国境の街
近づくにつれ、逃げている子供が自分と年の近いであろう少女であることにアルクは気付いた。背中まで伸ばした髪を必死に振り乱してこちらへと逃げてくるが、このままではアルクの下にたどり着く前に捕まってしまうのは明白であった。
「サンダーボルトッ」
そのため、極力威力を抑えた雷撃を牽制として放つ。大きく逸れ、地面を抉る雷撃。しかし、狙いどおり追っ手たちの足は止まる。逃げる少女は必死なのか、身を竦ませるも立ち止まることなく、アルクの下へと駆けてきた。そしてたどり着くとアルクの背後へと回り込む。
「お願い、助けてッ!アイツら盗賊団なの。私もお姉ちゃんも村でアイツらに攫われて」
「うん、もう大丈夫だよ。もうすぐ僕の仲間も来る。それに僕の来た方にB級冒険者の人が乗ってる馬車があるから、そこまで走って」
アルクは男達に聞こえるように、大きな声で少女に告げる。効果は覿面で男の内の一人があからさまに動揺し、仲間に話しかける。
「おいっ、B級がいるらしいぞ。聞いたか? どうする」
「馬鹿野郎っ、ここで女逃がしたことがバレたらアジトに戻れねえだろ。アニキたちに殺されちまう。今、この場でこのガキ共を殺すほかねえッ! 行くぞっ!」
先頭にたっている一際体格の優れている強面の男が、そう一喝する。そして一斉に剣を構えると、今にも飛び掛かろうとにじり寄ってきた。アルクは全力疾走と魔法の行使で乱れた呼吸を、最近祖父に教えてもらった呼吸法で整える。三度、へその下に息をため込み、吐き出す。まだ心臓は強く波打っているが、呼吸は乱れることなく整えることが出来た。
『殺る気満々だな。どうする』
「うーん、そうだなあ」
アルクも剣を構えながら、のんびりとハルに答える。応援が来るまで時間を稼ぐのが最善ではあるだろう。しかし、アルクには目の前の男達の動きが気になっていた。わざと隙を見せているのかと思う程に、緩慢で散逸的だ。あれで十全に武器を振うことが出来るのだろうか。
そう考えていると先頭の男がやにわに大きくこちらへと踏み出してきた。体の力を外へと逃がしてしまうようなその歩行。それを見たアルクは無駄に大きく剣を構える男を迎撃することに決めた。姿勢を低くしながら地面を蹴ると、勢いよく相手との間合いを詰める。その急激な動きにどう動こうか考える男の表情を、アルクは瞬時に見て取った。
(小さく……鋭く……)
最後の踏み込みと同時に、最短距離で無造作に突き出された男の手首目掛けて剣を振り下ろす。男は反応することも出来ず、切り落とされた両の手首が剣ごとボトリと地へと落ちる。
「ギャアアアッ、手がッ」
悲鳴を上げながら地面に両膝をつき仰け反る男。それを尻目にアルクは更に前方へと駆け抜け、呆けたようにこちらを見る男へと向かっていく。恐怖に体が反応しただろうか。目を大きく見開くのと同時に、アルク目掛けて大きく掲げた剣を片手で振り下ろす。大きく弧を描きながら振り下ろされる斬撃は、しかしアルクにとっておそろしくゆっくり感じられた。それに対し、アルクは姿勢をいっそう低くすると共に、その刃の下へと踏み込む。剣はまだアルクとの距離を半ばまでしか詰めれていない。アルクはそれよりも速く眼前に見える男の肘を切り落とした。腕と武器を失った男は痛みに仰け反るが、アルクは叫ぶ暇も与えず剣の背を側頭部へと叩きつけ、男を昏倒させる。
残りの一人へと視線を向けると、まるで魔物を見るかのような顔をしてこちらを見ていた。男が一歩後退るのをみたアルクは、逃がさじとばかりに駆けだす。
「くっ、来るなっ」
なんとか我が身を守ろうと、ただ愚直に剣を構えている。そこには最早攻撃の意思は感じられない。
「ハアッ!」
肩、肘、腰、膝、爪先に至るまでの全身を使い、アルクは渾身の力を用いて一撃を放つ。祖父との数え切れぬ実戦の中で最近掴んだ体の使い方。それを用いた斬撃は、いまだ子供であるアルクの体躯といえど相応の威力を持つ。甲高い音を立てて、剣が宙へと弾き飛ばされた。
「ああっ」
武器を失い、悲痛な声を放つ男の喉元にアルクは剣の切っ先を突き付ける。
「こっ、殺さないでくれ」
「大人しくしていれば、殺さないから。ハル、終わったよ」
『……瞬殺だったな。成長期とはいえ、短期間でまさかここまでとは。この賊は私の見立てではレーヌのチンピラよりは強いと思ったが。ラッドは中々スパルタなようだな』
ハルが称賛と呆れの混じった声をあげる。
