行商と野盗
アルクは体を引き裂くような苛烈な剣戟を、目を凝らしながら必死に防いでいた。ラッドの繰り出してくる数多の攻撃は、一撃一撃が受け損ねたら致命傷となるレベルである。歯を食いしばって痛みに耐えていると、一瞬ラッドの右肘が大きく開き、緩慢な動きとなったように見えた。考える間もなくアルクは距離を詰め、体ごと叩きつけるように突きを繰り出す。ラッドは遅れて合わせてくるが、その動きよりもアルクの突きの方が速く相手に届くかのように思えた。その時――
「あっ⁉」
クン、と巻き上げるように軌道を変えたラッドの剣は、アルクの剣に巻きつくようにしてその手首を容易く切り落とした。激痛に堪らず蹲り、手を抑える。夢に近い空間と言っても、痛みは変わることはないのだ。しかし、切り落とされた手はあっというまに淡い光となって消え、アルクの手首も同様の光を放ち、元通りとなる。
「あからさまな隙に突っ込んじまったな。命のアウトカウントは一つしかないんだから、気を付けろよ」
目論見通りと言わんばかりにニヤニヤとした笑みを浮かべながら、ラッドは己の手にした剣の背で肩をポンポンと叩く。アルクは手首を抑えながら、見上げるようにして今しがたの奇術めいた斬撃について祖父に問う。
「今の何? なんか不思議な軌道だった」
「まあ技の一つだよ。今のは小手先みたいなもんだが」
「技かあ」
「ああ、案外見えてるからこそ、自分の視覚に騙されちまう。危険だと思ったら、あえて踏み込まない勇気も必要だぞ」
「うん、わかった。ねえ、お祖父ちゃん、今の教えてよ」
アルクの頼みに、ラッドは顎に手をやり少しばかり考える素振りをする。しかし、アルクの顔をじっと見た後、ふっと穏やかに微笑んだ。
「まあ、お前も大分サマになってきたからな。いいぜ、教えてやる。そろそろ次のステップにいくか」
「ホント、やったあ」
アルクは元気よく立ち上がると、剣を構える。
「ま、俺の指導はもっぱら実戦形式だからな。来い、アルク。まずは体で、ってやつだ」
「うん、知ってる。……じゃあ、いくよっ!」
これから見れる祖父の剣技、その一つ一つを漏らすまいと覚悟を決め、アルクはラッドへと挑みかかっていった。
全身を強い振れが襲うのを感じ、アルクは目覚めた。周囲は薄暗く、木箱などが積まれている。ガタガタと音が鳴り、地面からは絶えず振動が伝わってきていた。
「起きたんだ。今、ちょっと強く揺れたもんね」
「うん、眠っちゃったんだね」
「最近は休憩時間も剣を振ってるもんね」
隣にはパナシェが座っており、笑顔を向けてくる。
「肝心なときに役に立たないってのは勘弁してよ」
「もうすぐゼリカの街にゃん」
正面にはライムとカシスが腰を下ろして座っていた。眠い眼をこすりながら、一つ欠伸をすると、ハルに状況を確認しようと声をかける。
「ねえ、ハル。今ってどういう状況だっけ?」
『おいおい、寝ぼけているのか』
「最近、少しばかり夢と現実が曖昧で……」
『例の夢か。ならまあ、仕方ないか。今日我々は道の途中で馬車が壊れた行商を見つけ、その修理を手伝っただろ。その後……』
「お、ボウズが起きたか」
御者席から褐色の肌の大男が、中へと乗り込んできた。肩幅広く、筋骨隆々とした肉体は見る者に威圧感を感じさせる程だ。特に目立つのはその頭頂部であり、生えていないのか剃っているのか、見事なまでにツルツルであった。その男の名前をアルクは思い出そうとする。名前は確か……。
「ドブロさん」
「おう、ゼリカ一の冒険者ドブロ様だ」
悪童のように頬と吊り上げ、ドブロが豪快に笑う。アルクは眠気が去っていくと同時に、思い出し始めた。今日の旅の途中、行商の馬車が壊れ、用意していたスペアまでもが壊れてしまっており立ち往生していたのを助けたことを。幸いアイテムボックスに修理キットが入っていたため、簡易的な修理をしたところ、ゼリカの街まで乗せていってくれることになったのだ。ドブロはその行商の夫婦の旦那さんの幼馴染で、B級冒険者であり、本人曰くゼリカ一の冒険者であるらしい。今回は幼馴染のために護衛として、一肌脱いでいるとのことだ。
「あとちょっとでゼリカの街ですよ」
