プロローグ
夏の強い日差しが延々と降り注ぐ中をアルク達は進んでいた。その全身は大量の汗で濡れており、肌に張り付く衣服の不快感も強い。夏の熱さは冒険者にとっても大敵である。夏だけはフィールド専と声高に唱える冒険者パーティーの中にも、ダンジョンに潜る者達がいる程だ。
「暑い……」
額から瞼へと流れ落ちてきた汗を袖で拭いながら、アルクは堪らず呟いた。この暑さに対処するためまだ薄暗い早朝に、コテージを出て行軍を開始したのだが、日が昇りきる頃には大分体力も消耗してしまっていた。魔物と遭遇する可能性のあるフィールドということもあり、最低限の装備はしなければならない。冒険者の装備は大抵換気性が悪く、上質の生地を使ったアルク達の装備でも、完全に暑さを凌ぐことなど出来なかった。
「ねっ、ねえっ! もう、お昼の時間になるんじゃない。一度コテージで休みましょうよ」
一番最初に根を上げたのはライムであった。様々な装備や道具を仕込んだ愛用のジャケットを脱ぐに脱げず、半脱ぎになりながらアルクへとそう進言する。全身を厚手のローブに包んだカシスも、ライムの後ろで顔を真っ赤にしながらぶんぶんと首を縦に振っていた。さて、どうしたものかとアルクは悩む。ここ数日は確かに休息を涼の取れるコテージにて取っていたが、そこで一つ問題が起きてしまっていた。そんなとき、それを諫める者がいた。パナシェである。
「駄目だよっ! まだお昼の時間まで全然だよっ! そういって、昨日も一昨日も午前中にしか行動できなかったじゃないか。一度あの快適な空間に身を置いたらもう動けないよっ! ここは我慢、我慢ッ!」
そういうパナシェ自身も大量の汗が顔から滴り落ちている。確かにパナシェの言う通り、ここ数日はコテージに引っ込んだ後は、風呂にて汗を流し、時空間のためにとても涼しいコテージ内でだらだらと過ごしてしまっていた。おかげで最初に予定していた国境の街ゼリカへの到達日数が大幅にずれてしまったのだ。
「鬼ね、アンタ。カシスはもう死にそうになっているのに」
「にゃっ、休むのにカシスをダシにしないで欲しいにゃん。とはいえ、カシスも休みたいにゃん。森育ちには少しこの日差しはきっついにゃんよ」
「あんたは服装もヤバいからね。そのローブも脱いじゃいなさいよ」
「これは駄目にゃん。カシスのポリシーにゃん」
「……そう、ならしょうがないわね。でも、こんな中で動き続けたらホントに死んじゃうわよ」
なおも追いすがるライムの声を、パナシェは断固とした表情でゆっくり首を横に振り拒否する。項垂れるライムとカシス。そんな中、アルクは風が運ぶ匂いの中に土の香りが混じってきたのを感じていた。空を見上げ、クンクンと大気を漂う匂いを吸い込む。パナシェはそんなアルクに気付き、首を傾げて尋ねてくる。
「どうしたの? アルク?」
「いや、なんだか雨の匂いがしてきたなって」
「雨の……ああっ、確かに土や葉っぱの匂いがするねっ」
パナシェはそう言うと、アルクの横に並び立ち、同じようにじっと空を見上げる。ライムとカシスは呆れたようにそんな二人を眺めていた。
「雨の匂いって、そんなの解るの?」
「うん。畑仕事してたとき、この匂いがしたらいつも雨が降ってたから」
「あっ、ほんとにゃん」
空を見上げる四人の顔にぽつりぽつりと雨が降り注ぐ。雨を避けるため、すぐそばの林の中へと退避する。木の下へと移動した瞬間、ざあっと強い雨が降り注いでくる。
「ふわぁ、整うねえ」
「涼しー」
「生きた心地がするにゃん」
