ゼリカのギルド
アルク達はゼリカのギルド前で馬車から降ろしてもらった。これからラムのことをギルドへと報告するためだ。ブランとショコラはこのまま自分たちの家へと帰るらしい。
「ありがとうございました、ブランさん、ショコラさん」
「いや、礼をいうのはこちらの方ですよ。本当に助かりました。ドブロ、ラムさんやアルクさん達をよろしくね」
「皆さん、良ければ私たちの家に遊びに来てくださいね。是非歓迎しますわ」
二人はそう言って微笑むと、馬車を走らせ去っていく。アルク達も手を振りながらそれを見送った。
「おう、それじゃあいくぜガキ共」
ドブロに促され、アルク達はラムと一緒にギルドの中へと足を踏み入れる。どこででも変わらない冒険者たちの喧騒が響くなか、受付へと向かおうとするアルク達。その時―――
「ちくしょーーーーー、あの詐欺師どもめっ! 姫様の名を騙りやがって。おい、酒だぁ、もっと持ってこいっ」
ギルドに併設されている食堂に、一際大きな叫びを上げる女性が一人いた。金髪を編み込み、騎士のような鎧を着こんでいる姿は女騎士を連想させる。だが、顔は既に真っ赤で呂律も回っていない様子だ。
「ちょ、ロゼ君。もうそこら辺にした方が。僕が面白がって勧めたのも悪かったけどさ。君の親父さんが見たら卒倒してしまうよ」
隣にいた猫背の痩身の男性が、ロゼと呼んだその女性を何とか宥めようとしている。そして周囲の視線が気になるのか、あたりを見回し始めた。
「ほら、あんな小さな冒険者の子たちまでも呆れて見ているじゃないか」
そういって男性はアルク達へと視線を向ける。すまないとばかりに苦笑いをした男性の視線はアルク達ひとりひとりへと移る。そして、パナシェの顔を見たときに少しばかりハッとした表情となり、目を細めて、じっと観察するようにその視線は止まった。
「?」
パナシェは見ず知らずの男性の視線に首を傾げる。男性は目を瞑り小さく首を横に振ると、すまないとばかりに小さく手を上げ、再びやってきた酒を飲み始めようとするロゼを諫め始めた。
「なんだったんだろうね、ハル」
『知り合いに似てたとかじゃないのか』
「おい、酔っ払いなんてギルドじゃ珍しくないだろ。行くぜ」
怪訝に思うアルク達を他所に、ドブロはそう話しかけると受付へと行く。ドブロが向かった受付には、癖のある赤毛を撫でつけた人の好さそうな青年がいた。
「よう、アラン。戻ったぜ」
「ああ、ドブロさん。ブランさんの行商の護衛から帰ってこられたんですね」
アランと呼ばれた青年が、ドブロに笑顔で話しかける。どうやら二人はかなり気心の知れた関係らしい。
「男性の受付さんなんて新鮮だね。メレンやレーヌでは、オイラ達受付嬢さんが担当だったもんね」
ギルドの受付をしているアランを見て、パナシェがアルクにそう笑いかける。
「そうだね。……ん?」
『今何か重大な齟齬があったような。くっ、頭が』
脳裏にモザイクの掛った何かが脳裏をよぎる。ハルも何かが引っかかっている様子だ。しかし、それを思い出すことをアルクは何とはなしに放棄した。思い出さないということは大したことではないのだろう。メレンでもレーヌでも自分たちは親切な受付嬢に、大層世話になった。それでいいじゃないか。
「そちらのお子さんたちは?」
「ああ、こいつらはちびっ子冒険者共だ。ブランの馬車が壊れたときに世話になってな」
ドブロがアルク達をアランにそれぞれ紹介してくれる。次にドブロはラムの肩を無造作に掴み、アランの前に押しやる。肩を触られた瞬間ラムは顔をしかめたが、ドブロは気にする様子もなくラムが盗賊団の一味から追われていたことを説明する。
「成る程。そこを助けたという訳ですか。流石です、ドブロさん。伊達にゼリカのエースと呼ばれることはありますね」
「ガハハ、まあな」
アランの賛辞を豪快に笑って受け止めるドブロ。
『むう、こいつ』
「助けたのはアルクなんだけど」
「さりげなく自分の手柄にしてるにゃん」
不服そうな声をあげる三人。アルクとしてはアデルハイドに行くまではあまり武功はたてないというハルの方針とも沿うため、別段不満はなかった。ただ苦笑いを浮かべて、ポリポリと頬を掻く。
