ込み、手ぬぐいを差し出す。周囲の冒険者たちももめ事が何事もなく終わったことに安心したのか、再びギルドに喧噪が戻ってきた。そんな中、アルクはタオルで顔を拭くラカンの姿を見ていた。
(ハル。この人強いね、凄く)
以前、アルクもラッドと同じように力比べをしたことがある。その時は片手のラッドを両手で押そうとしたがぴくりとも動かせなかった。祖父曰く、立つという行為もその力の流れを意識するかしないかだけで雲泥の差が生まれるとのことだったが、今のラカンとドブロの力比べを見て、その言葉の意味を実感する。
『仮にもS級と互角にやった男らしいしな。同じB級でも、ドブロとは次元が違ったな』
ハルの言葉に頷くアルク。そんな時、大きな声を上げてギルドの奥より一人の男が現れる。
「おいおい、少しばかり騒がしかったようだが、一体何があった」
それは恰幅のいい中年の男性であった。他の職員よりも上質な服に身を包み、指には葉巻を挟んでいた。男性はアランの姿を認めると現状を尋ねる。
「ああ、ビスキー副長。実はですね……」
どうやら相手はこのギルドの副長らしい。アランがラムを盗賊から保護したことから、今この場で起きた力比べのことまでを全て報告する。ビスキーは顎に手をやり、ほぅと声をあげながら、ラムを見下ろす。ラムはその視線に身を竦ませるとアルクの背後へとその身を隠した。自然とビスキーの視線はアルク達へと移る。
「……」
『アルク、この男……』
ビスキーの視線の奥に敵意が込められていることに、アルクは気付いた。それだけでなく、マップでの反応も明確に赤となっており、目の前の男がアルクにとっても敵同様ということは明白だった。
(どういうこと?)
『今の話からすると、盗賊を捕縛したことがお気に召さなかったのかもしれないな。この男、副長か。だとすると、このギルドはあまりよろしくない事態になっているかもしれない』
ビスキーはゆっくりとアルクから視線を外すと、アランへと指示を下す。
「では、この少女は一時ギルドで預かりとする。事情を聴いた後で、信頼できる冒険者に元いた村へと送らせることとしよう。アラン、頼めるか」
「わかりました。早急に手配します」
「頼んだぞ」
鷹揚にアランの肩を叩いたビスキーは、次にラカンやヨルカ、ギブソンにロゼへと視線を走らせる。そして当然のようにヨルカへと視線が固定される。
「これはこれは、アデルハイドの冒険者殿。わざわざ、辺境のスーラまで足を運んで頂き光栄ですな。一体どういったご用件で来られたのか」
「私たちはアデルハイドのギルドに依頼された、誘拐事件のクエストのためゼリカにきたんです、ビスキーさん。依頼者はアデルハイド国民ですが、スーラの従妹が誘拐され、それを見つけて欲しいという内容のクエストです。国は違えど同じ冒険者としてこちらのギルドの協力を頂けるなら幸いなのですが」
ジロジロと全身を見回されているヨルカは、それを一向に意に介さず艶然と微笑む。その笑みを受け、ビスキーは僅かに鼻の下を伸ばした。
「勿論、こちらでも出来る限りのことは致しましょう。ギルドを預かる身としては、アデルハイドの冒険者事情なども知っておきたい。どうです、今度一緒にお食事でも」
「ええ、ですがまずは身内が行方不明になり不安な思いをしている依頼者の悩みを解決するのが先決です。それが終わったのなら、検討させていただきます」
「ふうむ、そうですか。では一刻も早く解決できるように尽力しなければ」
ビスキーは次に意気消沈している、ドブロの肩を力強く叩いた。
「よう、ドブロ。どうしたんだ、しょげちまって」
「べ、別になんでもねえよ」
「ふむ、まあ色々言いたいことはあるが、この街のエースはお前なんだ。小さいことでくよくよするなよ。どうだ、お前に紹介したい良い店があるんだ。美味い酒に、良い女。今夜にでもどうだ」
ドブロはその言葉に顔を上げると、ヨルカへと目を向ける。首を傾げるヨルカの次に、退屈そうな様子のラカンを眺め、再び肩を落とす。
「俺はいますぐ飲みたい気分だ」
「そうか、じゃあ今から行こうぜ。なあに、日頃ゼリカを守っている俺たちだ。昼から飲んでようがおつりが出るくらいの貢献はしてる。アラン、そういうわけで俺は午後から有給を取るぞ」
「えっ、今からですか。副長、ギルド職員と冒険者があまりそのような仲になっても」
アランが浮かない様子でビスキーを諫める。しかし、ビスキーはチッチッと指を振るとドブロの背中を押しながら出口へと向かっていく。
「固いことは言うな。相手の懐に飛び込んで共に酒を酌み交わすのがビスキー流さ。そうすれば相手も心を開いて、命を惜しまず働いてくれるって訳よ。冒険者も、もしかしたら盗賊さんもな」
「ちょっ⁉ そんな際どい発言は、副長ーー」
アランの制止を豪快に笑って受け流すと、二人はギルドから出て行ってしまった。一見豪放磊落に見えたゼリカのギルドの副長ビスキー。しかし、マップでの反応は、最後まで赤いままであった。