御者席からほんわかとした声が聞こえる。現実を認識し、思い出したアルクは、それが行商人の奥さんであるショコラの声だと解った。亜麻色のふんわりした髪を腰まで伸ばした、おっとりとした可愛らしい女性の姿がアルクの脳裏に浮かぶ。続いて旦那であり、この馬車の所有者であるブランがアルク達に話しかける。癖のある赤毛の、涼やかな目をした人の好い男性であったなと、アルクはその姿を思い浮かべた。
「いやあ、しかし本当助かりました。もしアルクさん達が通りかからなかったら、一度ゼリカまで徒歩で行ってから荷を回収しなければいけないところでした。こういう時の為スペアは欠かさず用意していたのですが、まさかそれまでが壊れているとは。これからの反省点ですね」
おっとりとした声でブランがしみじみと話す。
『まあ、スペアを用意するところまでは合格だが、そのスペアの点検を怠ったのは大きなマイナス点だ。アルク達も冒険の前にはスペアを含めてしっかり点検するんだぞ』
ハルがよい実例を見つけたといわんばかりに、アルク達に教訓を垂れる。
「それ、もう三回目にゃん。アルクが起きてからは最初かもしれないにゃけど」
カシスが少々うんざりした様子で、ため息をつく。
「でも、アルクさん達みたいな可愛らしくて、頼れる冒険者さんと出会たんですもの。今回のトラブルも悪い物じゃないわよ、ブラン」
「ああ、ショコラ。そうだね、マイハニー。君の言うとおりだ。きっとこの素敵な出会いも君という天使のお陰だね」
歯の浮くようなセリフを平然と放つブラン。
「おいおい、またかよ。幼馴染とはいえ少々きついぜ」
「はあ、確かに。流石に何度も見てると、こっちが恥ずかしくなるわ」
「えぇ、オイラは素敵だと思うけど。ねぇ、アルク?」
「う、うん……」
アルクは馬車に乗り込んで早々寝てしまったので、事情が掴めない。そんなアルクの様子に気付いたブランが、意気揚々とアルクに告げる。
「アルクさんはお疲れで寝てましたからね。では、改めて私たち夫婦のヒストリーを是非聞いて欲しいですね。旅する冒険者という古来よりの神聖な存在に私たち夫婦の愛の軌跡を語る。なんて素敵なことでしょうか」
「えっ、はい」
思わず頷いてから、アルクは目の前でブンブンと首を横に振るライムとカシスに気が付いた。しかし、時すでに遅く、ブランは謳うような口調で夫婦の馴れ初めを語り始める。それを耳にし、二人はがっくりと肩を落とす。
「では最初から話しましょうか。私の家は代々、ゼリカを拠点に行商をしていまして、私も物心ついてから親の手伝いをしていました。そんななかでアデルハイドへと行くことになり……」
「というわけで私は貧しいスーラの行商で、ショコラはアデルハイドの富裕層の令嬢。告白したときも、このスーラで幸せにできる自信はありませんでした。でも、ショコラは告白後に俯いてしまった私に言ってくれたんです、リンゴ一緒に食べれるねって。その時、私は決心しました。この素晴らしい天使を生涯かけて幸せにすると……」
「懐かしいわねぇ。私の両親は最初認めてくれなかったけど、駆け落ち同然で家を出て、ブランがゼリカに自分の店を持てるぐらいになると、しょうがないと認めくれたのよ」
「それにショコラの家から援助も受けられることになったんです。これでゼリカに念願の店が持てます。ショコラは私にとって幸運の女神なんです」
感極まったかのように、ブランが御者席からアルク達に語りかける。
「は、はぁ」
「……これも三回目にゃん」
疲弊した表情で呟くカシス。ライムは瞳を閉じ、座禅を組んで精神統一を図っていた。パナシェだけは目を輝かせて、その話に聞き入っている。
「わあっ、素敵ですッ。そんな出会いもあるんですねっ! ねえ、アルク」
「う、うん。そうだね」
『新婚夫婦とはいえ、アルク達のような子供の前だというのに』
ハルはハルで呆れ気味だ。しかし、その声はブランたちには届いてはいないが。完全に惚気ている幼馴染のブランに、ドブロが呆れたように声を掛ける。
「おい、ブランよぉ。ちびっ子どもにそんな話聞かせたところでなんもなんねえぞ。それより早く街に行こうぜ。俺も酒場で一杯やりながら、姉ちゃんたちをからかいに行きてぇしな」
「そんな話って……。ま、まあ飛ばさずとも後一時間もすればつくと思うよ。今回はドブロに護衛してもらったけど、幸運にも野盗には合わなかったし」
「野盗?」