「しかし、最近の盗賊団の動きも随分大胆になりましたね。アジトがわからないから動けないとのことですが、そろそろ上も本腰入れて動かざるを得ないのではないでしょうか」
「そうだな、ギルドから指名依頼がくれば、盗賊団のひとつやふたつ、この殲滅のドブロ様がボコってやるんだが」
盗賊団についてドブロとアランが話し出したとき、再びギルド内に甲高い泣き声が聞こえてくる。それはあのロゼという女性の発したものであった。隣にいる男性も堪らず目を覆い、天を仰いでいる。
「うわーーーーん。姫様あああああああああ」
「おい、アラン。なんだ、ありゃ」
会話を中断させるほど号泣に、流石にドブロも気になったのかアランに尋ねる。
「ああ、ロゼさんですか。彼女はアデルハイドのC級の冒険者ですよ。なんでも騎士階級の生まれで、最近この近辺で噂になっていたアデルハイドの王女様なのではないかと噂される少女がいるとの話を確認しに行ったのです」
「ああ、あのクエストか。よくまあ、あんな話を信じる気になったな」
「まあ、案の定小銭稼ぎのためにガセ情報を流していた詐欺師の一団だったらしいですけどね。ですが、彼女は騎士階級の生まれらしいので愛国心も強いのでしょう。流石に地元の冒険者は信じてなく、誰もクエストは受けていないということを説明したのですが、それでも行くと言い張られて」
呆れたようなドブロに、アランは苦笑いを浮かべつつそう答える。アルクはその話に興味を覚え、ハルに尋ねる。
「アデルハイドの王女って?」
『うーん、私もアルクと同様、ユーリカ村でずっと過ごしていたから世事に疎いんだ。まったく解らん』
「カシスも森の中でずっと過ごしてきたから、同上にゃん」
続いてアルクはパナシェとライムを見る。どうやら二人は知っているらしく、顔を見合わせるとパナシェが口を開き、話し始める。
「うーん、四年ほど前にね、アデルハイドのパッフル王女の七歳の誕生日会が開かれたんだよ。外国からも王族たちが集まって、盛大に祝われたその宴に突如一人の魔女が乗り込んできたんだ」
「魔女?」
「うん、なんか結構有名な魔女だったらしいけど、名前はうーん」
パナシェは魔女の名前を思い出そうと必死に首を捻る。ライムは知っていたらしく、その名前をアルク達に告げる。
「確か、狂恋の魔女ヴェアトリーチェよ。死を司ると言われる大魔女マリーの娘として育てられた魔女。少しでも恋心を抱いた相手は皆殺してしまうほどの正真正銘の恋狂い。そんな女があるとき、アデルハイドの王様に恋をし、振られた結果、その恨みの矛先が娘の王女様に向いたって話よ」
「へえ、そんなのがいたんだ。それでアデルハイドの王女様はどうなったの?」
「ヴェアトリーチェはS級冒険者でもあったアデルハイド王に討たれたんだけど、死の間際に魔女は最後の魔法を放つの。その魔法に巻き込まれてしまった王女様は、その場から跡形もなくいなくなってたらしいわ。大国の王女様がいなくなってしまったんですもの。隣国であるここスーラでも結構大騒ぎしてたわよ」
ライムの話を聞き、アルクは未だすすり泣くロゼを眺める。そして、そこで一つの疑問を覚え尋ねることにした。
「でも、それって死んでるんじゃ?」
「まあ、普通に考えるならそうなんだけどね。でもその際に使われた魔法が時空魔法で、遺体も残っていないことから、生存の可能性もゼロではないっていうのが、宮廷魔術師たちの見解なんだって。だから、アデルハイドの富豪や名士は王女捜索のクエストを今でも出しているらしいわ。まあ時空間に取り残されて分解されたり、誰もいない荒野や海なんかに転移してしまったりの方が可能性としては高いらしいけど」
「そうなんだ、大変なんだね」
パナシェの説明にアルクは頷く。王様という遠い身分の人でもそのような悲劇に見舞われてしまうというのはアルクにとって、意外なことであった。哀しい話とは思うのだが、あまりにも遠すぎる人たちの話であり、ロゼのようには感情移入は出来そうにはない。ドブロも同じであるのか、すすり泣くロゼを呆れ顔で眺めていた。
「ま、そんな眉唾なクエストにわざわざ出向くなんて大した愛国心って奴だなあ。じゃあ、隣にいる男は誰なんだ」
