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少年と剣  作者: 編理大河
帰らずの森と試練の獣
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静かな森の夜

 アルクはカシスと話をするために家を出て、マップの反応を辿った。たどり着いたライオネルの寝床で、カシスが地面に蹲り嗚咽を漏らすのを見てしまい、その身を慌てて隠す。


『行かないのか?』

「う、うん。でも僕が行ったとして、その後どうすればいいかわからないよ。何を話せばいいの、ハル?」

『う~ん、確かにアルクの気持ちも理解できる。だが、私の長年の経験を吟味すると、こういった場合は出ていく一択だな。主人公たらんとするなら行くべきだ。とにかく優しく言葉を掛けねばならん』

「えぇ」


 アルクはあまり納得できないハルの助言に狼狽えながら右往左往する。その場を何も知らない顔でスルーすることも出来ないが、颯爽と乗り込むことも躊躇われた。そうこうしているうちに、木の枝を踏み抜き、カシスへと気付かれてしまう。カシスもアルクの存在に気付き、語り掛けてきた。


「アルク、でしょ? ……そうやって覗き見られると少し気まずいよ。良ければ話し相手になってくれないかな。……全部見てたんでしょ」


 やむなくアルクは覚悟を決める間もなく、目を赤く泣きはらした少女の前へと姿を現さざるを得なかった。




 今、アルクはカシスと並んで、ライオネルが寝床としていた大樹に背を預けながら、星空を眺めていた。あの後、二人の間には会話はなくアルク達はただ無心に星を眺めている。かつて、ライオネルがおり、そしていなくなってしまった空間はとてつもなく広く感じられた。


「広いね」

「えっ?」


 どれくらい、そうしていたのだろうか。そんなアルクの思いに呼応するかのように、ぽつりとカシスは呟いた。アルクの方を見るでもなく、ただ空を眺めながらカシスは言葉を続ける。


「私が生まれてからずっと、おじちゃんはここにいた。私はおじちゃんと遊びたくて、毎日ここに遊びに来てたの……」

「うん……」

「……もっと早く、私がここを巣立てたなら、今もおじちゃんはここにいたのかなぁ?」


 少しばかりの悔恨を滲ませながら、カシスは己に問うかのようにそう話す。アルクはそれになにも答えることが出来ず、押し黙る。代わりにその問いに応えたのはハルだった。


『もしそうだった場合、カヤや他の妖精族が悲惨な目にあっていたかもしれない。それに、一度起こってしまった過去は決して変えられない。過ぎ去ってしまったそれらを、君たちが嘆くことをライオネルも決して喜ばぬだろう。きっと、前を向いてほしいと思う筈だ』

「……そうかな」

『ああ、あの瞬間彼は満ち足りて逝った。そこに悔いなどはなかったと、彼と似た存在である私には解る。あの生き様は私にとっても羨ましいほどであった』

「ハル……」


 そのハルの言葉に、アルクは胸がざわついた。しかし、カシスはその言葉に慰められたのか、小さく笑みを浮かべる。


「そっか、千年も友達だったハルさんがそう言うんなら、そうなんだろうね」

『まあ、共に過ごした年月はカシスの方が断然長いがな』

「でも、そう言ってもらえるならおじちゃんの試練を受けた意味もあったね。おじちゃんの意思には応えたかったけど、最後の最後までそれが正しかったのか疑問だったの」

『世界は正しいか正しくないかの定規だけでは測れないさ。あの時、ライオネルの想いに応えたカシスの選択は、少なくとも私には最善かはともかく最高と思った』

「ふふ、ありがとうハルさん」


 アルクは、唯ハルとカシスの話を聞くしかなかった。ただ膝を抱き、空を眺める。カシスを慰めるには、経験があまりにも足りないと思い知らされる十一歳であった。そんなアルクを見て、カシスがしょうがないとばかりに笑顔を向ける。


「アルクも来てくれてありがとう」

「うん、まあたまたま通りがかっただけだけど」


 居た堪れない気持ちから、アルクは嘘をつく。自分の人生経験のなさをひたすら悔やむしかなかった。なにか会話はないかと必死に脳をフル回転させ、なんとか質問を一つひり出す。