ブランの言葉に、アルクは首を傾げる。そんなアルクの疑問にブランはすぐ答えてくれた。
「最近、この近辺で誘拐や強盗事件が多発してるんです。だから幼馴染でスーラでも腕利きのドブロに護衛を頼んだんだけど、そんな余裕もない行商は危険を恐れて止めてる者も多い。まあ、だからこそ稼ぎ時でもあるんですけどね」
「野盗?」
『スーラは治安が悪いからなあ。馬車旅を勧めないのも、そういったリスクがあるからだ。衛兵も冒険者もいない平原では、よく馬車は賊に狙われる。それにスーラの馬車は劣悪なものも多い。サスペンション機能のある魔具がこの馬車には備えられているが、大半はそうでない。そういった馬車での旅は拷問以外の何物でもないしな』
「成る程」
実際、快適な馬車旅をしたアルクも、その点は疑問となっていた。それは、単純に治安や快適性といった理由であったわけだ。
「でも、これぐらいの馬車なら結構快適よね。余裕が出来たらしたくなるぐらい」
「ふふ、実際冒険者の中には馬車を使いながら、行商も兼ねている人達もいるらしいですよ。中にはケルピーみたいな魔物をテイムして馬替わりにしている冒険者もいるとか」
「うわあ、もし自分たちの馬車が持てたら素敵だろうなあ。ねえ、アルク、アデルハイドでお金を貯めたら馬車を買うのもいいかもね」
「うん、それもいいかも」
ショコラがおっとりとした口調で、ライムの言葉に応える。アルクはパナシェに頷きながら、自身の展開するマップ上で、反応が多数、こちらへと向かっているのを注視していた。
(ハル、これって……)
『魔物同士の狩りだろうか? どうやら追われているようだが。だがそれにしては動きが単調だな。人の可能性もあるかもしれないな』
それは確かに一つの反応が他の三つに追い立てられるように必死に街道に向かって逃げているように思えた。アルクは御者台に歩み寄り、馬を御しているブランにそのことを伝える。
「ブランさん。ちょっとだけ止まってもらえますか。なんか、魔物っぽいのがこっちに向かって来ているような気がするんです」
「はあっ⁉ そんな都合よく魔物が解るわけねえだろぅ。まだ寝ぼけてんのか」
アルクの言葉に、ドブロが声に険を含ませながら制止する。しかし、人の良いブランは、頷くと馬車と止めてくれる。アルクは礼を述べると馬車から勢いよく飛び降りた。もし、人が魔物に襲われでもいるのであったら、すぐさま助けねばならない。魔物だけであっても、街道に出てくるのであれば冒険者として駆除するのが望ましい。アルクはそう判断し、マップの反応のする方へ駆けだす。
「あっ、待ってよ、アルク」
「何か気になる反応だから先に行ってる。後からついてきて」
「ちょ、ちょっと」
「は、速いにゃー」
ここ最近は寝ていると体の節々が痛むアルクであったが、それに伴って身体能力も向上してきていた。以前は皆と似たような走力であったが、いまでは一番速くなっている。
『アルク、急ぐのは良いが、戦うかどうかは相手を見てから判断するんだぞ』
「うん。強そうだったら逃げるのも選択肢に入れるよ。幸いブランさんの馬車もあるし、オーバーブレイクを使ってそこまで逃げのびる」
『ああ、いい心掛けだな』
追われる者と追う者の距離は少しずつ縮まってきている。遠くに見える豆粒のような姿は、全力で駆けるうちに次第に鮮明になっていく。どうやら先頭は人の子供のようだ。魔物に襲われている訳ではないらしい。追う者は三人の男であった。
『どうやら追っている者たちも人のようだ。事情が分からないから相手が悪人とはいえない、と普段なら言うのだが』
「どんな事情があっても、あんなに必死に逃げている子供相手に、大の男が三人も剣を持って追っかけ回しているのは頂けないね」
『ああ、まったくだ。どうする、パナシェ達を待つか』
三人はかなり後方にいる。大分離してしまったようだ。待っている間に子供が捕らえられてしまう可能性もある。アルクはまずは単身で乗り込む覚悟を決めた。互いの距離が近づいてくる。逃げている子供も前方に、アルクの姿を認め助けを求めて叫んだ。
「助けてッ!」
「今行くっ」
アルクはそう答えると、ハルを剣へと変えその柄を強く握りしめる。そして、追われる子供を救出するために力強く大地を蹴った。