「ああ、あの方はですね。あのアドベンチャー・イラストレイテッド誌の記者をされているギブソンさんです。冒険ライターでありながら冒険者ランクもC級としてもご活躍されてる凄い方です。私もファンでギブソンさんのコラム、ぶらり冒険旅は欠かさず読んでるんですよ」
「マジか。ハッ、もしかして俺への取材か?」
「いえ、違います」
アランの言葉に瞳を輝かせたドブロは、一瞬で肩を落とす。
「ここにはただぶらりと立ち寄っただけらしいですよ。なんでもロゼさんの御父上と知り合いらしく、会ったときはよろしく頼まれているのだとか」
「へえ、お守りも大変だなあ」
「あっ、そうだっ! アデルハイドの冒険者といえば、もう一人凄い人がこのゼリカに来ていますよ、ドブロさん」
アランは手の平をポンと叩き、目を輝かせてドブロに話す。
「凄いのって、なんだ。アデルハイドで凄いのっていったら……まさか【銀騎士】のグレイか?」
ドブロが考えあぐねた挙句、出した名前にしかしアランは笑顔で首を横に振る。
「いや、流石にそこまでのビックネームではないですね。仮にもS級冒険者がここにきたら、大騒ぎになっています。ですが惜しい。ドブロさんは去年アデルハイドで行われた天下一武道会の結果をご存知ですか」
「ああ、流石にな。グレイが普通に優勝したじゃねえか」
「ええ。ですがその決勝、わずか十六の齢ながら、アデルハイドの冒険者の頂点にたつグレイさんと互角に渡り合い、アデルハイド王が強制的に介入し判定するまでに善戦したあの【黒】のラカン。あの人が来てるんです。なんと十七の若さでもうB級なんです。ラカンさん達もアデルハイドのギルドから誘拐事件の解決のクエストを受けてこのゼリカに来たとか。今回の件でも良い協力者となってくれそうですね」
陽気にそう話すアラン。しかし、ドブロは面白くないのかケッと吐き捨てる仕草をする。
「たとえ、S級と互角にやり合って十七でB級だろうが、合同クエストをするからには、ゼリカのエースである、この【殲滅】のドブロ様の指示に従ってもらわないとな」
そんなとき、ギルドの入り口から人が入ってきた。
その瞬間、ギルドは一瞬静寂に包まれる。入ってきた人物は艶やかな黒髪をポニーテルにし、背中まで下した長身の美しい女性だった。実際、彼女がギルドへ入ってきた瞬間に男女関係なく皆が目を奪われてしまっていた。アルクも思わずポカンと口を開け、ぼうっと眺めていた自分に気付き、必死に首を振る。女性陣の叱責を恐れ、ビクビクと隣を見ると、パナシェ達やラムもうっとりとその女性を眺めていた。そして再び女性を見ると、人を惹きつけているのは外見だけではないとアルクは気付く。草木を編み込んでいるらしい緑色の鎧はピッタリと胴にはりつき、スラリとしたその肢体はまるで滑らかな陶器を思わせる程美しいラインを描いている。しかし、その立ち振る舞いは隙というものが一切見当たらない。背中には自分の背丈ほどもある美しい装飾の施された白い大弓を背負っていた。涼やかで凛とした表情と相まって、頭からつま先においてまで全てが神秘的とまでいえる程の雰囲気を漂わせていた。
「う、美しい。お、おい、アラン。あの女、いやあのご婦人は一体」
「ああ、あの方はですね、さっきいった」
ドブロが褐色の顔を真っ赤に変えながら、アランに小声で尋ねる。アランはすでに面識があるのか、周囲の反応を面白そうに眺めながら口を開く。だが最後まで言うまえにさらに一人の人物がギルドへと足を踏み入れた。それは全身黒ずくめの男だった。百九十に届くだろう長身に、鍛え上げられた肉体を黒染めの革鎧に包んでいる。特に目を引くのが背中に背負った男の背丈ほどある漆黒の大剣であった。先ほどは魅惑され、女性を注視していたギルド内の冒険者たちは今度は強い威圧感を覚えるとともに、男から目を離せなくなっていた。男は悠々とギルドの中を進みながら、ゆっくりと足を前に進める。そのとき周囲を見渡す男の視線と、アルクの視線がぶつかる。強い意志を感じされる眼差しを見たとき、アルクの全身にぶるっと震えが走った。その理由はわからなかったが、それでも目の前の男が今まで出会った者達の中でも、別格の強者であるということだけは本能が理解していた。




