エピローグ 巣立ち
翌日、アルク達の旅立ちの日。長年自分が暮らした家を出るとき、カシスは何も言わずにただドアをそっと撫でたのみであった。その後、皆でライオネルのねぐらへと行く。当然ながらそこには誰もおらず、周囲はシンと静まり返っていた。
「……カシス」
「ん……」
カシスはアルクに頷くと、何も言わずに慈しむ様にライオネルが寝そべっていた場所にある、一際大きな大樹を見上げた。その時、森の中に風が吹き抜け、周囲の木々の葉をさわさわとそよがせる。それはまるでこの森がここで生まれ育った少女との別れを惜しむかのように、アルクには感じられた。そんなとき、パナシェが驚きの声を上げる。
「あっ。ねえ、あれっ」
「どうしたの、パナシェ。って、うわぁ、真っ白な鹿……。キレイね」
突如、木々の間から現れた白い鹿。パナシェやライムが感嘆の声を上げた。カシスはその鹿と見識があるのか、微笑むとそっと別れを告げる。
「あなたも見送りにきてくれたんだ、ありがとう。私は行くね」
白い鹿はじっとカシスを見た後、甲高く短い鳴き声を放つと、森の奥へと去っていった。カシスはそんな鹿を見送ると、アルク達へと笑顔で振り返る。
「それじゃあ、行くとするにゃん。あんまり長居しても、未練が積もるだけにゃんね」
「そうだね、でも……」
メレンでも、レーヌでも見送ってくれる人たちは大勢いた。だが、今回カシスの旅立ちを見送る者はいない。アルクにはそれがとても寂しいことのように思えた。そんなアルクに、カシスは大丈夫だとばかりに笑って見せる。
「大丈夫。伝えたいことはもう伝えたにゃん。それに、ここにはいつだって帰ってこれるから……」
「そうだね。いつか、絶対また皆でこよう」
アルク達はしばらく名残を惜しみながら、かつて試練の獣がいた木漏れ日さす場所を眺め、そしてその場を後にした。
マップを頼りに森を抜ける。なんとはなしに戦闘が煩わしかったため、全て避けて通ったおかげで、その日の内に森を抜けることが出来た。既に陽は落ちかけ、周囲を橙色に染めている。遠くに見える丘の上には紫紺の雲がゆるやかに漂っていた。
「外にゃん。カシスはこれからあのずっと先にいくにゃんね!」
カシスは歓声を上げると、弾けるように丘を目掛けて駆け出した。
「あっ、一人でいくと危ないわよっ」
「オイラ達もいこうよ、アルクっ」
ライムがすかさずカシスを追いかけ、パナシェもアルクに振りかえり促す。マップには魔物の反応はないため危険はなかったが、アルクもパナシェに頷くとカシスの後を追った。すぐさまカシスに並ぶことは出来たが、笑い声を上げながら走るカシスを諫めずに皆一緒に丘の上まで駆けていく。どれくらい走ったのか、皆激しく肩を上下させ激しく息をついていた。
「うわあっ」
カシスが目の前に広がる景色を前にして、目を見開く。アルク達もその声につられ目の前に広がる光景に目を奪われた。そこには、今までのとは一変した景色があり、突如として世界が開けたように思えた。整備された街道が見え、遥か向こうにはここからでも見える大きな街の姿もある。
『あれが国境沿いの街ゼリカだ。あそこから先が我々の目指す冒険者のメッカ、アデルハイド王国だな』
「ようやく、たどり着くんだね」
『とはいえ、ここから先はまだまだ歩かねばならないが』
カシスはいまだに眼前の景色に心奪われているようで、じっと食い入るように見つめていた。カシスの話では生まれてこのかた森を出たことがないらしいので、その反応も当然といえるだろう。
「ここからカシスの功名を竹帛に垂る冒険が始まるにゃんねえ」
「ワクワクする?」
「うん、すっごく」
声を上ずらせながらカシスはアルクにそう答える。目の前の光景を目に焼き付かせんとばかりに大きく目を開け、じっと眺めるカシス。その後、上気させた顔でカシスはアルクたちへと向き直る。
「改めてだけど、皆これからよろしくにゃん」
「うん、よろしくねカシス」
「また仲間が増えて賑やかな旅になりそうだねぇ」
「新入りなんだからビシバシいくわよっ、覚悟しなさい」
改めての挨拶であったが、アルク達にとって既にカシスは仲間であったので、特別な言葉は何もいらなかった。そんな皆の言葉に、カシスも唯微笑む。アルク達は今日の冒険はここで止め、しばらく丘の上に腰かけながら、自分たちの目指す場所を談笑しながら眺めることにした。そして、日が暮れて周囲が暗くなった頃、コテージへと戻り夕食を取り入浴を済ませると、いつものように眠りについた。