「カシスはさぁ」

「うん?」

「普通に喋れるんだね。普段はにゃんにゃん言ってるのに」


 切り出した瞬間ないなと思いながらも、アルクは他に話題も浮かばなかったため、結局は話すことにした。そんなアルクの問いに、カシスは穏やかな笑みを浮かべながら答える。


「うーん。アルクは普段の私の言葉が奴隷言葉って言われているのって知ってる?」

「ん~、知らない。そうなの?」

「うん。昔人間至上主義の時代があってね。そんなとき、主人にこびるために獣人が語尾にあからさまにワンニャンつけたのが始まりだって言われているの」

『カシスの言っていることは大方あっているぞ、アルク。そんな時代も確かにあった』


 ハルもカシスの言葉を肯定する。


「じゃあ、なんで」

「……子供の頃、絵本でね、獣人の奴隷の少女の話を読んだの。異世界から勇者として召喚された少年と、奴隷として暮らす猫獣人の少女の話。その女の子がとても可愛くて、ちょっと真似してみたらお祖母ちゃんがキャーキャー喜んじゃってね。ライオネルも凄く褒めてくれるし、私も二人に喜んで欲しくていつのまにかそんな感じで話すようになってたわ」

「へ、へぇ」

『あの彼女が孫バカになり果てるとか……想像もつかん』

「お祖母ちゃんは私がお願いすれば、禁呪なんかもバンバン教えてくれる人だったから」

「そ、そっか」

 

 カシスの祖母やライオネルがにゃんにゃん言うカシスを持て囃す光景は何気に想像できそうであった。本人の口から聞くと何となく微妙だが、それでも微笑ましい気持ちとなる。


「でも、そんな他愛もないことで盛り上がれて、毎日を楽しく過ごすことができた。ここは私にとっての最高の居場所だったって、失って改めて思わされたよ」

「うん……」

『アルク、頷くだけでは駄目だ。これから共に歩む仲間として、想いを込めた一言を伝えるのだ。私の勘がここだと囁いている』


 頷くだけのアルクに、突如としてハルがアルクにだけ聞こえるよう発破をかけてくる。アルクは戸惑いながらも、澄んだ目で星空を眺めているカシスの横顔を見て、ハルの助言に従おうと覚悟を決める。


「カシス」

「? なあに、アルク」

「僕はお祖母ちゃんが死んでからは叔父さんに引き取られたんだけど、すっごい扱き使われて、毎日とっても苦しかった。労働は慣れたけど、それに喜びを覚えるたびに本当にこれでいいのか、このまま終わってしまうんじゃないかっていう想いが湧いてきて、そんな時は呼吸するのも苦しかった。でも、ハルに出会って旅に出て、パナシェとライムも加わって、いろんな人に出会って毎日が楽しいんだ。たまらなくワクワクする。だから……」

「……」


 カシスは穏やかに微笑みながら、必死に言葉をひねり出そうとするアルクを見つめている。


「カシスもそこにいたらもっと楽しいって、僕は思うんだ。優しくて強いライオネルさんの代わりにはなれないけど、一緒に冒険をして笑えたらッて……」

「うん」


 カシスは目を閉じ小さく頷くと、ゆったりとアルクの肩に頭を乗せてくる。突然のカシスの行動に、アルクは体を硬直させる。


「そうだね、おじちゃんもそんな冒険を私にしてもらいたいって言ってた。……ねえ、アルク」

「ん、何?」

「アルクは私にどんな風に話して欲しい? 最初に出会った頃みたいのがいい? それとも、今みたいに話したほうがいいかな」

「うーん」


 カシスの問いにアルクは考える。しかし、答えは意外にもすんなり出た。


「僕はカシスが一番話しやすい言葉でいいと思う。最初に出会ったときは面白い子だって思ったし、今は何だが年上のお姉さんと話してるみたいで頼もしいしね。でも、口調が変わろうがカシスはカシスだしね」