雨によって冷やされた風が、アルク達の火照った肌を優しく撫でる。木に背中を預けながら、暫くそこで涼を取ることにした。雨のため、今までけたたましく鳴いていた虫たちも大人しくなり、ただ雨が木々の葉を撃つ音だけが静かに聞こえる。
「きっと通り雨だね。すぐ止むと思うよ。あっ、そうだ。昨日買ったスモモを食べよう」
ふと思い立ち、アルクは昨日通りがかった農村で購入した冷やしたスモモが入った籠をアイテムボックスから取り出し、皆に配る。そうしてキンキンに冷えた果肉へと噛り付くと、程よい酸味と甘みが口いっぱいに広がった。渇いた喉も潤い、夢中となって二個、三個と貪る。少女たちも同様に目を細めながら「美味しー」と、スモモを齧っていた。
「いい感じに固くて、美味しいね」
「カキンカキンしてるぐらいが一番いいのよねえ」
「もうちょっと熟れてても美味しいと思うにゃん」
食べ終えた後、木の根に腰を下ろしつつのんびりと外を眺める。汗も引き、荒い呼吸も落ち着いたアルク達は、静かに雨の音に耳を傾ける。音楽にも似たそれを、陶然となって聞いていると不思議と懐かしい気持ちとなる。そんな中、パナシェがふふっ、と小さく笑みを漏らした。
「どうしたのよ、パナシェ」
「いや、こうしてると小さいとき、師匠と外に薬草を取りに行って雨に降られたときのことを思い出して。あの時もこうして雨宿りをして、雨の音を聞きながら眠っちゃって、気付いたら師匠の膝の上だったなあ」
「あっ、お祖母ちゃんも言ってたにゃん。優しい雨は精霊の子守歌なんだって。カシスも雨の日には外に遊びにいけず、お祖母ちゃんと家でずっと遊んでたにゃん」
「なんか、ロマンチックねえ。そういうの嫌いじゃないわよ。あたしも雨の日には縁側でのんびり過ごすの嫌いじゃなかったなあ。お婆がお客と囲碁さしてる横で、お菓子食べながらダラダラ寝てたっけ」
「アルクは?」
パナシェがアルクの雨の思い出を尋ねてくる。アルクは再び雲が通り過ぎ、陽がさし始めた空を眺めながら、自身の過去を振り返る。
「僕も雨の日は嫌いじゃないよ。水の不足を心配する必要もないし、雨の日は時々お休みがもらえたから。そういう日は一日、納屋でこうやって冒険者として活動することを空想してたなあ」
『それが今は現実となっている。なによりのことじゃないか』
「うん、本当にね」
ハルの言葉に頷くと、アルクはあの頃のただ憧れていただけの日々を懐かしみながら、目の前で雨が降り注ぐのをただ眺めていた。そうしている内に雨の音は次第に小さくなり、やがて止まった。虫たちも再びけたたましく鳴き始める。しばらく余韻を楽しむ様に、外を眺めていた四人だったが、やがてパナシェが勢いよく立ち上がった。
「いい休憩だったね。でも大分予定より遅れちゃってるし、そろそろ行こうか」
「仕方ないわねえ」
「でも、体も大分休まったにゃん」
ライムとカシスも立ち上がり、再び準備をし始める。アルクもズボンの尻をはたくと、軽く屈伸をして体を解す。少しばかりの休憩だったが、体は驚くほど軽くなっている。
「じゃあ、行こうか。もうちょっと歩いたらお昼ごはんにしようよ」
アルクがそう促すと、三人は同時に頷いた。木々の下から一歩踏み出すと、強い日差しが再びアルクの皮膚を焼こうと照りつけてくる。そうして歩き出したアルク達。目の前には石畳の街道がどこまでも続いている。所々に青々とした葉が茂る林が見える。空は再び真っ青な色を湛え、その間を白く大きな立派な雲が流れていた。虫たちは絶えず甲高い鳴き声を上げ続けている。理不尽と思えるような暑さは、体力を容赦なく奪っていく。しかし、そんな夏は不思議としてアルク達の心を湧き立たせ、次の目的地へと向かわせてくれるようであった。