「お祖父ちゃんと比べると、止まってみえるぐらいだったよ。なんか体の感覚とかが以前よりも全然違うんだ。本当はもっと色々試してみたかったけど」
己の手の中の剣を見つめながら、少しばかり燻ってしまった熱を惜しむ様に柄を強く握る。そんなとき、パナシェが自分を呼ぶ大きな声が聞こえた。
「おーーーい、アルクーーーー。大丈夫って、あれっ、もう終わってるーー?」
振り返ると、息を切らしながらこちらへと駆けてくる三人の姿がある。そして、先程アルクに助けを求めてきた少女も先ほどより少し後方に下がった場所で、目を丸くしながらこちらを見ていた。
助けた少女の名はラムといい、アルク達と同い年とのことだった。村で姉と一緒に誘拐され、馬車で運ばれる途中助けを求めるために逃げ出したのだという。姉を助けて欲しいと懇願するラムを宥め、盗賊たちを縛り上げると、パナシェの加護でその怪我を治したアルク達は一度馬車へと戻った。ラムや縛られた男たちの姿に驚くブランたちに事情を説明し、ラムの案内で逃げだした場所に救助に向かう。しかし、そこは既に盗賊の姿はなかった。捕虜たちもドブロが殴っても頑なに口を割らなかったため、追跡のしようもないアルク達はゼリカに戻りギルドにこの件を報告することにした。その道中――
「おねがいします、アルクさん。なんとかお姉ちゃんを助けてください」
「う、うん。出来る限りのことはしたいと思ってるけど」
隣にピッタリとくっついたラムに、アルクはぎこちなく答える。触れ合った肌越しに伝わるその柔らかい弾力に落ち着かない気分になるアルクは、尻をずらしながらさりげなく隙間を作る。
「キャッ」
小さな馬車の揺れ。だが、ラムは小さく悲鳴を上げると、再びアルクに肩を預けてくる。
「あっ、すいませんアルクさん。大丈夫ですか」
見上げるラムの顔を近距離で直視してしまったアルクは、咄嗟に顔を背ける。ラムはとびきりの美少女というわけではないが、誘拐されるだけあって整った顔立ちをしており、十分に可愛らしいといえる少女であった。救出直後から何故かアルクの側を離れようとせず、馬車に乗り込んでも当然のように隣に座り込み、しきりと体をくっつけてくる。堪らずアルクは閉口するが、助けを求めるように前にいる仲間の少女に視線を送るも、三人共ふいっと目を背けるばかりであった。
「まあ、盗賊団が相手となると個人の冒険者というよりは、冒険者を集めた集団クエストとなるでしょうね。王都周辺なら騎士団も出てきてくれるのですが。辺境はどうもそういったことも冒険者頼りにしてしまいがちで。ただ、ゼリカのギルドもすぐには動いてくれるかは疑問です。こういった被害は今に始まったことではないですからねえ。経済にも影響を与えるレベルになってきていますから、早く解決に乗り出して欲しいのですが」
ブランが御者台から、そう教えてくれる。
「そうだぜ、嬢ちゃん。そんなジャリボーイじゃなくて、このドブロ様が姉ちゃんを助けてやるよ。それとお姉ちゃんってのは結構な美人なのかい」
「まあ、村一番の美人ではありましたけど。……ありがとうございます」
ドブロの言葉に、ラムは素っ気なく答える。それを契機にしてか、馬車内は沈黙に包まれる。気まずい雰囲気の中で、突然ショコラが明るい声をあげる。
「皆さんっ、ゼリカの街が見えましたよ。来てみてください」
アルク達が御者台へと近づくと、道の先にゼリカの街が見えた。奥の方に大きな城砦が見える。新しい街への到着にアルク達は歓声を上げ、目を輝かせる。
「見てっ、アルク。おっきな砦があるよ」
「確かに、おっきいね。街に砦があるんだぁ」
「カシスはあのぐらいの街は初めてよね」
「そうにゃん。ギルドに行ったら冒険者登録もしたいにゃん」
自然と興奮し、アルク達ははしゃぎだす。後ろからおずおずと出てきたラムも、目の前の景色に口を小さく開いて食い入るように見つめていた。
『すぐ隣は外国だからな。ゼリカの城砦は中々の規模だ。あの更に奥へと進むと関所がある』
(そうだね。でもラムのこともあるし、すぐにはいけなさそうだけど)
『ああ。だが我々が出来るのはあくまでギルドへの協力だ。ブランも言った通り現地の冒険者を集めた集団クエストになるだろう。一応ドブロもB級らしいし、他にも優れた冒険者がいてくれればいいのだが』
ハルの言葉に頷きながら、アルクは近づいてくるゼリカの街を皆と一緒に眺め続けた。




