追憶
「では、我々はこれで失礼します。カシス様はこの森を出られるのですね。我々もここでカシス様の活躍を祈りしています」
ライオネルの消滅の翌日、妖精族はカヌレの森の更に奥へと住居を移すことになった。そこは一度そこに入ってしまうと、妖精族自体も出るのは容易ではない程の複雑な結界が張られているらしい。アルク達は今日、その見送りのため、里へと訪れたのだ。
「ありがとうにゃん、ビリー。……あまりカヤを責めないであげてね」
「ふふ、勿論ですとも。弱き我々にとって頼れるべき家族は何物にも代えがたきもの。此度の件、ライオネル殿には何度も謝罪をしましたが、あの方も気にするなと言ってくださいました。我々はこれ以上、カシス殿の枷とならぬよう、静かにこの森の奥で平和に暮らしていきましょう」
「守ってあげられなくてごめんね」
「いえ、今まで十分すぎる程守っていただきましたから。これ以上ごねたら罰が当たってしまいます。それにライオネル殿は私にとっても得難き友でありました。これ以上、あの方の意思を妨げることなど出来はしません」
そう言って微笑むビリーの後ろから、カヤとビオがひょこっと顔を出す。
「おねーちゃん、ごめん。私たちのせいで
「カヤのせいでおいたん、死んじゃった……」
陰鬱な表情でカシスへと謝る双子の妖精。流石に堪えたのか、出会った頃の陽気さは影を潜めている。カシスはそんな二人に膝を曲げ、優しく笑いかけた。
「大丈夫にゃん。あれがおじちゃんの意思だったにゃんよ。……二人ともビリーの言うことをしっかりと聞いていい子でいるにゃん」
「もう会えないのー?」「お別れー?」
涙ぐむ双子。二人に向かってカシスは力強く笑う
「お姉ちゃんは超凄い冒険者になって戻ってくるにゃん。そしたら、この森の皆も隠れずに済むことが出来る世界にしてみせるにゃんよ。だから、いい子にして待ってるにゃん」
「「うんっ」」
鼻声で双子は頷く。
「では、カシス様。我々はこれで。アルクさん達も、どうかカシス様をお願いします」
「はい、これからは共に冒険する仲間ですから」
「ありがとうにゃん、ビリー。健康には気を付けるにゃんよ」
そしてアルク達は別れを交わし、名残惜しそうに振り返るカヤやビオ、そしてビリーの後ろ姿を黙って見送ったのであった。
「そっとの世界は楽しみにゃーん」
カシスの家では、カシスが楽し気に荷物を整理していた。ライオネルが消失した後も、ただ「さあ、帰るにゃん」とカシスはアルク達へと振り返り、その後は全く普段と変わらぬ様子で過ごしている。それは接しているアルク達が拍子抜けする程であった。
「カシス、この森から出たことないから、すっごい外の世界楽しみにゃん。今からドキドキするにゃんね~」
朗らかに鼻歌を歌いながら、カシスは荷を袋へと詰めていく。アルク達も最初はカシスのその態度を空元気と心配していたが、カシスはライオネルがいなくなったことなど無かったかのように、楽しそうに冒険の支度を進めていた。
「皆―、バトラーが夕ご飯出来たってー。今日はすき焼きだってー」
そんな中、パナシェが夕飯の準備が整ったことを伝えにコテージより出てきた。その呼びかけにいち早くカシスが反応した。耳をピクンとたてながら、勢いよく飛び上がった。
「にゃんと、すき焼きとにゃ⁉ これは是非とも一番乗りで行かねばならないにゃん」
そう言うとカシスは一目散へ駆けていく。パナシェも苦笑いをしながら、カシスに続いて食堂へ向かっていった。一見、カシスは何もかも吹っ切ったように見えているが……。
「あの子、ちょっと無理してるわね」
『ああ、そうだな。家族を失ったのだから、当然ではあるが。あの子もまだ十二の子供だ』
ライムが心配そうにポツリと呟くと、ハルもそれに賛同する。
「アルク、あんたちょっと後で励ましてきなさいよ。男の子でしょ」
「う~ん、僕でいいのかなぁ」
「何言ってんの。このパーティーはあんたが始めたパーティーでしょ」
ライムの発破に、アルクは少し悩む。今回のカシスの件は自分如きが踏み込めることなのであろうか。それに、カシスは既に自分の中で折り合いをつけているようにも思えるが……。
「どうなんだろう、ハル?」
『まあ、話しぐらいはするべきではないだろうか? 正直、カシスならば一人でも乗り越えられるのではと思わされるが、それでも誰かが側にいるというだけで、彼女の辛さも少しは受け持ってやれるだろう。これはどう考えてもフラグだろうしな』
「……また訳の分からないことを。まあ、でも僕もカシスとは一度じっくり話したいとは思ってたしね。後でちょっと二人きりで話せる時間を作ってみるよ」
「ん、それがいいわね。頼んだわよ、リーダー」
ライムは安心したようにホッとため息をつくと、アルクにウインクし食堂へと向かっていった。アルクもそんなライムの後を追いかけながら食堂へと歩いて行った。
すき焼きは大層美味かった。締めのうどんも存分に堪能し談話室にてトランプをしつつ食休めをしていると、カシスがやおらに立ち上がった。
「ん、なんだか少しばかり気分が高ぶりすぎてるにゃん。このままじゃ眠れそうもないから、少し散歩に行ってくるにゃんね」
「そっか、気を付けてね」
パナシェはのんびりとカシスにそう声を掛ける。「言ってくるにゃん」とカシスは外へと出ていった。