「ふふっ、そっかあ」


 カシスは笑い声を漏らすと、アルクから頭を離し勢いよく立ち上がる。体をくるくると回しながら星空を仰ぎ、再びアルクの目を真っ直ぐ見据えてきた。


「うんっ、七十点ってとこかにゃん。もーちょっと、精進する必要があるにゃ~」


 カシスは曇りなき朗らかな笑顔でアルクにそう告げる。アルクはそんなカシスの変わりように戸惑いながらも頷いた。


「ふわあ、お喋りしてたら眠くなってきたにゃん。ようやく眠れそうだにゃ~。……アルク、ありがとうね。おやすみなさい。先に帰ってるね」

「うん、おやすみカシス」


 頬を緩ませにこやかに笑うと、カシスは小刻みにステップを踏みながら帰路へと去っていった。


「これでよかったのかな……」

『うむ、まあまあってところか。私はアルクに七十五点を授けるぞ』

「あっ、そう」

『ぐぬっ、なんて素っ気ない返事。反抗期かっ⁉』


 アルクはそんなハルには応えず、空を見上げる。雲一つない空には煌めく星が無数に浮かんでいる。もうライオネルは星になれたのだろうか。


『……アルク、もし君が望むのだったら、私はこの世界のあらましすら君に教えることが出来る。この世界は……』

「ううん、いいよハル」


 深刻な口調でアルクにそう語り掛けるハル。しかし、アルクは首を横に振りハルを制止する。


『だが君はすこしばかり悩んでいた風に見えたのでな。この件ではなかったのか?』

「ううん、確かにハルが心配している通りなんだけどさ。この世界の広さを知って、色々な過去も解って、ちょっと不安だったんだ。自分という存在がとてもちっぽけなものに思えてしまって」

『成る程。だが今は違うのか?』

「うん。ライオネルさんの試練を受けて、ちょっと考えも変わったよ。今は自分の物語を自分の力で切り開けるようになりたい。そう思ったんだ」

『そうか。それは素晴らしい心持ちだ。もし、この先アルクが今よりももっと強くなったのなら、いずれは聞いてもらうかもしれない。私の過去や君の先祖のことなどをな。ちょうど千年来の友人が旅立ってしまった。誰にも吐き出せないというのも中々に辛いものだからな。その時、アルクは私の話を聞いてくれるだろうか』


 おどけたようにハルはアルクに問う。アルクも静かに笑いながら、ハルの言葉に頷いた。


「いずれ、それを聞くにふさわしい男になったら、是非聞かせて。……ねえ、ハル」

『うん、どうした?』

「ハルはさ、いなくならないよね」


 ライオネルの消滅。それはアルクの心にそのような可能性を想起させた。ライオネルを羨ましいと言ったハルの発言が、それに拍車をかける。ハルは一瞬言葉に詰まったようだったが、すぐにくぐもった笑い声を漏らした。


『ふふっ、何を言い出すのかと思ったら。安心しろ、アルク。私のモットーは揺り籠から墓場までだ。君が己の物語を駆け抜けるまで、ずっとそばにいるさ。下手したら君の子供が私の次の所有者になる可能性だってあるのだからな。今から楽しみだよ、アルクが恋をして、伴侶を得、新しい適格者が生まれるかもしれないと考えるだけで、ワクワクが止まらなくなってしまう』

「気が早いなあ」


 ハルの言葉にアルクは苦笑する。そんな未来は何年も先のことになるだろう。アルクは小さく漏らした笑い声のために、ハルの次の言葉を聞き逃してしまった。


『だが……』

「えっ」

『いや、なんでもない。ともかく、アルクはいっぱい食べていっぱい寝て、友達といっぱい冒険して、そして次の私の適格者を作らねばならない義務があるのだ。これからもビシバシ鍛えていくぞ』

「ははっ、せいぜい頑張るよ」


 こうしてハルと二人でいると、最初にユーリカ村を旅立った頃のことを思い出す。段々と楽しくなってきて、アルクはしばらくその場でハルと他愛のない話を交わし続けた。


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