「カシスが散歩に行っちゃったから、三人になっちゃたね。次は何にしようか。神経衰弱?」
「そうねえ、次はトランプじゃないのもいいかもね、ゴホン」
呑気に次の遊びを考えるパナシェに応えつつ、ライムが咳払いをしながらアルクへと意味ありげな視線を向けて来た。夕食前のあの話のことを訴えているのだろう。自分に何が出来るのか正直解らないが、それでもカシスを元気づけたいとは思っていたアルクなので、ライムの助言通りにカシスの後を追うことにした。
「僕も少し剣のおさらいをしたいから、少し抜けるね」
「……ん~、そっかあ。じゃあ、オイラはライムとオセロでもやっておくね」
「いいわよ。最近はパナシェも強くなってきているから、楽しみね」
ライムがオセロ盤を取り出しながら準備し始める。アルクが外へ出て行こうとすると、その背中にパナシェの声が投げかけられた。
「……頑張ってね、アルク」
「……うん。行ってきます」
正直、何を頑張ればよかったかは分からなかったが、振り返ることなくそう答えると、アルクはカシスを追って外へ足を踏み出した。
「また来ちゃったよ、おじちゃん。カシスは明日、この森をアルク達と一緒にでるよ」
カシスはかつてライオネルが一日を過ごしていた大樹の下へと足を運んでいた。物心つく前から、カシスはライオネルに会うために常にこの場所に足を運んでいた。森の木々を抜け、この空間を訪れたなら必ずや金色の毛皮に包まれた、雄大な獅子の姿がすぐさま映り込んできたものだ。しかし、もうその姿は永遠に失われてしまった。カシスはライオネルが臥し、寝ていた場所まで足を運ぶ。そこは草木が生えず、まだそこをねぐらとしていた者の存在を伝えてくる。カシスはそっと地面を撫でると、いまだ温もりが感じられるような気がした。
――今日はどうしたのだ、カシス。我に話してみるといい。
唐突に響いた言葉に、カシスはハッと顔を上げる。当然ながら、そこにはライオネルの姿はなく、今聞こえた言葉は想い出の中のワンフレーズにしか過ぎない。だが、突如として聞こえた今はいない家族の声に、カシスの心の壁は決壊した。
――おお、今日は一人で来たのか。大したものだ、この前まではハイハイしかできなかったのになあ。今日は少しばかり冷える、我に側に来るといい。こうみえて中々ふわふわで暖かいとカシスの母も言っていた。少しばかりは暖がとれるだろう。ううむ、だいぶ大きくなったな。少し前までは片言しか喋れなかったはずだが。
――今日は少しばかりしょげておるな。何? 魔法が失敗してしまった。でもカイナ殿は責めないだろう? 孫には信じがたい程激甘な人であるからな。期待に添えなくて辛い? ガハハ、カシス程の才能の持ち主は我も数えるほどしか知らん。大丈夫だ。弛まず研鑽すれば世界一の魔法使いも夢ではない。試練の獣が太鼓判を押そう。
――カシスは外の世界に行きたいのであろう。なあに、カシスなら大丈夫だ。きっと素晴らしい冒険に、頼れる仲間、そういったものが待っているであろう。森のことなら我に任せておけ。妖精達と一緒にいつまでもカシスの帰りを待っている。
「あれっ」
突然の追憶。カシスは気が付くと頬に暖かいものが伝うのを感じた。笑顔で見送るというのが愛する家族の願いでもあった。故に決して泣くまいと決めて、そう過ごせていた筈であったのだ。だが、すでに涙は押しとどめられず、ただただ流れるのみであった。必死に頬を伝うものを拭いながら、ふいに祖母が亡くなったときのことを思い出す。その時も、自分は泣かないことを誇っていた筈が、ここでライオネルと祖母の思い出を語っていくうち、自然と涙が溢れ出していたのをカシスは思い出した。
――戦う者は涙を見せてはいけないと言う者もいる。だが、我はそう思わぬ。今までは堪えられていたのに? カシス、悲しさ、寂しさ、それに涙も得てして遅れてやってくるものだ。今、こうして自然と泣いてしまうというのなら、きっとそれは心が求めているからだ。存分に泣くといい。
カシスは想い出の中のライオネルの言葉に、小さな笑みを浮かべながら頷く。成る程、確かに涙は遅れてやってくる。ただあの時と違うのは、生まれてからずっと付き添ってくれていたあの優しい獅子はもうこの世のどこにも存在していないということだ。カシスは地面に跪くと、うつ伏せとなる。喉からは自然と嗚咽が漏れ始めていた。生まれたときに母はいなかったが、祖母と獅子は常に陽だまりの如く自分を守ってくれていた。しかし、その温もりには二度と触れることが出来ないと実感した時、カシスはどうしようもない悲しさに襲われてしまったのだ。
「……うぅ。お祖母ちゃん、おじちゃん」
嗚咽を堪えながら、泣き続けるカシス。時間すら分からなくなり、泣き続けるカシスの耳にパキリと木の枝を踏んだような渇いた音が聞こえた。思わず顔を上げて、振り返る。しかし、その後音は止み、静寂があたりを包む。だが、カシスは確信に似た思いを抱きながら、その人物の名前を呼ぶ。
「アルク、でしょ? ……そうやって覗き見られると少し気まずいよ。良ければ話し相手になってくれないかな。……全部見てたんでしょ」
カシスの呼びかけに、少しばかり悩むような間があったものの、木の後ろから見知った少年が姿をあらわした。カシスは泣いている姿を見られた恥ずかしさもあったが、不思議とそれを上回る安堵も覚えている自分に気が付いていた。




